ノロノロと起きだして畳んだ蒲団を仕舞ってタブレットキーボードマウス電卓の置かれた塗りが剥げて木肌の透けて見える黒膳を斜交いに跨ぎ越してその奥の四〇センチ四方ほどの一段低い猫足の膳に置かれたモニタの脇から半身を捻り、障子を開け窓ガラスを開けて三枚あるうちの二枚を書棚と箪笥で塞がれていて一枚しか開けることのできない雨戸のストッパーを左足の足裏でストッパー上部の出っ張り部分を押さえつつ足親指をクイと曲げてそのストッパー左部に張りだしている留め金を戻して外し、やはりノロノロと繰って開ける。日に晒されてその眩しさに眼を細め、眼窩の奥のむず痒さが緩和されるのを待って自室を出て排尿洗顔を済ませてリビングの雨戸を開けて空気を入れ換え、その音に気づいたビッケがミャアミャアと甘えた声で鳴きながら網戸に縋りついて爪でガリガリやって催促するのを背後に聴きつつ猫缶と米飯を三対一で混ぜた飯を作ってやり、忙しなくがっつくのを一瞥してからリビングに戻って長椅子に浅く掛けて背を凭せて茫とするが不意に思い出したように上体を起こしてふたつのリモコンを両手に掴んで続けざまにスイッチを入れ、つい今さっき直射でこそないもののその光線を強烈に浴びて眼眩み、更には画面からの情報をそれほど信憑しているわけでもないのに目の前の現実を差しおいて天気予報のチャンネルに合わせると、寝起きの者を再び寝かしつけようとでもするような間延びした音楽とともに風向きだの現在の気温だの最低気温だの最高気温だのが日本地図上に記されている静止画像が映しだされているがなかなか各地の天気や降水確率の画面に切り替わらないのがもどかしく、このまま永久に日本地図が居座りつづけるのだろうかと悲嘆に暮れそうになった途端に画面が切り替わって各地の予報画面になる。それが何か奇蹟でもあるかのように内心替わった替わったと歓喜しつつ画面を凝視すると関東地方一円は晴れマークに覆われていて一日晴れとの予報で降水確率も一〇%程度とあるのにまず大丈夫と安堵するのは何より雨が大敵で雨が降っては総てがご破算になってしまうからで、汚れていないか折れていないか傷がついていないかカバーの折り返しが歪んでいないか思いきり頁が広げられた形跡はないかと一冊一冊点検して厳選したにも拘らず、帰ってきて些か緊張気味に袋から出したその裾がお漏らしでもしたようにじんわりと濡れているのを発見したときの絶望感は耐えがたいし、それへの配慮からかどうかは分からないが最近は紙製のものからポリエチレン製のものに変わりつつあるとはいえ、確実に濡れないという保証などないので安心できないからなのだった。
一安心したところでテレビを消して風呂場へと向かい、何か禊でもあるかのように長々と湯船につかり垢を綺麗に落とし髭を剃るのは普段あまり風呂に入らないので出掛ける前には風呂に入ってサッパリしたいからだが、別段風呂嫌いなわけでもなく、それだけの時間があれば何頁読めるなと思うともう本を広げていて風呂どころではなくなって気がつけば二時間三時間が経過しているということがよくあり、というより殆ど毎日その繰り返しで、その代わり入るとなればたっぷり二時間掛けて隅々まで毛の一本一本毛穴のひとつひとつまで綺麗に丹念に磨き上げるが、その二時間の間に脱衣場に入れ替わり立ち替わり気配が立って痰を吐く音でそれと分かる父は定年後の再就職先の四〇年近く勤めた家電メーカーの子会社の部品製造会社へと長いことブラシを掛けていることでそれと分かる母はパート先の弘明寺の精肉店へと出掛けたようで風呂から上がったときには家には私ひとりで、いや、兄がいるようだがいないも同然だし母も午後六時頃まで帰ってこず父は八時前に帰ってくることはまずない。