マネキン人形のさらに上を行く超マネキン人形へとみごとに変貌を遂げた私のその神々しくも美しい姿を目の当たりにして誰もが眼を見張り喝采するに違いなく、バイトの若僧によって無惨にも切り刻まれて私をそのスターの座から遙か眺めのよい至上天から闇深い奈落地獄の底の底へと追い落とした主たる原因の右頬のザックリヒビ裂け割れた致命傷すらもこの私の美しさ神々しさを露ほども損なうものではなく、いやむしろ他と一線を画す彩りを添えているようにも思えて東洋人には如何にも馴染みの薄い欧風なスマートに過ぎる顔立ちがその疵一つで誰にも親しみやすい柔和な顔立ちに変じていて私の体にある何もかもが美の昇華に貢献しないということはなく、まさに私は超マネキン人形にほかならず、花華しい復帰を目前に控えての緊張のためか、動けるようになったばかりの諸感覚の不確かさか、その詳細は判然としないが頬の辺りや首筋から背中に掛けての身体表面部分や、手先や足先の身体末端部分がヒクヒクヒクと痙攣的に微動するのを感じてそれがムズ痒くこそばゆいが、舞台に上がってしまえば不動の態勢を維持しつづけなければならないマネキン人形でありしかも私はそのマネキン人形のさらに上を行く超マネキン人形という世にあるマネキン人形の先陣先頭最前線にいて肯定的であれ批判的であれその注目の的でもある存在であればなおさらのこと痒いからといって無闇に掻き毟るわけにもいかないのでじっと痒みに耐えているものの、それで痒みの退くはずもなくますますムズ痒くこそばゆくなっていき、不動の姿勢をとっていることがいかに困難であるかということを痒みに襲われたいまはじめて気づき、それをいとも容易くやってのけているマネキン人形というものがどれほどもの凄い存在かということを再認識し、ただのマネキン人形でさえそうなのだからさらにその上をいく超マネキン人形の私はさらにさらにもの凄い存在のはずだし、いやそうあらねばならず、そう思うと復帰早々不様な姿は見せられないと緊張の度はますます強まってそのピリピリと神経に障る緊張に意識のほとんどが向けられてしまっていて出勤してきた店員が眼前に迫りくるまで気もつかないのだったと、両腕を前方に延ばして道化けたようにヒクヒクと指先を痙攣させながらマネキンのイクミ氏は言うのだったが、私も春信も蒲団男ももうひとつ笑えなくて曖昧に苦笑すると、マネキンのイクミ氏は恥ずかしそうに照れ臭そうに腕を引っ込めてンググッと痰が絡んだような妙な咳払いで気恥ずかしさをどうにか噴き払って先をつづけ、その一番に出勤してきた店員は私の眼の前二十センチのところに微動もせずに立ち、さらに十センチまで顔を近づけて一瞬眉間を曖昧に微動させて変な表情を作って私を窺うが、すぐに私から離れて開店の準備にとりかかるともう私などには構わず忙しく立ち働くその真面目な働きぶりを眼にして私の緊張もいくらか解けて痙攣的な各部の動きも和らいでいき、つぎつぎ店員が出勤してきて店内が慌ただしくなるにつれてさっきまでの不快げな緊張とは違う心地よい緊張感が全身を覆い、開店が待ち遠しく思えたが、その開店間際のもっとも慌ただしい皆の緊張が最大級に高まっているときにバイトの若僧が暴漢に襲われて重体だとのニュースが店長によってもたらされると、忽ちそれは店員たちに伝播して店内の雰囲気を一変させてしまい、そのようにして私の復帰までも邪魔をするバイトの若僧には呆れて怒りすら湧かなかったがそれだけでは済まず、店内を見廻していた店長がつかつかと私のほうに来たかと思うと「おい、これ捨てとけって言っといただろ」と言ってたまたまその脇を通りかかった店員に私をショーウィンドウから連れださせ、着ている衣服も剥ぎとられて丸裸