旅行好きの両親はよく家を空けるが、そのための資料収集は日々怠ることなく、リビングの長椅子の下には旅行関係の雑誌・チラシ・パンフレットが隙間もなく納められ、そこに入りきらない雑誌・チラシ・パンフレットがテーブルの下だの壁際だのに山とある。これらの雑誌・チラシ・パンフレットはゴミとして出さずに町内の廃品回収時に一括搬出するため回収日間際のリビングは凄まじい様相になる。この搬出の作業は渉が一手に引き受けているが運搬の前にこれらをビニール紐で束ねなければならず、四隅をキッチリ合わせて整然と積み上げているのではなくただ無造作に積んであるだけで大きさもてんでバラバラなのでまず各サイズごとに分類することから渉は始め、一通り分類が済んでから小分けにしてひとつひとつビニール紐で束ねるのだが、それだけでもひどく腰を酷使してしまうのに回収場所まで一〇〇メートルに満たない距離とはいえその運搬が遙かに重労働で、両手に二束持って更に右脇に一束抱え込んで合計三束持ち、きつく結んでいるために三本しか潜らすことのできない指に伸し掛かる二束の荷重がその指腹の肉に食い込ませる細ビニール紐の疼痛は計りしれず、そのうえ最低でも五往復はしなければ片づかないため腰への負荷も尋常ではなく、しばらく尾を引いて常態に復すまで二、三日を要し、運搬のために台車が一台是非にも必要で「今度の日曜に買いにいく」と毎週のように父真雄も言うのだが、日曜になれば終日の疲労がどっと出るのか午後にならなければ起きてこないし、夜行性だから昼間はずっと茫と寝転がっているもう年寄りのビッケと同様寝間着姿で茫としているのを見ると急き立てることもできず、だから未だに果たされていない。三十二型ワイドテレビ横にふたつ並んだ別時期に購入した同じ型のAVラックには旅行の記録を収めた八ミリビデオのテープやら宣伝用旅行案内ビデオやらが未整理の状態でこれも入りきらないほどあり、一回の旅行で二時間テープを四本は録ってくるが未編集のため観るに耐えものではなく、旅行から帰ってきて一心地ついてから一度通して観て記憶の強化再構成を図るだけで二度とデッキに入れられることはない。というのも自己本位に歪曲された記憶に浸ってその眩惑を愉しむということをあまり知らない父真雄と母芳枝はすでに次の旅行の計画に余念がないからで、「渉がいるから安心」と言って出掛けると二週間は帰ってこず、一切の娯楽を旅行に注ぎ込んでいる父真雄と母芳枝は世界各国制覇を目論んでいるらしく、死ぬまでのそれが夢なのだとか言うが、世界に何カ国あるのか渉は知らないがその総てを訪れたら死ぬのかと訊けば、両親ともに口を揃えて「死んでもいい」と事もなげに言い、それも冗談めかしてニヤけて言うのではなく至極真面目に答えるのだった。五〇代の後半に差し掛かって余命三〇年と見積もって季節ごとに年四回の旅行とすると一二〇回となり、一回の旅行につき二カ国を巡るとすれば×2で二四〇カ国の歴訪が可能で金銭的にも問題なく、抑もその野望夢があるため長年共働きの仕事一辺倒でやってきたようなものなのだが、その死の間際まで旅行可能と仮定すれば実現の可能性がありそうに思えなくもないが、やはり体力的に無理なのではないかと渉は思うのだったが、「今どきの若いのと違って体には自信ある」と言うだけあって父真雄と母芳枝は根っから病気知らずで、確かに二人が臥せっているのを渉は見たことがなかったが、普段元気な者ほど一旦患うと病に慣れていないせいで急激に衰えを見せてグズグズと長患いになったり却ってポックリ逝ってしまったりするのだとの渉の懸念を二人は意にも介さず、「長患いは困るけどポックリってのはいいね」と父真雄が言えば「二人一緒にポックリだと尚いい」と母芳枝が受けて笑いに転じてしまうのだった。
