人間中心社会の中での私の生を保証しその身分照明ともなる飼い主御主人仮親を失ってその保健所なる人間中心社会の合法の公的組織だが健やかに保つとは名ばかりの、捕獲した何の罪も犯しては居ない、いや罪と言う語は抑も人間中心社会でしか通用しない貨幣の様にある限定された共同体内でしか適用できない単なる約束事に過ぎず本来的本質的本源的に人間以外の如何なる存在にも罪と呼んで然るべきものは所持し得ないのでその様な無罪ではなく不罪非罪の存在を捕獲し薬殺する正当な理由などどの様な辞義を弄しても立証不可能な筈なのだが、秩序安全快適保護美観と言う様な詭弁を弄し詐術を用いてそれ等不罪非罪の存在を排除しに掛かり、全生命の頂点に君臨して居るとの誤謬から脱却出来ない保健所員等はその正当性をつゆ疑う事もなく、仕事として単なる賃金労働としてせっせと不罪非罪の動物達の捕獲に勤しみ、その捕獲した動物達を情け容赦もなく事務的に淡々と死に至らしめるアウシュヴィッツに優るとも劣らない残忍冷徹な殺戮集団と言う実体を隠し持つその保健所なる人間社会の合法の公的組織から常に付け狙われる野良犬という云わばお尋ね者に私は身を落とし、いやこの表現は人間的視点からの表現で私自身は身を落としたなどとは微塵も思っては居ないしお尋ね者と言うある種ニヒルでクールな反社会的ヒーローとも言える役柄に仮託する事で自らを慰労し慰憮して居たわけでも更にないが、兎も角野を良しとする放浪犬彷徨犬となって初めて野良犬だった父の見た事もないその姿生き様を思う様になり、あちこち点々と放浪彷徨するうちにその見た事もない筈の父の影が幻がチラチラユラユラとチラ付きユラ付く様になり、その父の影と言うのが私にそっくり瓜二つで、いやより正確な表現をすれば私を父程に老けさせた姿にそっくり瓜二つで、その老けた私の姿をした父の影が幻が行く先々でまるで私を導くかの様に現れては消え消えては現れるのだったが、その癖声を掛けるでもなく何かを訴える仕種なり素振りなりを見せるでもなくただ私の前方約十メートルから五十メートル程の所にフワフワと希薄に佇んで私の方を見る様な見ない様な、と言うよりはそのどちらもが混在して見且つ見ないと言う曖昧な状態にあるためにその存在が希薄にチラ付きユラ付いてもいるのだろうが、そのチラ付きユラ付き具合が父の何らかの遺志の顕れを意味して居るのか或いはその様にしか存在し得ないと言うだけで何も意味しては居ないのかそれ共全く別の要因があるのかそれは私に関係して居るのかして居ないのかなどと言う事は私には判り様もなく、その対応に甚だ難渋して初めのうちは妙に気になって煩わしくもあったので敢えてその虚像を避け、その虚像の暗示して居るのとは別な道を採るなどして殊更避けて居たのだったのが、頻繁に現れる虚像に次第に馴れるに連れて気にもならなくなり、それどころか何時しかその私を老けさせた様な老いた父の姿を追い求め探し歩く様になり、その様にして父の姿を追い求め彷徨い歩いた果てにこの階段に行き着いたと言うのは思えば不思議な事だが、或いは階段の方が私を導いたのではないか、まだ見ぬ父の姿を通して私に訴え掛けて自らの許へと引き寄せたのではないかと今では思う様になって居ると、部屋には入らず踊り場で一息入れている時に簡略に二人に話すと春信も頷いて「そうなんだそうなんだよな」と言い、柴犬似の雑種の犬の言うようにこの階段にやって来る者はこの階段に導かれ引き寄せられて来たのだという見解に私も異論はなく、なぜか分からないが階段に対する思いだけが痼りのようにずっとあり、時とともに萎んで消え去るかと思っていたその階段への思いは萎むどころか逆にどんどん大きくなって自分でも持て余すほどになり、それがいつしか捨て難いものになって遂に美津恵里美を捨ててフラリと出てきてしまった私など、いや捨てたつもりはないのだが結果的に捨てたというより他なく、私自身の中にも散々探りもし考えもしたがハッキリした理由などないと言ってよく、結果としてここに逃げ込んだことは正解だったのだが、犯罪者心理逃亡者心理から言っても普通ならこのような退路のない袋小路ではなくもっと別な所に逃げようとするはずで、いやどこへ逃げようとも自らの内にその源泉がある限り不安はつき纏うものでたとえ警察権力から逃げ果せることができたとしても内から発する不安からは逃れることなどできないのかもしれないがそれでももっとマシな隠れ家をまず選択するはずで、なぜここに足が向いてしまったのかはやはり分からず、この階段が導いたと言うより外なく、自分と階段とのほとんど運命的とも言える結びつきを強く感じもし、そうであればこそその軋みが愉楽とも至福とも感じるしそれに倦むこともないのだと二者一犬互いに頷き合い、更にもそれに浸りたい、その目眩く愉楽を淫蕩な響きを存分に味わい尽したい、その軋みの齎す愉楽の滴の一滴も漏らすまいと休憩もそこそこに吸い差しの煙草を揉み消して、卒然と杉の香の強烈に匂いだしたのをまるで階段に出発の時刻を告げられ急き立てられでもしたように感じて二者一犬殆ど同時に腰を上げてまた上を目指して上り始め、柴犬似の雑種の犬がペースメーカー先導犬になって最も心地よくガクリと膝から頽れそうなほどの軋みを上げて先頭を行き、あとに続く私と春信は柴犬似の雑種の犬の立てる軋みに気を昂らせ、目の眩むような歓喜に咽び喘ぎつつもそれに煽られて快調にペースを早めていくが、後ろの二人は私の掻き鳴らす軋みに愉楽していてまだ全く気付いても居ず、私が指摘しても「そうか?」と首を傾げて居るが鼻の利く私には大分前から判っており、私にしても二人にしてもそれを避ける理由はないので私の鼻で探り当てたその部屋の前に辿り着くと、躊躇う事なくそのドアをノックしてどんな奴が出てくるかと期待しつつ暫く待つが返事もなく、中に居るのは間違いないのだがしんと静まり返って出てくる気配は更になく、「犬の鼻も当てにならないな」とサトシ氏が言うと横合から「言葉を得た代償に嗅覚をなくしたってわけだ」とハルノブ氏が言い、「そんな筈はありません」と確信を込めて否定するが幾ら待っても出てくる気配は矢張りなく、人語を解するというその類い稀な能力のために世間並みの犬が持っている犬として当然の能力が減退していると晴信のように疑っているわけではないが内心誰もいないのではないか、あるいはそのあまりに優れた嗅覚が災いして微量に残存している人の臭いを人の気配と誤認錯覚しているのではないかと思いつつ「開けますよ」と一声掛けてドアを開けて中を覗くと煌々と明かりが灯っており、踊り場の部屋の明かりが点けっ放しになっているなどということはまずないのでやはり誰かがいるのは間違いなく、やはり犬の鼻は伊達ではないと感服して柴犬似の雑種の犬を見るとコクリとひとつ慎ましやかに頷いて促すので部屋に半身を入れつつ「おられますか?」と声を掛けると、ようやく弱々しくはあるものの確かに人の声で「あっはい」と返事するのが奥の方から聞こえ、続いてモゾモゾと何かがモゾめき動く気配がしてキュルキュルと衣擦れの音がそのあとに尾を引き、その衣擦れの音キュルキュルとともに四畳半の部屋の右隅に無造作に放りだされてある布製の大きな塊がムクリと持ち上がり、その大きな布製の塊が妙にくぐもった聞き取りにくい低音で「すいません、寝てたもんですから」と弁解がましく言いながらモソユサこっちに移動してくるのを見ると蒲団の塊で、しかも薄汚れに汚れまくって臭気を発しているのが眼に見えそうなほどにも真っ黒く、その真っ黒い蒲団の塊がこっちにゆっくりとだが移動して迫りつつあり、改めてそれを直視して蒲団が生きて動いていると皆驚いて声もなく、柴犬似の雑種の犬など尻尾を丸めて股に挟み込んで素早く私の後ろに隠れて警戒するが、「いや驚かせてすいません」とその蒲団の塊は言うと掛蒲団がハラリとめくれて中から人の顔が、鬼神のような妖怪変化のようなオドロオドロしい思わず眼を背けてしまうほど醜怪極まりない容貌をした顔ではなく紛れもない人の顔、それもごくごく普通のどこにでも見られるこれと言って特徴のない顔が出てきたので、蒲団を被っていただけだと分かって皆安堵して虚脱的な笑みが零れるが、この階段