友方=Hの垂れ流し ホーム

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駒井らには一切を伏せてあるからそっちに連絡されぬよう各セミナーに断わりの電話を入れてその日の予定を総てキャンセルし終えると、教団への離反行為に田尻はいくらか緊張した面持ちで「そっちはどうです? 準備、できました?」と訊かれて遠足気分というのでもなかろうが快活に「はあい」と返す友梨の、緊迫したこの場にそぐわぬその上機嫌がもひとつ紀子には分からぬが、その気分に自身徐々に牽引されていくようなのを感じもし、それでいてそれに抗うつもりは全然なくてむしろ流れに身を委ねることでその不安なり緊張なりをいくらかでも散らすことができればと紀子は思うから「私たちはでも体ひとつだから」準備らしい準備もさしてないと努めて快活を装い、あとはだから由雄の仕度を待つのみで「遅いよ由さん、まだあ? ね、まだあ?」と急かす友梨を田尻が窘めるが慌てることなく由雄はマイペースで、六畳のリヴィングで甘いヴァニラの香りに浸されつつ待つが一向現れる様子はなく、出発の時刻が迫って田尻が焦りだしたころ「お待たせ」と由雄は現れるが時間の掛かった割りに軽装で、小振りな道具箱ひとつ手にしているのみなのに「それだけですか?」と田尻が訝ると素人は口を出すなというかに一瞥して「これだけだ」と素っ気なく、「遅いっ」との友梨の一喝も「悪りぃ悪りぃ」と軽く去なして「行こか」とのその口調からは気負いも何も感じられず、無警戒というのでもなかろうがそのあまりの軽さに田尻ともども紀子は調子を狂わされたような気がし、この潜入に関しては文字通り由雄が鍵なのだから煽てるとかそういうことはないにしろそのペースを乱すようなことだけは避けねばならないと思うのだった。

一言何か言いたげな素振りで延子はひとり玄関に佇んでいたが「気をつけて、無理しないで下さい」と言ったのみで内に秘めた蟠りを明かすことはなく、一番に靴を履いてあとをも顧みず表に出ていく由雄のその背を皆は眺めつつ靴を履き、尚も緊張感の欠ける口振りで「それじゃあ行ってきまあす」と友梨が言うのに「遊山に行くんじゃねんだから」と表から由雄は窘めるが、端的に皆の気分をそれは解すことになったし以後捜索の全体を通して半透明の恵美の霊のそれとともに友梨の楽観ムードが基調として流れ続けもし、知恵美の灼かな霊験とそれを短絡することはないにしろそれなりにこの人選は有効なのではと改めて紀子は思い、このまま順調に巧いこといくんじゃないか乗り込んだ途端「待ってたよ」と知恵美の甲高な笑いに迎えられるのではと短絡さえしてしまい、強行捜査に行くというよりはただお迎えにあがるというようにしかだから思えず、そんな巧いこといくはずないとそれを抑えるのに困じるほど全体楽観ムードに満ちていてさして緊張感もなく、車にしてもいつものヤツだからかみんなしてセミナーに出掛けるみたいでもひとつ実感湧かず、後部座席に友梨のあとから半透明の恵美の霊とともに紀子は乗り込みながらこんな調子でいいのだろうかと懸念せぬではないものの、常のようにゆっくりと静かに動きだすのに合わせて「出発う」と小声に叫ぶ友梨のムードに押し切られる形でいつか懸念も薄れてしまい、そのようにして津田宅をあとにすると殊更警戒することもなく気づけば沖宅周辺を巡回しているのだった。ここまで来るとしかし皆急に押し黙り、周囲に眼を配りなどしていくらかその緊張を示すが、一様に薄く笑みを浮かべていることからもそれがネガティブなものじゃないのは確かで、その居宅前を通過する折「それが沖のうちです」と田尻に指差し教えられて複雑な思いでその間口も狭く庭もない家屋を紀子は眺めながらそこに知恵美がいたのかもしれず、いや今もいるかもしれないと思うと再会が叶うかもとの期待からか拉した沖らへの憎しみからか妙に波立つ感情を抑えられず、無理もないと皆に慰められ励まされてここで踏ん張らねばと何とか抑えつけて鎮めると「ゴメンなさい、なんか」取り乱してしまったと紀子は詫びつつ自分ひとり巧いこと戦闘態勢にシフトできずにいることを痛切に感じ、この場に尤もそぐわぬのは他ならぬ自分だと恥じ入って頻りに詫びるのを「謝るこたないさ」と由雄に言われて詫びるより戦闘態勢に入ることが先決と紀子はそのことにのみ集中する。その間どこに車を止めるかで由雄と田尻で一悶着あって近すぎると隣近所の人らに警戒される怖れがあるし遠すぎてもいざというときの逃走に支障を来すからその加減が難しく、沖宅から百メートルほど離れたいくらか見通しの利く通りの路肩に「ここら辺りが無難だろ」と車を止めると、定時連絡は由雄、友梨の携帯に緊急連絡は紀子、田尻の携帯にと最終確認して「んじゃ、行ってくっから」との由雄の気の抜けたような口振りにいくらか意気を削がれ、それに答える友梨の「行ってらっしゃあい」にさらに追い打ち掛けられながらも手筈通り由雄とふたり紀子は半透明の恵美の霊とともに沖宅に向かい、周辺の状況を記憶に入れながらゆっくり歩いていくのをもどかしげに顧みて「何モタモタしてんの、置いてっちまうぞ」と由雄は忙しなく、友梨の呪縛から逃れたからか一挙に緊張がぶり返してくるのを紀子は意識しつつ小走りに由雄に追い縋ると自分を置いてったら半透明の恵美の霊まで置いてくことになるとやり返し、「そら困る」と言いながら由雄はしかし余裕のある笑みを返して「誰もいねんだから」中に入ってしまえばゆっくり探索できると言い、玄関を如何にスムーズに通過するかが勝負だと言う。その余裕がどこから来るのか分からぬが由雄のその構えに友梨のそれに次いで紀子は牽引され、そのあとに従って空き巣の手口で訪問者を装いつつ堂々と玄関から乗り込んでいき、最初にそれを指摘して「由さん変」とあからさまに笑ったのは友梨だが着慣れぬスーツに窮屈げな由雄のそのぎこちない歩きようを紀子も内心笑いつつそこまで偽装しなくてもと言ったのをふと思い出すが、念には念をとのことで「笑うこたねえだろ」とふて腐れたように言いながらそんな変かと気にしだしたのを宥めるかに「そんな変でもないか」と友梨は言い、確かにこうして玄関に並び立っていても傍からはさして不審には見えぬだろうと紀子は思い、ここでモタついていたらしかし由雄の言うように却って不審に思われると紀子はその時間を少なく見積もっても一〜二分程度と見做し、それまでに巧いこと鍵を開けて侵入できるかどうかは鍵屋としての由雄の腕に掛かっているから紀子として見守る他なく、待つ身にしたらしかしその一〜二分はえらい長く思えていつ背後から誰何されるかとそればかり気になって仕方なく、通りで見張りに立つ半透明の恵美の霊を信用できぬのではないが気になるものは気になるのだった。