にされてしまい、まさかのことに私は声も出ず、いや迂闊に声など出せようはずもなく、だから抵抗すらできずに相手の成すがままに身動きもせずにいるしかなく、殆ど暴漢に凌辱される処女のような思いだったがここで動いたら全てが無に帰すと耐えに耐えて身ぐるみ剥がされ表に放りだされたそこにはゴミが積まれており、つまり私はゴミ扱いのクズ扱いで、これが世に普く存在するマネキン人形のさらに上をいく超マネキン人形に対する仕打ちかと思うとその屈辱はたとえようもなく、沸きかえる憎悪を抑えつついったい何が店長の気に障ったのか私のどこが気に入らないのか超マネキン人形の美しさ神々しさが分からないのかと考えながら一日をそのゴミの中で過ごして閉店を待ち、皆が退社して店内に誰もいなくなるのを待って再び忍び込んでいき、二度と同じ轍は踏まないと念入りに衣服を選んでこれなら間違いないという恰好を鏡に映して幾度も確認してからショーウィンドウに立って朝を待っていると、一番に出勤してきたのは昨日と同じ店員で、鼻唄まじりで妙に楽しげなその店員は明かりを点けると鼻唄のリズムに合わせて指の先にからませた店の鍵束をクルクル廻しながらガチャガチャ鍵を鳴り響かせて店内を見廻し、その何気なく鼻唄まじりに店内を見廻す店員の眼が私の眼とぶつかると、一旦は惰性でそのまま通りずぎてほかに行くが意識が私の姿を認識すると同時にその店員の表情が変わり、鼻唄も止まり鍵束をクルクル廻すのもやめて素早く私のところに眼を戻して今度はハッキリと私を見る目的でじっと私を見つめるが、その表情はこわばり動きは止まって喉に何かを詰まらせたようなダミ声で小さく「あっ」と言って一歩あとずさって今度は「ああう」と言い、そのまましばらく固まっているが、マネキン人形のさらに上をいく超マネキン人形の偉容を目の当たりにして驚くのも無理はないが、その店員の驚きようはちょっと大仰で大袈裟で何もそれほど驚くことはないと思うもののそれだけの偉容が私にあると思うと誇らしく、一瞬前日のことを思い出して不快を覚え不安がよぎるもののこの店員の驚きようを見ればあれは何かの手違いだったのだということが分かり、店長もこの姿を見れば昨日の処置の誤りを認めるだろうし再デビューもうまく行くに違いなく、この神々しいほどの美しさは人々を魅了し眩惑させないはずはなくまた一世を風靡することはほぼ間違いない、いやそれ以外はあり得ないと内心安堵すると、開店が待ち遠しく感じられるとともにそれまでの時間が無限に長く延引されるようにも思えてきて開店時間には永遠に到達できないのではないかとまで思えくるのだったが、その一瞬の私の夢想は店員の不快げな「誰のイタズラだ?」という声とつかつかと歩み寄る足音に遮られたので何が起きたのかと訝しんで様子を窺っていると、店員は私の許にやって来てチラリと私を一瞥してチッと舌打ちしたかと思うと徐ろに私を抱きかかえてそのまま私を店の隅まで持ち運んでそこに私を置いていきなり私の着ている衣服を脱がしにかかったので店員のこの不意の行動に私は戸惑ってしばらく茫然としていたが、あるいは私の選んだ衣服が気に入らなくて着替えさせようとしているのか、思えば私が第一線で活躍していたのは一昔も前のことでその感覚センスも当然一昔前の感覚センスの影響下にあり、どう足掻いてもそれからは免れ得ないのでそれが今の時代にそぐわないのかとあれこれ勘案して思い至っていささか安堵し、超マネキン人形に相応しい時代の最先端をいく衣服を選んでくれと店員を見守るが、店員は私を丸裸にすると別の衣服を着せるわけでもなく再び私を抱えあげて歩きだし、どこへ行くのかと思えば店の外で、前日一日思案に暮れながら過ごしたゴミの上