抑も稔の独裁はその両親の不在時につまりは母芳枝の不在時に最も甚だしく発揮されるため、二週間という期間は無限に長い時間となって渉を憂鬱にさせる。その旅行の目的が稔を渉に押しつけての逃避のようにだから思えてならず、それに耐えかねての三者会議の幾度にも渡る開催だったのだが、三回、いや四回、いや五回だったかと、その正確な回数を渉自身失念しているのはいずれも同じような展開に終始して区別がつかないからで、つまりはその悉くが失敗に終わり、孤立した渉の取るべき最後の手段として残されたのが総ての原因の排除で、その結果稔の抹殺が挙行されたのだったが、それで問題が根本的解決に至ったかといえば、至ったともいえるし至っていないともいえ、つまり二様の解釈が可能なのだった。確か父真雄母芳枝がいつもの如く「渉がいるから安心」と言い置いて『エジプト〜チュニジア地中海南岸の旅』に出掛けて留守にしていたときと渉は記憶するが、仕事上のストレス鬱憤を晴らすというよりそれ自体に愉楽を見出しでもしたように稔の暴虐が度を超して甚だしくなったのだった。それでも八日までは何とか自制することができ、この分ならいけそうだと九日目を迎え、その九日目も辛うじて捻じ伏せて残すところ五日となり、峠を越したと気が緩んだのかもしれない。家長然とリビング西面壁際長椅子に肥えた海豹のように寝そべってクレーム・パィシエールを絞った上にアメリカンダークスイートチェリーを乗せてグラス・ロワイヤルでデコレートしたデニッシュ・ペストリーを屑を撒き散らしながら頬張りつつリモコン片手に一分と同じ番組にとどまることなく頻繁にチャンネルを替えながら漫然とテレビを見ていた稔の急激にその暴力性を表わしたというのでもない「食ってやるっつってんだよ作れ」との一言に「食いたきゃ自分で作れ」と返答したのだった。不意を突かれて二秒ほど稔はデニッシュペストリーを咀嚼するのも忘れて静止していたが、急に声の調子を落として「だぇに物言ってんだおわぇわ」と言い、言ってからゴクとデニッシュ・ペストリーを呑み込むと、分厚い唇に舌をグルリと二度三度と這わせてから袖口で拭う。教師が生徒に教え諭しでもするような口振りで「俺に奉仕するのがお前の仕事なんだ分かるか」と稔は言い、「ヘッヒー」と一声甲高く笑うと「つまり俺はお前に仕事を与えてやってるんだ、いわば雇用主だ分かるか」と言う。ついと立ち上がった稔は背後の長椅子にリモコンを放り投げると残りのデニッシュ・ペストリーを一口で平らげ、口元から腹全体に広がるデニッシュ屑を無造作に払い落とすが、その無数のデニッシュ屑がテーブル絨毯長椅子のうえにパラパラと零れ落ちるのを眺めつつ誰がそれを掃除するんだと渉は思うが口にはせず、稔の着ている襟刳りのほつれてヨレヨレになったグレーのトレーナーの胸元右寄りにクレーム・パィシエールの淡黄とアメリカンダークスイートチェリーの暗紫の二色の染みがクッキリと残っているのを不快に思い、それに気づいた稔は二度三度指の腹でこすってはみるがこすったくらいで落ちるものではなく、諦めてその指に付着した油脂分を豚腹で刮げとり且つねぶりながら渉のほうへ向かいつつ「お前みたいなどうしょうもないクズに仕事を提供する俺はなんて寛大な雇用主なんだ、そうだろ違うか」と言い、「そうだろ? そうだよなあ穀潰し」と確認ではなく強要の口振りで言いながら尚も迫っていく。来る、と渉が思った瞬間体が右斜め後方にグラリと傾ぎ、次の瞬間には視野全体がフローリングの床面に変わっているのがえらく不思議なことのように思え、その途中経過を渉が辿ろうとする間もなく上方から怒気に満ちた震え声が「お前はいつからそんな偉くなったんだ」と落ちてきて、その「なったんだ」の「だ」で最も語気が荒くなり、それと同時に横腹に衝撃が襲いくるが醜く肥満した巨体のその全重量を掛けた攻撃に渉は反撃の余地もなく、失われた倒れる途中経過を辿る余地などは更になく、背を丸めて腹部を保護するのが精一杯だった。
