友方=Hの垂れ流し ホーム

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咽喉の渇きを訴える知恵美に追加の焼酎を紀子は取りに行くが「飲みすぎじゃないの?」と釘射すことは忘れず、それにはしかし平然と「ボクに飲みすぎってことはない」と知恵美は笑い、確かに水分を酒でしか補給しないのに酔うということのない知恵美のその高いアルコール分解能は紀子も知悉しているが改めて目の当たりにしては驚嘆せざるを得ず、酔いの昂揚なりその楽しさなりを知らぬ知恵美をいくらか憐れみもするがメシア=天皇にそのような憐憫はむしろ不遜かと自省しつつ猪口になみなみと注ぎ、最前の言葉を信じてその帰還を待ち続ける構えでクッションを紀子はきつく抱き締めるが、昼を過ぎても状況に変化はないから淡い期待も徐々に霞んで分散し掛け、ギリギリそれを食い止めるというかに知恵美のほうにしかし変化が生じ、傷が細胞の活性を促すのか却って血の巡りがよくなったと知恵美の笑うのを酒のせいじゃないのかと訝ると「違うよ」と否定し、甲高な笑いとともに半身を擡げようとするのを無理するとせっかく繋がった首が取れてしまうと紀子は焦るが、一旦離れ離れになった細胞の結びつきは以前よりずっと緊密になっているから心配は不要だし抑も「ボクは不死なんだから」と知恵美は言い、初めて聞く不死との言葉にその手応えがもひとつ掴めなくて紀子は妙な違和を感じるものの変に納得され、不死と小声に呟くと「そ、不死」と甲高に知恵美は答え、「そっか、そだね」と頷いてこれだけ光っているのだから不死にもなるかと非論理の言説に無批判に納得してしまう。そのように全体知恵美のペースになって釣られて何杯も茶を飲んだせいか尿意を紀子は催し、今しかし身を軽くしたら決定的に分断されてしまいそうでどうしようかと迷うが尿意には勝てず、已むなく一部を水に流して戻ると部屋の中が妙に明るいのに気づいてその光源を辿れば知恵美に至るが、今までにない強烈な光を発しているのを訝りよく見るとその背中の辺りが何か後光のように最も強く輝いているのが分かり、指差しながら「背中」と紀子が指摘すると「ああコレ?」と知恵美はクルリと反転して背中を向け、その強烈な光に紀子は眼眩んで手を翳し眼を閉じるがそれでも視神経への刺戟は強烈で眼窩の奥がこそばゆく、拳で瞼を擦りながら「ちょっ、眩しくて見えないよ」と難じれば「ああゴメン」と知恵美は発光の具合を加減し、それでも常の淡い光に倍する光は直視を阻(はば)むため「ちょっと待ってて」と濃いめのサングラスを出してきて掛けると「見える見える」と言いつつ間近に寄り、いくらか自慢げに「どう?」と訊く知恵美のその背中には実体として把握はしにくいものの確かに二枚の翼が生えていて、強烈な光は背中ではなくその翼から発せられているらしく、どっちかというと光それ自体が翼様の形状をしているというふうに見え、そこから零れ落ちた光が四囲に拡がっているというように紀子には思え、その神々しさに紀子は見惚れるが見た目にそれはいくらも神々しくはなく、干涸らびたミイラのような肢体に天使のような翼は不釣り合いで拵(こしら)え物めいていてむしろ滑稽と言えるし常の紀子なら間違いなく「ブッサイクう」と笑い興じるところなのだが、らしくないところが知恵美らしいとその安っぽい神格の様相としか思えぬながら神々しく輝く天使のような知恵美を紀子はうっとりと眺め、どういう「仕組み?」と思わず問えば「さあね、ボクにもよく分かんない」とさして関心を示すこともないが余ほどエネルギーを使うのか旺盛な食欲でつまみの生野菜を囓っては焼酎で流し込むのだった。サングラスが遮光しているからその眩しさに耐え切れぬということはないがそんなに無理して光らせないだっていいではないか少し加減したらどうかと言えば、もう黒く変色してしまった賽の目の牛蒡をその華細な腕を伸ばして掴みとりながら変成してすぐで馴れぬせいか「巧く調節できないんだ、コレが限界」と知恵美は一口で頬張り、小気味好い音を立てて咀嚼し嚥下すると不意に息んだように身を震わせるから何をするのかと思えば背中の翼から光の粒子がパッと飛び散り、蝶の羽から鱗粉が舞い飛ぶようにそれはキラキラと自室に四散するが消え果てることもなく漂い続け、眩しさに眼を細めて眺めながら眼に見えぬ光の粒子はそのひとつひとつが微細な知恵美なのだとふと紀子は思い、いや確かにそれを見たような気さえして日下の言うメシアの複数性とはつまりこのことなのだ、たったひとりのメシアから偏在する無数のメシアが生まれるということなのだ、ひとりのメシアの顕現がすでに無数のメシアの顕現を内包していて、卵はだからひとつきりだしそれで充分なのだと紀子は確信し、駒井の示したアレこそ偽の卵なのだそうに違いないと紀子は思い、自室に満ちる無数の知恵美に取り巻かれて恍惚となる。

