ハルノブ氏はその大きな顎をうち振ってウンウンと頷くためそのたびにきゃしゃな細フレームのメガネがずり落ち、そのつど右手の中指でクイと押しあげ、菓子皿に山と盛られた堅焼せんべいを頬張って階段の軋みほどではないもののバリバリといい音をさせて食べてはお茶をすすり、そのきゃしゃな細フレームのメガネの奥のつぶらな瞳をパチクリさせて熱心に我々三人の話を聞いてくれるので我々三人も大いに語って尽きることがなく、えんえん語りつづけてふと気づけば翌日の朝で、まだまだ話し足りず余力も残っていたしハルノブ氏のほうもまだまだ聞き足りないという面持ちで身を乗りだしているのだったのだが、我々三人もハルノブ氏もその疲労が極点に達していることは容易にうかがえ、体のことを考えて一まず休止つづきはのちほどということにして空腹ではあるが食欲はあまりないのであっさりしたものがいいと梅茶漬けを食べて「またあとで」と別れ、一スイしてからサトシ氏とハルノブ氏の二人と我々三人との計五人で上を目指して階段を軋ませることになったのだが、最初は今一つ息が合わず軋みもちぐはぐで耳障りに響きわたってそれに惑デキ堪能することもできなかったのが、次第に息が合ってくると格段に軋みは良くなって五人の計十本の足がかき鳴らすそのミシリミシリという軋みのこの世のものとも思えない愉楽にどっぷり浸り、今までにないトウ酔を味わうことができたと五人歓び合ったところでちょうど昼の時報のように五人の腹が相ついで軋みの響きをもかき消すようにグルグルと鳴ったのでドヤドヤと踊り場の部屋に雪崩れ込み、以前中華料理店でアルバイトをしていたという経験を活かして水星人のシゲヨシ氏がアルバイトとは思えない手際よさで調理した炒飯を皆で食べたのだったが、はるばる水星からやって来てこの地に降り立った当初の右も左もわからずウロウロと町なかをさまよい、一日一食ということも、いや水だけという日も決して珍しくはなかった極貧生活を思うとこれは夢のような食事といってよく、好きな食材を好きに調理できるいまの状況から見ればそのような生活に戻ることなど考えられないしそのような生活をかつて実際にしていたことさえ嘘のように思えてくるが、それでも一時はいくつかの高視聴率を誇っていたテレビ番組に出演して羽振りのよかったこともないことはないのだが、そこでわかったのは宇宙人など私のほかにも掃いて捨てるほどこの星にはいるということで、それも私などより芸達者で俗受けする連中が腐るほどいるということなのだが、私にいわせればそのすべてはニセモノで、ただ有名になりたいとか目立ちたいとか金が欲しいとかいうだけの欲得づくのエセ宇宙人でしかなく、そういうヤカラが我が物顔でバッコするせいで私や金星人のトモヨシや火星人のナオヨシのようなホンモノの、すなわち異星からその空飛ぶ円盤宇宙船UFOに乗ってやって来た真の宇宙人がいるにもかかわらず、その真の宇宙人のほうは芸がない華がないといって相手にもせず、テレビ局がそれら五万といる芸達者で俗受けする欲得づくのエセ宇宙人どもをエセ宇宙人と承知のうえで重宝がって取っかえ引っかえ使い回したあげく、視聴者に飽きられ数字が取れなくなるとヨウ赦なく紙屑のようにポポイと捨ててしまうのを目の当たりにして、恐ろしいところだと思う間もなく私のような何の芸もなく思念によって空飛ぶ円盤宇宙船UFOを呼ぶことすらできないただの水星人はすぐにお払い箱になってポポイと捨てられてしまったのだが、以来地球人に対する不信の念は募りに募ってドロドロした粘液質の汚ワイとなって底のほうに溜まり、除けても除けてもどんどん溜まってついには異臭を発して内から私を腐らせていき、そのため初志の目的の広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通という私の生涯を賭けたといっても過ゴンではない全水星の至願でもある重大な使命も果たせずウッ屈した日々を生きていたのだったが、それでもこれは自らの全生涯を賭けるに価する仕事だライフワークだと意気込んでいただけに頭の片すみでは初志貫テツの思いが残っていて何かせずにはいられず、狭むさ苦しい一室に一日二十四時間閉じこもっていると息がつまってチッ息死してしまいそうにも思え、空気を吸いに水面に上がってくる金魚のように部屋を出てフラフラと町をさまようが為すこともなく狭むさ苦しいアパートに戻ってくるということを毎日くり返しており、その日もいつもと同じように暗く沈みこんで息のつまる部屋になどいられないと口パクパクと飛びだしたものの、明るい日差しがウッ屈した害毒のようなものを滅菌してくれるわけでもないので重苦しい気分を金魚のフンのようにズルズル引きずって刺すような日の下を夢遊病患者になって当てもなく足の向くまま歩き回り、気がつけば人通りの盛んなさらにも息のつまるような表通りにぶつかって、やなところに来てしまったと思いながらも勝手に動く足に逆らわずにそこを歩いていたのだが、それで正解だったのはそこを歩いていたことで金星人のトモヨシに火星人のナオヨシに必然巡り逢えたからにほかならず、もしあのとき雑トウの不快を人いきれの臭気を凡ヨウ稚セツな地球人への嫌悪をコ膜につき刺さるゴウ音を避けてその場を離脱していたらトモヨシともナオヨシとも出逢うことなく、いまも酸欠の口パクパクと亡霊のように町なかをウロつきさまよっていたかもしれず、いやそうに違いなく下手をするとどこか路地うらのうす暗い路上のうずたかく積まれたゴミ溜めかなにかの上にバタゴロリと倒れ込んでそのまま野たれ死んでしたかもしれず、それを思うとそら恐ろしい気がするが、とにかく紙一重のところでそのような無残無ジヒな結果にはならずに我々三人はカイ逅し、しかもその瞬間にすでに完成された形で三位一体の関係は出来上がっていたのであり、つまり三位一体だからこそ我々三人は出逢うことができたともいえ、そのときの盛り上がりようは周囲の客も顔をしかめるほどでいささか狂気じみたところがなくもなく、子供のようにはしゃぎまくってなけなしの金で正体もなく酔いつぶれるまで飲みつづけて望郷の念にかられたのかお国自慢というか自分の故郷の星の自慢などしたりして「私の星がいちばん美しいそれはもうダン然美しいったらないね」と火星人のナオヨシがいえば「いや美しいのは私の星だ私の」と金星人のトモヨシがすかさず反論し、「科学が最も発達しているのは我が水星においてよりほかにはない」と私がいえば「いやいかなる星も火星の科学力には及ばない」と火星人のナオヨシが反バクし、あるいは「最も智性に優れているのは私の星の住人ではないか」と金星人のトモヨシがいえば「私の星も負けてはいない」と私と火星人のナオヨシが同時にいい、「私が旅立つときのそのセレモニーの盛大さといったら宇宙一だ」と火星人のナオヨシがその盛大さを精チに語れば「私のはもっと盛大だった」と金星人のトモヨシはいってその盛大さを語り私もそのあとにつづくというように、他愛もないことをえんえんいい合って尽きることがなく、しかしそれでいて物別れになることもなく互いによく理解し合っているため決してケンカになどならず、終始なごやかな雰囲気を維持しつづけて誰がいうともなく自然とその話が持ちあがり、反対意見も出ることなくほとんどあうんの呼吸で一決したところで実ム的手つづきその他云々のことは後日改めてということにして最後の乾杯をしてお開きになり、三人ともに部屋をひき払って三人で居住できる部屋にひき移って共同生活いや三位一体生活がはじまったのはそれから一週間と経たないうちだったが、そんな離れ業ができたのも三人ともが荷物などほとんどない着の身着のままの身軽な状態だったからだし、逆にいえば三人ともそれだけ貧しかったともいえ、だから新しく移り住んだ部屋にしても三人の共同出資とはいえ決してゼイ沢なものではなく、むしろ三人で住むには狭く、しかもほとんど屋根の役割を果たしておらず外にいるのと変わらないというほど雨漏りのひどい築何十年というボロアパートで、居住者に日本人は一人もいないアジア各国からの出稼ぎ労働者ばかりの、それもほとんどが不法シュウ労者という疎外された人々の住むボロアパートで、ない袖は振りようもないので仕方ないといえば仕方ないのだが、狭い広いとか古い新しいとかいう問題ではなく、我々三人の結びつきの強固さ堅固さキン密さこそがなにより重要でそれを思えば当然の結果といえるのだから不満などなにもなく、以後三人一丸となって広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通に尽力し、それが我々三位一体のなにをさし置いても果たさねばならぬ使命ライフワークなのだった。
この呆れかえるほど広大無辺の広がりと気の遠くなるほど長大な歴史を持つ宇宙にはそれこそ呆れかえるほど無数の星がヒシめいており、その呆れかえるほど無数の星にはやはり呆れかえるほど無数の生命が存在してアクセクしており、そのなかのいくつかの星から地球とこの星の住人に呼ばれている惑星にはるばるやって来ている者がいることが紛れもない事実だということは、我々三人の例を挙げるまでもないほどわかり切ったことなのだが、それがこの地球という惑星に住んでいる住人には一向に理解し首コウしかねる狂者のたわ言のようにしか思えないらしく、いくら我々三人が声張りあげてその事実をいい立てても全く耳を貸すことなく、うるさい奴と迷惑げな表情をあからさまに示すことはないものの足早に我々の前を通りすぎていくその様を見るにつれて我々の声は次第に小さく弱々しくなり、ついにはモゴモゴとこもった声になってしまい、うちしおれ肩を落して沈みかかる太陽とともにトボトボと部屋に戻るのが常だったが、その帰りぎわに夕食の買物などしつつ我々三人は三位一体で無敵の存在ではないか、その無敵の我々にできないことはなく、この苦ギャクに耐え忍び耐えぬいてこそ我々の真価も定まるのだと互いになぐさめ励まし合い、菜食主義でもないのに菜っ葉だらけの貧相な食材をシゲヨシの中華料理店仕込みのスゴ腕が巧みにおいしそうな料理に仕上げ、その菜っ葉だらけとはとても思えない食事をすませてしまうとテレビもラジオもなにもないこの部屋ですることはなにもないので定例の反省会を早々に開くことになり、三人車座になってその日一日の行動言動をなぞるように舐めるように細かに細かに辿っていってはああでもないこうでもないと議論して、それが朝までつづくということも少なくなく、いやほとんど連日連夜そのような状態なので慢性的な睡眠不足になってただでさえギリギリの極貧生活でいい物も食べていないので次第に疲ヘイしやつれていき、最初にどうと倒れたのは三人のうちで最も無理をしていた火星人のナオヨシだったが、つづいて水星人のシゲヨシもどうと倒れるとその二人の看病で私までもどうと倒れてしまい、三人仲よく川の字になって蒲団にうずくるまっているのを「これも三位一体だからか」などと冗談めかしてナオヨシはいうが冗談どころではなく、禍福ともども同時に平等に現れたのでは福のほうはなんら問題なくても禍のほうが出ると途端に破タンを来して生活そのものが成り立たなくなるということをこのときまざまざと思い知って以後健康管理には余念がないが、皆四十度近い熱を発してモウロウとした意識状態で体がフワフワと浮遊している妙な感覚になっていつまでもそれがつづき、そのモウロウとした意識下でいよいよこれまでかと志なかばで倒れ逝くのを無念にも思い悔しくも思うものの熱に冒されてモウロウとした意識ではまともに思考も働かず、成すすべもなく三人うなされつづけているうち穴ボコだらけの煤けた天井の下二十センチ辺りのところにふと故郷の星が像を結んだのを念願果たして故郷に帰ってきたのだと驚喜して計り知れないその成果を携え持ち帰ってきた私をさぞ盛大に出迎えることだろうと全金星いや全宇宙注視のセレモニーレセプションを想像して緊張のために指先が震えるのを覚え気のきいた言葉のひとつも言わなければと思うものの何ひとつ浮かんでこず心拍が異常に速まるが、結ばれた像はまたたく間に消え去ってボロアパートの穴ボコだらけの煤けた天井の下に寝ている現実にひき戻されていま目の当たりにしたすべてが熱に浮かされて見た幻にすぎず指先の震えも激しい動キも熱によるものだとわかって絶望し、窓はあるにはあるもののその向こうはすぐ壁で日もほとんど入らないので時間経過がまるでわからずうつうつらと夢と現実の境を行ったり来たりしつつどれほど寝こんでいたのか見当もつかないが、しかしほどもなくまず火星人のナオヨシが驚異の自己治ユ力で復帰し、つづいて水星人のジケヨシも復調し、そして最後に私が床を払うというように三人とも順調に復活してそれだけでもふしぎだったがそれ以上にふしぎなのはその病がミソギででもあったかのように以後病気ひとつしなくなり、前にも増して精力的に活動に励むことができるようになったことで「やはり三位一体の加護だ」と三人頷き合い歓び合ったが、そうはいっても世間の風当たりまでがそのミソギで一変して我々三人の膝下に皆平伏すなどということにはもちろんならず、相変わらず無視されコケにされて三人きりではいかにも力不足の感がいなめず組織的な活動の必要性を切実に感じはじめていたおりに、「広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通を計る会」を発足するという妙案を提示したのはいい意味でも悪い意味でもこの地球になれ親しんでいてその辺りの地球人の機微を十二分に心得ていて自ら地球通を任じている火星人のナオヨシで、それには私も金星人のトモヨシもモロ手を上げて賛成して初代会長にはその知名度においても親近性においても他を圧倒している火星人のナオヨシを、荷が重いし柄にもないと心底困惑した面持ちで再三ジ退するのを金星人のトモヨシと二人で一昼夜かけて説き伏せてウンといわせてその座につけると、気が変わらないうちにと早速その日のうちに準備をととのえて「広大なる宇宙の始源と今に至るその発展並びに今後の進展と各星間の意思の疎通を計る会」発足祈念祝賀パーティーを開いたのだが、もとより苦しい生活を強いられていてゼイ沢などできない我々の乏しい資金では仮にも豪華なパーティーにはなりえず、コンビニでとり揃えた品々で飾り立ててごくごく密やかに祝ったのだったが、それでも我々には充分ゼイ沢なものだったし来ヒンのアパートの住人たちにもそれは同様で、「ご馳走だご馳走だ」と皆そろって歓声をあげたほどだったのは、いま思うとつましさを通り越してわびしさを感じて涙なくしては語れないと涙流して切々と語るその宇宙人三人組トリオに思わず私ももらい泣きしてしまうのだった。