混乱して沈み込む紀子を気遣うかに「分かるよ私、藤崎の気持ち」と朋子は小声に言って自分が同じ境涯に立ってしまうと天誅とかって安易に斬り込むことのできぬのが分かり、被害者の会とかいってもどこか遊び半分なのだと気づきもし、励まそうとのこととはいえあのときの紀子を思えばあまりに短絡で申し訳なく、自分がこのような目に遭ったのも紀子を出汁にしたからだと悲観するのを「そんなこと全然」ないと紀子は否定し、これじゃ立場が逆じゃないかと思いながらもその気遣いに紀子は自身も被害者なのだということを改めて思い、その全体粘着質の眼つき手つき息遣いが現前するような気がして栓するように即座に記憶の流出を遮断するが僅かな漏出は免れ得ず、不快な思いに嬲られながら遠い電話口に舌一枚で掴まって現実を舌繰り寄せ、責めるべきは河井のみで倒すべきは河井より他ないと言えば「そんな簡単に」倒せっこないと朋子は呼気のみの空疎な笑いを笑い、裁判とか簡単に言うけどその実態は原告にはひどく過酷らしいからとてもそんな気にはなれぬと言うのも尤もで、自身に即してみてもそれは納得できるからさらに突っ込んで徳雄先生みたいにそれは敗北だとか言えず、一見正論めいているがそれこそ実は暴論で裁判とは精神のレイプの謂ではとそうではないと知りつつ実感としてそう紀子は思い、無理強いもできぬから「このこと知ってんの? 五代とか澤さんとか」と横ちょにずらせば知らぬとは思わないが直接話してはいないし辞めてからは連絡とかも全然取ってないから「どうなんだろ?」と素っ気なく、触れられたくない領域に初手からズケズケ踏み込むようなことは自身に即してやはりできぬからこれもすぐ廃棄して話題を転じるべく何がいい食い物か酒かギャンブルか朋子の趣味って何だっけかとそこまで深い知己じゃないのを悔やみつつ紀子が思案していると、一聴ノイズめいた響きだが意味内容はハッキリと聞き取れる呟きで「電話してくれてありがとう」と謝辞を述べられ、いくらかなりと役立ち得たかと安堵しつつコレじゃまだまだ不充分で訴えるかどうかは別として真の被害者二人組の片割れとして為すべきことはまだあるはずと実際的な思考をいくから紀子は取り戻す。共通の敵として河井が面前に開っていることは確かだし紀子としてもそれを打ち倒したい気がないわけじゃないのだが仮にそいつを斬って棄てたとしてもめでたしめでたしってほど事は容易じゃないのも事実で、過酷な裁判を凌いでもだから無意味な気がするし数年閉じ込めることができるだけで数十万手にするってだけなら深く刻みつけられた癒し得ぬ刻印と較べてもう全然割に合わず、そうかといって真の敵が何なのかどこにいるのかは見当もつかないし、沖にしろ吉岡にしろ真の敵というよりは手先の手先のチンピラ同然の孫請けみたいなもんで、ただその孫請け相手にすでに息上がってることを思えば真の敵などと本気で考えはじめたら空恐ろしく、ただじゃ済まないとそれ以上展開のしようもだからなく、朋子に訊くのもしかし酷だからとりあえず今日のところはここまでと踏んで切り上げようとすると「あ、ちょっま待って」とまだ何かあるらしく、受話器越しだからとも思えぬ僅かに切迫した声音なのが気に掛かってこっちの煽動に釘刺すつもりかと紀子は思いながらちょっと出すぎたかもといくらか怯んで「え、何?」と構えれば「ていうかあの」とクッションを挟んで「勝手なお願いなんだけど」と来たからもうそうに違いないと確信し、ひとり先先行って振り返れば誰もいないってことが幾度あったかしれぬがまたしてもそれをくり返していると紀子は思い、この亀裂がいずれは教団の瓦解をさらには世界の破滅をも齎し兼ねぬというかに悲愴な面持ちで半透明の恵美の霊を顧みつつ「お願いって?」とリピートすると、できれば会って話がしたいと朋子は言う。いつでもいいから来てくれないかと乞われて紀子は「昼間は今ちょっと都合つかないから」今からでも好ければ行くけどと訊けば「全然構わない」との即答に「すぐ行く」とこれも即答して生来のフットワークの軽さを取り戻したかに身仕度もそこそこに再度自宅マンションを飛びだしたはいいが、半透明の恵美の霊同伴ではどうにもタクシー捕まらないし田尻を私用で呼びだすわけにもいかぬから五台までと制限を決めて臨み、五台目で何とか乗せてもらえたその嬉しさにニヤけていたのか「いいことありました?」と訊かれて返答に窮し、こんなことで浮かれてる場合かと却って反省しつつひとり紀子は半透明の恵美の霊とともに朋子宅に向かい、その途中気づいたのだが一応確認もしてメモに控えもしたのだがそのメモを忘れてしまったらしく、あるいはと運転手に訊いてもみるが分からぬらしく、紀子にしろ半透明の恵美の霊にしろ色彩感覚の頭抜けている分方向感覚がまるで駄目だから正確な所番地の控えを持たぬまま来たことが後悔されたが大体は見当ついてるし迷うほど複雑でもないはずと「ここでいいです」と降り、すぐ近くのはずなのに車を降りてしまえばどこを向いても似たような佇まいでいくつもある横道のどれが行くべき道なのかがまるで分からず、同じ道路のこっち車線と反対車線を幾度か往復した挙げ句「ダメだ全然分かんない」と再度携帯から掛けてナビを乞えば「そこのね、角んとこにさ『落窪ウクレレ教室』って看板あるでしょ」と言われて見れば確かにそれはデカデカと稚拙な素人絵のウクレレとともに眼前に掲げられていて「うんある」と言えば「そこ入ってすぐの植え込みの先右のほう」と手を引かれるように指示通り歩いてやっと辿り着き、その間しかし小一時間近くウロウロしていたから随分遅くなってしまって「夜分お邪魔して」と詫びれば「あの子が呼んだんなら」追い返すわけないと朋子の母の裏のない歓待を受けつつ続いて出迎えた朋子に「ゴメンね急に」呼びだしたみたいでと恐縮されて紀子のほうが却って恐縮してしまう。奥へと通されながら横目に窺いつつ思ったのは何かもっと打ち拉がれて面窶れしているのではと懸念していたのがそうでもなく、当人よりもその母のほうが打ち続く心労にひどくダメージ受けているとの印象が強く、それとの対比から余計普通に見えるのだが見た目に普通でも中身までそうとは限らぬしむしろ見た目の普通さにこそ外部との連絡の遮断なり破綻なりを見てとらねばならないと紀子は思い、相手を眼の前にしていてその反応が見えるだけに電話みたいに勝手なことを述べることもできず、自分の不用意な一言が奈落に落ちた朋子をさらなる深淵に突き落とすことにもなると思うと何も言えなくなりそうだが言ってしくじるよかずっとマシと開き直って示されたクッションに尻を据え、無理から押し掛けたんじゃなくて呼ばれて来たんだからと半透明の恵美の霊と頷き合えば「何? なんかいる?」と訝しげに部屋をグルリ見廻したのは妙な気配を微かに感じたからで、過敏な神経にはしかし茶飯なことと膳をふたつも置けば一杯の小振りというには小さすぎる卓の向かいに掛けた朋子は気にもとめず、ちょっと肘突いただけでも引っくり返りそうなそのミニ卓に紀子は軽く右手を添えて「何でもない気のせい」とか繕うこともだから要らなかったわけで、却って不審を煽るだけと無視することに決めて努めてそっちのほうには視線を向けぬようにし、その辺心得てか不用意に注意を惹くような身振りやら声やら示すこともなく半透明の恵美の霊は左背後に静かに控えている。
とりあえずそれに安堵してひとり紀子は朋子に面と向かうとこれから展開されるだろう話について自分として如何なるスタンスで臨めばいいか明確なビジョンもないまま思案しつつ真の被害者の会とか作ろうって相談でもなかろうからその件についてまずどう切りだしたものかと逡巡するが、この手の相談はまず何より聞き役に徹するのがベストだから実際的な対処はそれからでも遅くないと「そう言えば初めてだね佃田んちは」と定石の部屋談義で稼ぎつつ朋子の出方を待てば、それには答える余裕もないのか何ごとか言い淀んでいるかに朋子は口籠って落とし気味の視線を虫でも追うかに左右に振りつつ「あのね」とだけ言って遮り、来たと紀子は思いながらもすぐ食いつくのは野次馬めいて何だかイヤらしいから「何?」と眼顔で示すにとどめて続く言葉を急かさず待てば、端的にそれに答えようとしてか朋子は上体を僅かに前に迫りだすが俯き加減だからか最前確認した普通さとは通底しない妙に青白い肌合いなのに紀子は気づき、玄関先の電球とこの部屋の蛍光灯との差を考慮しても尚それは青白く、病的というほどじゃないにしろ変な具合でミニ卓からの反射が強いのかと思いもするが説得力なく、総てをそれに繋留してしまうのもしかしどうかと紀子は思惟をそこでとどめて聞く態勢にシフトさせる。