光の知恵美を生みだしている母胎の知恵美へと視線を戻せば二枚の翼はさらにも強烈に発光していて虹色に輝き、背中が凄いことになっていると指差し示せば「うん、自分でも驚いてる」との言葉とは裏腹に知恵美は愉快げに笑い、その瞬間僅かだが背中の翼がヒクヒクと動いたように思え、羽博くというよりそれは震えるというような微細な動きで、ゼンマイか何かで動くブリキの玩具めいたそれは動きで「ね、動いてるよ」と教えると「ホント?」と知恵美は身動ぎし、自身の背中を覗き見ようとするが首が廻らぬのか見ることは適わぬらしく頻りに「動いてる? ね、動いてる?」と訊かれて紀子は取れやしないかと気を揉みながら頷き示して「ちょっと待って」と制すと手鏡を取り、反射光を当てぬよう斜に構えて「ほら」と示せば意識を背中に集中するかにその華細い体をクネらせながら「なんか変な感じ」と知恵美は笑い、「変じゃない全然変じゃない」よく似合っているとマヌカンよろしく賞讃すれば「そうかな」と照れたように鏡に映る自身の姿をチラチラと横目見て悦に入ったように科を作り、翼が生えて性格が穏やかになったのかそのいつになく控えめなところが可愛らしく紀子はそれを眺め続けて飽くことなく、そのうち背中の翼がサワサワと微動しだすとその発する強烈な光もさらに一段と光量を増して自身の光の反射に眩しいと眼を背けたから「あ、ゴメン」と鏡を紀子は卓に伏せる。滑稽といえなくもないそのブリキの玩具めいた翼の微動が徐々に激しくなると「なんか背中がムズムズする」と人形めいたぎこちなさで上体をクネらしながらこれがメシア=天皇の所謂完成形なのだろうかとカカと知恵美は笑って「いい気分だ」と伸びでもするように差し渡し十センチくらいにしかならぬだろう二枚の翼を目一杯広げ、次いでそれをゆっくりと打ち振るとフワリ軽やかに宙に浮き上がり、飛ぶというよりは確かに浮くという表現が相応しく、海中をクラゲか何かが漂うような仕方で卓の上約二〇センチ辺りを漂いながら神々しい光を振り撒く知恵美の姿に紀子は思わず見惚れて「綺麗」との声に顔を向ければ半透明の恵美の霊がすぐ横にいて、そのあまりの唐突さに驚いて一瞬声を呑むが再会の歓びがすぐに溢れて「どこ行ってたの心配したんだから」と声を潤ませれば「ずっといたじゃん」と半透明の恵美の霊は言い、ずっと傍にいたし「ずっと呼んでたんだから」と泣きそうで、その思わぬ返答に紀子は言葉を失って何か償いがたい重い罪を犯してしまったような気さえして「ゴメン」と詫びるが慈愛溢れる知恵美の光が慰撫するのか何もかも一瞬にして払拭され、見れば半透明の恵美の霊も知恵美と同様その身の内から淡い光を強烈に発していて、その神々しさに「何ソレどしたの?」と思わず発した紀子の問いに「これがマリアの真性なの」と滋味溢れる微笑で半透明の恵美の霊は答える。ふたり居並んで浮遊する知恵美を打ち眺めるがその体から発する強烈な淡い光に翼から発する目映い光が加味され、それだけでも一段と神々しさが増しているそのうえさらに半透明の恵美の霊からもそれ独自の淡い光が強烈に発せられているからもうこれ以上のものはないというほど紀子は歓喜に震え、一方でしかし妙に明晰な意識で眼前に展開する光景を観察もしていて、どのような仕掛けなのかふたつの光は各個に光っていて決してひとつに溶け合うことはなく、何が違うとその差異を明示することは全然できないのだがひとつひとつの粒子についてこれは知恵美のソレこっちのは半透明の恵美の霊のソレと識別できるから不思議で、これはしかしそういうものなのだと割り切るより他ないと紀子は思い、酔ったような虚ろな視線を次いで自室に向ければ窓からの外光が一切遮断されてしまうのか知恵美の光と半透明の恵美の霊の光とだけがこの室の光の総てで、それら光に魅了され幻惑されるのを至福のように思いながらふと紀子は「カッコいい」と呟き、光が阻むのかすぐ眼の前にも拘らず届かないのらしく「えっ何が?」と知恵美は言い、「何がって知恵美がだよ」と答えると「ホント?」と知恵美は言い、嬉しげに背中の翼をバサリ一振りすると総てを震撼させるかの強烈な波動が生じ、その煽りを受けてオルガスムスにも等しい快感が全身を貫くかに走って痙攣し、下腹に力を込めてどうにかそれを怺えるものの細胞一個一個はそれら光に個別に感応するかに震えるから押しとどめようもなく上り詰めていき、頬を紅潮させて快感に紀子は嗚咽を洩らす。

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