友方=Hの垂れ流し ホーム

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廿二段

全神経全細胞を揺さぶり揺り動かす至純至福至妙至言至宝の階段の軋みのこの上ない愉楽が体のそこここにまだ残存していてブスブスと燻っているのを感じ、そのごく僅かな燻りにさえ喜悦して眼前の二人と一匹のことも意識から遠ざかってその軋みの愉楽に浸りつつ物思いにふけるが、自分の存在そのものに対する嫌悪はそれ以前に頂点に達していて生への執着など露ほどもなく、ただ惰性で生きていただけの自分があのときなぜ死を選択しなかったのかは今だに不思議でほとんど偶然としかいいようがなく、ただ死んでしまっていたらこの階段との邂逅もあり得なかったし軋みの愉楽にもとうぜん浸れず歓喜にむせぶこともないわけでそれを思うとそら恐ろしく、蒲団の裾も寒くなって汗掻が常態の私のこの蒲団汗もピタリと止まってしまうが、泡立つビールの入ったコップ片手に汗だくの私を不快げに眺めて「あんま近よんな暑苦しい」といった父にとって私はお荷物的存在でしかないらしく、次第に疎んじ遠ざけられ邪険にされるようになってこれが一人息子に対する態度かと疑うほどにもよそよそしい他人行儀な振舞いで、どうかすると蔑むような見下すような人を人とも思わぬような冷たく無機質で淀み切った何物をも訴えかけてはいない視線とぶつかることもあり、そこにはすでに家族とか父子という関係が存在しておらず単なる間借り人同然の、いやそれ以下の存在でしかないということを理解して愕然となり、一方祖母は祖母で痴呆の底なし沼にズブズブとはまり込んでいて私を見ても私と認識すらできないらしくトイレにでも立つ祖母と廊下でバッタリ遭遇したりすると訝しげな視線を送りつつ小さくお辞儀して逃げるように脇をすり抜けていき、一日の大半を仏間で過ごし例のごとくナンミョウホウレンゲキョウと唱名に余念がないが、それやこれやの原因が還元すればすべて私ひとりにあって私が家族の崩壊を招いたというそのことが家を出た直接の原因なのかというとそうではなく、いま思うとそこには何の理由も原因もなくただフラリと出てきたとしか思えず、ただ何とはなしにいつものようにコンビニ往復散歩に行くのと同じ気分で素足にサンダル突っかけて家を出て取りたてて憧憬していたわけではないし前々から望んでいたというわけでもなければこの蒲団姿がそれにふさわしいと思っていたわけでもないがそのままホームレスとなり路上生活者となって各地をさまよい歩き回ったが、身を落としたとは一度も思ったことがないし自由の身になって解放されて世界が一変して楽天地となったとも思ってはいず、つまり自分の位置立場情況をこの世界の中での自分のあるべき状態をきちんと明確に把握できていたわけではなくてどこにも所属できない宙ぶらりんの中途半端なもどかしさだけがあり、といってそれをどうこうしようどこかに所属しようという気さえなく無自覚無計画に流れて流れ行き、流れに乗ることにのみ楽しみを見出すというように流れ流れていつしかこの階段のある町へと来てふとその噂を、日も暮れかけてその日のねぐらを探し求めようとフラフラとさまよい歩きつつたまたま通りすがった路地脇にいまどき珍しい木製の電信柱が一本だけ孤立したように斜めに立って自身に取りつけられた街灯で自身を浮かび上がらせているのを見つけてそのあまりに侘しげなたたずまいに思わず吸い寄せられてその横にたたずんでそのひび割れてデコボコの木肌に手を当てて一撫で撫でおろすと刺々しいその肌ざわりがすごく気持ちよくて枕がわりにその木製の電信柱に頭をうまい具合にはめ込むようにして一夜を明かしたその明くる日のもう昼に近いころ、うち捨てられた粗大ゴミとでも思って一向私に気のつかない通りすがりの買い物帰りらしい主婦二人づれのノロノロ歩きのおしゃべり無駄話を聞くともなしに聞いていた、というより聞きたくなくても聞こえてしまうのだが、その通りすがりの買い物帰りらしい若く見えるのとそうでもないのとのそのほつれ毛に所帯じみたところが浮き彫りの主婦二人づれのおしゃべり無駄話の中で噂されていたその階段の噂を、木製の電信枕に頭をはめ込んだままたまたま聞いたのだったが、蒲団男にしてもうