あまり長居もできぬと思えば焦って見落としもあるかと二度三度と同じ箇所を掻き廻すが結果は同じで、他を当たろうとの由雄の指示に従って次いでリヴィング隣の四畳半を探って二階の六畳二間と順次探っていくがいずれも収穫はなく、不発を見越していたとはいえその落胆は緊張の度合いに比例するかに大きく、あの茫洋とした発光体の出現はやはり別れを告げるものだったのかと絶望的な思いに紀子は陥って階段を下りる足どりもいくらか頼りなく、このまま引き上げるべきか時間一杯まで丹念に探るべきかで思い悩んだ末その意を探るかに半透明の恵美の霊を覗き込むが、何らか手応えを感じているのかいないのかまるで掴めぬ無表情で、急速に不安に落ち込んでいくのを紀子は怺えつつ実際どうなのか問い糺してみても本番に弱い質は変わらぬらしく「何だろ、よく分かんない」とハッキリせず、当たるべきは総て当たったのだからと階段を下りきったところで引き上げることを決してその旨告げるべく由雄を顧みると、これからが本域というかに気負い込んだ様子なのに気圧されて切りだせず、再度リヴィングに向かうそのあとからついていくと由雄の照らす懐中電灯の光を追い掛け、それが映しだす輪の中にしかし自分らの踏み荒らした足跡が埃に残っているのを眼にして紀子は驚き、まるで自分の居室を荒されたかの衝撃にそれは等しく、自身のしている犯罪行為を悔いる気など全然ないがそれでもいくらか気が咎め、無惨に残る傷跡めいた自身のものも含まれるそれら足跡から紀子は眼を背けるように暗く翳っている天井の隅辺りに視線を向けつつこれ以上どこをどう穿っても何も出てきやしないと撤退を告げようとしたとき「見てほらコレ」とその踏み荒らされた足跡を指差し示して半透明の恵美の霊が言い、足跡などどうでもいいと素っ気なく紀子が返すと「そうじゃなくてほらコレ」とその場にしゃがんでこれ見よがしの絨毯の捲れを指摘し、その捲れた部分を思いきり踏みつけている由雄に「そこ」と紀子が指差すと驚いて飛び退き、よほど慌てたのか手にしていた工具箱を落としてえらい音を反響させ、その音にさらに驚くが「うわあ」と大声を挙げたのは半透明の恵美の霊のみだから人声に不審がられることはないといくらか安堵する。この整然とした中の僅かな乱れがしかし妙に気になってその意味を探るかに半透明の恵美の霊の横に並んで紀子がしゃがみ込んでいると、蓋が開いて飛びだした工具類を由雄は拾い集めながら自分らがしたことで元からこうなっていたのでは「ねんじゃねか?」と言い、遅れを取り戻そうとしてか目立ちたいからか当て推量でものを言う癖があるのを紀子は知悉しているだけに「それ臭い」と由雄に荷担すると、最初から捲れ上がっていたと半透明の恵美の霊は確言して「ほらよく見てよ」と譲らず、見ればしかし確かに捲れ上がったところにも埃が堆積しているから最初から捲れていたものらしく、他の整頓具合からいくらか逸脱したその乱れようはしかし如何にもトラップめいていて避けるべきではないかと紀子は思いながら、いずれにしろ疑わしいところは総て調べてみるべきと床に手をつき顔近づけて尚よく見るとよくある床下収納で、念のためと期待もせずに開けると中はカラで、肩を竦めて「ハズレ」と呟きつつ懐中電灯で照らすと底にもう一つ扉があるらしいのを由雄は確認し、これには錠がついていて鍵も掛かっているため開かないから再度由雄の出番となり、鍵が掛けられていれば開けずにはいられないのか「腕が鳴るね」と張り切って収納に身を滑らせるとちょうど体の真下に鍵穴が位置していて狭い収納の中どう態勢を変えてもそれは変わらず、ひどく窮屈な恰好で開けに掛かるがごく一般的なシリンダー錠だからすぐに開き、それが物足りぬらしく「張り合いねえ」と呟くがそのあまりの無防備に紀子は妙に苛立ち、一通りの家探しで何もないことは端的に明らかなように思えるが罠の可能性も否定はできぬとためらい勝ちに言えば、罠でも構わぬからもっと「なんかこう、手応えのあるヤツ」を開けてみたいと由雄は言う。