半透明の恵美の霊を見張りに立たせることを由雄は頻りに済まながるが、見張りとして最適だし「スリルあってなんか楽しい」と当人も意気込んでいると伝えれば「頼みますよ」とまたあらぬ方向に拝み、田尻のようにそれを指摘することなく恵美=マリア=皇太后に護られているのだから絶対安全だと自分に言い聞かせるように紀子は玄関ドア前に立って脇のチャイムを押し、その紀子の陰に隠れるように由雄はしゃがみ込むとシリンダー錠を開けに掛かり、用意の工具箱から先端の鉤状に曲がった耳掻きのような細長い金属棒を二本取りだしてまず一本を錠の穴に突っ込んでおいて残る一本で探るように抜き差しするのを「開きますか?」と訊けば「楽勝楽勝」と答えてものの三〇秒で玄関ドアのシリンダー錠を開け、ドアチェーンも掛かっていなかったため怪しまれずに潜入することができるが、緊張のためか常より手間取ったらしいのを「そんなことないです」と率直にその高い技術を賞讃すると鍵屋には初歩の初歩で「もう五秒は早く開けられた」と悔しがる。中から施錠しドアチェーンを掛けるとドアに顔へばりつかせて覗き穴からしばらく外を由雄は窺っていたが「巧くいった」と振り返ると安堵の笑みを浮かべ、次いで狭い三和土にふたり並び立ってしばらく耳そばだてて気配を窺うが物音ひとつせず、最初の難関を突破したことでいくらか緊張が解れて笑みを交わしつつ靴を脱ぎ、用意のポリ袋に脱いだ靴を入れて手に持って上がると床にうっすらと埃が積もっていて一歩で足裏が黒くなるところから推して一度も帰宅した様子はないらしく、その失踪当初から無人だったことを証しているが油断はできぬと音立てぬように歩いてすぐ脇にあるリヴィングらしい部屋に通じる扉を開けて窺えば、雨戸が閉め切りだから中は暗く電気が来ていたとしても点けぬほうが無難だと用意の懐中電灯で照らしながら入る由雄のあとから紀子も続き、まず一渡りグルリと照らすが家具什器の持ち出された様子もなく元のままの状態らしく、散らかっているわけでもなく適度に整えられているのが却って不気味だしその生活が透けて見えるだけ余計生々しく感じもし、それだけにしかし手掛かりのひとつもあるかもしれないと三者手分けして丹念に捜索し、メモでも紙切れでもいい知恵美の所在を窺わせる何かが出てこないか、それより何より知恵美当人がいないかと隅々探すが知恵美は元より手掛かりになりそうなものも何もなく、リヴィングの屑入れからキッチンのポリバケツまで探すが何も出てこないのを「天皇殺ろうってんだから」周到なのも当然かと由雄は感心したように言う。

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