今回は不首尾に終わったとはいえ持久戦の構えで掛かればいつか必ずと自身の落胆を払拭せんとしてか悲愴なほどにも強い眼差しで延子が皆を見つめれば、その通りと力強く頷いて「これで終わりじゃねんだから」すぐにも次の捜索対象をリストアップして必ずメシアの居場所を突き止めると由雄は言い、さらには「日下さんと違ってメシアが見つかるまでオレは」捜索を続けると宣言するその無根拠の自信がどこから来るのか紀子には分からぬが、無根拠でも何でも今はそれより他頼みはないのだからカラ元気でも紀子には有り難く、実際的にもしかし有効にそれは機能しているようで内心不首尾に悲観しながらも由雄のカラ元気に感染したように自分まで妙に元気が出てくるのを紀子は感じ、さらに今このようにも力強く前進を宣する由雄を見つめていると沖宅での怯えぶりがふと思い出され、対照を為すかのその二様の態度が妙に滑稽に思えてこの場の空気を掌握しつつある由雄が妬ましいとかそういうことじゃ全然ないが自身感じたこの滑稽感を皆と共有したいとの誘惑に駆られ、真っ暗い穴を前にして「子供みたいにビクビクしてたじゃ」ないかと紀子は口にし掛けるが直前で押しとどめ、それでも僅かに笑みが漏れるのを目敏く見つけた延子に「笑いごとじゃないんだから」と窘められてさっきもそれでしくじったのだと紀子は自省し、さらには「勝手な行動は控えてください」と叱責されて侮れぬとその情報の入手経路を思案しつつ紀子は思い、そうかといって行動を控えるわけにもいかぬと「その指示には従えません」と宣告すればメシア=天皇不在の現在あなたがいなくては教団としても困るとの八木の言に「私じゃなくて恵美=マリアでしょ」と核心を突けば一瞬怯む八木をそれは違うと駒井が掩護し、紀子の霊媒としての素養と布教におけるその実績は高く評価しているし恵美=マリア=皇太后のみでは何事も為し得ぬのだからその存在は恵美=マリア=皇太后と不可分でともに「必要なんです」と駒井は力説し、その取ってつけたような理屈にいくらか反感を懐きながらそれでも自分は知恵美なしにはいられぬからと高らかに宣した由雄に倣うかに今後も捜索を続ける旨決然と紀子は言い放つ。紀子の固い決意に一瞬怯んだように絶句するが「メシアにその気があればいつだって」帰ってこられるはずだし今この瞬間にだって虚空に出現しないとも限らないのだからそのように探し廻られたら「メシアとしてもね、却って迷惑」なのではと八木は言い、確かに紀子もそれを思わぬではなかったがそのような些細なことに拘る知恵美ではないとも一方で思うから「だって自力で帰れだなんてそんなの無理じゃないですか」と非難がましく訴え、その符牒としての意味を喪失した知恵美など不要になって本気でその帰還を願ってなどいないのだろうとさらに突っ込めばそう思われても「仕方ないですけど」教団なりに善処はしていると弁解がましく、怯んだところをさらに追い打ち掛けるかに知恵美の灼かな霊験はメシア=天皇ということを考慮すれば本質的に他者に対して効力を発揮する性質のもので自己には恐らく何の効力もないとその不可能を紀子が指摘すれば「教団の見解はそれとは違う」からそのことで議論するつもりはないと八木はキッパリと言い、そうあからさまに言われてしまえばそれ以上議論の余地はないがこっちが屈したよう思われても癪だから「いつからそんな見解になったんです?」都合好すぎると咬ますが、動じる気配もなく打ち切りを告げるかに八木は席を立ち、次いで駒井も席を立つと八木のあとに続くが不意に思い出したように反転すると序でのように教団の措置として「これも仕方ないですけど」と田尻のマネージャー解雇を通告され、その不意打ちに田尻ともども紀子は逆に咬まされた恰好で茫然となって反論もできず、巧いこと封じられたとその首尾に自身駒井は驚きながらも次期マネージャーは決定次第連絡すると告げると事務的な礼をして八木のあとを追う。こういうことにはやはり長けていると改めてその遣り口に感心する一方で教団の今後の進み行きに不安を懐きもして田尻ともども紀子は敗北を噛み締めるが「駒井さん何もそこまですること」ないじゃないかとその敗北を認めぬかに異を唱えたのはしかし紀子ではなく半透明の恵美の霊で、その声を聞き届けてか一瞬怯んだように身を固くするがマリアの言に駒井が屈することはなく、マネージャーというには度を超したその働きぶりはそれ自体個人的には感心せぬでもないが「教団としてはね」それを見過ごすことはできないし忙しくて休みもなかったからむしろこれはいい休息になるんじゃいかと皮肉るつもりじゃなく字義通りの意味で駒井は告げ、すでに「決定したことですから」とにべなく言われてそれを覆すことの不可能を知り、田尻ともども半透明の恵美の霊とともに紀子は本部事務所をあとにしたのだが、極度の緊張からの解放による一時的な感覚の麻痺か知らぬが待機の車までの距離がえらい長く感じられるし混乱しているのか状況ももひとつ把握しきれず、オクターブ高い友梨の「お帰りい」に応える声もだからどこか覇気なく、首尾はどうかと次いで訊く友梨に何と答えたものか紀子は失語に陥ったように口元を歪め、自分ではほんの一瞬の変化ですぐ元に戻ったつもりだが目敏く友梨はそれを捉えてよほどの事態と察したらしく「え、何かあったの? 