何を話して何を秘すべきか紀子は選択に迷うがその宗教の関係でご一緒した際に偶々明かされたのだと詳細抜きにその経路のみを告げるにとどめ、それではしかし腑に落ちぬらしく「それってどういう?」ことかと訊かれて「いや、だからね」その教団の集会があってそれに参加したとほんの少しだけ詳細を明かし、それでも納得できぬのか幾度も問い掛けられてその都度補足説明を施すということをくり返すが話せば話すほど説明に窮していくから歯切れも悪く、それでも訊かれたことにだけはとりあえず答える紀子を見つめながら難しそうな眼差しで朋子は聞いているが「もひとつよく分かんないけど」と言いつつもそれなり理解は得られたようで、思いも掛けぬ情報の出所にしかしいくらか戸惑いを示しつつ「お祖母ちゃんが」と呟くと、そこで初めて総てのパーツが揃ったかに見えなかった脈絡が見えてきたような気もし、それを概観しつつ「えっ?」と自問するように言ってから「ってことは同じ信者ってこと?」と訊かれて「まあそういうことに一応なるんだけど」と廻り諄い言い方なのを自身もどかしく感じながらも一応の質疑は遂げたしその祖母と同じ信仰ということでさほどの警戒もなく受けとめられもしたから紀子は安堵し、いくらか身を遠ざけるように後ろ手ついて一息ついているとそれを見越してということではないだろうがタイミングよく「もひとつ訊いていい?」と言われて駄目と言ったらそれまでの労が無駄になるから「うん何?」と後ろ手ついたまま応じれば「それってさ、辞める前から?」と訊かれて「微妙なとこ」だが入信は辞めてからだと言えば「そっか」と朋子は納得したようなしないような物言いで、まだ何か言うつもりかと内心身構えて注視していると「ゴメンねなんかいろいろ聞いちゃって」との言葉に質疑の終了を紀子は確信し、端的にその安堵から上体を支えられぬほどにも虚脱して背を丸めると神経が馬鹿になったかと疑いたくなるほどの疲労感に襲われるが、朋子のフォローで僅かに持ちこたえたのだった。恐縮げにミニ卓上に落としていた視線を再度上げた朋子は一転ひどく間の抜けたビックリ顔になっていて、虚脱と疲労感とから異常な渇きを覚えて僅かに残っていた温いお茶を飲み干したその矢先だったし不意のことだったから表面冷静を装いつつも内心紀子はひどく動じていて、顔面の皮膚を後頭部から引っ張られたような剥き眼にアの字口というそれは驚きの典型と言ってよく、このようにも典型な安手の漫画みたいなビックリ顔をするからには相応のことが現出しているに違いなく、自身の茶を飲む身振りにそれが原因するとはとても思えぬからそれ以外のもので朋子にビックリ顔を齎し得るものといえばアレをおいて他になく、パニクるというほどではないものの「えっあっ何っ」とそれなり動揺を示しつつ紀子の後方を「そこっ後ろっ」と指差すビックリ顔の朋子になかば紀子は観念しつつも半身を楯にして隠そうとしながら「いやあの何でもないから」とそれなり抵抗は試みるが「えだってほらそこお」と胡麻化しきれず、昂奮を鎮める意味でもきちんとした説明抜きには済みそうにないと紀子は観念し、幼馴染みで親友の高槻恵美と紹介すると「恵美です、どうぞよろしく」と半透明の恵美の霊が威儀正しく四十五度の辞儀をし、戸惑いつつ朋子も辞儀を返すのを見届けてから「なんてったらいんだろ」と慎重に言葉を選んで事の顛末を語り聞かせる。元より原因不明だからその死因までは示せないが先日亡くなった旨まず述べると、予想的中というかに「うわ、やっぱり」といくらか仰け反るような身振りを朋子は見せるが、最初の驚きようからすれば大分落ち着いてきて恐怖のみではなく興味も湧いているらしいのが半透明の恵美の霊を見るその眼差しに明らかで、それで随分話しやすくなって今はこうして霊「っていうのもちょっと違う気がするんだけど、そうとしか」言いようがないからその定義は置くとしてとりあえずそう言っておくが、とにかくそのような霊的な存在となって再度自分の前に現れて「私も最初は驚いたんだけど」危害を加えるわけでもないから以後行動を共にしている「っていうか離れらんないみたいで、別にそれがイヤってわけじゃないんだけど」否応なしに常に一緒なのだと説明すれば、それまで縛られていた禁則が解けた開放感からか「何それ、人地縛霊みたいに言わないでよ」と鬱積晴らすというように突っ込み、それだけならまだしも「こんなでもマリアなんだから」とらしくもなく滑らしてしまったから当然マリアとは何かとの質問が出て答えぬわけにもいかなくなり、知る限り総てのことを明かしたわけではないがその祖母からいずれ知れると思えば最低限これだけはと、知恵美=メシア=天皇と恵美=マリア=皇太后とについての図式的とはいえ一通りの説明を紀子はしたのだった。その間徐々に伝道師的様相の露わになる紀子とそれをマリア的様相で見守る半透明の恵美の霊とを交々見つめながら朋子は受講生よろしく熱心にその理路を追う構えで、その締め括りを待つのもしかしもどかしげに「マリアってのがさ」もひとつよく分からぬらしく、半透明の恵美の霊に遠慮してか「気に障ったらご免なさい」と予防線を張りつつ端的にどれくらい「その、マリア様?」