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬にしても聡志にしても私にしても、更にはあの相姦姉弟にしても宇宙人三人組トリオにしても、この階段にやって来た者の誰一人として明確な目的と堅固な意思を持って訪れたという者はおらず、ほとんどが無意識的偶然的に階段に到達しており、ただその偶然が必然的に起きているようでもあるために必然的偶然とでも言うしかなく、それこそ階段の導きとでも言う外なく、天啓と言えば言えるかもしれないが、それが天啓ならなぜ悉く皆その意に反して落ちていくのか、上へ上へと目指して上りに上って飽くことを知らずそれのみを愉しみにしている者たちがなぜ悉く皆落ちていってしまうのか、階段の軋みの愉楽に無上の歓喜を感じその愉楽をもたらす階段を歎称せずにはおかない言わば階段のフリーク信奉者たちを階段はなぜ悉く落すのか、弟のハルノブも火星人のナオヨシ氏も今まさにフワリと宙に浮き上がって曲芸でもするかのように四本の脚を天井に向けて白く輝く見事な毛並みの腹を見せて顛墜しつつあるうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬も、なぜ、いかなる理由があって、悉く落ちねばならないのかが分からず、階段は、それ以上下にはもう何も存在しないただ闇が無があるだけの世界の最も最下層最底辺にある受け皿でそこを潜り抜けて新たに転生再生するための通過点となる試練の場煉獄の装置ではないかというのが年来の私の認識だったのだが、思えばその認識に確たる証拠など何一つないし論理的推論の結果ですらなく一方的な思い込みに過ぎないということは次々起きる顛墜が端的にそれを示しているように思え、導かれたと思っていたのは誤りで、実に残忍な顛墜の魔というのがその実態本性でコロコロと転がり落ちて永遠に落ちつづけていく様を眺めて愉しんでいるのではないだろうかというまるで根拠のない考えがふと浮かんで空恐ろしくなるが、導かれたなどというのは不遜も甚だしくそのように人との差別化を計り自らを特権化するような思い上がった心根に対するこれは制裁なのではとも思え、しかしその本質を見極めることなどこの一介の犯罪者で逃亡者で隠遁者にすぎない私にできるはずもなくそのようなことは分を越えていると思いはするものの勝手に巡る思考をどうすることもできず、そのように止め処ない思考を高速回転させているうちにもうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬はすうと滑るように遥か下方へと遠ざかっていきつつあるが、そもそも婉然と軋みを立てながら先頭を軽快に上っていたうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬がいつの間に私より後方に来ていたのかが分からず、誰もその柴犬似の雑種の犬が眼の前をよぎるのを眼にしてはいないというのも不可解だし、学識豊かとは言え人間などよりよほど身の熟しがいいはずの犬が宙を舞っているのも理解しかねるが、私の脇をかすめるときに恐らくできたらしい柴犬似の雑種の犬のその柔らかなぷにゅぷにゅの肉球と対称をなす硬く鋭利な爪がひっ掻いた三本の一直線に並んだ筋がまるでダイイングメッセージでもあるかのように薄汚れた裾端にくっきりと赤々しく浮き立ってヒリヒリと痛むので、それが覆えすべくもない事実で紛れもない現実だとわかるのだが、それを認めたくはなく否定できるものなら否定したいと切実に思いつつも眼は確実にその落ち行く柴犬似の雑種の犬の華麗な姿を、次第に周囲の深い濃い闇と同化していく有終の美とでもいうよりほか形容のしようのないそのありさま一部始終を追っていくのだった。

