友方=Hの垂れ流し ホーム

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仄白く翻るのを靡くのを、膨らみ裏返り、表返りまた裏返り、見ていようと見ていまいと果てもなくくり返されるのを、翩翻(へんぽん)とはためくのを飽きもせず眺めながら緩やかな起伏を成すその上を滑らせると軽やかに移動するが軽やかさに反して重苦しさが痼って徐ろに停止し、全然動かない、少しは動くがほんの少しであってまるで言うことを聞かず、言って聞かなければ無理やりにでも従わせよう泣こうが喚こうが助けは来ないあれご無体なというようなそんな気概はないが少しくらいは鞭打ってみたりもして、それでも反応がないからいよいよ電池が切れたのだろう、あるいは濡れたせいかもしれない、ゴム製ではないし防水処理も施されていないから濡れたらひとたまりもなく、取扱いにはよほど注意しているつもりだが不測の事態は避けられないということか、とにかく機能不全というか眠りとも異なる混濁した様相というか、そうしたものに陥って悉く濁って見えるしどこもかしこも霞んでいるし、何よりパースが狂っていて、まあ多少狂っていても馴れたものでそれを計算に入れて補正するらしく、どんな精密機器よりも精密な装置と言っていいそれでどうにか間に合わすというか間に合わせてきたのだが、補正しきれないほどの狂いともなれば諦めるほかなく、つまり電池を交換するなり充電するなりしなければと背を起こすと凭れていたそれが微かに軋んで苦しげな喘ぎにも似た響きを響かせながら糸を引くようにいつまでも、今にも壊れてしまいそうなその軋みに動作はいっそう慎重になり、それでもどうにか半身を擡げると腋を締めて不安定に揺らぐのを支えながら四囲を、彼方に聳えるあれは壁だろうか、今にも倒れてしまいそうなほど風に揺れているが、適度に揺れることで衝撃を吸収する仕組みなのだろう、倒れることはなく、どんな揺れにも耐えられると高らかに謳う声が聞こえてきそうだが、実際に聞こえてくるのは揺れに伴う軋みで、それが四囲に拡がるのを跳ね返ってくるのを、跳ね返ったのがまた拡がりさらに跳ね返ってくるのを、そのさらに跳ね返ってきたのがさらにまた拡がりまたさらに跳ね返ってくるのを、どこか永久運動めく跳ね返りの跳ね返りの跳ね返りを、それを見るというか見ようとするがそう簡単に捕まえられるものではなく、無為に眺めているだけで何もかも見通すことができるなら苦労はないが、そう便利にできてはいないらしく、つまり見ようとする意志が、それこそが見ることを可能にするのだろう、尤も可能にするとは言っても精緻に隅々まで明るく照らすことができるわけでもなく、見えそうで見えない届きそうで届かないその隔たりが隔たりなりに隔たりとして捉えられるということになるのか、だから見えているとは言いがたく、見えていることは見えているが視線の動きとともに捻れ歪んでゆくのを、中心はまだどうにか補正できているが端へゆくほど歪みは大きく、どうかするとそちらのほうへ傾いでゆきそうなのを、いやたしかに傾いでいるのを、不安定に揺らいでバランスを保てないほどではないがいつかふらふらと彷徨いだしてしまいそうなのを、いずれにせよ長い間密着していたことを示すとともに不衛生の排されていないことをも示すものである汗染みの浮いたそこから籠っていた熱が蒸散するのだろう、背のほうにもいくらか冷気が流れ込んで汗は引いてゆくが、それで疑念が斥くことはないらしく、逆に益々痼ってゆくというか、硬く強張って意のままにならない、もとより意のままになることなどほとんどないのだが、操られることはあっても操ることなどできるのだろうか、求めているものを手繰り寄せることが、摑み取ることが、忘却の淵から救いだすことが、なぜといって掬っても掬っても悉く零れ落ちてゆくからで、だからまだ何ひとつ手にしていないがひとつくらいは手中にしたいと何度も何度でも、無駄な足搔きと知りつつも手当たり次第に節操もなく、そんなわけでさらに前へ屈んで両の肘をそれぞれの膝でつまり右の肘を右の膝で左の肘を左の膝で受けて支える恰好に、次いでなるべく負荷を掛けないように少しずつ重心をずらしながらゆっくり立ち上がるとあちこち軋むからその都度息を呑むが前にも後ろにも倒れることなく絶妙な均衡で、それでいて必要以上に踏ん張ることもなく僅かな筋力で直立することが、いくらか腰が引けて背も屈み気味ではあるが立っていることには変わりなく、要するに自力で立っているということで、一山越えたと僅かに息をつくがこれからさらにも難易度は上がってゆく、さらなる懸崖が控えていると息を詰めながら上体を捻って一方の脚へ少しずつ、右でも左でもいいが右へか左へか体重を乗せてゆき、そしたら乾燥した木片と木片とが擦れ合うような音が、他方の脚を心持ち浮かすとさらにも荷重が掛かるから今にも頽れてしまいそうな軋みが、何もかも崩れ去ってしまいそうな予感とともに、もちろん崩れ去ってしまうのだが、それはもう避けられない事態と言ってよく、それでも崩れ去った当の瓦礫の上に再び築き上げるのであり、何度も何度でも、終わるまで終わらないというか終わるまで終われない、とにかく探るように前へ滑らせてゆく、一歩でも踏み損ったら遥か奈落の底へ顚落してしまうそこは切り立った崖で、と要らぬ想像の膨らむのを払い除けながら灯りのない闇のなかを微かに流れる風を頼りに探るように前へ。

そうして今まさに最初の一歩を踏みだすのであり、どこへかは知らないがこれが最初の、華々しい、記念すべき、忘れ得ぬ、かどうかは分からないが本当に最初の、これより前には何もないというか、ここからすべてがはじまるというか、そんな確信がいつの間にか、そうとすればここからはじめるべきだったのだ、とそう呟く声を聞き流しながらとにかく一歩を前へ、探るように前へ、不穏な影の気配が行き交い飛び交うその間を縫うようにして、というかこちらが避けるまでもなくあちらが避けてゆくらしいから、逃げてゆくと言ってもいい、ほとんど考慮することなく一歩を前へ、探るように前へ、そうしてしばらくすると壁にぶつかり、そのまま直進することはできないからつまり壁が壁であるかぎりそれを破ることも通り抜けることもできないから左へ曲がり壁伝いに、しばらくするとまた壁にぶつかり、やはり直進できないから、なぜといって壁を壊すことも消し去ることもできないからで、だからまた左へ曲がり壁伝いに、そしたらまた壁にぶつかって、もちろんこの壁を動かすことも取り除くこともできないのでまた左へ曲がり壁伝いに、それでもしばらくするとまた壁にぶつかり、もちろんこの壁もどうにかすることはできないからまた左へ曲がり壁伝いに、しばらくするとやはりまた壁にぶつかり、そんなわけでふりだしに戻るがそこは本当にふりだしなのか、四回壁にぶつかってその都度左へ曲がったわけだから元のところへ戻っているはずだが、たしかに戻っているのだが、それをふりだしと見做していいものかどうか、それもまたある種の到達と言えないこともなく、そうとすればそこへ戻ったのではなくそこへと至ったのであり、つまり同じ場所だがべつの場所でもあって、だからふりだしではあり得ず、そうした意識で眺めると自ずと違って見えてくるから不思議だが、それでいて何の達成感もないのはただ当てもなく彷徨っているだけだからだろう、そしていつだってそうで、目的などというものを最後まで維持していたためしはないというかいつの間にかべつの目的にすり替わっているのであり、誰の仕業だか知らないが卓越したその手捌きに驚嘆せずにはいられない、なぜといってすり替わっていることにさえほとんど気づかないのだから、そんなわけでどこへ行くのか行こうというのか、踏みだす前にあったはずのそれはすでにどこへか紛れてしまって捜しても見つかりそうにないからさしあたりそれは措くとして、伝い歩いた四壁のどの面にも窓がないし扉もなく、出っ張りもなければ窪みもない平坦な面が一様に拡がっているだけらしく、尤も面の全部に手を伸ばしたわけではないから手を触れた部分だけが平坦ということだが、確認のため今一度壁伝いに、しばらくすると壁にぶつかり、左へ、またしばらくすると壁にぶつかり、左へ、同様にしばらくすると壁にぶつかり、左へ、やはり四壁のどの面にも窓もなければ扉もなく、あるいは通常よりも高い位置か低い位置にあるのかもしれないとさらにもう一度確認するが同じことで、そこには窓があって然るべきなのにあるいは扉があって然るべきなのに冷たく無機質な手触りよりほかに触知できるものはなく、光によって明るさによって四壁全体を一望できれば瞭然となると短絡はできないにせよ暗さのせいで部分をしか捉えられず、各部分を組み合わせて全体を構成するにしても時間的にズレがあるからその間に何某か変化が生じればそれは捨象されてしまうだろう、どれほど些細なものにせよ変化は変化であるからして無視すれば影響が出てくるに違いなく、だからどれほど精緻に部分を調べたところで時間的にズレを含む歪んだ全体をしか得られないということになり、すべてが徒労というのではもちろんないにせよ全部を同時に捉えることが叶わない以上必ずどこかに穴があるというか至るところ穴だらけというか、埋めることのできないそれは穴で、そうとすれば継ぎ接ぎだらけのパッチワークのあまりにも見窄らしい姿と言っていいが、それでもその見窄らしい姿をしか知らないし知りようがないのもたしかで、いずれにせよあるべきところにあるべきものがないからだろう風が、ついさっきまで首筋の辺りにその流れを受けていたのにそよとも吹いていないからどんよりと滞って淀みを為し、あるいはそのことが窓の不在を証し立てているということか、いずれが因でいずれが果か、あるいはいずれも果でさらにべつの因があるということも、と澄ますというか凝らすというかすると、ひっそりと静まり返って影たちの気配も少しく遠退いて、反面ひたひたと打ち寄せるものが、さらに凝らすというか澄ますというかすると少しずつ露わに、濁り淀んで腐ってゆくそれは底のほうに溜まってヘドロめく臭いを漂わせながらねっとりと足に絡みつくというか、足を取られて進むことも戻ることも儘ならず、それでも一歩を前へ、探るように前へ、とはいえどちらへ向かえばいいのか、風が導いてくれないとすれば何が導いてくれるというのか、全き闇のなかで右も左も、上も下も分からないというのに、これでは幸先のよい滑りだしとはとても言えないし波乱含みの展開に先行きが危ぶまれもするが、それでも一歩を前へ、探るように前へと繰りだしながら未踏の領域へ、搔き分け切り拓きながら奥へ奥へもっと奥へ、そこは道なのか道ではないのか生い茂る草叢を踏み拉いてさらに奥へそのまた奥へ、そうして深みへ塡まってゆくのだろうか、日はかなり傾いて傾いたその分焦りも増してゆくが焦るほどに道のりは伸びると見え、なだらかな斜面が遥かにつづいて果てもなく、さらに日が傾くとともにその傾斜も増してゆくかに思われるが落ち掛かる間際の寂寥と妙な昂揚に急き立てられてさらに奥の奥の奥へ、落ちそうで落ちない暮れそうで暮れないそこは暗くもなく明るくもなく、それでいて刻々と流れて已まないのだからどこか間尺に合わないが、かかる宙吊りの、曖昧さに囲繞されたそこで、というかここで、傾斜に沿って傾斜とともに見えてくるものを見るというかなだらかな斜面のなだらかさそれ自体を見定めるというか、目が馴れてくるにつれ曖昧さが斥いてゆくのを、何もかも明瞭にはならないにせよそれなりに見えてくるのを。

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