友方=Hの垂れ流し ホーム

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地階の『茶番劇』に行って徳雄先生のおごりでお茶して別れたあと二人がホテルへ行くのを紀子は知っているし恵美も隠してはいないが、二人でよろしくやるためにダラダラ描いているのではないかと不意に紀子が思ったのはアトリエでひどく落ち込んでいた恵美が妙にヘラヘラと相好を崩しているからで、セックスへの期待にそれは違いなく、いやそんなことはないとすぐに否定するも完全に拭い去ることはできず、自分を道化のように感じて気鬱になるが、道化に徹せよということを自身の基本則として掲げている現在そのような気鬱に落ち込むことは稀で、道化に徹した紀子が暇を見て調べた結果思いもよらず興味深いものが網に掛かり、卵崇拝の教団というのがそれで、宗教団体の認可を受けてまだ間もないらしいが危険思想過激思想の気配は感じられず、鶏卵のような楕円球形ではなく、魚類両生類爬虫類等に見られる真円球形の卵を崇拝対象としているというのもその完全性を追求すれば当然のことに思えるし、卵から孵った子が真のメシアなのらしく、メシアとしての卵生胎児という発想は処女懐胎のヴァリアントのひとつに過ぎないが紀子には斬新に思えたしセックスを禁忌の対象としないことが何より受け入れやすく、それでいてどこか滑稽で世界宗教のような厳格さ敷居の高さ抹香臭さが微塵も感じられず、つまり紀子は魅了されてしまい、何か為になる話のひとつも聞けるのではと恵美を口説いて「やだよなんか気味悪い」との恵美の拒絶も分からないではないが、この教団に関してはそうではないと順々に説いて話だけならという約束を取りつけ、「アポ取ってあるから」と次の日曜日にその教団本部事務所を訪ねることになっていると言い、「そんな急に言われても」と恵美は渋るが「心配ないって」と脳天気に紀子は言って「教祖に祭り上げられたりして」とからかうのだが、その『神聖卵教会』という名称からして怪しげだし胡散臭く、紀子の調べた幹部連中の経歴のリストにしても信憑できるかは疑問で、下手をすればいいように利用されてあっさり捨てられてしまう可能性だってなくはないしその際卵を取られてしまう可能性も大いにあり得るし、教義内容の全文あるいは概略だけでも入手できるならそれで充分で直接コミットするのは止したほうがいいと恵美は思い、キャッチセールスとか訪問販売とかと同様で話を聞いたらそれでお終いで、巧みに丸め込まれて脱出不能になってしまうと紀子には悪いがこの話は断ろうと恵美はようやく決心し、そう結論するといくらか気が楽になり、なかば上の空だった徳雄先生の話も明瞭に届くようになって「先生私にだけ妙に厳しかったよね」と恵美が振ると「そうか? そんなことなかったと思うけど」と否定し、「ウソ厳しかったよ。二人で後ろっからヤイヤイ言ってさ、嫌われてんのかと思った」とのさらなる言及に「嫌われるのも仕事のうちだけどね」と徳雄先生は自嘲的な物言いで返し、「嫌ってなんかいなかったよ、ずっと好きだった」と言えば「だった?」と不遜げに問い返すのに「今も」と恵美は艶めかしく答えたつもりがアトリエ効果でちっとも艶めかしくは響かない。

「下手だったから恵美は、デッサン。あれでよく受かったと思うよ」といつだったか紀子が言い、テクニックはないがセンスはある「って徳雄先生も言ってたじゃん」とすぐにフォローするがこれはしかし嘘ではなく、だからこそ今その職に就いているのだし、「そうセンスセンス。ところで個展いつ?」と話頭を変えると「え、ああ、あれね。あれダメんなった」とサラリと答え、次いで洩らした溜め息の余韻を残しつつそのまま尻窄みに会話は終息してしまうが、アトリエの雰囲気がそれを柔らかく包んで覆い隠してくれるからかとくに気詰まりでもなく、ただその空白はここに来る前から妙に卵が温かいのを感じていたことを恵美に思い出させ、桐箱に入れ替えるときに袱紗の上からでもその微かな温みを確認できたし、そのときすぐに連絡しておけばよかったのだがつい忘れていて、今も和やかな雰囲気に紛れてしまいそうになるのを押しとどめつつその機会を窺うが失地回復を狙ってか自棄クソなのか急にまた饒舌に話しだす徳雄先生に阻(はば)まれて連絡できずにしまい、妙にソワソワして挙動の不審な恵美に気づいて壁に掛かった時計に眼をやりつつ「もう遅いな、なんか喋り過ぎて咽喉渇いた」と言うとコーヒーをグビと飲み干して「どっこいしょ」と徳雄先生は立ち上がるが、その「どっこいしょ」を初めて聞いたわけではなく幾度も聞いて耳に馴染んでいるはずなのにこのとき急に年寄り臭く聞こえ、指折り数えるともう四十三で隆司君も来年は高校受験なのだと改めて思い、その年齢を意識してみると年寄り臭く見えるのも当然で、「もう八年だっけ」と感慨深げに恵美は口にするが徳雄先生は答える様子もなく茫と佇んで石膏の置かれていない石膏台を不思議そうに眺め、その石膏台のほうに歩きだしつつしかし恵美のほうにゆっくりと振り返りながら「長いんだか短いんだか」と答えるが、その言いようがまた年寄り染みていると恵美は思うとともにその感覚がすでに恵美の意識に固着してしまっていることに気づき、哀しげな微笑が一瞬掠める。