は温度、湿度ともに常に一定値を保っていて暑くもなければ寒くもなく一年を通して極めて過ごし易く快適なのだが、反面四季の変遷を愛でる日本の文化伝統に否応なしにどっぷりと浸って育った者としては花も鳥も風も月も何ひとつ存在せず季節感がまるでないためにメリハリのない単調な日を暮さなければならないというのは些か物足りない気もするが、辛うじて踊り場の四畳半にあるテレビの映しだす折々の映像がそれを暗示させはするもののテレビの中の風物には実感がまるでなくそこにある何もかもが極めて希薄にしか感じられないのでそれを当てにすることはできず、その中で唯一季節を読み取り実感できるのが冷蔵庫の中に潜む旬の食材で、その季節の実感という面において食への拘りが自然と強化され、より美味しく食べるために健康管理には余念なく無為徒食せず睡眠も充分に取ればよく運動しようという気にもなり、結果階段をひた上るということになって極めて理に適った構造にこの階段はなっていると皆感心し、そのような階段の生活で精神的疾患を除外すれば病を得るなどということはまずあり得ず、見たところこの男の頬が赤らんでいるのは従って病熱のためではなく血行がいいためで、病気でもないのに蒲団など被っていれば却って暑いだけだろうと頭から蒲団を被っているこの男に些か不審を感じて具合が悪いのかと一応訊くとはなしに訊いてみるとここへ来てからは健康そのもので悪いところなど何処にもないとの答えで更に不審に思うものの誰も蒲団を取ってはどうかと言うものが居ないのは、その蒲団の被りようがあまりにも不自然で普通なら掛蒲団を寝巻きの上から羽織るだけなのをこの男は重たい敷蒲団を背負い込むように羽織り尚且つ掛蒲団を抱き込むようにし更には枕までその頭の後ろにくっ付けており、つまりは横になって蒲団に寝ている状態のまま蒲団と共に起き上がったと言う恰好で奇矯という他なく、暫く言葉もなく立ち尽して居るとその蒲団に包まった蒲団男の方から「おかしいでしょ、こんなもの被って居て」と自嘲的に言い、「取れないんですよ、くっ付いて居て」と言って哀しげに笑うのだったが、夏蒲団ならいざ知らず綿のビッシリ詰まった冬用の分厚い蒲団が、しかも掛蒲団と敷蒲団の両方が体にピッタリと癒着して離れないのだと実に済まなげな顔をして憐れを誘おうとでもするようにその蒲団男は言うのだが、それだけにどこか繕っているように見えなくもないその済まなげな顔つき眼つき口つき蒲団つきを維持して殊更それらを戯画的とも思えるほど強調して語るのはある種の処世なのかもしれないがわざとらしさが眼について逆効果ではと思いつつ、その見え透いたところに愛嬌があるとも感じて蒲団被りも伊達ではないとその年期の入った道化振りに些か感心していると、蒲団男はその重暑苦しげな蒲団をユサモソと揺すって薄汚れた裾を引き摺って歩き、「見ているだけで暑苦しいでしょう」と詫びるとユサモソと台所に行き、ビール三本と紙パック五〇〇ml牛乳一本を冷蔵庫から持ってきて卓袱台に置いてまず皿に牛乳を盛って柴犬似の雑種の犬にやり、ついで勢いよくビールの栓を立て続けに三本抜いて泡が立ちすぎないようにと慎重にコップを傾斜させて注ぎ入れて私と春信に出し、最後に自分の分を注ぐと乾杯の仕種をするが早いか一息に飲み干すその額には玉の汗がキラキラと光っていて確かに蒲団男の言うように見ているだけで暑苦しく、まだ昼前でこれを飲んだら午後の登攀に差し支えると幾分ためらいはしたものの如何にも美味しそうにグビグビゴクゴクと喉を鳴らしてビールを飲む蒲団男に喉の渇きを刺戟され、それより何より全身スッポリと蒲団にくるまって亀のように首だけ出している蒲団男の暑苦しさに我慢できず、水滴を電灯の明かりにキラキラと反射させているよく冷えたビールの入ったコップを手に取って蒲団男に続いて一息に呷ると予期した通りそれ一杯では治まらず、勧め上手な蒲団男のせいもあって二杯三杯と飲むうちつまみも用意され、そのつまみの皿も一皿二皿と増えていっていつしか卓袱台はつまみの皿で埋め尽くされて盛大な酒盛りとなってしまって階段を上