その夜見た墜落夢にあの弟のハルノブや火星人のナオヨシ氏と同様に柴犬似の雑種の犬が登場したことは言うまでもないが、最も華麗で妖艶な軋みを掻き鳴らして私たちを愉楽の極みへと誘なって無上の恍惚を味わわせずにはおかないまさに軋み師と呼ぶに相応しい軋みのエキスパートたる柴犬似の雑種の犬だけあり、その落ち振りというか漂い振りというか宙に舞うその姿は夢とは言え譬えようもなく見事で息を呑むほどに素晴しく思わず手を叩いて絶賛するが、不覚にもその自分の拍手の音で眼を覚ましてしまったためにその譬えようもなく素晴しい宙に舞う柴犬似の雑種の犬の姿は一瞬にして掻き消えてしまい、真っ暗い四畳半の踊り場の部屋をグルリ見廻してみてもその姿はすでにないということを見出すのみで改めてその不在をその空白を実感してあの柴犬似の雑種の犬の華麗な顛墜落舞が思い出され、そのときはほんの一瞬垣間見ただけなのだが妙にくっきりはっきりと記憶しているその分解写真のような一コマ一コマの映像が網膜の裏に逆投射されてありありと鮮明に今正に眼前で繰り広げられてでもいるかのように浮かび上がり、その落ち振り舞い振りが華麗であればあるだけ非常な空虚を感じて遣る瀬なく、その柴犬似の雑種の犬の抜けた空間の分だけ踊り場の部屋も伸び拡がって無駄にだだっ広くなったような気がして仕方なく、その柴犬似の雑種の犬の抜けた空白がポッカリ開いた穴ボコのようでそこからシュウシュウ音を立てて空気が漏れ出ているようにも思えてどこか虚ろで妙に寒々しく終始うち沈んで言葉もなく、耳元で嘲るような囃し立てるようなフワついた口調で愉快げに、見事な落ちっぷりだったいや実に見事な落ちっぷりだよそうじゃないかあの不様にもがく四肢を見たか到底人には真似できない回転だよあれは芸術的とはまさにああいうのを言うんだなと言ってケケッケケケッケと変なぐあいにすかし笑うと急に生真面目な妙にとり澄ましているが怨霊の凄味不気味さは維持したままのどことなくちぐはぐな顔を作り、死への過程そのものそれ自体が芸術なんだつまり死は芸術なんだ芸術は死なんだだからオレの死も芸術なのかオレという一個の人間存在の死をもって芸術の完成を目論んだのかあれは芸術的行為だったとそう言いたいのかええそう言いたいんだろうなあそうだろう違うのかそうだと言えと、次第に激昂し声を荒げていつもの呪詛怨言を喚きだすあいつに腹立ち、私ひとり苛立っているのを見ても二人とも何とも言わず紳士的に不干渉の態度を崩さないが怪訝そうな様子ではあり、その二人の紳士的不干渉に何一つこたえることができない自分を顧みると情けなく好きな粒餡の大福餅も咽喉を通過しないし、うちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬の不在に加えて蒲団男の暑苦しげな蒲団姿に更にも食欲を減退させるが、体が資本だ体力勝負だと妙に喉元に引っ掛かって流れていかないご飯を無理にお茶で流し込んでいつまでも転落現場付近にとどまってなどいたくはないと後片づけもそこそこにすぐ出発するが、足取りは重く軋みは淀みペースは乱れに乱れてすぐに半日一日上り詰めに上り詰めて全身に重石を括りつけられたような極度の疲労を感じて思うほどその場から遠く離れることはできず、それによって尚更柴犬似の雑種の犬の不在が思い出され浮き彫りになって皆消沈し嘆息するが、「とやかく言っても始まらない、ここはひとつ軽快な軋みを盛大に鳴らして柴犬似の雑種の犬に聴かせて手向けにしよう」との春信の提案に、蒲団男も「それがいい、そうしましょう」と蒲団の袖をパタパタ打ち振って賛意を示し、もちろん私もそれに頷いてしんと静まり返った踊り場でキッチリ十五分の休憩を取ってまた上りだすがやはり思うほどの成果はなく、階段の上下闇が濃く深くなってグングン迫りくるような異様な圧迫感を感じるがそれを押し退けることも交わすこともできず逆にその迫りくる濃く深い上下闇に飲み込まれて溺れそうになり、いや実のところその闇に溺れてたらふく闇水を飲んだせいか、だれ気味の軋みが不快げに響くのに加えて蒲団男の立てる蒲団のキュルキュルという衣擦れの音が妙に気になって少しも心地よくはなく、こんなだれ切った締まりのない軋みは柴犬似の雑種の犬には聴かせられないと早々に切り上げて踊り場の部屋に引き籠り、青畳にその跡がクッキリつくほど頬押しつけてゴロ不貞寝してしまうのだったがそうするより他なく、それが最善の策でそれより以上の策などないと慰め合うより外なく、そうやってだれ切った締まりのない気分が払拭されて万全の軋みをかき鳴らすことのできる万全の態勢へとその身体精神が回復するのをただ待つよりほかないのだった。

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