というより絶対的に正しい読みなどないということだし、誤読を前提にしなければ何もはじまらない。以下に記されていることにしてもどこまでが現実に即したものでどこからが虚構なのか、忍にはもう明確に区別できない。そのいずれもが現実らしくも見えるし虚構のようにも思える。別にどっちだって構やしない。抑も自身の記憶を徹底的に攪乱することこそその主要な目的だったのだから。ただ、美佳がこれを見たとして気を悪くしないかそれだけが気掛かりだ。忍に不分明なものでも美佳には分明だろうから。誰も誤読からは免れられないということで慰藉(いしゃ)とするよりだからない。
プロテクトこそ掛かっていなかったもののそのファイルは階層のかなり奥のほうに仕舞われていて、美佳がそれを見つけたのはだからずいぶん後になってからだった。あんまり覗き見しても悪いとか思ってフォルダを片っ端から開けて廻ることを控えていたし、不用意に検索を掛けたりもしなかったからで、ほとんど未使用の増設の四〇GBがあって容量も充分だったから不要なファイルを整理しなくても自分用のスペースは確保できたし用も足りたからだ。いや、そうではない。ここには不要なファイルなどひとつもなく、総てが美佳にとってなくてはならないものだった。誤記は誤記として重複は重複としてそれなり意味を持っていて、不用意に移動させてもダメなのだ。ちょっと階層を移動させただけでも全体の秩序というのか無秩序というのか、それがそれとしてあった趣さえガラリと変わってしまい、何もかもが狂ってしまうのだ。遺蹟の発掘現場か何かのようにファイルひとつ開くにもだから慎重でなければならない。しかもそれまでの定説を覆すことになるかもしれないこれは遺蹟群なのだと美佳は思い、そうとすれば尚更扱いには注意しなければならない。
ゆっくりと少しずつ繙(ひもと)いていこうと一日の規定量を決めたのもそのためだ。全体のパースを想定しながらひとつひとつピースを嵌め込んでいくように慎重に読んでいき、決して無理な読解はしないこと。そのように自分に課してきたはずなのに、根がせっかちだからか怺え性がないのか、気づけばいくつものファイルを立て続けに開いてしまっていたり、性急に解を得ようとしていることがあり、今後の反省すべき点と美佳はそれに向かいながら自分を叱りつける。
プラスティックの小っちゃなスプーンで手にした容器から一掬いマンゴープリンを掬いあげると、ツルリと啜り込んで漉すように歯間を通して解し、ほとんど噛まずに呑み込む。視線を画面に固定したまま小っちゃなスプーンをプリン面に墓標のように突き刺すと、美佳は容器をマウスパッドの脇に置く。買い物から帰ってきて要冷蔵のものは冷蔵し、嵩張るものは容器から出し、ストックの肉類は使用分ごと小分けしてラップしてフリーザーバッグに入れて冷凍し、不要な袋等を捨てて総てを収めるべきところに収め、お茶とマンゴープリンとで一息ついているとき美佳はそれに向かったのだった。そのような次のプロセスへとシフトする端境の脱け殻状態のときに十分くらいと思いながらつい三〇分も、下手すると一時間近く潰してしまうこともある。そのせいか洗濯物を取り込むのを忘れたり、夕飯の仕度が大幅に遅れたりしてひどく慌てる。必ずチェックしていたワイドショーも見逃すようになり、芸能人の恋愛結婚不倫離婚ネタにも今はあまり関心がなくなって近所の主婦らの話している内容にしても妙に非現実的な絵空事に思えてリアリティーを感じない。かつて自分もそこに浸っていたことが嘘のように思えてくるが、それでも全然構わないのだった。かといってそれに代わるスキャンダラスなものがそこに見出せるわけではないし、自分にとって決定的な何かに出会うというような期待もだからとくに懐いてはいない。
容器に下唇を密着させて残りのマンゴープリン総てを小っちゃなスプーンでツルツルと美佳は流し込み、縁に残る黄色い雫を舌先で嘗め取ると、空(から)になった容器をアンダースローでゴミ箱に放り入れる。すぐ足元にあるから外すことはない。さらに上体を左に捻って卓に用意しておいた新たなスナック菓子に手を伸ばす。チーズ風味のカールとキャラメルコーンとで瞬間迷うが、キャラメルコーンを選んで開ける。視線を画面に戻し、二つ三つキャラメルコーンを摘んで食べながら実際自分は何を求めているのかと考えてみる。忍の記述したテキストをひたすら読むという行為が何を私に齎すのかと美佳は考える。いや、それ以前になぜ読むのかと問いをズラし、さらに私にとってこのテキストは何なのだろうとその意味を問うてみる。