その辺の鍵屋の機微は紀子に分かるはずもないがそれはしかし全然主旨が違うし下手に手を出して開けた途端に「ドカンなんてのは勘弁」願いたい私は天皇じゃないんだからと紀子が言うと「分かってるよん」と甘えたような口振りで由雄は返し、底部のほぼ全体が蓋になっているため一旦収納から出て汚れるのも構わず腹這いになって底蓋を静かに引き開け、用心しながら背越しに紀子が懐中電灯を差し向け当てると中は暗くてよく見えないが縦穴が穿たれているらしく梯子が一脚掛けられていて、それを指差しながら振り返った由雄はさっきと打って変わって生真面目な顔つきで「当たりらしいね今度こそ」と声を潜ませ、一旦しかし蓋を閉じて収納脇に胡座を掻くと乗り込むか引き上げるかとその指示を仰ぐかに紀子を見つめ、チラと見た感じだけでもそれはかなり深そうだからもっ遍出直したほうがいいかもと思わぬでもないがその奥に知恵美がいないとも限らないから退くことはためらわれ、どっちにしても田尻らに連絡せねばと即断を怖れて言えば「どっちで?」と訊かれて紀子は自身の携帯を取って掲げ、「そらそだね」とその愚問を嗤うかに由雄は頷くと寛ぐふうに収納の穴に足を投げだす恰好になり、その無防備をいくらか紀子は気に掛けつつ掛けようとした瞬間手にした携帯が震えだしたからひどく驚いて携帯を落としそうになり、それに気づいて「え、何なに?」と身を乗りだす友梨に震える携帯を示してから田尻は通話ボタンを押し、横目に盗み見ながら小声に事態を告げ知らせて外の状況も考慮しつつその進退を共議する構えを見せるが紀子としてここで退くことはやはり考えられず、それを田尻も否とは言えぬから「分かりました」と待機する旨告げるとともに今のところ周辺状況に変化は見られぬと報告して切れば、その頬が接するほどにも顔近づけて「なんて?」と乞われて田尻がその経緯を告げると「すっごい、私も見てみたい」と興味本位に友梨は言い、そこからは見えぬ沖宅を窺うように首を伸ばす。
友梨のその事態認識を欠いた言葉にいくらか田尻は憮然とし、その依然緊張感のない挙動をミラー越しに眺めていると「何? 見たいと思わないの田尻さん?」と言われ、正直見たいとは思いながら見張りをせねばならないからとめんど臭げに答える田尻の拒否的な態度に臆することなく友梨は背後から腕を廻し、シートごと抱き抱える恰好でシートの肩に顎を乗せて「見張りって退屈だよね」と艶めいた口調で言い、態とらしいその身振りを田尻は軽く去なして「ほら後ろ、ちゃんと見張っててよ」と注意するが、それには従わず不意に話頭を転じて「真希がさあここんとこ」ずっと不機嫌で田尻がマリア様の尻を追っ掛けているからと愚痴っていたと友梨は言い、そのバレバレの嘘に田尻は腹立つというよりは拍子抜けて笑みさえ浮かべその笑みに調子づいてか「ちゃんと会ってます?」と訊かれて前方に視線を向けたまま「まあ、たまに」と曖昧に流すと真顔で「ちゃんとセックスしてます?」とさらに訊き、その直截な物言いが常の友梨とは違うから妙に可笑しくて声を立てて笑えば笑いごとじゃない「真剣に訊いてるのに」とえらい怒りようで、それはしかし今話すことじゃないだろうと人の心配より見張りをしてくれと懇願するように田尻が言えば「ほらそういうとこがさ、アレなんだよ」と分からぬことを言い、「アレって何?」