鬱陶しく洗うのに手間も掛かるが切るのもめんど臭くて伸ばしたままのそろそろ腰まで届きそうな髪を汗掻きながらドライヤーで乾かし外出用の茶色のゴムでギュッと束ねると気も引き締まるような気がするから不思議で、その引き締まった気の刺戟によるのか空の胃袋が遅れ馳せながら目を覚まして食いものを要求しはじめたので台所へ行き、二斤で一〇枚に切るつもりが九枚になってしまったためにやけに分厚いイギリスパンを一枚トースターに入れるが、その前にクラストの色よく焼けクラムのふっくらと柔らかいその分厚いイギリスパンをつくづくと眺め匂いを嗅ぐのはこのトースターの下にあるオーブンレンジで幾度かイギリスパンを焼いてみたが未だにこのイギリスパンのようにふっくらとボリュームのある山形に焼くことができないためで、抑もオーブンが小さくて、というより高さが足りず窯伸びすると殆ど天井に接するほどなので焦げるのは当然だし火の当たりが強く上下の火力調節もできないオーブンなので尚更イギリスパンに向かず、いや抑も食パンを焼くようには設計されていない機種だということは分かっているのだからイギリスパンなど焼かなければいいのだが、やり始めてしまったものを納得のいかないまま途中で切り捨てることができない性分のためやり続けるより他なく、型を使わない小振りのパンならほぼ指定の温度、時間で焼けるのだが、型物となると型から出ている部分のクラストは火に近いため異常に焦げるし型の中は火の通りが悪いのかクラストは白いままだしクラムもよく焼けていなかったりする。それでも生地の捏ね具合発酵の具合成形の仕方気温湿度とあらゆる要因が複雑に関係しているし、いやそれ以前に一グラムを計量できる秤がないということが正確な計量の必要なパン作り菓子作りには決定的で、四千円もあればデジタル秤が買えるのだが、なぜか踏ん切りがつかず幾度か足を運びあれこれ吟味して目星もつけているのだが結局手ブラで帰ってきてしまうのだった。
つまりは総合的に見て不出来だということでひとりオーブンだけのせいではないのでそれらひとつひとつの障害を丹念に取り除いていきさえすればいずれはふっくら柔らかなイギリスパンができるに違いなく、それがどんなに困難なことだろうと必ず達成してみせると呪文のように自分に言い聞かせつつトースターのスイッチの摘みを右に捻って六まで持っていってから二と三の間まで戻して薄く焦げ色がつく程度に焼き、マーガリンを塗り手ずからなるこれはまずまずの出来のアプリコットジャムを塗ってパクつきながらモカ一〇〇%を入れ、マグカップ一杯に注いだモカ一〇〇%を持って零さないよう摺り足で自室へ戻り、出掛けるまでの身支度の間の景気づけにコルトレーンを掛ける。一旦『至上の愛』に手を掛けるがやめて別のをコンポに掛け、20ビットK2・ハイクオリティーの紙ジャケット仕様の限定盤でアナログに迫る音との触れ込みだがアナログレコードなど一枚も持っていないのでもうひとつその違いが分らないものの、オーバーサンプリングなのだからいいに違いないとの思い込みが音をよくしてしまうのかもしれず、差異を生みだしてしまうのかもしれないなどと思っているうちに『アフロ・ブルー』が響きだし、コルトレーンの一吹きのあとに続くマッコイ・タイナーのジミー・ギャリソンのエルヴィン・ジョーンズのその地の底から突き上げてくるようなサウンドを聴きながら靴下を履きジーンズを履きTシャツを着て、財布合鍵鞄を用意して手元に置く。身支度を終えてもコルトレーンはソプラノを吹き続けているしモカ一〇〇%もたっぷりと残っているので意識をコルトレーンの方に集中してその絡みつくようなソプラノに身を委ね、『アフロ・ブルー』が終わってからCDをとめてきちんとケースに納めてラックに仕舞い、残りのモカ一〇〇%をグイと一飲みしてモコルトレーンカの余韻を味わいつつ財布から電車賃往復二六〇円を出してジーンズの前ポケット左に入れ、玄関の合鍵を前ポケット右に入れ、財布をヨレヨレの潰れる寸前の破損箇所をガムテとホチキスで補強してどうにか命脈を保っている鞄に入れ、どうせ帰りは五時頃ですぐにも夕食の支度に掛からなければならないので自室の雨戸は閉めておく。