友方=Hの垂れ流し ホーム

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06

不発に終わった第一次三者会議の不満からその翌週か翌々週に第二次三者会議が開かれることになったのだが、場所は前回と同じく一階リビングにおいてだが時間は少し繰り上げて午後八時三六分から始めて午後一〇時五分まで話し合われた。UCCモカブレンドにFAUCHONアールグレイが用意されて南面窓際ソファに渉が、南面窓際肘掛け椅子向かいの揺り椅子に母芳枝が、二椅子向かいの西面壁際長椅子左端に父真雄が着く。時間を持て余している未就労の渉と違って仕事を持つ父真雄母芳枝の都合を考えて会議は決まって土曜の夜に開かれるが、目に見えて疲労しているのが分かる父真雄母芳枝に込み入ったしかも気の滅入る話をするのも渉には幾分気が退け、しかしそうも言ってられないほどに事態は切迫しているのだった。臨界点を遙かに超えて崩壊寸前まで来ているということをまず最初に確認しておき、そのうえでなぜ稔は渉に対してのみ斯くも支配的暴力的行為に及ぶのかという疑問を提示し、その年来の疑問を氷解させるべく、加えて父真雄母芳枝と何某かの助力協力関係をも結ぶべく、渉の強い要望によりこの会議は開かれたのだった。

ここに来てようやく事態の深刻さに気づいた父真雄は困惑げに項垂れて頻りに首を右に左に傾げるが、それは幾分疲労を抱えているせいでもあるのだが、思い込みの激しい渉につき合わされることにやはり気疲れを感じるためで、先週だか先々週だかのことも思い出されて渉のその思い込みを覆すことの困難に一層気鬱になり、首筋から肩に掛けての慢性の凝りもだから一段とひどくなるような気がして項垂れた首を更にも項垂れさせるのだった。時々父真雄の首がゴキと小さく鳴り、そのゴキに反応するように母芳枝が僅かに首を竦ませるが、その不規則的な微少音とその怯えたような仕種によって父真雄と母芳枝が自分には窺い知れない何らかの対話をでもしているような気が渉にはしてならないのだった。前回同様気まずい沈黙がしばらく続き、その沈黙に耐えきれずに父真雄は煙草を吸いだして立て続けに四本を灰にし、四本目を吸い終えてコーヒー殻を敷き詰めた灰皿に墓標のように突き刺して初めて気がついたというように灰皿脇にあるUCCモカブレンドを柄ではなくカップの縁を五本の指で鷲掴んで茶でも飲むように一口音立てて飲むが、そこにも何らかの符牒が隠されていはしないかと渉が母芳枝を窺うと、飲み掛けたFAUCHONアールグレイの入った湯呑みを慌ててテーブルに戻して取り繕うように「そんな方法ないし」と調子外れな声で言い、一旦区切って調子を整えてから「それじゃ解決にならない」と議題として渉の提示した稔の暴力の排撃そのものを否定し、分裂瓦解をしか齎さず憎悪の増大をしか結果せしめないだろう排撃ではなく相互理解相互溶融を生みだし得る愛による他に根本的解決はあり得ないと言い、「ねえ」と同意を求めるように父真雄に言うと、それに調子を合わせるように「言って聞くような相手じゃないだろう」と端から匙を投げるようなことを父真雄が言う。それではしかしただ耐えるしかなく、それによって稔の改心が確実に望めるという保証はなく、少なくとも過去二十数年その改心なるものが稔のうちに惹起しなかったことは確実だし、むしろその増長を助長したともいえると渉が自己の見解を述べると、それは私の愛し方が足りなかったのだと母芳枝が言い、愛情の飢餓状態は何にも増してその人間性を歪めてしまうのだと力説するが、家族という相互依存相互扶助の暗黙の協約関係を独善的に支配被支配の関係にすり替え、そこに愉楽を見出している稔のそれでは思う壺だと渉が言えば、「あの子はそんな子じゃ」なく根は素直でやさしいのだと母芳枝は言い、「そんな言い方ないでしょう」と渉のほうに鉾先を向けるもののその原因は何もかも自らの教育の不備で、いやそれ以上に愛情の不足だったと自分を責め苛んで遂には泣き崩れてしまう。稔が渉の前で素直だった例しなど一度としてないので母芳枝の言には首肯しかね、母芳枝の感情が高ぶれば高ぶるほど渉のほうは興醒めていくが、それを見越しての高ぶりのようにも思えるのだった。

