友方=Hの垂れ流し ホーム

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頻りに合図を送ってはいるが気づかないらしく、なぜといって誰もいないのだから、少なくともここには、今ここには誰も、そうして腰掛け横たわりながら開いたり閉じたり、そのたびに消えたり現れたり、それを捉えようと細めたり眇めたり押したり引いたり、撫でたり摩ったり、いやそれはないが、いずれにせよそうすることで見えてくるというか聞こえてくるというか、何かが、それが何であるかは分からないが何かが、ある意味では声として、べつの意味では姿として、その実それが何であるのかは、声であり姿であり、それでいて声でもなく姿でもなく、つまり何かが、曰く言いがたい何かが、いやそうではなく、それは声であり、たしかに声に違いなく、でなければこんなにもはっきりと聞こえはしないはずで、甲高くよく通るその声は少しずつこちらのほうへ、何をするにせよ何もしないにせよそれの命じることには服するほかなく、絶対的服従というのではないにせよ結果的にそうなってしまうのであり、とにかくその意を汲み取ろうと傾けることでさらに明瞭になってくるらしく、ほらこっちだよこっち何してんのもう、と葉叢を透かしてその向こうから届くのを、いくらか上擦った感じに掠れているのは途中葉叢に当たって擦れて傷つき、一部は吸収され一部は拡散してひとつの全体としての纏まりを次第に欠いてゆきながらこちらへ届く頃にはそれが発されたままの姿とはおよそ異なるものになって、それで掠れてしまうのだとそう思っていた節があり、もちろんそうではなく少しく語気を荒げていたからだろう、あまりにも遅れていたから苛立つのも無理はないというか、いつだって遅れてしまうからほとんど常に苛立っていると言ってよく、機嫌を取ろうと戯けたりふざけたりしても却って損ねる恐れがあるから飽くまで真面目に真剣に頷きながら、転びそうになるのをバランスを取って怺えながら、いつ見失うかもしれないとその動きを追いながら、とはいえ薄い膜の上に映しだされる刻々の変化というか移り変わりというか、分厚い層となって幾重にも折り重なっているため見分けもつかないのだが、例えば親指大の覗き穴の向こうに拡がる妖しげな、見世物めく安っぽい光景にも似てどこかそれは胡散臭く、それでいて目が離せないのは同じことのくり返しなのにそのたびに違う展開になるからだろう、傾斜に沿って目に見えない線の上を辿るその姿を追ってゆくのをさらに追い掛けながら、その背をさらに覗き込みながら、背後にも同様な視線を受けながら、連綿と連なって果てもないその列から食みださないというか食みだせないというか、一度外れてしまったら二度ともう、だから足並みを揃えてどこまでも、呼ばれるまで、というのは名を、そんなわけで掠れてはいても明瞭な響きでこちらに迫ってくる声とは対照的に姿はどこか不明瞭でこちらから離れてゆき、つまりこちらとあちらとの間に葉叢が幾重にも、それはもう否応なしに割り込んできて邪魔をするから手前の葉叢の膜を通してその向こうにある姿を垣間見るよりほかになく、あまりにもそれは不完全であちこち欠落している、つまり背の一部が腕の一部が脚の一部が膝から下のほとんど全部が、その欠けた部分を補いながら全体を復元することはほとんど不可能で、見ようとすればするほど姿は虚ろになり、それがさらにも声を浮き立たせ際立たせるのだろう、いつか声だけになって姿は失われ、どこにもそれはなく、声だけが届くということに、甲高く透き通った声が、ほら、と掠れ震えながら、こっち、と耳元で、たしかにそれを聞き届けるというか、くり返し耳にして今も聞いているというか、何度でも鳴り響いてこちらを駆り立てて已まないそれは麻薬めく声で、吐息を感じるほど近くにあるのに触れることさえできないのが悩ましいが、だから私じゃないってば、とそれについては飽くまで否定するらしく、なぜそうも向きになるのかその理由が分からないが敢えて追及せずに引き下がるのは議論を尽せば何もかも分明になるというものでもないだろうし、余計縺れることだってあるだろうし、抑もほぐれるか縺れるかは事前に分かるものではないだろうし、それより何より疲れるからで、体力の消耗はなるべく避けたいしできるだけ温存しておかなければそのときになって困るだろう、少なくとも見るだけなら聞くだけならそれほど消耗しないから、もちろんそれなりに消耗するにせよ、と腰掛け横たわりながら、閉じたり開いたりしながら、とはいえ向きにもなるだろう、切羽詰まっているのだから、刻々とそれはこちらのほうへもう、つまり伸び上がり縮み、また伸び上がりまた縮んで、差し伸ばし引き寄せ、また差し伸ばしまた搔き寄せて、闇雲に足搔いてもいくらも保たないことは分かっているし、いっそ流れに身を任せてしまえばとそう唆す声もあるがそれには耳を貸さず、無駄な足搔きだろうと構うことなく振り上げ振り下ろして距離を縮めようとするのは甲高く透き通った声がするからで、上のほうから、遥か上空から、低く垂れ籠める雲の切れ目から射す日差しと言ったら言いすぎか、必ずしもそれが進むべき道を照らしだすとはかぎらないにせよ、それでも何某かの標(しるべ)にはなる、とそんなふうに思い做しているからだろう、澄ますというか傾けるというかするのだが、違うから、それ絶対違うから、と尚も言い募る声がすぐ耳元で、これにもやはり応じることはなく、もちろんそれどころじゃないからで、つまり一度にあれもこれもは無理だからまずこちらを片づけてそれからあちらへ向かうということに、というのは優先順位があるからだが何を優先するかは状況にもよるだろう、それでもひとつ間違えば大変なことになるから慎重にもなるというか、それを間違えたからこそのこの体たらくではないのか、尤も洗濯物が乾かなくて困るといった声はついぞ聞かないがすぐ近くを流れているからだろう、いつも匂いがしていて湿っぽく、といって普段はまったく意識に上ることがないからいつもかどうかは本当のところ分からないのだが、それでも何かの拍子に浮かび上がるというか降り注ぐというか、風向きにもよるのだろう強く香ることがあって、そしたらぐっと距離が縮まって踵を舐める飛沫の冷たさをさえ感じるほど間近に迫り、さらには背筋のほうまで這い上がってくるような、濡れた髪が素肌に貼りついているようなそんな気さえしてくるが、青黒く光るその一筋を抓んでは払い落とし、また一筋抓んでは払い落としをくり返し、それでは埒が開かないとなると項の辺りに差し入れて横様に払い、次いで一方の手で根元から押え、残る手を二三度捻くるうちに掌のなかでそれは団子になって、僅かに跳ねる束も手探りでたくし込んでは掌のなかへ、奇術師か何かのようなとても真似できない巧みな手際で、そうしてそれを向かい合ういくつもの歯で挟むのだが湾曲した細長い棒状のものが並ぶそれは隙間だらけで、尤も隙間があるからその間に挟んで押さえ込むようにして固定することができるのだが、青黒いそれよりも尚黒い恐らく合成樹脂だろう、もっと明るい華やいだ色彩に変化することもあるが概ね沈んだ落ち着いた色合いが多く、五指のうちの両端のそれ、つまり親指と小指を立てて残る三指を折り畳んだあれは電話を掛けるという合図だったか、その形に似ているといえば似ていなくもない金属のバネがついているから自在に開いたり閉じたり、歯は欠けていることもあるがまたすぐに生えてくるらしく何度も何度でも、そうして背に拡がり背を覆うほどの多さというか濃さというかで照り映えながら匂やかに翻っているのを日がな眺めて飽きることもないが、手を伸ばして触れようとすると届きそうで届かないのを、逃げるから追うのか追うから逃げるのか巧みにすり抜けてゆくのを、零れ落ちてしまうのを、それを掬い上げ救いだそうと何度も何度でも。

もちろん届くわけもなく、低く垂れ籠めてはいても遥か上空にまで達しているから越えることさえできないしはっきり見定めることも困難で、ところがそれを越えてやって来るらしく、どこからやって来るのか知らないがどこからかやって来るらしく、画面の下のほうにあるとき不意に出現したと思うとゆっくりと廻転しながら近づいてくるのを何度も目にしていて、それでも画面を乗り越えて、つまり湾曲した分厚い硝子を突き抜けて、突き破るのではなく、こちらへ這い出てくる黒髪のあれは何と言ったか、そんなことにならないのは弁えているから余裕を持って眺めていられるのであり、それはともかく上陸とは言うもののその足で地を踏み締めて立つこともなく通りすぎてしまうらしいからたしかなことは何も分からず、それでも爪跡というか疵痕というか至るところに残してゆくからだろう、漠然としたイメージにすぎないにせよ、屈強な巨人の姿として幻視しながらその爪跡を何か禍々しいもののように何度も何度でも、実際どのくらいの速度で近づいているのだかまるで分からないのだが確実に近づいてはいるらしく、その接近に伴い膨張するのだろう、三叉神経が圧迫され、主に左側が圧迫されるがひどくなると右側も圧迫されて身じろぎするたびに脈打ち締めつけられ、ただでさえ動けないのに余計動けなくなって固く閉じてやり過ごすほかないが、ほんの少し傾けるだけでも刺激を受けるらしく夜中に何度も目を醒まして窓を、それとも扉だろうか、軋ませるのを聞くというか見るというか、とにかく上陸したのだろう、そう言っているのだから、誰かは知らないが狭い箱の中というか向こうというか、ここではないどこかべつの場所から深刻そうな、それでいてどこか押しつけがましくもあるそんな面持ちで、今まさに伝えようとしている事柄の深刻さを表しているとでもいうように、つまり溢れたのがすぐそこまで押し寄せたのだがあれはいつだったか、もちろん今このときにほかならないが、道を塞ぐように濁り汚れたそれが嵩を増してゆきながら巨大な塊となってこちらのほうへ音もなく迫るのを身に迫る危機というよりはアトラクションか何かのように、というかそれは一大イベントなのであり祭りと言ってよく、むしろそれこそが祭りなのであり、だから大粒の雨と耳を聾するほどの強風とともにそれが敷居を越えるのを待ち望んでいたとでもいうようにその場に居坐ってそのときが来るのを寝もやらず、もちろん寝ろと厳命されて渋々床に就いたに違いないが闇に目を閉ざされはしても耳を塞ぐことはできないのだからずっとそれは聞こえていて、微かな、震えというか揺らぎというか、足音とも聞こえ、いやたしかにそれは足音で、どどんどどんと何時までも響いたというのではないがあちこちで小さな軋みが、徐々にそれは建物全体を揺るがすほどにも大きくなって、刻々と迫る予感に浸されながら今まさに迫り来る光景として見ているというか今まさにそれを見ているのであり、全き闇のなかで開いたり閉じたりしながら、そうして刻々と迫る濁った水を前にして家屋が没するのを、全部が水浸しになるのを願っているわけではないのだが、全然ないのだが、どこか他人事めいて現実感が乏しいのは現実ではないからか、あるいはそうかもしれないが、画面に映しだされる光景というものは何であれ嘘臭く見えるものだろう、それでもここに、今にもそれは溢れて溢れ返ってもう、そんなわけで下のほうに収めているのを上のほうへ避難させることが急務ではないかとかまさかそこまでの必要はないだろうとか何かあってからでは遅いだとかこれまでそんな事態になったことは一度もないとか万が一ということもあるとか何もそう急ぐ必要はないとか早めに済ましておいたほうがいいとか、最初は密やかに、むしろそのほうが耳障りだが、次第に音量を上げながら話しているのを余所目に、下のほうにずっと文字が出ていて邪魔するせいで集中できないということも重なってそこに何が映しだされていたのだか、右下に現れるそれは白い光点のいくつもの連なりで、ゆっくりと移動しながら左下に至って消えるというか隠れるというかするのだが、先頭の光点が左隅に隠れるというか消えるというかしても最後尾の光点はまだ現れず、それが現れて左隅に消えるというか隠れるというかするまで気になって仕方ないのだが、ようやく消えてもしばらくするとまた右下から現れてくる何度も何度でも、その間も絶え間なく軋みはしていてさらにも激しくなってゆくようで、話し合いも決着がつかないらしく罵り合いにまで発展しそうな勢いで尚もつづけられるが徹底的に議論が尽されたというよりは一方が根負けした恰好で不意に収束し、そんなふうに有耶無耶になるのが常だが蟠りを残したまま次の機会に持ち越されることになるからいつ堰を越えて溢れだすか、溢れだしたのだったか、一旦溢れだしたら堰き止めることはもう、拗れ縺れて修復不能なまでに無惨なことに、だからその前に、そうなってしまう前に。<

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