友方=Hの垂れ流し ホーム

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殆ど噛むという行為を忘れたような私や春信のめまぐるしく不作法な食べ方とは打って変わって、牛のようなひどく緩慢な下顎の一律一定の動きでまるでこれが最後の食事でもあるかのようにその素材のひとつひとつの味をじっくり吟味するように炒飯を咀嚼しつつ、懐かしげに遠い眼をして天井の一点を注視しながら金星人だというトモヨシ氏は語り、やはり異星人だと主張するあとの二人もその話に聴き入り時々頷いたり相槌を打ったりしていたが、そのうち話に加わってあのときはああだったこうだった、そう言えばあんなこともあったこんなこともあったとやり始めて食事が済み後片づけが済んでも話は尽きることなく延々と続いていき、そうやって話すことが言葉にして表現することが浮動状態のあいまいな過去を落ちつくところに落ちつかせて固定化し、さらには時間とともにその過去が発コウして徐々に浄化されるような気がし、そうすることで自分自身も癒されていくように思うがナオヨシもシゲヨシも同様に感じているらしく、だからその癒しを求めて時間を忘れてというよりほとんど無視してさらにも話しつづけるのだったが、会を発足したといってもただそれを宣言したというにすぎずアパートの住人たちのささやかな祝福を受けたにすぎないのでなにが変わるというわけでもなく、事態の進転などという大仰な表現を使うこともできないくらい進転らしい進転もなくしばらくは以前と変わらぬ無関心無反応の状態がつづいたためにパーティーなどして無駄金を使ってしまったと後悔したが、なんらかの形があるということは外部からの認シキが容易だということで少なくとも人を呼び集めるなにがしかの効果はあるらしく、ポツリポツリとではあるものの我々の旗印のもとに人が集まるようになり、そのうち我々三人の話を真剣に聞く人も出てきて何人か顔なじみもできると路上での不定期無聴衆の演説というよりは放言から公園や広場での定期的な集会と呼べるようなものに発展し、そうなってはじめてそれまで正直いって名前だけの極めてあいまいで希薄な存在にしか感じられなかった「広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通を計る会」をハッキリしたものとして捉えることができるようにもなって「とりあえず一歩前進だ」と私がいえば「半歩くらいじゃないか?」と火星人のナオヨシがいい「いしずえのいしずえってところか」と水星人のシゲヨシがいって互いにほくそ笑んだのだったが、それ以上に我々三人を狂喜させ破顔させたことは木星人のタカヨシの出現で、そのとき集会に参加していた五人のなかで一際異彩を放っているのが見た瞬間すぐにわかり、三人顔を見合わせて頷き合いほくそ笑み、その後その男が連日集会に参加するのを見ていよいよ胸おどらせて一週間ほどしてその男が参加しているのを確認しつついつものように集会をとり行い、散会ののちその男を呼び止めて会長である火星人の私がじきじきに聞くと、イ儀を正して「木星人のタカヨシです」と名乗りをあげていくぶんはにかんだ笑みを浮かべてモゾモゾと懐をさぐって取りだした名刺入れから『木星宇宙開発局第六開発室々長補佐 タカヨシ・ンクォイ・ヒ』と書かれた名刺を出して見せたこの木星人のタカヨシはここ地球では会社を経営しているといってつづいてその会社の名刺も提示して、「小さな場末の印刷工場なんですが自転車ソウ業もいいところでいまにもつぶれそうな状態です、いやはやまったく」などと謙ソンしていいながらもずいぶん羽振りがよく、会の運営費の大半、といっても体した額ではないのだが、その日の食料を確保するだけで手一杯で余ジョウなどほとんどできない我々にはネン出するのも一苦労の額を気前よくポンと出してくれ、以来会の運営費の大半がこの木星人のタカヨシの懐から出るようになり、その金でビラも作れば会報も作るし集会に使う会場の賃貸料も支払うことができ、お陰で会は少しずつ大きくなって会員数も日増しに増加して目覚ましいヤク進ぶりで、さらには我々三人の生活苦を見るに見かねて「工場の二階がですね、ちょうど空いているんですよ」といってそこを提供してくれたうえに「なにせ自転車ソウ業なもんですから」といってその一階の印刷工場に「雑用でもよければ」と働き口まで用意してくれ、大量にある紙やインクの臭いや朝から晩まで鳴りやまない印刷機械のガチャコンガチャコングイギギギという音にはいささか閉口したものの、屋根があってないようなすき間風のビュウビュウ吹き込むほとんど吹きさらしに近い前の部屋にくらべれば遥かに住みよい環境で三人ともに涙して喜び合い、昼間は下の工場で整備不良のためかジュ命が近いのか時どき不意にひねた子供のようにおし黙ったり暴走したりする印刷機械とガチャコンガチャコングイギギギと格闘しているインクまみれの正社員たちの脇で印刷された名刺や封筒やチラシの束の整理に追われ、夜間は上で会の全国展開世界展開に至る長期計画の練りあげ捏ねあげに追いまくられるという日々だったが、今にして思えばそもそもそれが誤りのもとで、金を出すとともに口も出すようになってことごとく我々の意に反するようなことを木星人のタカヨシはいいだし、金を出してもらっているだけにあからさまに非難抗議もできずエン曲な表現になってしまうのを生来の鈍感さなのか意図しての聞き流しなのか木星人のタカヨシは耳を貸そうともせず「なにせ自転車ソウ業なもんですからうちは」といっては忙しそうに退室し、なし崩しに木星人のタカヨシの思う方向に流れさていってついにはその実権の大半をショウ握されてしまうと我々三人が一から、いやゼロからマイナスから築いて大事に大事に温め育ててきた「広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通を計る会」は当初我々の目指していたものとはまるでかけ離れた卑小な世俗的なものになり、その名称も長すぎるし意味もわかりにくくてこれ以上の会員の増加は望めないと「宇宙と語ろう会」などという下世話でセンスのカケラもない口にするのも恥ずかしいものにいつのまにか変更され、それらの一々に異を唱えるともっともらしくうなずいて「一応考リョに入れておきます」と木星人のタカヨシはいうのだが、結果を見るかぎり考リョされた形跡などどこにも見られず我々三人の意見はほとんど無視されてなにひとつ聞き入れてはもらえず、表面は会の創始者ということで祭りあげられ敬われてはいるものの単なるマスコット的扱いでその実煙たがられて邪魔者扱いされて次第に肩身が狭くなり、気がつけばなんの発言権もないカイライの教祖のようになってしまっていて、これでは我々の本来の目的の広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通というなにをさし置いてもこれだけは果たさなければならず絶対に譲ることのできない使命ライフワークの達成は望めず、ここにとどまりつづけることがその妨げとなるのならそのようなところにいつまで居座っていても仕方がないしカイライに安住などしていられないと我々三人脱会することを定例の反省会で夜な夜なじっくり話し合った結果それ以外の道はないと結論して、そうと決まれば一日も早くとその翌朝議論の興奮がまだ覚めず真っ赤に充血させた眼光も鋭くどことなく殺気立った面持ちあらわに勢いいさんで木星人のタカヨシのもとへ出向いてその旨申し出ると、眠たげな眼をしてあくびをかみ殺しつつタバコの灰が落ちるのもかまわず我々三人の脱会通告を聞いていた木星人のタカヨシは「そうですか、それは残念」と口ではいいながら内心邪魔者がいなくなってせいせいするというような妙に嬉しげな半笑いを一瞬だが浮かべるのを我々三人見逃さず、その狡カツなうすら半笑いは宇宙人には決して見られない地球人特有の笑いで俗にハ虫類的チョウ笑といわれているものでこの笑いを笑ったら要注意だとまず真っ先に教えられたそのうすら半笑いにコク似していて、長年の地球暮しで自然と獲得されたものか地球人らしさの追求の果てに会得した処世術といえなくもないが地球人ではない我々三人にそのうすら半笑いを笑う真意がつかめずこの状キョウでのその狡カツなうすら半笑いの裏にはなにかうさん臭さきな臭さがあるように思えてタカヨシが木星人だということがその一瞬のうすら半笑いで信ピョウできなくなり、「タカヨシさんあなたホントに木星の人ですか木星から来たんですか?」