精神の突発的破綻をまで渉はしかし予期することができず、突然なだけに抑える間もなく行動に出てしまっていて、日頃のシミュレーションの賜物かほとんど無意識的に且つ素早く動いて稔と再度正対したときには不動の構えで切っ先を突きつけている。殺人マシーンに変じた渉の予期せぬ反応に稔は一瞬たじろぎ、その一瞬の隙を渉は逃さず速攻で仕留めたが、思ったより呆気なく済んでしまったことに自分でも驚く。左足を一歩踏み込むとともに左腕をピンと伸ばして突きを入れただけなのだが、過つことなくピタリ咽喉首に命中してそのたった一撃で総てが完了してしまったのだった。稔はしばらく緩慢に蠢いて微かな呻きを「ううう」と上げていたが、断末魔の呻きともそれは微妙に異なるように渉には思え、いや、断末魔には違いないのだが、その断末魔を過ぎてもやはり「ううう」は引き続きしていたので断末魔の呻きという形容はこの場合符合しないように思えるのだった。ただでさえ弛緩し切って緊張感のまるでない肥満体の醜悪な肉体が不愉快なのが、いや、肥満体が醜悪なのではなく稔の一々の所作がその肥満体に醜悪さを加味させるのであり、醜悪なのはだから稔自身なのだと渉は思うが、死して更にその醜悪さが増したためか死の醜悪さが加味されたためか内なる醜悪さが堰を切って溢れだしたためかは判然としないが稔のその肥満した肉体に一層不快感を覚え、「ブタカニ」と一言浴びせるがその一言が呼び水となって更にも不快感が募り、片すのもだから腹立たしくてそのままに放置しておいた。腐敗は遅々として進まないが腐敗臭は凄まじく、雨戸はだから開けられず、淀んだ空気が更にも淀んで日を追うごとにその濃度を増したため三度の食事も自室に運んで摂るがそれでも息が詰まってやり切れない。かといってその死臭腐敗臭が外に漏れるのを怖れて換気もできず、モカ一〇〇%を濃厚に入れて胡麻化そうとするがそんなことくらいで胡麻化しきれるものではなかった。
確か起床時の第一番の排尿を済ませて自室に戻るときと渉は記憶するが、暗いリビングのほうから呻くような声がするのが聞こえ、なかば幻聴とは分かっていたが一応確認のためとリビングに通じるドア前に立つが、臭気の流出を考えて玄関口のドアを開けるのは避けて奥の階段脇のドアから台所を抜けてリビングに至る経路を取ることにし、左掌で鼻全体を覆うようにして心持ち口で呼吸しつつゆっくりとリビングに向かうと確かに「ううう」とそれは呻いている。目に見えて腐敗が進行しているようには思えないものの内側から確実に腐敗しつつあるその死臭を発するものが呻くなどあり得ず、馬鹿にするにもほどがあると渉は無性に腹が立ち、思わず足元に伸びているその右腕の手首の辺りをギュウと踏みつけると何の抵抗感もなく千切れてしまい、「取れた」と口が滑るが驚きも焦りもなく、徐ろに切り離された手首を拾い上げると当然のようにゴミ箱に投げ捨てる。更に肘関節肩関節と踏みつけていくとやはり簡単に千切れてしまい、それが何だか愉快で面白く、そのプリンかゼリーにでも変質したような肉体の各部を次々踏みつけて肉片を千切り取ってはゴミ箱に放り投げ、最後にその顔面から濁り切った目玉をふたつとも穿り出して握り潰し、同様にゴミ箱に投げつけるが、ゴミ箱はすでに満杯でこんもりと盛り上がった肉片に当たったふたつの目玉は撥ね返されてコロコロとどこかに転げていった。