友方=Hの垂れ流し ホーム

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卅一段

ほとんど昼に食い込んだ朝食を終えて二杯三杯とお茶を飲みつつ四個五個と粒餡の大福餅を平らげてもなぜかこの狭四畳半を去りがたく、といってこの狭四畳半とほかの踊り場の狭四畳半との間に著しい懸隔差異があるためにこの狭四畳半に未練愛着を感じているわけでは決してなく、ただ何となくダラダラと居座りつづけてもう少しあとちょっとと思ううちにも一日二日が忽ち経過してあしたあしたと言いながら一週間が早くもすぎ、その間にもまた智良があの何とも言えない見目麗しさを全身に纏い匂わせて不意に見目麗しく現れることもあろうかと私も聡志もいくらかは期待しつついくらかは不安をいだきつつ聊か浮足立った思いで起居していたが、あのことを告げるために現れただけなのでそれさえ済めばもう用はないとでもいうように以来まるで音沙汰なく、期待が外れた落胆と不安が解消された安堵とを交々味わいながら締まりがないと言えば締まりのない食っちゃ寝の日々を物足りない思いで過ごし、聡志と差し向かいで食事しているときなどにふと背後に気配を感じて智良かと振り向くとそれはあいつで、いくらか勢いが減じて影が薄くなってその口走る呪詛怨言の言葉も覇気がなく途切れ途切れで聞き取りにくくはあるものの私を取り殺さずにはおかないというその一念だけは濃厚に感じ、そいつの不意の現出にしばしば悩まされつつもようやく再び階段のえも言われぬ軋みを聴いたときにはそれから十九日が経過していたが、私の確かな足取りが春信のこれも確かな足取りと相呼応してその二人の相呼応する足取りに階段が相呼応して微妙な音色絶妙な響きで軋みを返すが、それが今までの軋みと微妙に異なっているのは私たちが果てもない上へ向かって果てもなく上っているのではなく下に下りているからで、今や下へ下へと私たちは目指しており、しかも毛色の違った軋みを愉しむための興味本位の気分転換の下降でもなければ顛墜した者たちの探索を目的としたものでもなく、従ってまた百八十度転じて上へと上る意思はなく、ひたすら下をただ外界を殊更そこに執着しているわけではない娑婆世界を目指しているのだが、とは言えメビウスの輪のごとく上っても上っても一向に果てがなく、どこにも到達することのない階段に嫌気が差したというわけではないし愉楽の極みであるその軋みへの反応性が鈍って愉楽の極みとして感じ取れなくなり愉楽の追求快楽の探究に倦み疲れたというのでは更になく、従って今もそれに浸り陶酔し歓喜し身悶え喘いでいることに何ら変わりはないが、なぜか意識は上ではなく下へと向いていて降りなければと思い極めており、何がそうさせるのか分からないままギシギシと軋゛みを鳴り響かせて降りていくが下りなだけに重心は揺れ動いて安定しないし足元も覚束ずいつその足を踏板から踏み外してしまうかもしれず、そのことに非常に神経を使うために疲労も早く休憩の回数も桁違いに多くなって心底愉楽に浸り切るというわけにもいかず、そのせいか食べること寝ること会話することに力点が置かれるようなことにもなり、特に食への拘りというか執着が他を押し退けて急速に増大し、思いのままただ思念するだけで如何なる食材でも取り揃えられてきちんと納められている踊り場の部屋の決して大きくはないが白く輝いて清潔な印象を与える中型の冷蔵庫への愛着が増し、踊り場ごとに部屋に入らずにはいられず、部屋に入るごとにその中型の冷蔵庫を開けずにはいられず、冷蔵庫を開けるごとにその中にあるもの総てを調理せずにはいられなくなり、片っ端から調理しては食べ食べては調理するということを際限なく繰り返すものだから体重も二キロ三キロと日増しに増えて以前からその兆候はあったものの中年太りというその語感が不快極まりないと常に監視の眼を緩めずにいて摘み食いでもしようものならそれが何か非常な悪徳でもあるかのように烈火のごとく罵った美津恵と里美に両