由さん」と紀子に直接問うことはしかし控えてあとから乗り込む由雄に振るが同様これも困惑したように口籠って要領を得ず、由雄にはしかし臆することなく「ねえねえ黙ってちゃ」分からないと袖を揺さ振って執念く返答を求め、皺になると迷惑そうにその手を払いながらも「会ったんだよ」と由雄がようやく痰の絡んだような声を絞りだすと「メシアに?」と驚喜する友梨に「違う、沖にだ」と素っ気なく首を振り、不意に出てきたその名に事態が呑み込めぬらしく「どこで?」と問う友梨に地下に沖の潜んでいたことを由雄は告げる。チラと横目見てまだその失語から紀子が立ち直れぬようなのを捉えると紀子に代わってその顛末を逐一語り聞かせ、そのうえで皆とも共議の結果延子には秘しておくことになったのだが、適当にでっち上げた冒険譚めいた話を得々と語る由雄に下手なこと言って嘘とバレぬか田尻友梨ともども紀子は内心気を揉みながらも尤もらしく相槌を打ち、話すうちしかし徐々にエスカレートして調子扱いたその虚言に「ホントなのソレ?」と延子が訝りだすと皆で口裏を合わせることも困難になり、延子を前にあからさまな非難もできぬからその暴走をとどめ得ず困じていたのだが、巧いことにというか拙いことにというか駒井から至急本部事務所まで来るよう連絡があったため逃げるように津田宅を辞し、その際「オレまで行くこたないだろ」とごねるのを「由さんひとりにしたら何言うか分かんないし」嘘もバレると強引に連れだしもしたのだが、不機嫌というのでもないがいくらか落ち着かぬふうの由雄を「何も由さんが尋問されるわけじゃ」ないんだからと友梨が笑えば、上のほうも必死なのが透けて見えるから深刻にもなるのだし「笑ってる場合じゃ」だからないと逆に窘められ、呆気にとられたような間抜けた顔をしながらしかし友梨は由雄の言葉を聞き流し、期待していた冒険や大捕物に出食わすこともなく一日「今日は待ってばっかで全然」つまんないし何か言うたび反撃されるしで「も最低」と嘆く友梨とその妻の前での子供染みた振る舞いから一転して年相応の鷹揚とした構えで「仕方ねえやな」とそれを宥める由雄とを車内に残し、そのあとの展開が妙に気になりながらも田尻とともに紀子は本部事務所に出向いてその単独行動に釘を刺されたのだが、なかば予想していたことだからそのこと自体にさしてダメージを受けたわけではなく、ただその露見の早さにはひどく動じて今後の展開のことを思えばこのスタート直後の躓きはやはり手痛く、沖との遣りとりも生々しく記憶にあるから余計絶望的に落ち込んでしまうのを紀子は回避できないのだった。悄然と車に戻ってくればしかし「お帰りい」と明るく友梨に迎えられ、かつての自身を彷彿させるような友梨のその道化た振る舞いに紀子はいくらか慰撫されながらもその内心の鬱屈が分かるだけに思いは複雑で、その事務所での顛末を矢継ぎ早に問う友梨に真摯に答えながらも紀子の思いはしかし別のところに飛んでいて、というより最前からずっとそれは耳朶に反響し続けて紀子を悩ませているから自然思惟もそこへと向かわざるを得ず、つまりは沖の言ったことが脳裡から離れないのだが、ふと紀子がその懸念を洩らすとそんなの「ウソっぱちさ」と由雄は軽く去なすが紀子にはそうとも思えず、仮にその言説が悉く虚偽だとしても何ひとつ手掛かりの掴めていないことに変わりはないのだから知恵美にはもう到達できぬのではとの思いが兆しても仕方なく、そのような後ろ向きの考え方こそが致命的なのだし「鬱いでたって何にもならねえ」と由雄に窘められても沖の腹の内が読めぬだけに混乱は増すだけで、帰途に就く車中でなかば憔悴しながらも沖との遣りとりを紀子は思い出しつつその細部の悉くを順繰りに冷静な思惟で以て篩に掛けて吟味し直し、その仕草なり口振りなりに何らか手掛かりになるようなものはないかと反芻すれば、そのときはいくらか動揺していたし全体こっちが劣勢だったから気づきもしなかったが今思い返せばその現れ方からしてどこか芝居めいていたような気がし、じっくり考え詰めれば何某かそのカラクリが見えてくるかもと僅かな期待とともに紀子はシートに深く身を凭せ、瞑想でもするかに眼を閉じて細部の記憶を呼び覚ましつつあの場に佇む自身を強くイメージし、再度眼を開けて見廻したそこにはいくらか湿った闇があるだけで、それでも確かに声がしたような気がしたからその旨由雄にも告げるが「気のせいだって、オレにゃなんも」聞こえなかったと取り合わず、半透明の恵美の霊に訊いても答えは同じで二対一では分が悪く、気のせいなのかと思い掛けたその瞬間しかしまたしても声がしたから「ほらやっぱり誰かいる」と耳をすませば確かに聞こえたと由雄も認め、闇の奥から声だけ響くから最初それは異様に怖かったがそれが誰かはすぐに分かったから一旦恐怖は半減し、相手が相手なだけにしかし徐々に恐怖は再燃して惨たらしい拷問やら凌辱やらの果てに知恵美との再会も果たせぬままこの穴の奥底に人知れず埋められるという無惨な最後をまでも想像してしまう。