ほとんど原形をとどめないただの肉塊と化したが、それでもまだ「ううう」と呻くのをそれはやめないのだった。喉を掻き切ったその頭部は辛うじて骨だけで胴体と繋がっているに過ぎず、構造的に見ても発声の不可能なことは明らかなのにも拘らず、気管から漏れる腐敗ガスか何かの音としてではなく紛れもない声帯の振動による声としてその「ううう」は低く響き渡るのだった。頭部と胴体とを切断してしまえばその気色の悪い「ううう」もやむかと渉は思い、捻じったり引っ張ったりとあれこれ試みるが血糊やら脂やらで手がベタつくばかりでそこだけはどうしても切り離すことができず、腹いせにその頭部を蹴ると赤ベコのように首が左右に揺れ、それが媚び売るようなイヤイヤでもしているように思えて却って向っ腹が立つ。
何の反応も返ってはこないが幾分気晴らしにはなり、いや、幾分どころか次第にのめり込んで以後目につくたびに足蹴にし少しずつ切り刻んでいったため、リビングの揺り椅子後ろに右足をテーブルの下に突っ込む形で横たわっているただの刺殺死体が、父真雄母芳枝がエジプト、チュニジアを経巡り満喫して帰ってくるまでの間に酷たらしい惨殺死体に変じてしまった。それはしかし日々その強烈度を増していく腐敗臭とその脂肪に蓄積された悪意の滲出としての「ううう」とによる身体的且つ精神的な重圧が日常的な認識力を著しく低下させたためで、つまり外的状況の異常性非日常性によるもので、自己の本性としての残虐性の発露というのでは決してなく、あれは些かやり過ぎたとだから今では反省している渉だったが、稔に対しての反省ではしかしなく、父真雄母芳枝に対する申し訳なさに尽きるのだった。渉がその活動時間の大半を割いて菓子を作るのはしかし贖罪ということでは決してなく、局限すれば小麦粉・卵・砂糖の三素材のみの構成にも拘らず無限の拡がりを内包する菓子のその無限性を垣間見魅了されたからに他ならない。とはいえ渉の作る菓子に関して「不味い」という言葉が一度として父真雄母芳枝の口から漏れたことがないのはその菓子が優れて美味しく不味いものなどひとつもないからでは決してない。その舌に絶対の自信があるわけでもないが、明らかに失敗の不出来なものにまで「美味しい」と言う母芳枝の言を渉はだから信用してはいなかった。あとで頂くと言いながら結局手をつけずに腐らせてゴミ箱行きになった菓子もいくつかある。気を遣っているのは分かるのだが失敗を失敗と認めなければ次への糧にはならず、下手に美味しいなどと言われるとそうなのかと思ってしまい、自惚れて気が弛んでそれ以上の探究が閉ざされるというのではないにしろ幾分かは停滞してしまうため、そのような気遣いはだから上達の妨げにしかならないのだった。況して初めてなら褒めそやすこともある程度必要だろうがかれこれ三年近く暇に飽かせて毎日のように作り続けているのでもあればおだててもあまり意味はなく、個人的な味覚の差異や好みも含めて真摯な批評を求めるのも当然だし、しんから美味しいと思うものを望むなら指摘すべきところは指摘すべきだろうと渉は母芳枝の気遣いに疑念を感じ不信感を日々募らせてきたが、その怒りが直接母芳枝に向かうことがないのは、渉にはその「美味しい美味しいヘッヒー」がリビング辺りに今も浮遊しているだろう稔の魂魄が母芳枝の口を通じて言わせる渉への呪詛としか思えないからだった。その浮遊する稔の魂魄と母芳枝が電話していると思うと魂魄化した直接の原因が自分にあるため渉は自責の念に駆られるのだった。