脇から挟まれていたためギリギリのところで持ちこたえていた腹が見窄らしく突出して忽ち二段三段になり、その増量によって軋む階段のその軋み具合が一段と良くなるかと思えばそうはならず、却って重苦しげにグギギグゲと軋むのが不快ではないものの悲痛に痛々しく、「なんかヤバイな」と振り返りざま私が言えば「ダイエットでもするか」と皮肉にゆがんだ笑みを浮かべて聡志は言って勢いをつけて足を降ろして踏板をギギイギと踏み鳴らし、その砂利の交じった蜆をでも食べているような夾雑音が僅かながら響き渡るのを耳にして「これじゃあな」と思い入れたっぷりといった風情で芝居っぽく嘆き入るが、踊り場の百ワット光の下に立って心持ち顔を下向けてその足元をチラと見ると、そこにそれまで曖昧に揺らいでいるだけで何物でもなかったものが急に輪郭のハッキリした影となって足にへばりつき絡みつくように浮き上がってくるのを疎ましく思って「休憩休憩」とそれが呪縛から逃れる呪文でもあるかのように影に投げつけるように言って脇の狭四畳半のドアの把手に手を掛けて部屋に上がればすぐにも冷蔵庫の扉の把手に手を掛けるのだった。

真新しいとは言えないものの日が当たらないだけ青々として匂い立つような青畳の四畳半のほぼ中央に小さな卓袱台を据え置き、その上に乗り切らないほど和菓子洋菓子類を山盛りした菓子皿を置いて片っ端から食べ尽して食べたらすぐに横になり、横になったらそれまでで次に空腹の波が訪れるまで、いや夕食の時間になるまで起き上がることができなくなってウトウトとまどろんでいるうちにストンと眠りに落ちて夢を見るが夢の中でもまだ菓子を食べており、しかもその菓子類の豪華さ贅沢さ美味しさは四畳半の部屋の卓袱台一杯の菓子類の豪華さ贅沢さ美味しさを遥かに凌ぐ豪華さ贅沢さ美味しさで、且つその大半が見たこともない菓子で当然食べたこともないのでその美味しさは譬えようもなく、その上食べても食べても次が押しだされるように現れて一向になくならず、向こうに限界がなくてもこっちの腹には限界がありもう食べられないと嬉しい悲鳴を上げるがまだまだ序の口と味も知らぬ菓子どもが押し寄せ詰め寄せて切りがなく、無理せずやめればいいのだが生来のさもしさ賤しさゆえか限界を遥かに超えているにも拘らず手と口の連携動作は私の意思を無視して動き続けて次第に苦痛に顔が歪んで息も絶え絶えになって眼を覚ますと胃の内容物の一部は消化吸収され、一部はすでに腸へと送られてカラになっており、その満腹から空腹への一挙の顛落が余計空腹感を助長して腕と腹筋を使って身を起こすとその反動でカラの胃袋がグウと鳴り、それを合図にして春信と頷き合って座を立ち食事の支度に取り掛かろうと冷蔵庫を開けると、私たちの食欲を満たすための新鮮な食材がギッシリギュウと詰め込まれており、その真意など考える暇もなく「これがいい」「いやこっちの方がいい」と矯めつ眇めつしながら食材を選びだして適宜調理しては食べ、調理しては食べ、調理しては食べ、調理しては食べ、満腹になると今度は空腹を作りだすためだとでもいうように軋みに陶然となりながらも重い体をフラつかせて頼りなげな足取りで六十ワットの電球に照らされて闇の中に浮かび上がるように鈍く輝いて些か地肌の透けて見える前を行く春信の後頭部をこれがあの春信の後頭部かと訝しみつつぼんやりと眺め、何か途轍もない無限にも思える時間の隔たりをその春信の地肌の透けて見える後頭部に感じつつぼんやりと眺め、「何か、顛倒しているな」「ああ」とか「膝に来るな」「ああ」などと会話と言うのも憚られるような二言三言の短いやり取りを思い出したようにポツリポツリと交しつつぼんやりと眺め、それでもそのことに何の不自然も違和も感じることなく階段をその真っ暗い闇底淵の底の底へと向かって下りていくのだったが、そのような殆ど意味のないあまりに無意識的で無自覚的な私の発話に一々振り返らないでもいいのだが、根っからの律儀さの現れなのかそれとも何か気に掛かることでもあるのか、不意に春信