確かにその蒲団カラオケ男の掠れ声は些か騒音的でリズムも一定ではないし音程も乱れに乱れて歌とは言い難い苦痛に喘ぐ病者の呻きのようなものではあったかもしれないがそこまで頑陋に拒絶するほど聴くに耐えないというものでもなかろうし気持ちよく熱唱している当人にそれはいくらなんでも酷ではないか、抑もカラオケという装置はその巧拙に関わりなく誰でもが舞台に上がることができ俄歌手となり果せて歌うことができるというもので紛い物であることを前提しているのだからそれを紛い物だと言って非難することは不当ではないかと、そのマネキン男の怒りに任せた行動に腹が立ったものの相手がマネキン人形であるということに、しかもギコギコとぎこちない動きで私たちを睨め廻しているその奇矯さにただ呆気にとられて声もなかったのだが、片や蒲団男片やマネキン男というB級C級映画でも、いやマニアのオタクのド素人の八ミリ映画ですら無視して顧みないようなどうしようもなく漫画的な図式が現前しているということに僅かながら可笑しみを感じてもおり、成り行きに任せてもう少し見ていたいという思いがなくもなく、それは私の右隣りで言葉なく成り行きを見守っている春信も同様らしく、蒲団男がどう出るのかマネキン男はどうするのかと眼顔で言い合って二人の対決の様子を一歩引いたところで窺っているが、どう見てもそれはマネキン人形でマネキン人形以外の何物でもなく、しかもそれがギギコギギコとぎこちなさはあるものの自らの意思で動き回り喋ってもいてどう考えてもそれが現実とは思えず夢に違いないと思いはするものの、そう思おうとすればするほど部屋の明かりに浮かび上がるプラスティックの硬質な質感や長年店頭に飾られていたことをものがたるその表面に無数にある小さなひっ掻き傷や何かにこすった跡やその古さを思わせるくすんだ色合いや所々の色の剥げぐあいなどという、どうでもいい細部ばかりが眼について現実感が強化されるばかりで何ひとつ夢だという証拠は挙げられず、聞くところによると現代の機械工学ロボット工学はかなりなところまで進んでいるらしく人間並みの歩行や運動がその優れたコンピュータ制御技術によって実現されていて人工知能にしても同様で複雑な感情表現も可能らしく、この程度のマネキン人形くらい極秘裡に開発されていてもおかしくはないともこのマネキン人形を見ていると思えてきて、さらには意識を持ち人間的感情をすら持しているらしいこのマネキン人形は意識を持ち人間的感情を持しているゆえにその秘密研究所で日々行われる実験につぐ実験にたえられず逃げてきたのに違いないなどと想像を逞しくするのだったが、いやそもそも夢の中でそれが夢だということを認識すること事態きわめて困難なことなので現実だと思っているそのことが夢だという証拠かもしれないとも思い、仮にこれが夢の中の出来事だったとしてもその夢から覚めることがなければ今のは夢だったのかと述懐することさえできないのだから、夢だろうが現実だろうがその場に居合わせているかぎりそこで起きるすべての出来事現象は現実と見なして対処するほかなく、そもそもこの階段という場そのものが夢みたいな存在で、その夢みたいな存在の階段を生きる場として選びとってここを現実として生きているのだからここで起きる出来事現象はすべて現実として享受すべきだと、この眼前に立つ生きたマネキン人形を改めてマジマジと見つめるが、そのようにまじまじ見られるとかつて店のショーウィンドウの最も目立つ場所にきらびやかな衣裳を身に纏って立ち、道行く人々の視線を悉く奪っていたころのことが思い出され、今階段の軋みに蕩然となりこの上ない愉楽を感じるように見られることの快感に浸っていた見られることが全てだったかつての華やかなりしころの私の生活が現前と表出し、それを懐かしむうち猛り立って自身のプラスティックの体をいや周囲をまでも焼け焦がしてしまうのではと思うほど燃え盛っていた意気を削がれるようにその燃え盛る怒りが収束していき、何にあれほど腹を立てていたのかと思うほど穏やかな気分ががらんどうの身内から樹液さながらジワジワと湧出して拡がるが、気分が穏やかになればなるほどそれだけバツが悪く、どうにも動きが取れず勢い込んで乗り込んできた身の置き所もなくただ所在なげに言葉もなく立ち竦んでいたのだったが、身動き取れず微動だにせずつっ立っているということがいかにもマネキン人形らしく、マネキン人形でありながらただのマネキン人形ではないマネキン人形のさらに上をいく超マネキン人形の私にしてみれば、今のこの動くに動けない状況は複雑で妙な気がして何が何だか訳が分からなくなって混乱の度は増すばかりで、誰もが身動き取れずに口籠ってしまって無限時間の泥沼袋小路に嵌まり込んでしまったような状況のなか、思わずポツリと口にした私の「驚いたな」という一言が突破口になってようやく凝り固まり滞っていた無限時間が溶融されて正常に動きだし、呪縛を解かれて安堵の表情を顕にして「済みません、突然。軋みが乱されるようで無性に腹が立ったものですから」とさっきまでのヤクザっぽさが完全に払拭されてまるで別人のような好青年という雰囲気を漂わせてスラリと背の高い欧風の顔立ちのマネキン男は言って詫びると、ベコリとひとつ頭をさげてすごすごと部屋を出て行こうとするが、それを春信は「まあまあまあ」と呼び止め呼び戻して「これも何かの縁です、どうです? お茶でも一杯」と芝居っ気たっぷりの繕った台詞で度量の大きいところを見せて言うが、蒲団男に気兼ねしてかその方を窺いつつ「いやそういうわけにも」と辞退して決まり悪げにそそくさと出て行こうとするマネキン男を右手を上げて制し、まだ茫然としている様子の蒲団男に眼顔で窺い、コクリと蒲団男が頷いて承諾の意を示したためマネキン男もようやく折れて私の出した座蒲団にギコリと腰を降ろすが、その実このマネキン男をひき止めたのはこのマネキン男に勃然と興味が湧いたためで、聡志の言うような度量の大きさを示すものでは到底なかったのでそう思われたことは買い被りも甚だしく気恥ずかしいが、それでマネキン男への興味が失せて散じてしまうというわけでもなく、喜々として語るその話に聞き入っている自分のいやらしさにはつくづく嫌気がさして自己嫌悪に陥るのだが、聞かずにはいられないのだった。
花華しく登場して忽ちマネキン界の花形として一世を風靡したC5型−0193K、通称イクミと仲間うちで呼ばれていた私の颯爽とウィンドウに立つ姿に眼を奪われない者は一人としてなく、私を認めた誰もが足を止めてしばしその場に釘づけになって羨望の眼差しで私を眺め入り、私に魅せられて仲間の列からひとり離れて口を半開きにして惚けたように眺め入り、しばらくしてふと我に帰って慌てて先を行く仲間の許に小走りに行く者や、歩みを緩めつつ首を巡らして私に見入っていて道に躓きもんどり打って転げてそそくさと逃げるように去っていく者や、私に眼を留めはするもののその美しさに却って反発を示して意地になって眼を逸らして見ないように通り過ぎるというような偏屈な者もいるにはいるが、そういうのはごく稀で大概はまっすぐな視線を私に向けて私に見入り魅了されてその歩みが遅く緩くなるのだったが、中には私に恋い焦がれて私の前から離れられず一日じっと私を眺めつづける女性や、日参して私を拝まずにはいられないというような女性すら現れ、はじめの数週間こそその群れ集う観衆に無邪気に喜び殆ど頂点に達している自身の美に更にも磨きを掛けようと意気込んでいたものの私を見る彼女らの眼つきがどこか知らない世界をでも見ているように思えて薄気味悪くその異様に鋭い何もかもを見尽そうとするような眼光に見据えられると何もかもを吸いとられてしまいそうに思えて空恐ろしくここまでくるとファン追っかけの域を通り越して変質の域に達していてさすがの私もたじろいだが、それらも含めて様々な人々の様々な視線に浴することで更にもその雄々しさ美しさに磨きを掛けることができ、毎日が夢のようだったが夢は長くは続かないもので時代の変遷とともに人々の趣味も変化して次々と新しい奇抜とも破天荒とも言えるマネキン人形が開発導入されるに及び、それら新趣向のマネキン群に徐々に隅に追いやられてそれまでとは打って変わったぞんざいな扱いを受けるようになり、最前線からこそ離脱してしまったもののそれでもまだまだ現役と美の探究に励んでいたのだが、バイトの若僧の不注意と言うにはあまりにも不注意な扱いでマネキン人形としては致命的な傷を負わされ、ついには業界から永久追放されてしまったのだが、それ以前からそのバイトの若僧にはしばしば腹の立つ思いをさせられていて常に寝起きのようなぼってりと腫れ上がった一重の瞼にテカテカと蛍光灯に照り輝く脂ぎった凸っぱちと団子っ鼻にまるで締まりのない弛緩しきったその相貌はあまりにも醜く、どうしたらこんな不細工に生まれつくのかその両親はどれほど醜怪なのだろうかと思わずにはいられないほどの不細工な容貌の持ち主だが、それだけなら別にどうということもないし憎悪の対象になどならず、むしろその不細工さがマネキン人形を引き立てる役にも立つくらいに思って慰め励ましもしようが、やる気のないのが顕著に見てとれる切れのない惰性だけで動いているかのような肉体の持ち主で執拗に語尾を延ばす聞いていてイライラするようなねちっこい喋り方のそのバイトの若僧を眼にしたときから嫌な予感はしており、案の定、店長や他の店員やらの陰口を言い、何か嫌なことがあるとマネキン人形に当たり、小突いたり殴ったりとその傍若無人は眼に余るものがあり、足を踏みつけることなど日常茶飯と言ってよく、意味もなくマネキンを殴りつけたり叩いたりすることもしばしばで、概してマネキンたちには評判は良くなく容貌だけでなくその精神までもが歪み拗くれていてまるで救いようがないと囁きあったが、その不細工さを逆手にとって店ではひょうきん者として受けがよく人気もあり、その裏と表の両方を全て垣間見ている私にはそれだけに尚更そのバイトの若僧の裏表の激しさに反吐が出るほどで、そのような場面を眼にするたびに五十億といる人間の中でこれほど愚劣で性根の腐りきった人間はいない、このバイトの若僧はその五十億といる人間のうちで最下層のしかも絶対にそれ以上上には上がることのできない最底辺のドンケツの軛を負わされた人間でマネキン人形にも劣る奴と憐れみ蔑んでいたが、その全人類の最底辺のドンケツの軛を負わされた存在の当のバイトの若僧にこの私が、脚光を浴び人々の視線を釘づけにしたかつての勢いはすでにないとはいうものの一時代を築いたマネキン人形としての自負は微塵もなくしてはいないしそれ相応の持てなしを受けてもおかしくないと思っているこの私が、二度とウィンドウに立つことができないほどの致命傷を負わされたということは踏みつけにされたも同然で面子も何もあったものではなく、それが何より腹立たしく憤ろしく胸クソ悪く、ザックリとヒビ裂け割れたこの頬の傷が手に触れ鏡に映るたびに私を右腋に抱きかかえてヨロつき歩くバイトの若僧の投げやりな態度が、ガリガリと嫌な音を立てて私の頬が削られていくのをなす術もなく見ているほかなかったその故意としか思えないバイトの若僧の行動が、「あああ、こらまた随分と不細工になって」と嬉しそうにニヤけて言ったその言葉がありありと現前してこのがらんどうの身内が憎悪で沸々と沸き返るが、あのスクラップの残骸の山の中に野晒し雨晒しにされていた三日間に味わった孤独寂寥不安憎嫌悪に較べればそれもごく微細なものに過ぎず、その孤独寂寥不安憎嫌悪の質量エネルギーは計り知れず今思うと恐ろしいくらいだが、しかしその孤独寂寥不安憎嫌悪が全てあのバイトの若僧に対する憎しみから発し、そして再びバイトの若僧へと収斂集束して巨大な憎悪の源泉としてあるからこそ今の私があるのでもあり、その意味では憎んでも憎みきれず殺しても殺したりないあのバイトの若僧に感謝せねばならないというのはあまりに皮肉で癪に障るものの、それが事実なのだから仕方がないと肩を落して背中をまるめて溜息交じりに華々しく登場して忽ちマネキン界の花形として一世を風靡したというC5型−0193K通称イクミと呼ばれていたそのマネキンのイクミ氏がギコギコとギコちなく流暢に語るのを皆固唾を飲んで拝聴しており、もはやカラオケのことなど意識の埒外に消し飛んでしまっており、蒲団男もその例外ではなかった。