友方=Hの垂れ流し ホーム

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マリアに護られているとの思いに変わりはないにしろそれでもやはり不安に駆られてしまうのは全体それが罠臭いからで、素人眼にもそうなのだからここは見逃すべきなのではと紀子は思いながら素人眼にそう見えるようなカムフラージュと考えられなくもなく、そうとすればただ罠と見せかけているだけでこの穴こそが目指す知恵美へと一直線に繋がっているとも思え、それなら尚更怯んでなどいられぬし行くより他ないと思い窮めていながらしかし真っ暗い縦穴というそのこと自体に端的に紀子は恐怖し、さらにはついさっきまで手許にあった知恵美の出迎えシーンに象徴される大団円もどこかに吹っ飛んでしまって下りていったら「ご苦労さん」と沖が待っているというシーンに取って代わっていて、月並みなドラマの悪漢らしく残虐さを殊更表出させて「こんなむさ苦しいとこまでご足労下さって何ですけど、ま、概ね予想はしてると思いますけどその通り」あなたは消されるのですヌハハハハハとの科白が些かの滑稽感も懐くことなしに幾度も脳裡を過り、もひとつだから踏み切れなくて逡巡しているのを見兼ねてか「私行って見てこよか?」と半透明の恵美の霊が志願し、その旨由雄に告げるとマリア様にそんなことさせられるかと自分がまず下りると言い、自分ならしかし捕まる心配はないし気づかれることも多分ないと思うから誰より自分が行くのがベストだと半透明の恵美の霊の言うのも尤もで、見張りといい斥候といい何から何までマリア様を煩わせて申し訳ないと詫びる由雄に「私だって役に立ちたいから」と半透明の恵美の霊は言い、フワリと進み出て穴の真上に浮遊する恰好になってこっちに向き直ると「行ってきます」と快活に告げるが由雄には届かぬらしく、その穴に向かって前屈みに「気をつけて」と声掛ける由雄にいくらか哀しげな視線を向てから自分に苦笑するのを紀子は同じ苦笑とともに頷き返す。外光が届かないから全体穴は暗いし深く穿たれているのか底も見えないが懐中電灯を当てるのも危険と手探りで半透明の恵美の霊は下りていき、半透明だけにしかし見る間に闇に溶け込んで見えなくなるし音もせぬから一層不安は募り、マリア様にこんなことさせて罰当たると頻りに訴える由雄のその切迫した口振りに釣られてか、真っ暗い矩形を覗き込んでいるその後頭部を紀子は見つめながらこの穴は此岸と彼岸の境界で入ったら最後戻ることは適わぬのではとの妄想に囚われ、その実感ではどっちにも属さぬとの認識だがごく一般的な分類に従えば彼岸のほうに分類されるだろう半透明の恵美の霊のその越境はだから危険極まりなく、知恵美だけでなく半透明の恵美の霊までも失うことになりはしまいかとそれが紀子には不安で、そこに知恵美がいるのならしかし行かねばならないと自身言い聞かせながら罰など当たらぬ私が保証すると由雄を宥め、内心しかし由雄と同じ思いだから、いやそれ以上に妄想の肥大しているのを自覚しているだけに不安も大きく、自分がまず乗り込むべきだったと後悔しつつ半透明の恵美の霊の帰りを待つが、いつまで経っても戻ってこないからさすがに気になりだしたのかその楽観性にいくらか翳りを滲ませて「遅いね何やってんだろ?」と友梨は言い、別段皮肉るつもりもなく「相当深いみたいだね秘密基地」と田尻は言うが見返す友梨のいくらか険しい視線に「あ、いやそういう意味じゃなくて」と弁解し、「じゃどういう意味?」とさらに突っ掛かってくるのを「怒んなよ」とその失言を詫びれば「別に怒ってるわけじゃ」ないと友梨は言う。一呼吸おいてから馬鹿みたいに気楽に構えていると思うかもしれぬがそれなり自分も緊張してるしいざとなれば体張るくらいの気構えもあると言い、何もそこまで求めてはいないと苦笑とともに田尻は言って待つ身の辛さを分かち合いつつ案外持ちきれぬほどの手掛かりなり証拠物件なりに手間取っているのかもしれぬし「ていうか、メシア見つけて」喜びに浸っているのかもと友梨の楽観ムードに倣えば、苦笑とともに溜め息をついてそうとすれば真っ先に連絡あるはずとあっさり否定されて田尻はその不用意な発言を恥じ、前方を睨むふうに見据えるその背越しに「ゴメン、煙草ある?」と友梨は訊き、袋小路に嵌った会話をそこで一旦閉ざしてふたりは無言で煙草を吸い、一本灰にするころにもっ遍仕切り直すというように「それにしても遅いと思わない?」と友梨は言い、その旨田尻は認めるが何かあれば連絡するだろうから手筈通り待機しているより他ないと答えれば、何か起きてからでは遅いし連絡できぬ事態の起きる可能性もないとはいえず、ボケッとしてて事態の急変を見逃すことにでもなれば総てが無に帰してしまいかねぬのだからそうなる前に対処すべきではとえらい熱の入れようで、その裏面を訝しみつつ「それってどういう?」ことかと田尻が問えば「だからあ」と勿体ぶった前置きを置いてからその手筈に厳密に従うとするなら見張りにより待機に重点が置かれているのだから自分らが乗り込んじゃいかぬってわけでもないだろうと友梨は言い、「何だやっぱりそれじゃない目的は」と呆れたように言いつつそれでもGOサインがなければ行くに行けないと後部座席を見返れば、舌こそ出さぬがバレたかというような弛緩した顔つきを友梨は見せて「でもお土産いっぱい抱えて困ってるんだとしたらさ」助かるでしょうと道化たように言うものの心配はしているらしく、事故とまでは言わぬが下で何かあったのだと不安がる由雄に捕まるわけがないと紀子は強く囁き掛け、せいぜい視認することができるくらいで実体のないものをどうして捕まえることができるのかと現実に即した論拠で諭すが向こうにメシア=天皇がいるとすればその力で捕らえることなど造作もないし最悪マリアが寝返ったとの可能性もあると言われれば、知恵美にしろ半透明の恵美の霊にしろそんなことするとは思えぬと言い得たのみで真面に反論もできず、とにかく待つより他ないと由雄とふたり真っ暗い矩形の穴をただ虚しく見つめ続けるのだった。