と最後だからと金星人のトモヨシが我々の不審を代表してズバリ聞くと、うすら半笑いがうすら本笑いに昇格してクハハンとひとしきりうすら本笑ってから「いやあお陰で目が覚めました」と前置きして我々三人を右から私ナオヨシシゲヨシと順ぐりにゆっくりと眺めながら木星人かどうか怪しいタカヨシは「最後ですから本当のことを教えてあげましょう、実は私は木星人じゃありません、れっきとした地球人ニッポン人ヨコハマ生まれヨコハマ育ちのちゃきちゃきのハマっ子です、マリンタワーにもヒカワ丸にも行ったことないですけどねクハハン」とあっさり白状すると我々三人を愚ロウするようにさらにうすら本笑いを笑いつづけ、そのうすら本笑いが耳にとりついて離れずいまでも時おり不意に耳鳴りのように耳元で聞こえてくるのを腹立たしく思うが、このときは下品な笑い方をすると思っただけであまり気にもとめていず、ただ我々の会が我々の手からもぎとられて木星人実は地球人のタカヨシの手中に落ちて辞めるというよりは体よく追い出されたような形なのが口惜しく情けなく、思い出すだけではらわた煮えくり返ってくると涙ながらにその長ったらしい名前の何とか宇宙の会の発足から発展から傀儡そして不審不和を経ての脱会に至る顛末一部始終を、身振り手振りや複雑微妙な顔面の表情やちょっとした間や緩急の妙などのあらゆる技巧手練手管を駆使して熱く語る火星人だというナオヨシ氏を見て、シゲヨシ氏もトモヨシ氏も同じく大粒の涙を一筋二筋ポロポロと流して聞き入っており、春信もその三人に釣られたのか眼鏡の奥の円らかな眼にうっすらと涙を浮かべているのを一人醒めた思いで眺めつつ冷め掛かっている炒飯を思い出したように頬張った。

脱会するということは会との関係を断つということでいかなる責ムも放キして向後会との一切の接触連絡をすら行わないということにほかならないと途端に実ム家の表情になって実ム的な口調で早口にピシャリと木星人実は地球人のタカヨシにいわれ、つまりその職と住まいとを同時に失うということをそれは意味していて三人とも一瞬ガク然となるがいまさらあとにも引けないと木星人実は地球人のタカヨシがその実ム家的手際よさでまたたく間に作成して我々三人の前にハラリと差しだした三枚の誓約書の文面もろくに読まずに署名ナツ印して後悔というものはなくやはりこれでよかったのだと頷き合いながら「クハハンクハハハン」と不快に響く木星人実は地球人のタカヨシのうすら本笑いに背中を押されるようにしてその場をあとにしたものの、部屋は引き払わなければならないしあらたに部屋も探さねばならないということを思うと気が重くやり切れないが、もともと無一物だしそれよりなにより三位一体のゼツダイな力を我々は有しているのだからと着の身着のまま先のことはなにも決めずに出てきたが、青々とした月の無表情の淡光を背に受けて冷たい風にあおられ追い立てられるとさすがの三位一体もイ縮してしまうのか恨みがましいことばかりが口をついて出て、木星人実は地球人のタカヨシの非道な振る舞いを嘆じ罵倒するだけでは足りずそのような木星人実は地球人のタカヨシの隠されたモクロミを看破できず木星人だと信じて疑わなかった我々自身の至らなさ不甲斐なさに足元をすくわれたような気がしてなにが三位一体かなにが広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通かとその怒りは我々自身に向けられてフルフルと身を震わせるが、それで三人分裂ガ解するわけではないものの心中に巨大な空ゲキとでもいうよりほかないものが突然ポッカリと出現して悲嘆にくれ、その巨大な空ゲキを抱えこんで嘆きに嘆きさまよいにさまよって飽くことを知らず、流れ流れていつどこで誰から耳にしたのか忘れたが階段という存在が我々三人のうちにスルリと入りこんできて三人同時に「階段」と呟いており、そのふと呟いた「階段」という言葉が巨大な空ゲキにピタリとはまりこんで我が物顔で居座り、いつしかそれを探し求め訪ね歩いてついにそれを探り当てて、というよりほとんど偶然的にこのうら寂れた掘っ建て小屋にぶち当たってその前に我々三人横ならびにならんで立ったときもやはり月は青々と淡光を発していてそれが懐かしいのか恨めしいのか複雑な気分で振り返るとその青月の青淡光に照らされた春信の青々しい顔が照らしだされてあるが、その一々まで克明に覚えてはいないものの妙に青白く病的に、というより殆ど死人のように見えたのだけは今も鮮明に残っていて「死人みたいだ」とその顔を評して言うと「変なこと言うなよ」とやはり死人のように顔面全体を青く歪めて春信は言い、死人のように見えるのも風もない熱帯夜だというのにザワザワと草が擦れて鳴るのもその青々しい月のせいだと思ってその月を見上げると一層青々しく見え、妙に静まり返った中に青々しく浮かび上がる小屋に向