アトリエをあとにすると仕事に疲れ生活に疲れ不倫にも疲れた四十三歳の早くも老年に差し掛かったような中年男性というフィルタが固着したかのように一層窶れて見え、その窶れの原因が自分のように思えてならず、いや自分なのだと恵美は思い、かくあろうと意識しているわけではないもののひとりの中年男性を癒すこともできない自分がひどく空っぽに思え、むしろ自分ばかり癒されているように思え、愛人失格との烙印を押すがどう取り繕っても言い訳めいてしまう、いや言い訳なのだと恵美は幻滅し、どこが聖母マリアなのかと自戒するうち、卵は所詮卵に過ぎないしありもしない霊験に縋ったところで無益なだけだとひどく落胆し、夜風の厳しいなか徳雄先生に寄り添い歩くことで何とか自己を保ち、何のアクションもなく素振りひとつ見せないのでホテルには行かずにそのまま別れるが、気が急いていて誘いに気づかなかっただけなのかもしれず、そう言えばと思い当たる節がないでもなく、埋め合わせはこの次目一杯サービスするからとすでに姿の見えない徳雄先生に思念を送りつつ紀子の携帯に掛けるが繋がらず、幾度目かに掛けて繋がったのが零時過ぎでしかも入浴中らしく、出たら掛け直すと言うのを待っていると一分もしないで鳴った電話を取れば紀子ではなく功次で、これから会えないかというのだが零時を過ぎているし明日も仕事だし卵のこともあるしで「ゴメン」と断ると「下まで来てんだけど」と言い、ついそこまで来ているのを帰すわけにもいかないと迎え入れる。ドアを開けるか開けないうちにスルリと功次は入ってきて足踏みするようにして靴を脱いで上がるが框に立つ恵美のその無気力げな佇まいが妙に艶めかしく思え、絶妙のタイミングで訪れたと自身の勘の鋭さを再認識した功次はその嬉しさから思わず恵美を抱き締めキスし舌を差し入れるが、こうなることを予想していた恵美はとりあえず素直に受け入れはするものの折り返し紀子から電話があるまではペニスをまで受け入れては駄目だとの強い自省が働いて血気盛んに挑んでくる功次に「電話あるからちょっと待ってて」と言っても無駄で、押し倒されるようにベッドに腰掛けたときには半裸に近く、露わになった恵美の両の乳房の間に功次は顔をうずめている。

いつ如何なるときでも脳天気さを失わない紀子の「ゴメンゴメン、恵美」という声が遠く霞んで聞こえるのは受信状態が悪いからではなく功次の長い雁高のペニスで猛烈に突かれているからで、両足で締めつけて動きを止めようとしても適わないし力めば力むほど刺戟は増すしパンパンと音はするしで気づかれはしまいかと気が気ではないが、恵美のその強い締めつけは功次を刺戟してさらにも勢いづけるだけで、悶え悶え答える恵美に「だいじょぶ? なんか変だよ」と何か変事が起きたに違いないと紀子は心配になって「とにかくすぐ行くから待ってて」と電話が切れるとそれまで押しとどめていた快楽の波が一気に押し寄せたため気を失ってしまい、気がつくと功次と紀子が枕元に並座して覗き込んでいる。その狂態の総てを紀子に見られていたような気がして何だかひどく気恥ずかしく、「シャワー浴びてくる」と功次が座を立って浴室のドアが開いて閉まり、シャワーの音が聞こえてくるのを紀子は確認すると、恵美を間近に招き寄せて「心配して来てみればセックスって」と呆れたように言うが、今こそ道化に徹すべきと紀子が戯けて囃し立てるので「失神なんかしたことないよ」「そんな凄いの? 彼」「まあね」「徳雄先生とどっちが凄い?」「較べらんないよそんなこと」と一通り遣りとりするが、それ以上深くは追及することもなくそれより卵はどうなのかと本題に入り、訊かれて恵美は「変なの、ちょっと見てくれる」と立ち上がると桐箱を両手に捧げ持つようにして持ってきて紀子の前に差しだすその仕草がしかし妙に大仰なのが胡散臭く、担がれているのではないか彼氏とグルになって私を担ごうとしているのではないかと紀子は一瞬思うもののその理由が分からず、少なくともあのときの恵美の様子に嘘はなかったはずだから頭から嘘と決めて掛かるのは危険だと自分を戒める。丁重な手つきで差しだされた桐箱を恵美から受けとり蓋を開けて袱紗を取りだし開いてガーゼを一枚一枚剥いでいき、剥きだしになった卵を掌に乗せて包み込むようにすると僅かだが温度が上がっているのが分かり、光量も微妙に増しているようだが、温度と光とに何らかの相関関係があることが分かるだけでそれ以上は何も分からず、この温度と光量の変化が卵の順調な発育を示す徴候なのか何某か変調を意味するものなのかは紀子にも恵美にもまるで分からないが、卵がどのように変化したところでその適切な対処の仕方が分からなければ手の出しようもなく、見守るより他ないとまた一枚一枚ガーゼを被せて包んで袱紗に入れ、そっと桐箱に納め入れて返すと、恵美はベッドの枕元にそっと戻し置く。

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