闇と静寂とがふたつながら不安を助長させるのか一秒ごとそれは膨れあがり、許容量一杯に達したのかして音がした何か動いたと懐中電灯を目まぐるしく動かしてそこここを照らしながら「沖じゃねか? やっぱ奴が隠れてやがんだ」と怯えたように言う由雄は紀子の手に余り、見えないにも拘らず傍にマリアがいないとなると急に不安に襲われる由雄のその心理がもひとつ紀子には把握しきれず、根は臆病との延子の言葉を思い出してそういうものかと割り切るがそれにしても波が激しすぎてとてもついていけず、自分には到底御し得ないとなかば諦めながらその由雄を頼みとする他ない現況に見通しは暗いと紀子はその暗い収納の矩形の穴から眼を逸らすかに不安に喘ぐ由雄を見つめ、延子ならどうやってこの場を切り抜けるだろうとぼんやりと考えるが自身の空虚な内実を露呈するかに何も浮かんではこず、由雄の言うように本当に沖が潜伏しているとしたらこの状況は虜も同然だが端からそれは覚悟のうえのことだから今さら悔いても仕方なく、ただ最悪なのは沖がいて知恵美がいない場合でそのときはダッシュで逃げるしかないがこの状況からの逃走が可能かと問えば実際的に限りなくそれは不可能に近く思え、そこまで時間がなかったとはいえ逃走の手筈をもっと詰めておくべきだったとその詰めの甘さに紀子は苛立ち、というよりこの機に乗ずれば巧いこといくんじゃないかとの自身の先走った感情に嫌悪してメシア・マリアを媒介する伝道師のこれは振る舞いとはいえず、全く逆走しているじゃないかとひどく凹んでしまう。自分ひとり逆走しているのならまだいいが皆を巻き込んでしまったとの思いがさらにも紀子を凹ませて戦闘モードもいつの間にか解除されていて、そうなると由雄に同期するかに不安の兆すのを免れ得ないしそれまでの緊張感は緩々に弛んでしまうし徐々にその間隙に不安は浸透してくるしでどうにもヤバい展開で、そうかといってその弛みきった緊張感を元通り締め直すこともできず、知恵美への半透明の恵美の霊への思いに縋るようにしてその不安を紀子はギリギリのところで抑えつつ尚も由雄を注視し続け、その視線を気にしてか横目にチラと一瞥くれてから「何?」とミラー越しに訊かれて「別に」何でもないと素っ気なく友梨は返し、さっきのをまだ気にしているのらしく「怒んなよ」と宥める田尻に「怒ってないよ」と苛立たしげに言い、その苛立ちも分からぬではないがそのようなチームワークの乱れは思わぬ事故を引き起こすと警告すれば「分かるけどさ、なんか」イライラするのだと友梨はまた身を乗りだし、ただ待ってるだけじゃ「なんか役立たずみたいじゃん」とその不甲斐なさに腹が立つのであって田尻のせいじゃないのだと言う。だからというのではないがここにこうして待機していることにもう我慢がならず、無理と知りつつ「ね、行こ、行こうよ、ね」と懲りずに友梨は誘うが無理なものは無理だし「鍵掛けてると思うから入れないよ多分」と田尻は言って下手に動いてもだから怪しまれるのが落ちだと諭し、チラと時計を見てそろそろ引き揚げてくるころだしと田尻は言うと「も少しだから」と煙草を差しだすが要らぬと友梨は断わり、諦めたように運転席から体を引き離すと窓ガラスに側頭部を凭せ掛けて無警戒に茫と窓外を見つめる友梨を田尻は見つめ、そのようにして視線も意識も別なところに向けられていたから収納から不意に何か浮かび上がってくるのに紀子は驚き、その紀子の驚きに由雄が呻きを洩らすが見れば半透明の恵美の霊でふたりの驚きように面喰らったように「え、何?」と背後を窺うが何もなく、その驚きが自分に対してのものと気づいてか「何で?」とふて腐れたように言い、こんな暗い中で不意に出てきたら「驚くよ誰だって」と弁解しつつ半透明の恵美の霊の帰還にわけの分からぬ妄想を払拭できたからいくらか紀子は安堵し、同様に不安の晴れたらしい由雄とともにその報告を聞けば穴は深くて先まで行ってみたわけではないが人はいないらしいと半透明の恵美の霊が言うのでとにかく下りてみようと紀子は穴に向き直るが、妄想からは逃れられても実際的な不安からは逃れられぬらしく最初の一歩が踏みだせない。

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