父真雄も母芳枝も稔の暴走をとどめることは最早できないと断言し、「頭ごなしに言ってとばっちり食うのも何だしな」と及び腰で、「景気悪くて註文取れないらしくて上からもいろいろ言われてそれで気が立っていつも苛々して」いるから横から何か言っても反発を煽るだけで何の益するところもなく、「お前は暇だからいいけどみんな忙しんだ、混ぜっ返すようなことはだから困るんだ分かるだろ」と言って互いに頷き合い、しばらく様子を見て波が退くの待ったほうがいいと渉を無視して結論するが、不定要素に依存した結論を認めることはできないし待ちに待ち耐えに耐えて二十数年もが経過したのでこれ以上待ったところで波が収まることなどあり得ず、むしろ他での波があればあるだけ自分への波及が高じるだけだとの確信が渉にはある。全体この状況が芝居染みていると渉は不意に思い、そう思うとそうとしか思えなくなり、家族の強い絆の要因は家族の不和にこそあるとでも言わぬげな素振りの父真雄も母芳枝もこの状況をむしろ喜んでいるように見え、今こそその父性のその母性の発揚のときとばかりに妙に昂揚しているのが微かだが窺えるのだった。茶番のように思えてならないのはすでに稔との結託があるからに違いなく、一向話が進展しないのもそれで肯けるし何らの打開策を見出し得ないのも共謀のすえ未然に予防策を張っているからに違いなく、つまり父真雄も母芳枝もすでに稔の傀儡でしかないと結論せざるを得ず、だとすればこれ以上の話し合いは無益なばかりか稔への情報提供という不利益を被るだけだ。父真雄の落ち着かなげな探るような素振りに母芳枝の母性愛的親近性に二人の意味ありげな目配せと、総てがその推測に符合するように渉には思えてならないが、これ以上何も話すまいと二人の様子を窺うと二人も押し黙って渉の様子を窺うふうで、途端に気詰まりな雰囲気が支配的になって却って身動き取れなくなる。

押し黙ったまま時折視線を交わしている父真雄と母芳枝の様子を渉は窺いつつも両手で抱え持ったUCCモカブレンドの僅かずつ減退していく温みが掌に妙に意識され、気詰まりの原因がその冷めゆくUCCモカブレンドにあるような気がしてならなかったのでテーブルに戻し置くが、いつまでも黙していると父真雄と母芳枝の沈黙のやり取りだけが続いているように思えてひどく気味が悪く、その気味の悪さに気圧されて不用意に「殺す」と宣言してしまい、言ってからしかしその「殺す」がすでに自己のうちに用意されていたことに気づく。単に意識化されずにいただけで遡及すればあの中村川に顛落し溺死し掛けたときに、背後から稔に蹴り落とされて岸壁と碇泊している船との間の狭く薄暗い水面で藻掻きつつ大量のヘドロ臭い川水を飲んでいたそのときにすでに決意があったような気もし、いや、確かにあのときそう渉は決意したのだった。岸壁と碇泊している船との間の狭く薄暗い空間に響き渡って渉を水面下へと押し込もうとする稔の「ヘッヒー」に確かに渉はそう決意したのに違いなく、運良く、いや運悪くというべきか渉自身にも判断しかねるが、とにかく助けられてずぶ濡れの渉に「つまんね」と毒突いたのに更にも決意を堅くしたのを渉は思い出す。幾分父真雄と母芳枝に唆されたような気がしないでもないが、そう宣言することでこの茶番から抜けられるように思え、父真雄にも母芳枝にもこっちが茶番を了解していることを悟らせようともしたのだったが、父真雄母芳枝はしかし「何言ってるの」と動転した素振りを見せて飽くまで茶番にとどまるつもりらしく、あるいは渉の見込み違いで二人は真剣そのもので茶番ではなかったのかとの疑念が一瞬過るが今さら撤回もできず、仕方がないのでもう一度「殺る」と言って自己の立場を明らかにして渉は席を立ち、行き掛けるがすぐに取って返してまだ半分近く残っている冷たいマグカップを持ってリビングを出て、玄関前の薄暗い廊下を横切って真向いにある自室の襖をそっと引き開けるが、何が引っ掛かるのか襖がひどく耳障りな軋みを立て、不意の軋みに驚いてUCCモカブレンドを数滴畳に零してしまった。

宣言した以上は実行せねばならないと渉はすぐにも実行計画案の作成に取り掛かる。反撃の可能性を考慮すれば一撃で仕留めたいところだがそれでは渉の気が済まず、だから一撃で仕留めるのではなく、まず死なない程度のダメージを与えてからゆっくりジワジワと嬲り殺しにする。初太刀はだから鈍器辺りで頭部を狙うのが適当に思え、その一撃で昏倒しても縛り上げておけば息を吹き返してから存分に料理できる。稔が渉の存在それ自体を否定していることを渉は経験上確信しているが、父真雄も母芳枝も「そんなことない」と口を揃えて言い、更に父真雄は「経験が確実ってのは違うんじゃないか」と渉の判断の独善性を挙げて否定するが、すでに稔の傀儡と極まったからには本心からの言とは認められないし、父真雄と母芳枝をその傀儡から解き放つためにも稔を抹殺することは必要なのだ。是非にもそうせねばならず、猶予はないと渉は思うのだった。


メインとなるバヴァロアに入る前にシンク周りを片づけて人心地つく間もなく風呂を洗わねばと渉は風呂場に行くが、総ての作業が済んでからにしないのは一旦バヴァロアの作業に入ってしまえば立て込んで恐らくそのまま夕飯の支度に掛からねばならないだろうからそのあととなるととても無理で、余力のあるうちに風呂を洗い、そのあとでじっくりバヴァロアに取り掛かったほうがいいとの判断からだ。台所をあとにして玄関前階段下の薄暗い廊下を横切った奥にあるトイレ横の引き戸をガラガラと開けたそこが脱衣場で、その脱衣場を入って右手が浴室でちょうど家の北側の角になるが、その浴室の裏の家との距離が垣根越しに四〜五メートルと充分過ぎるほどの空間があるため風通しがよく、湿気が籠もらないので黴の繁殖もさほどではなく越してきた当初とあまり変りもないため風呂を洗うのはだから一日置きでも充分なのだった。昼食前の十二時頃から始めてまずシャンプーリンスコンディショナーボディーソープ入浴剤タオル石鹸等を総て青バケツに移し、残り湯を使って洗面器椅子浴槽の蓋等のプラスィック製品をバスマジックリンで洗って浴槽に放り込んでおき、次に壁床ドア蛇口シャワー排水口の洗浄に移るがタイル目地に棲息する黴はブラシで擦ったところで高がしれているし強く擦っても目地を痛めるだけなのでとくに目立ったところだけ慎重に擦り、あとは三カ月に一度くらいの割でカビキラーで一挙殲滅することにしており、噴射口先端の蓋を撥ねあげて泡状に出るようにしたカビキラーを縦の目地には天井付近から壁面に直角方向に噴射して流れ落ちるままにするが、横の目地に対してはそうもいかないため壁面に平行気味につまり横向きに構えて心持ち上向きに噴射すると無駄なく泡が目地に掛かり、そのようにして一ケース空にする勢いでふんだんに使うためカビキラー使用時は窓を全開にしていてもその塩素に眼をやられるし気分も悪くなるため体調の悪いときにはできないのだった。シャワーで泡を流してタオルで拭きとり、浸けておいた風呂用具を濯いで拭いて脇に立て掛け、拭いている間に浴槽の栓を抜いて残り湯を抜き、最後にその浴槽の洗浄に掛かる。正味三〇分ほどで完了するが、カビキラーでのタイル目地洗浄時はそれより十五分ほど超過する。それから昼食の支度に掛かるので食べるのは一時頃になり、片づけてコーヒーを入れて自室に戻ると二時近い。

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