に、さっきまでそこに寝転がっていた跡がくっきりと残っているゴミの上にまたしても私は放りだされてしまったのだと、さも悔しげに悲しげに哀切措く能わざるという趣きで聊か芝居染みた大仰な所作とともにマネキンのイクミ氏は切々と語り、喋りっ放しで喉が乾いたのか二杯目のお茶を一気に飲み干し、三杯目を聡志が注ぎにかかると「すみません」と言って湯呑みを両手で捧げ持って軽くお辞儀をしてそれを受け、その三杯目の半分ほどを一息に喉を鳴らして飲む様は、とてもマネキン人形とは思えないのだが見た目はマネキン人形にほかならず、その見た目とその行動とのギャップに私は戸惑うばかりだったが、内心は分からないが少なくとも表面は毛ほどもそのような戸惑いを見せないハルノブ氏やサトシ氏には感心するほかないのだった。
何度そのようなことをくり返したのかいまではもう確かな記憶すらないが、結局マネキン人形を超えた存在である超マネキン人形としての私を店の誰一人として理解するものはなく、従って再デビューすることもできず、つまりはお払い箱ということで再起不能の完全な敗北といってよかったが、私は間違っていない間違っているのは世の中の方で超マネキン人形を理解しない世の中がその美しさ神々しさを受容しようとしない荒みきった心を持った世の人々のほうこそが狂っているのであって私は断じて狂ってはいないと、またもや憎悪の念が沸々ムラムラと沸騰して奔流となって血の通っていないこのプラスティック製のがらんどうの肉体を渦巻き駆けめぐって堆積充満して忽ち満杯になってさらには二倍にも三倍にも膨張したように感じ、マネキン人形でいることが適わないならそれでも構わない、それならそれで反マネキン人形として生きるまでだと開きなおり、闇を好む走闇性のゴキブリのように暗い方暗い方へと闇の方闇の方へと以後私は突き進み、反マネキン人形として動き続け走り続けて一時も留まることなく突き進んで巡り経巡って最終的に行き着いた所がこの階段で、いや偶然通りすがっただけで腰を据えるつもりなどなくそのまま通り過ぎるはずだったのだが意に反して体が動かずモタモタしているうちに明るくなり日が昇ってきたので身を隠す場所を探そうとギコギコと立ち上がって首を巡らした所に気配を消すように蕭然と傾き立っていたのがあの小屋で、格好の場所だ探す手間が省けたとさっそく潜り込んでノロノロと動く太陽をやり過ごしているうち小屋の外で子供らの話す声が聞こえていまにも小屋に侵入してきそうな気配に慌てて小屋奥の戸を開けてその中に隠れたが、子供らは侵入することなくどこやらへ行った様子で安堵してふと足元に眼をやるといくつもの段が連なっていてここが階段だということにそこではじめて気づき、首をもたげて上を見れば闇の奥へと階段はつづいていてその先はどうなっているのだろうと思う間もなく上りはじめてふと気づけば幾日もすぎており、しかし戻る気はなく上を見つづけ上りつづけてここなら永遠永久に動き続けることができこここそ求めていた所だったのだと、ようやく私が事の顛末を語り尽したときには時刻はすでに十二時を過ぎて二時近くになろうかというほどで、皆ぐったりして疲労もあらわに眠たげな様子で「思わず長話をしてしまいまして」というマネキンのイクミ氏の声も耳に遠く朧ろに鳴り響く梵鐘のように聞こえ、どこがどうと訊かれても返答に困るのだが疲労と眠気で混濁している意識にそれが妙に可笑しく思えてぷふっと吹き出すと、聡志も蒲団男もマネキンのイクミ氏もそれに釣られたのかどうかは分からないが同じようにぷふっと吹き出してしばらく笑いはやまず、脳機能の著しい低下がもたらすその麻薬的とも言える笑いの波がようやく治まると更に疲労し混濁して皆