友方=Hの垂れ流し ホーム

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風は屋根も塀も電柱も、見境なく吹き捲(めく)って悲鳴を上げさせたというのではないが次第に激しさを増して一向に衰えを見せないからだろう、号令一下呼集せられてその旨説き伏せられ、というか命じられたのだが、黒いのや赤いのや白いのや滑らかなのや毳立ったのやとりどりのものが隙間もなく収められているからそれ以上詰め込む余地はないと言ってよく、超難問パズルというか不可能問題というか、どこをどうやりくりしても絶対に解けそうになく、それでも無理やりに押し込んでどうにか避難させたのを、ただそれだけのことなのにそれはもう異常な盛り上がりで、祭りの余興としては申し分ない演出と言っていいが、それだけでは終わらず、敷居を越えたそれは三和土を青黒く満たし、徐々に嵩を増しながら框の縁を舐めたかと思うと見る間に床の上へ、右手の浴室へも便所へも正面奥の台所へも居間へも、左手は和室だが畳の分だけ高さがあるにせよすぐにも乗り越えられて奥の仏間へも、つまり全部が、分け隔てなく至るところに、それを押し留める手立てはなく、足裏を濡らしたそれは踝も濡らし、さらには臑をも濡らして、つまり何もかも濡らす勢いで腰から胸へ胸から首へそして首から頭へ、だから息もできず、たとえ面の上へ出ることができても息を継ぐ暇もなく面の下へと引きずり込まれてどこまでも深く沈んでゆき、支えもないし踏ん張りも利かないし上から下から前から後ろから右から左からつまり全方位から押さえ込まれるからだろう、自由を奪われて、というか自由など端からありはしないのだが、ごく限られた範囲に於いて僅かに許されているにせよ、誰にかは知らないが、そしてそれをしも自由と言ってよければだが、それでも狭い囲いの内で退屈を紛らわすくらいがせいぜいで、あるいはそれすら儘ならないが、大抵のことには馴れてしまうものであることないこと吹き込む声に惑わされるのにも馴れてしまっているのだろう、何しろ四六時中飛び交っているのだから、その矢継ぎ早な攻撃に、そう言ってよければだが、応戦というか防戦というかしながらそれでもどこか戯れているようでもあって、もちろん必死に藻搔いているのだが必死になればなるほど却って滑稽に見えてしまうということか、いずれにせよ藻搔けば藻搔くほど手足に絡まって動きを封じる、完全には封じないとしてもほとんど封じてしまうそれは軽やかに風に翻りもし波打ちもするそれと同じはずで、さっきまで翻っていたのに繊維の奥にまで入り込んでくるそれに完全に支配されてしまうのだろう、締めつけながら重石となって脱ぎ捨てることもできず、尤もそうした発想自体ないに等しいからただひたすら藻搔いているわけだが、渦を巻きながら何もかもを吸い寄せるのだろう、そちらへ引き寄せられてしまうのを、それなのに手も足も出ないというか出せないというか、闇雲に藻搔いても苦しいだけだが何もしなければ沈んでゆくから苦しくても藻搔きつづけるほかになく、そうすることで辛うじて面の上へ出ているが、出ているはずなのだがいつか面の下にあって、そうなると呼吸も困難になるらしく、思いきり吸い込むそこへ入ってくるのは求めているのとはまるで性質の違うもので、泥臭くて生温いそれは不定形の、流動して已まない何か得体の知れないものと言ったら言いすぎか、なぜといってごくあり触れたものなのだから、どこにでもある、それこそ自らの内にも抱え込んでいるしほとんどそれでできていると言っていい、組織の維持細胞の維持つまりは生命の維持に欠かせないものなのであるからしてそれなしに済ますことなどできないのであり、それにも拘らずそれらを害しもするのだから、さらには悉く奪い去りもするのだから何が何やら、敵なのか味方なのか、もちろん敵でもなければ味方でもないのだが敵でもあり味方でもあるような、そうして藻搔くうちにいつの間にか脱ぎ捨てられて何ひとつ身に纏っていないのを