あるとつい手を出してしまうスナック菓子とそれは似たようなものなのかと思いもするが、それではあんまり軽んじすぎてはいないかと指についた油を濡れ布巾でこまめに拭いとりながら美佳はその違いを示そうとさらに思惟を巡らせる。歴史に残る高尚な文学というのでは全然なく、取るに足らない、ときに意味不明な文字の連なりというか引き攣れとでも言いたいそれらは全体不安と苛立ちに満ちていて、ただ読んでいるだけの自分までその不安なり苛立ちなりを共有してしまいそうな気がする。とはいえそのような怯えきったテキストを産出した忍への同化と単純には言えないようにも思う。忍はではなく、それらテキストはいったい何を目論んでいるのかと美佳は無意味な問いを設定したくなる。斥けてもすぐまた擡げるその無意味な問いを幾度となくくり返しながら読むのだった。かっぱえびせんと同列とは思いたくないが、作用としてごく近似のものということは認めざるを得ない。
視線を画面に注いだまま左人差し指と親指を何とはなしに擦り合わせると、キャラメルコーンの油がネットリ纏わりついている。不快というのではないがすぐに布巾で拭いとる。その指先の感覚が触知されるテキストの感覚と相同のものになっていることにふと美佳は気づき、指先を油塗れにしながらテキストを食むという変なイメージは以後離れがたく美佳の脳裡に巣喰って繙くたびに再生産される。
父も母も使えないからともらい受けたそれは忍の使用していたデスクトップパソコンで、夫の孝裕とともに車で取りに行ったのだった。日曜の昼過ぎで天候もよかったせいか「なんかドライブでもしたいな」とか言いだすのを面倒臭いと気鬱げに一蹴したことで気分を損ねたのか、それきり孝裕は押し黙ってしまう。それを補填するためか知らないがラジオをつけるが、却って障壁のように作用して逆効果ではないかと美佳は思う。怒っているわけではないらしく、それが昂じて喧嘩にまで発展することはないが、仮にそこまで拗れそうになったとしても譲歩してドライブにつき合う気は全然ない。
久びさに帰った家(うち)はどこがどう変わっているというのではないが落ち着かず、自宅と違う匂いがするのは当然なのに妙な違和を覚える。他に言いようもないから「ただいまあ」と告げるが、言いながら何か違うと美佳は思い、実際その声はどこにも響かずすぐに失速して足元に落ち、死に掛けの蠅か何かのようにのたうち廻るのを不快げに美佳は見つめる。家が変わったというより自分が変わったということなのだと美佳は思うが、懐かしいというような感慨さえ無意識との境界辺りにどこか遠慮がちに見え隠れするだけで、一歩踏み込むのにためらいを感じている。その自分の在りようを訝って日を改めて出直そうかとも美佳は思うが、ここまで来て出直すもないだろうと敷居を跨いで玄関に入る。というより後ろに立つ孝裕に背押されて蹴躓くように敷居を越えたのだった。
その境界を越えた途端、曖昧だった違和が身体感覚を伴って感覚される。そこは外とは圧が違うような気がし、加圧というより減圧されているような稀薄さで、何もかもが稀薄なのだった。留守にでもしているような静けさがそう感じさせるのかもしれないが、衣服の衣擦れが際立つほどのそれは静けさで、家ってこんなだったっけとその変容をさらに強く感じ、恐怖というのではないが薄気味が悪く、あまり長居はしたくないと美佳はすぐ部屋に向かう。茶菓の用意をしているらしい母に「すぐ帰るから」と声掛け、玄関上がってすぐ左手のドアの前に立ってそれより奥へは行かない。いや、行くことができないのだ。誰も阻む者などいないのにリヴィングで休む気にはなれないのだった。両親と孝裕との折合いが悪いとかそういうことではなく、いや、確かにそういう面はあるが、この場合の美佳のためらいの原因はそれではない。
小説/literary fictions