はクルリと首を百六十度ほど巡らせてまじまじと私を見つめ、瞬間何がどうなったのか分からないがフワリと体が宙に浮きあがったかと思うとエスカレーターにでも乗っているようにすうと音もなく滑るように聡志から遠ざかっていき、いや最初聡志のほうが遠ざかっていくように私には思えたが、それが誤りだと気づいたのは聡志の両足がしっかりと階段の踏板を踏みしめているのと私自身のこの臓腑が持ち上がるような浮遊感とさらにはこれが決定的なのだが聡志の後ろに立ってその肩越しに顔を覗かせて満面の笑みで私を見下ろしているあいつのその本懐遂げて満足げな満面の笑みで、それで何もかもを合点はしたものの思いが適った望みが果たせたと無上の歓びようで私を見下ろすあいつの満面の笑みに見送られて私は落ちていかねばならないのかと思うとやはり腑に落ちず言いようのない敗北感が、いや敗北感とも違う何かが食い込んでくるようなそれでいて何かに食い込んでいくようでもあるどうにも説明のつかない妙な心持ちになり、そのようなわけの分からないものがどこからともなく沸々と沸きあがってきて、というより前からそこにあることはあったがその存在にリアルな手応えを感じないために意識外認識外に追いやられていたのをいま始めて手応えのあるものとして発見したという感じなのだが、その手応えの異様さいびつさが不快というのではないものの微妙に気を波立たせて何もかもが空しく思え、いや突きつめると空しさともまた違うようなのだがどれほど厳密に追求し追究したところでいまの私のこの感覚感情を正確に把握することなどできず、いやいまだけではなく過去から現在に至って未来へとつづくどの時点をとってみても本来的本質的にそんなことができるものではないと分かってはいるしいくらそれを訝しくもどかしく感じようとどうにもなるものではなく、このまま落ちていくことを肯ずるわけではないもののなぜか分からないが抵抗する気もまるでなく、なるようになれとの八方破れとも違うのだがそれに近い思いで事の成り行きを見ているが、思えばあの時もただ流されるまま流されて他人事のように行動していたような気がしないでもなく、確かに相当酔っていたことは事実だが酔いに任せた感情の発露などでは決してなくあいつの言った片々が起爆剤になったということは確かだとしても以後の行動はやはり他力的な人形使いに操られる人形のような行動だったと言え、それから敷衍すれば今までの私のすべての行動がそのような他力的なものだったようにも思え、そうだとすればこのような犯罪者逃亡者隠遁者の境涯へと墜ちるのも納得はできないものの当然の結果だとは思え、結局なるようにしかならないと流されるままでいるのだが、しかしどこがどの時点が最たる分岐だったのかと演算してみるとやはりあの白月下の夜に全てが何もかもが決定的に運命づけられてしまったのだろうと思うもののそれはしかし階段を基点と見做してのことなので別の基点を設定すれば自ずと別の分岐点が浮上するはずで、だからこのような発想自体が無意味なのだ、いやそもそも過去を思うということがすでにそれを前提としていて認識はそれを後づけることしかできないのでやはりなるようにしかならないと流されるまま流されていくのだったが、ただあいつの満面の笑みだけは見たくもないと眼を背けて驚きと焦慮と不安とごく僅かな諦念と慰安とが綯い交ぜの、いや厳密に言えばそれらが取っ換え引っ換えめまぐるしく変化し交錯しているために綯い交ぜに見えるその春信の微妙な表情を見て事態の切迫を思い知ると同時に弟のハルノブに火星人のナオヨシ氏に柴犬似の雑種の犬に蒲団男にマネキンのイクミ氏の落ち行く様がひとつに重なって見え、眼前の春信とその浮かび上がった像とがひとつに溶融しようとしているのを引き離そうと素早く右手を差し伸べるが手を差し伸べる間もなく闇の奥へと春信は呑み込まれ消えてしまう。