、だから軽々と手を脚を動かすことだってできるし翼こそないが飛ぶも跳ねるも自在なのであるからして一跳ねで面上に達し、さらに一跳ねすると遥か上空にまで、さらには雲を突き抜けてその上へ、宇宙へも飛びだし兼ねない勢いだが息苦しいのはそのせいか、あるいは何もかも飛び越えて一跨ぎに彼方というか手前というか、仄暗いそこはひっそりと静まり返って気配もないが、閉て切った襖の向こうから、仏間であろう一室から動く気配が立ったような、およそ霊的なものではない影のような靄の立ち籠めるのを見たような、もちろん見てはいないのだがくっきりと浮き立つその形を姿を捉えたような気がしてならず、こちらでは卓の上に腰掛けるか横たわるかしていて、頭は向こうへ脚はこちらへ投げだして余韻にでも浸っているのか気怠げな吐息を洩らしながらぐったりと、なかば開かれたままのそこから汗というか汁というか滴らせながら、時折汗で貼りついた皮膚の剝がれるような音を微かに響かせながら、拭いもせずに、かなりの時間そうしているがいつまでもそうしていられるわけではないらしく、ほとんど影に隠されている露わなその部分が仄白く浮かび上がってくるような明るさに包まれるのを、というのは日が射してきたからだが稜線のくっきりと浮かび上がるその姿は捩れ撓んで伸び上がりながら、ほら、とこれ見よがしに開いたり閉じたり、ほら、と膝がひかがみが仄白く、それによって生じるのだろう風がこちらのほうへ匂いとともに、そうして身動ぎもせずにというかできずにいるのを誘うような焦らすような素振りでいつまでも膝がひかがみが、それを割って押し入るというか押し込むというか奥まで、もっと奥までと刺し貫く勢いで一挙に、最後まで果てまで。

よほど肌に合うのだろう、しなやかな曲線を描きながら二叉に分かれたその間が何より心地よく、くびれや膨らみもさることながらどっしりした重量感で尻を据えながらつけ根から伸びる張りのある肉厚のそこへ暇さえあれば赴いて入るというか沈めるというか、強く押しつけて肌を密着させるのを、つまり大きく張りだした脚と見紛うそれがのたうつように二方へ伸びて裾拡がりに三角形を成しているその部分がちょっとした洞(ほら)になっていて、何気なく巡らしたその先にそれはあったのだが、なだらかな傾斜に沿って少し下ったところで周囲から見えにくいそこに、尤も洞といっても全身を収めるだけの広々した空間があるわけではなく、僅かな凹みというか窪みというか、腰掛けて背を凭れることができる程度の隙間と言ってよく、それでも日は洞の反対側にあるからこちら側は影になっているし庇のように張りだしている幹がこちら側へうねるように傾斜してもいるから狭くて暗いそこはひんやりとして涼しく、暑気を凌ぐには最適のそこで、というかここで、雨さえ降らなければいつまででもいられると選びに選んだ一冊に読み耽るのだが、その選択には苦労する、といって迷うほど大量に所持しているわけではなく、床が撓るほどの重さで積まれていた埃臭く日も射さない西向きの、ほとんど常に閉ざしたままの分厚い布は色褪せて、当初の深い緑では最早ないそこにも凭れ掛かるように積まれていたから開けようにも開けられなかったのだが、すぐに喉がいがらっぽくなるせいで長くはいられないから何か捜しものがあるときはマスクの着用が欠かせない、そのどこかに、たしか奥のほうのダンボールに、奥へゆくほど下にあるほど古いものになるわけだが、上のものの荷重でいくらかひしゃげているそのいずれかにあったはずで、他愛ないと言えば他愛のない、それでいてその後の蒐集の核とも礎(いしずえ)ともなるのだからそれなしにはこのダンボールの山も築かれることはなかったわけだが、そのほとんどはもう処分してしまっていて、これといった理由もなしに不意に思い立って、ほんの少し片づけるつもりがよほど暇だったのか退屈していたのか、それとも雨が長引いてうんざりしていたからか、興に乗ってあれもこれもとなり、もちろんこれ以上ないほどの退屈さなのだから何を思い立っても不思議ではなく、そうして遮るものがなくなると風通しがよくなって埃の舞い上がることがない代わりに紙の匂いもインクの匂いもしないからどこか物寂しく、茫然とひとり佇むということがほんの数日くらいだろうか、尤もそうなるずっと前のことだが、横に倒せば横長になり縦に据えれば縦長になる薄い合板六枚とベニヤ板一枚とを組み合わせてできた強度的に充分とは言えない、それだけに安価な箱に全部を並べ置いてもまだ余裕があり、その箱の隙間が全部埋まって新たに買い足した、大きさの違いによって仕分けることができるそれも全部埋まって、次々買い足してもやはり埋まってしまい、そのうち買い足すことさえできなくなると堆く積まれてどこに何があるのか、いずれにせよ処分してしまってもう、それでもいくつかはまだ残してあるかもしれないが、そんなわけであまり没入しすぎても暮れてしまうし暮れたら大変なことになるから慎重にもなるが、延々とつづいて終わらない連載物が不向きなのは明らかだからそれを候補から除外するとなると自ずから限られて、その結果とくに気に入りの二、三冊を順繰りに手にすることになるわけで、日に焼け手垢に塗れて黒ずんでいるし手汗でふやけて波打ってもいるそれを、尤も新たに入手したものを繙(ひもと)くこともなくはなく、まだ開かれたことのない頁をそこではじめて開くのはそれはそれで刺激的で、弓なりに湾曲させると側面の層を成しているくすみのない白さがいくらか拡がって段状になるそこに親指を宛い、少しずつ滑らせると次々弾き飛ばされてゆく頁が左から右へ流れながら風を、真新しい紙の匂いインクの匂いをそれがこちらのほうへ、鼻先を近づけてその風を、というか風が運ぶ匂いを何度も何度でも、顔を上げると四囲からは草いきれが、下からは乾いた土の匂いが、背後からは樹皮の匂いが、それらが混ざり合って複雑な匂いになるのを、刻々とその比率は変わるから匂いも刻々と変化してゆくのを、今も尚刺戟して已まないその匂いを風が運んでくるのだろう、葉擦れの音とともに、尤もほんの一瞬滞留するだけですぐにまた風が運び去ってゆき、またべつのを運んでくるがそれもまた運び去られ、さらにまたべつのを運んでくるがやはり掠めるだけですぐに消え去って、そうして忙しなく動き廻る影の影たちの間を縫うようにしてこちらからあちらへ、それでいて翳るというか濁るというか、僅かに亀裂が生じるのだろう、そこへ塡まり込んであらゆるものを停滞せしめることになるというわけで、いずれにせよそれより先には、一線を踏み越えてこちらへは、その手前で引き下がるというか引き返すというか、つまり危ういところで免れたのだったが、それなのに足裏や踝やを濡らした感触があるしその冷たさに身震いした覚えさえあって、さらにはヘドロ臭い噯(おくび)が喉奥から込み上げてもくるのであり、そうとすれば溢れた水に浸されたことはたしからしく、つまり四角い画面の見せる幻ではなかったわけで、それでも浸水はなかったとそう言ってよく、なぜといって安堵する一方で不発に終わったことに物足りなさを感じていた覚えもあるからで、それなら踝や脹ら脛やに纏わりつくぬめるような冷たさはいったいどこから、もちろんここから、この足元から発するものに違いなく、青黒いこの溜まりによる作用というか効果というか、あることないこと注ぎ込むその働きによって今、まさに今の今起きていることなのであり、だからどれがあることでどれがないことなのだか、もちろん全部あることで、というかあったことで、それでいてひどくぼやけているのはヴェールに包まれているからだろう、向こうが透けるくらい薄いから見ようとすれば見えるが決して鮮明ではないし、それを、そのヴェールを通過すると悉く変容してしまう、どこがどう変わるのかは分からないが最早同じとは見做せなくなり、それでも同じなのであり、それなのにやはり違うのだから何が何やら。

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