そのように紀子の態勢が万事整ったのを見計らってか用意していた文言をなぞるかにゆっくりとしかし不明瞭な滑舌にその迷いを露わに示しつつ「藤崎にはね、やっぱほら」話しときたいのだと紀子の左後方ちょうど半透明の恵美の霊のいる辺りに僅かに視線を逸らしながら、それでいて当の半透明の恵美の霊には気づくことなく朋子は言い、そのように真正面から告白される形となっていくらか半透明の恵美の霊はたじろぐふうだが部外者としてその気配を完全に消し去るというのでもなく、恵美=マリア=皇太后としてこの場に臨んでいるというように真っ向から朋子を見つめ返してある限りその霊験を注ぐ意気込みなのが紀子にも気配に感じられ、朋子にそれが何をも齎さなくても紀子には充分掩護になって尻の坐りも随分好くなり、連日の小セミナーでいくらかは鍛えられた伝道師の様相を、田尻が言うのだからいくらか客観性はあるのだろうし信者らの反応からもそれは窺えなくもないがもひとつ紀子には見えてこない伝道師らしさなるものを、全面に押しだしてというのではないが状況が状況なだけにその身振り口調が掠めなくもなく、意識的にそれはしかし廃しつつ「ていうかね私のほうこそ急に」辞めたりしてそれがこういう結果を招いてしまったということについて何の因果関係もないとは言い切れぬ以上「私にもね、責任あるって」と頭を垂れる紀子にそれは違うと強く否定して総ては河井に起因することだから「藤崎が責任とか感じんのは」おかしいと朋子は言う。この状況にあってまだそのようにも気遣いを示し得ることに痛く感服しつつもその僅かに斜に構えた姿勢にしろ時折見せる首の横ブレにしろ眼球の微かな震えとそれに伴う頻繁な瞬きにしろ常に背後を気にするふうなのが見てとれもし、そのひとつひとつは僅かな身振りだがそれら端々に表出しているものの総体として自身を害する存在への恐怖が今尚リアルなものとしてあるのは確かなようにも思えたから、この人を責めることなんかできゃしないと朋子は思い、自身の被害は藤崎には与り知らぬことなんだからそれに責任感じないだっていいのになぜこうも自分を責めるのかと気に掛けつつ朋子は視線を向けるのだが気づくとなぜか右方に逸れているのを訝り、端的に自身のそれを弱さと見做してここはしかし踏みとどまるべきと意識的に固定せんとするのだがどうしても逸れてしまい、それに連動してか話も巧いこと切りだせず、舌の縺れというよりそれは思考の縺れでどこからどう切りだせばいいのかまるで分かんなくてだから泳ぐのかと思いもするが、それじゃあしかし循環してると混乱するばかりで全然先に進まないし言い掛けてはやめ言い掛けてはやめを幾度かくり返すがそれでもなかなか端緒の掴めぬのが自身もどかしく、催促もせず待つ紀子への焦りも徐々に高じてくると何で呼んだんだろう呼ばなきゃよかったと朋子は後悔しはじめる。そうかといって今さら帰ってくれもないだろうし「ハイさようなら」と素直に帰るとも思えないし、いや、帰られてもやっぱ困るひとりじゃどうにも処理し切れないからって呼んだんじゃなかったのかと朋子は思い、帰すわけにはだからいかないが自分が紀子に何を期待し望んでいるのかもひとつ朋子には明確ではなく、聞いてくれとしかし言ってしまった手前話さねばならないしそのつもりなのだがいま一歩踏ん切りつかないのは自身気づかぬうち譴責するようなことにならないかとの懸念があるからで、事の仔細を告げればだからそれだけ余計に負担を掛けることにもなると要点だけ掻い摘んでと思いつつ喋りだせば感情が先走ってつい余計なことまで言っちゃってあとんなって気づいてヤバとか思ってももう遅くて急にやめたりしたらでもあからさまだし、そんなこんなで洗い浚いって感じで何か喋らされてるような気がしないでもなく、自身で喋ってんのか何者かに頭ん中占拠されて操作されてんのか自分でも分かんないくらいでちょっと怖い気もするが勢いついてるからどうにも止まんないし藤崎ならその総てを分かってくれるはずと思いもするから余計拍車が掛かり、途中息継ぎも吸水もほとんどなく偵察も兼ねてか茶菓を運んできた朋子の母の在室中のみ虚脱していたがそれ以外はずっと喋り通しで、そのように内にある重っ苦しい鬱積の塊を浴びせられて紀子はただ聞くより他ないがそれ自体苦というのでは決してなく、自身の被害に即して共感とそれを短絡はできぬし伝道師モードじゃないこともあって慈母めいた頷きで応じることもだからないにしろいちいち納得できるものではあり、自身の抜けた穴が思ったより大きくその穴埋めにしばらく手間取ったのは確かだしその取り纏めにあの男が困苦していたらしいのも確かだが、それがしかしあの男の狙い目だったらしく処理し切れぬほどの仕事宛(あてが)っといて残業続きでへたばってるとこ見計らって「元気ないね最近、無理してんじゃないの?」とか言って近づいて臭っさい息の掛かるくらいに迫ってきて「当てにしてたんだけどなオレの見込み違いか」とか言いながらいきなり顔を嘗めたのだと不快に口元を歪ませてゲロでも吐きそうに朋子は言う。