ミシッと階段を軋ませて一段下り、ギシッと階段を軋ませてまた一段下りというふうに一段一段慎重に踏板を踏み締めて下りていくのは春信の二の舞になるのを怖れてということでは決してなく十全な軋みを掻き鳴らしてひたすらそれを堪能したいためだが、その埋めようとして埋め尽せない上りと下りとの微妙だが決定的な差異を意識しながら慎重にひとり階段を下りていっていくつもの踊り場を過ぎいくつもの狭四畳半に寝泊まるが春信の姿はどこにもなく、ふと恒星の周りを巡る惑星あるいは惑星の周りを巡る衛星あるいは原子核の周りを巡る電子を思い、そのように階段上を浮遊し落下し続けるイメージが不意に浮かび、そこには春信以下マネキンのイクミ氏に蒲団男に柴犬似の雑種の犬に火星人のナオヨシ氏に弟のハルノブがそして細黒髪の見目麗しい色白の智良が、更には無数の見知らぬ人々が楽しげに款語しつつ浮遊していて私のことを噂し合い私を誘っているようにも思えてきて、その姿が階段の深い闇底淵の奥に見えるような気がすると思った途端にありありと浮かび上がって皆で手招きして私を呼ぶのが明らかに見て取れるし皆で私を呼ぶ声が階段に響き渡るのが確かに聞こえるしひとりひとりの声すらハッキリと聞き分けられるほど鮮明に耳に届き、皆の仲間に加わろう加わるべきだ加わらねばと階段から飛び上がろうと身を屈めて両爪先に力を込めているのにふと気づき、ギリギリ直前のところで跳躍を思いとどまって急激に筋肉を収縮させたために足指から脹脛から腿にかけての筋肉が攣ってバランスを崩して危うく顛落するところを際疾いところで持ちこたえて踊り場の部屋へと逃げるように入り込んで額から溢れ出ている冷たい汗粒を袖口で拭って初めて背筋に震えがきたが、皆の誘うような声は部屋の中まで届くことはなく、その像も階段の底闇淵のスクリーン以外には映しだされることはなく、その映像や音声は総て空腹のせいでこの空っぽの胃袋が誘い水となって皆を招き寄せるのだと勝手な理屈を捏造してこじつけて気を鎮めると徐ろにスタスタと台所に行き、その台所にある一切の事物のなかで一際異彩を放っているように私には見える冷蔵庫の扉を開けてとりあえず生ハムとレッドチェダーチーズと魚肉ソーセージを胃内に先遣して落ち着かせておいてその間に肉を魚を野菜をありったけ、あるいは焼きあるいは炒めあるいは揚げあるいは蒸しあるいは茹であるいは煮込んで、でき上がったものから次々貪り食い、一ミリの隙間もないほど胃内を食物で満たして空腹感を完全に消し去って苦しいほどの満腹感に邪念の入り込む余地もないと満足しつつ仰臥していると間もなく眠りに落ち、フワフワといい心持ちで浮かんでいると思って辺りを見廻すとそこは階段の上で、その階段の上約八十センチ辺りのところに私はフワフワと浮かんでいてまるで流れるプールにでも浮かんでいるようにその階段の上約八十センチ辺りのところを私はフワフワと漂い流れており、辺りには杉の香りが遍満していて階段の杉材が活発に呼吸しているその息遣いがハッキリと聞こえたし脈動する杉材の蠕動も確かに見え、天井の電球がいつになく眩しいくらいにそれこそ太陽かと見紛うばかりに輝いていてしかもその太陽は日本の上を巡って万化する四季を生みだす太陽ではなくてどこか赤道直下の地を照らすどぎついギラギラした太陽のようで真面に直視できず、長年階段上で字義通り日の目を見ないモグラのような生活をしているための生白い肌がその太陽にも匹敵する、いやそれをも凌ぐかと思える光熱にチリチリと焼かれるのが分かるが、いつもと様子の違う展開に些か戸惑いはするものの全体に心地よいことには変わりなく、心地よければそれを訝る気も次第に薄れて意識の背景へと後退していき、代わりにこの心地よさを積極的に享受しようとする気が前景へと突出してきて思う存分享楽しようとあらゆる触手を展開しているのにふと気づいてそのあまりのさもしさ賤しさに自責の念に近いものを感じるがそれもほんの一瞬脳裡を掠めただけに過ぎずすぐに享楽の淵へと沈み込んでいくのだった。

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