もぬけの殻も同然の我が家の玄関の扉をそれでも静かに開けて音のしないよう静かにそっと閉め、把手の上下にあるふたつの鍵を施錠し把手を引いて施錠されているのを確認してふと脇を窺えば、玄関脇に設置されたリビングのエアコンの室外機の上が涼しいからか、だらしなくベタリと伸び拡がってビッケが寝ており、その鼻先を一撫でするが細目を開けて一瞥しただけでニャアとも言わず、年とって愛想もクソもなくなってしまったらしいが、そのくせ飯になると哀切措く能わざるというような声で切々と訴えるのだから現金なもので、しかしそれが猫の猫たる所以だとひとり納得してカチャリと開けた玄関の門をカチャリと閉めてひっそりと佇んでいる我が家を横目見ながらトコトコと歩きだす。
駅前を掠める横浜駅根岸道路を根岸方面に直進して商店街と交差したところで左に曲がって商店街内を行くというのが最も単純な道程だが、混雑騒音人いきれは好まないので大概途中で左に曲がって路地に逃れて右左に曲がりながら松坂屋付近で商店街に出るということになり、その松坂屋の正面に相対しているのが目指す有隣堂本店書籍館で、その通りひとつ裏には書籍館に控えるようにして文具館があるが、その文具館は以前馬車道にあったのが越してきたもので、芸大目指して真面目に浪人していた数年間は頻繁に利用していたし今も紙類などは大概ここで調達していて、パン・菓子類のレシピもここで調達したA四のガイアを更に半分に裁断してA五サイズにしたものにFのシャーペンで筆写しているが、Fの芯を使用するのはその程よい堅さが手にしっくり馴染むからだがシャーペンを使用するのは配合分量手順等の適宜改変の可能性を考慮してのことで、紙の色も明度の高いものを中心にして生地クリーム餡等の基本レシピはブラウン系で纏め、パイ・タルト生地の焼き菓子類はブルー系の色を使用し、ジェノワーズ・ビスキュイ生地の生菓子類にはホワイト系の色を使用し、和菓子類がピンク系でパン・菓子パン類がグリーン系、その他分類に洩れたものはイエロー系とそれぞれ色分けており、適宜硬質ビニール製のA五のカードケースに挿入して参照する。一歩一歩確実に近づきつつあるその有隣堂本店の書籍館との対称で文具館なのだろうがその対称性自体に否やはないものの『文具館』という名称にはどうも馴染めず、かつての『有隣ファボリ』という名称が血肉化しているため明確に意味を把握できる文具館より意味が分からず何語かさえも分からないファボリの方に親近を感じていてそれを未だに払拭できずにおり、文具館に行くことをファボると一人勝手に動詞化さえしているものの今その語を発したところで何ら意味をなし得ないということを思うと妙に可笑しくて口元が緩んでくるのを手で覆い、その真正面に立っていることを思い出して改めて眺めると書籍館正面入口は右と左にひとつずつで計ふたつあり、向かって右の入口脇は有隣堂フラワーショップで右入口の両サイドを花で埋め尽していて殆どその右入口から入るため花の香の中を潜り抜けていくのだが、その香はすぐに紙とインクの匂いに取って代り、しかも濃厚な花の香を押しのけるようにまるでそれが単なる添え物でもあるかのように更に濃厚に強烈に匂ってきて眼眩むほどで、いつ来てもその紙とインクの匂いに眩惑されないということはなく、しばらく足をとめて深々と深呼吸してから散策に臨むのだが、入ったすぐ前方は上階への階段で右手には地下への階段があるが、以前レストランだか喫茶店だったこの地下にはまだ一度も下りていったことがなく、ギャラリーと化した今もなお足を踏み入れたことはなく、手つかずのまま未知の領域としてあり続けている。