は信仰されているのかとの問いを朋子は発し、それを今伝道の真っ最中でこんな時間に訊ねることになったのも昼間はそれにずっと掛かりっきりだからで、それもこれも「駒井さんが無理なスケジュール組むから」と朋子の知らぬ駒井まで持ちだして、自身危惧するところを突かれた形で言い淀んでしまった紀子に代わって半透明の恵美の霊が答えれば「ってことはそうでもないんだ」と悪気もなさそうに朋子は言い、半透明の恵美の霊は恐縮げにそれを受けとめて反論もせぬが紀子としてそれは半透明の恵美の霊の責められる筋では全然なく、むしろ自身の不備に尽きると思うところから「違うのそうじゃなくて」なかなか視認できぬから理解が進まないということはあるにしろマリアとしてそれなり信奉もされていると言えば「へえそうなんだ」と驚くふうもなくごく普通の反応で、それには紀子のほうが驚くが「分かる?」と訊けば「何となくだけど」半透明の恵美の意を見てるとそれこそ一足飛びに至福に至るとかって感じじゃ全然ないけど安定っていうか平衡っていうかとにかくそれなりに波のない穏やかな状態にゆっくりとだけど移行してるような気がするから不思議で、マリアとか言われてもだから大して違和感もなくああそうなんだって変に納得しちゃってると首を傾げて朋子は言う。
端的にマリアと認められたことが嬉しいし教団とは無縁の人だから尚更だが自身の伝道師としての能力が実証されたという認識では全然なく、恵美=マリアというより半透明の恵美の霊自身と言ったほうがより的確だろうがただひとりの参照例にとどまるとはいえそれなり通用する普遍性を持っていることが保証されたということをそれは意味していると紀子は思い、何よりそれが嬉しいしそれまで直隠しに隠し続けていたことがひどく愚かしいことのようにも思え、一方でしかし信仰とは無縁でも苦境にある者にはそれなり響くものなのか、そうとすれば恵美=マリアも満更じゃないなと妙に客観視している自分を愚かしく思いもし、外部への展開にそれが直結すると短絡しているわけではないものの内にある蟠りの解消に向けていくらかなりと役立ちはしたようで、今後教団における大々的な布教もあり得ぬことではないのかもしれないと紀子は思い、そうとすれば危ぶまれる教団の分裂瓦解も巧いこと回避できるかもしれぬとさらにも打算的に思考は巡って挙げ句には教団の地固めさえ整えばそこから知恵美奪回の展望も開けないとは限らぬとまで短絡し、そこに至ってようやく想像の肥大に紀子は気づいて知恵美を思うあまりの逸脱とはいえ不謹慎極まると自己本位の空想を斥けて何をしにここに来たのかと自責しつつ眼前の朋子の居室に眼を向け直せば、半透明の恵美の霊ともども紀子の沈思を見守っているから尚更気が引けて「ていうかほら、あんま真に受けても」あとが怖いし安易に宗教なんかに首突っ込むのはよくないと諫言に紛らせれば「だって藤崎信じてんでしょ? 何、違うの?」と朋子に尤もな指摘をされ、半透明の恵美の霊までそれに倣って「違うの?」と戯けたように言う。その戯けように若干違和を感じながらも不用意な発言をこそ控えねばとの抑圧が掛かってか「違わないけど、ほらやっぱ、ねえ」と何とも答え得ぬのがもどかしく、その困惑を察してかそれ以上の追及はせずに「それよりあの」と別方向を指示しつつそのほうにはしかしもひとつ踏みだし切れぬというように朋子は幾度も言い淀み、急にこんなこと言って打算的とか思われやしないかそれが一抹不安だったからで、よく考え抜いてのことじゃないし一見軽い乗りながらしかし全くの見当外れでもなくて今後の指針として案外妥当な線なんじゃないかって思えたから「私もさ、そこ入れる?」と唐突に問われて「それはわけないけど」教義が教義なだけに軽々しく勧めるわけにもいかず、何もそう性急に決めることはないしよく考えてからでも遅くはないだろうと押しとどめれば、いくらか残念そうに「そっかあ」とその尤もな論旨にそれ以上食い下がるのも何だか悪い気がして、内なる不満を晴らすかにカラの湯呑み茶碗を弄くり玩ぶ朋子のその手元に視線を注ぎながらご両親にはもちろんだが誰よりまず「お祖母ちゃんにね、相談したほうが」いいと無難なことしか言えぬのをいくらか気に掛けつつ助言すれば、それが順当な手続きというなら従う他ないというように「そだね、そうする」と軽い頷きとともに朋子は呟くと湯呑み茶碗をその手から解放し、さらなる安定を求めるかに半透明の恵美の霊を眺めやりつつ照れ臭そうに身動ぎして最後にひとつだけ確認しておきたいと前置いてから自分がそれを言う資格などないのは弁えているつもりだが「訴える気はないの? 弁護士紹介するとか」五代も言ってたけどと紀子が訊くと、不快を露わにするというふうではないもののその眼差しに若干の憂いを含ませて「今んとこはね、怖いしいろいろと」と留保的で、紀子にしても自身に即して敢えて勧める気はないから確認のみで済ましてそれ以上詮索することもなく、まだ赤々と血の滲むパックリ開いた傷口に触れぬようなその話し振りにはそれと全く同じ傷をその身に持しているのを知悉しているだけに端的に憐れみからの触れがたさとは別種の親身な心遣いを朋子は感じ、いくらかなりとそれに報いようと嘘でも世辞でもない率直な今の心境を「マリア様見れたから、なんか」気持ち的にいくらか楽にはなったと礼を言われて「そんな、私は別に何も」していないと恐縮する半透明の恵美の霊に朋子は幾度も礼を言い、決して楽観しているわけではないと言いながらも「なんか単純だけど生きてけるって」思ったと朋子は言う。