と訊けば「アレは、アレだよ」と胡麻化してその指示対象の不明瞭なまま「アレってさ、やっぱり地下の秘密基地でしょ?」と再度友梨は話頭を転じて「どんなんなってんのかな」と想像するかに遠い眼差しをする。それは由雄らが帰還ののちその報告を聞けばいいことで目下自分らの為すべきは見張りなのだと田尻は強く言うのだが、短絡というのか無思慮というのか友梨は気楽に構えてチラと背後を窺い見ると「後方異常なあし」と道化て敬礼をし、頭抜けた度量とそれを解することもできぬではないものの自分までそれに流されたら駄目だと田尻は思いながら徐々にそのペースに巻き込まれているのを感じてもいて、再度背後から抱き抱えられて「ねえねえ田尻さんさあ、今もアレですか? 霊とか」見えるのかと訊かれて田尻は「まあ、たまに」と半分投げやりに答えると「恐くないんですか? それともウザいとか?」と耳許で言い、そんなのに始終纏わりつかれていてよく正気でいられる「私だったら一日で狂っちゃうよ多分」と感心したように言うと「ああそっか、バリアとか張ってるんだっけ」と言い、言いながらしかしその奇異な防衛手段に興味を示して長時間勃起を持続させることができるものなのか「途中で萎えたりとか、逆にイっちゃうとかすることってないの?」とあからさまに股間を覗き込みながら訊き、昨日今日のことじゃないからと薄く笑いながらいろいろ試行錯誤して巧いことやっていると田尻は答え、巧いことって「例えばどんな?」と具体的なことを友梨は訊きたがるが「前に言わなかったっけ?」と回避しようとすると「聞いてないよ、あのとき田尻さん端折っちゃったから」と執念く迫られ、手早く済ませてしまおうと田尻は思い窮めて半身を友梨に向け、それにはコツがあって二〜三割程度の率で勃起させることで長時間の持続も可能になると田尻は言う。八割方それで回避できるし稀に質悪いのがいてそれには全開で対処するにしても射精にまで至ることは滅多にないと何だか分かったような分からぬような説明で、性的昂奮と霊視との関係がもひとつ分からぬからその辺「もっと詳しく教えてよ」と言われても田尻にもそれは理解を超えた現象だから説明し得ず、脳内における快感を感覚する部位と霊視に関係している部位とが何らかの形で抵触し合っているか重複しているかするのだろうし、快感と恐怖の親密性とでもいえばいいのか同じものの別の側面にすぎないのかもしれないと適当に胡麻化せばそれでは分からぬ「霊視が快楽と同じってことなの?」と友梨はさらなる問いを発し、同じかどうかは分からないが密接な関係にはあるのだろうと田尻にもそれ以上論理的な説明はできず、そんなことはしかしどうでもいいとあまりの逸脱を自省しつつ見張りを頼めば「行っちゃダメかな?」と不意に訊かれて「行くって?」何のことかと問い返せば「だから地下の秘密基地」と友梨は言い、駄目に決まっていると予想されるあらゆる事態を挙げてその危険性を教え諭すと「だってマリア様が護ってくれんでしょ?」と何の疑いもなくそう言い切ってしまう友梨には田尻のほうが面喰らい、「ま、そらそうかも」しれぬが駄目なものは駄目とキッパリと告げ、首に廻された友梨の腕をやんわりと振り解きながら手筈は決めてあるのだからそれから逸脱する者までマリア様が守護してくれる「って保証もないし」と田尻の言うのも尤もで、マリアの絶大な加護の許不測の事態など絶対に起こり得ぬとの思いに変わりはないが田尻のその尤もな論旨には従わざるを得ず、立ち入ったことを訊いて機嫌を損ねたらしいのを後悔して詫びれば「別にそういうわけじゃ」と田尻は言い、とはいえ一旦弛緩したムードに陥ってしまうと元の緊迫を取り戻すことは難しく、ヤバいことにならぬうち紀子らが引き上げてきてくれることを田尻は願うのみだった。