かって死人の青春信を従えてゆっくり歩きだすと、踏み拉かれる草がザクリザクリと音を立てて不気味さを一層掻き立てるのが在り来りで白々しくて興醒めだったが、これからの一夜への期待がそれで減退萎縮してしまうということもなく些か興奮気味に荒い呼吸で心踊らせつつ小屋の朽ち腐れた戸を右足蹴にして強引に蹴り開けて中に入り込み、そこにも天井に開いたいくつもの穴ボコから青々しい月の青淡光が入り割り込んでいて小屋の中を青々しく照らしだしており、青々しい月の嘗めるような嫌らしい視線に曝されているように感じて身震いするものの遠足ピクニックには欠かせない昂揚した気分を更にも昂揚させる効果ゼツダイの赤青白緑黄色の華やかなビニールシートをバサリバサッと二枚広げて月の青淡光を撃退してその上に腰を下ろし、早速持ち寄りの菓子類を総てその青赤緑白黄色の華やかなビニールシート二枚の上に並べて華やかさを演出してジワジワと身内に食い込んでくる青闇青光に対抗し、灯した数本の蝋燭のごく僅かな周辺だけは辛うじて色がついて総天然色フルカラー映像で見られるがそれ以外の部分は総て青々しい月明りの反射で悉く青く染まって青く見え、だから眼前に広げられた駄菓子も皆青く見えてまるで出来損ないの店頭展示用蝋細工食品見本のようで食べ物という印象がまるでなく、その青い出来損ないの店頭展示用蝋細工食品見本駄菓子を何ら意に介せずモグモグと頬張る春信も青づいていて死人のように青く、その食欲旺盛な死人という相反するイメージの不調和な結合が可笑しくて声を上げて笑うと妙に小屋内に青く反響してその青笑い声に応えるように杉板壁がカタカタと鳴り、その笑っている私を食欲旺盛な青い死人の春信が訝しげに見つめており、その食欲旺盛な青い死人の春信の訝しげな青視線に興醒めて私の青笑いは消えるが板杉壁のカタカタ鳴りはやむことなく自発的にカタカタと鳴り続けているので、どこがその発青源かと青眼を凝らし青耳をすまして窺うとすぐ眼の前の階段へと続くこれも青い引戸が鳴っているらしく、いや確かに鳴っていてその腐れ朽ち果てた青引戸を凝視して更に耳をすまして窺うとカタカタカタリカタとその腐れ青引戸は誘うように鳴り響き、そして私はその誘うようなカタカタカタリカタに誘われてつと立ち上がってギシギシギシリギシと青腐れ廃墟小屋の腐れ青杉床板を軋ませて腐れ青引戸の前まで忍び寄り、ピタリとそこに張りついてピタリと右耳を押し当てて中の様子を探るようにしばらく聞き耳を立てていたが、耳を当てると何も聞こえず腐れ小屋内は静まり返って腐れ青引戸の向こう側に何か霊異の存在を窺い知ることもできず、期待が外れて拍子抜けてちらと青信の方を見て「何にも聞こえない」と言って耳を腐れ青引戸から引き離した途端にまたカタカタカタリカタと青鳴りに鳴り響くのでもう一度押し当てるとカタカタカタリカタはしなくなり、腐れ青引戸から耳を引き離すとやはりまた鳴りだすのだったが、そんなことを何度か繰り返しているうちここは子供の来るところではないとっとと帰れとでも言われているような何か小馬鹿にされ虚仮にされているような気がして腹が立ってきて、子供だからと嘗めるな甘く見るなという憤りからその青腐れ青引戸に青噛りつき、かつては頑丈な鍵がいくつも施錠されていて大人の怪力でもまず開けられなかっただろうから子供の非力では到底無理なはずのその鍵も、今は総て老朽して何の用もなしていないので易々と開けられそうに思えたのだが、まさに老朽していたるためにいくら力を奮って引き開けようとしても金属部分が錆びつき癒合していて腐れ青引戸はびくともせず、カタカタカタリカタと嘲るように鳴るのに益々腹立ち、何としてでも開けてやる開けるまでは帰らない帰るものかと決意して思いきり足蹴にするがそれでも青腐れ青引戸は開かず、五、六分いや二、三十分いやいや七、八十分は格闘していたが神秘の階段への入口は開くことなく、自棄クソの最終手段で胡麻だの何だのと知る限りの呪文さえ投げつけてみたりもするが私の起こす行動の何を以ってしてもその腐れ青引戸を一ミリも動かすことはできず、遂に諦めて緑赤白青黄色のビニールシートに広げられた青駄菓子を青貪り食べながら私の行動を黙視していた青信の横に「駄目だ」と敗北を宣言して腰を下ろすと、カタカタカタリカタと青腐れ青引戸は嘲り嗤うように青鳴りに鳴り響くのだった。

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