気の抜けたように黙り込んでしまうが、マネキンのイクミ氏はそれ以上に脱力してまるで憑き物が取れたようなある種抜け殻のような放心状態になって焦点の合わない視線を宙に漂わせて茫然としていて忘我の体で、自らの意思では動くことのない元の普通のあり触れたマネキン人形に戻ってしまったのかと一瞬思ったがそうではなく、ただ喋り疲れてぐったりしていただけで、「いやこんなに喋ったのは初めてです」と誰に言うともなくマネキンのイクミ氏は言うと、座蒲団に胡座をかいて坐り卓袱台に右腕を乗せてその右腕に心持ち体重を掛ける形でいくらか体を右に傾げ、反対に顔は左の方に憂わしげな表情をたたえて俯き加減に傾げたその姿勢を保持したままピクリとも動かなくなり、結局翌日皆が起きだすまでその姿勢を維持していたため最初に眼を覚ましてそれを目撃した私は驚いて声もなく、やはり元の普通のあり触れたマネキン人形の状態に戻ってしまったと訝りもし嘆きもして春信と蒲団男を起こしてきて三人雁首揃えてマネキンのイクミ氏を取り囲んで覗き込んで声もなくただ見守っているだけだったが、いや声を掛けても眼を覚まさないのでもう動くことはないのではという不安が兆していたためにそれ以上の積極的行動に出ることができずにいたのだが、しばらくして春信がいやに無個性無感動な口調で独り言でも言うように「恐らく何もかも話したために憑き物が取れたんだ」と言い、マネキンのイクミ氏に何もかも話させた私たちにその責任はあり、「殺したも同然だ」と言うが、「そうかな? 憑き物が取れたんなら成仏したってことで、むしろ喜ばしいことなんじゃないんですか?」と蒲団男が反駁すると、さっきまで無感動の無表情だったのが急に不安げな泣きそうな顔して押し殺したような声で絞り出すように、「いやおれたちが殺してしまったんだ、せっかく命を得たマネキンをさんざっぱら喋らして消耗させ疲弊さして。おれたちが殺したようなものだ」と春信は言い、しばらく二人口論になるが、不意にお前の意見はどうなんだと二人して私の方を窺うので「どうとも言えないな」と曖昧に返答するものの微動だにしないマネキンのイクミ氏に遣り切れない思いがあるのは事実で、私たちに責任があろうとなかろうとマネキンのイクミ氏が動かなくなってしまったことに変わりはなく、その現実に打ちのめされ遣り切れなくて三人ともマネキンのイクミ氏の前に跪いて項垂れ打ち沈んでしまうのだったが、マネキン人形とは本来微動もしないものであってそれが動いているということ自体がすでに異常な現象でマネキン人形の規範から甚だしくズレてしまっているその状態を正確に位置づけることさえ極めて困難なのに再び微動もしない状態になったからといって動いている状態を生と定義できない以上その生との対比によって初めて意味を成す死という概念をそのような対概念の範疇にないマネキンのイクミ氏に適用することはできないのでそれを死と言うことはできず、そのマネキンのイクミ氏の生でも死でもない中途半端な状態を釈然としない思いで見守っていると、その私たち三人の醸しだす不穏な気配に気づいたのか眼の前にうなだれて消沈しているその姿を認めて「何をそんなに深刻な顔をしてるんですか?」と、寝起きのせいかいくらか掠れ気味だが昨夜とほぼ変わらぬ声音で言っただけなのだが、その目覚めの第一声がお早うございますではないからなのかどうかは分からないがどういうわけか三人相好崩していっせいに笑いだしたので私はわけが分からず、ひとり言葉もなくキョトンとしているその顔がまたたまらなく可笑しみを誘い、込み上げてくる笑いをどうすることもできないので情況を説明しようにもできず、その笑いが治まるまで待つよりほかないのだった。