るどころではなくなり、酒だけは飲めないという柴犬似の雑種の犬は呆れ返って部屋を出て一匹階段を上り下りしているらしく、そのえも言われぬ軋みが遠く近く響くのが聞こえ、私と春信と蒲団男と三人、柴犬似の雑種の犬の立てるそのえも言われぬ軋みを「酔った体にはこたえられない」と絶賛し、その豊麗で淫蕩な響きに聴き惚れながらこれ以上のつまみはないと杯を重ねていったのだが、酒が入るとつい口が軽くなって話さずともいいことまで話したくなってしまい、また二人もあからさまに私に興味をしめし、まあこの姿を見ては当然といえば当然だが、あれやこれや聞いてくるし酔いが回れば好奇心も際限なく肥大して際疾いこともズケズケと口にするようになるのを不躾だとも思わなければ腹も立たずよくぞ聞いてくれたとその一つ一つの次第に核心に迫ってくる質問に喜んで答える私も私だが、軽快に話している頭の片隅ではいささかはしたない、普段ならここまではいわないというようなことまでしゃべっているのをどうにかならないかと酔いにグルグルと部屋を回しつつ思うものの長年積り積って鬱積したものが澱のように溜まって渦巻いているためか、ツルツルと滑るようにその澱のようなものが口から出てきて抑えようとしても抑えられず、終いにはあきらめてどうともなれと出るに任せてしまったのはやはり酒に箍がゆるんだことが起因していたのだろうが思えば軽率ではあり、後悔もし反省もしたがなによりこたえたのは翌日の二日酔いによる万力でギリギリ締めつけられるような頭痛の激しさで、最初の一杯ですぐに烏龍茶に切り換えた春信と柴犬似の雑種の犬の苦笑にもそれはこめかみに響き渡って身動きひとつとれないその有りさまは情けないというより他ないがそれを嘆いたところで頭痛が治まるわけでもなくじっと踞って耐えている他ないのだった。
カゼが長引いて二週間ほど寝込んでいたのが抑もの始まりだったが、元々体は弱い方だったし季節の変わり目にカゼで寝込むということは私には自明のことだったので例年になくカゼが長引いたこと自体には家族の誰もさほど心配してもいないが、用心に越したことはないと床に就かせられており、私自身もいつものことと軽く考えて一日好きな漫画をそれもこれとこれと限定したとくに好きな何冊かを繰り返し読み過ごしていて腕があがらないほど痺れて痛くなったが、異変に気づいたのはふと尿意を覚えて眼が覚めた真夜中のことで、正確には記憶していないがかすかな記憶をたよりにその時ふと見た時計の針の位置を思い出すとたしか文字盤の右側の二の辺りに固まってあり、それから判断して二時十分前後、いわゆる丑三つごろと推測されるがこの際正確な時間などはどうでもよくて、つまり私の身に起きた奇矯極まりない非現実的な現象とそれに私が気づいた時間とはどう穿ち見たところで恐らくなんの関係性も見出せないだろうからここはただ真夜中というだけで事足りるのだが、丑三つという語感が妙に気に入っていてそれがいいたくてつい時間のことを口にしたのだが、とにかくその丑三つ時に尿意を覚えて不意に目覚めてトイレにいこうと微熱でフラフラする中をヨロヨロと立ちあがろうとするのだが、妙に体が重たくて思うように立ちあがれず、それでもない力を振り絞ってなんとか立ちあがってトイレにいこうと足を踏み出しかけるとなにかに引っ張られでもするように重くて動こうにも動けず、始めは熱のせいだとばかり思っていたがいくらなんでもおかしい、死期の間近に迫っている衰弱しきった寝たきりの死に損ないの年寄りじゃあるまいしと丁度顔の辺りに垂れさがっている電灯の紐を掴んで引っぱって明かりをつけると、私は蒲団にくるまったままの姿で立っており、なんだ蒲団が絡まっただけかと安堵してその絡まった蒲団を剥ぎとろうとするがまるで糊づけでもされたみたいにくっついてしまっていてどうやっても剥ぎとれず、いくらもがいても蒲団が離れることはなくいよいよ我慢できなくなってそのままトイレに駆け込んだが、今でこそ蒲団のままの大小便は容易になったもののこのときは始めてのことで勝手が分からずもがいているうちに限界に達して気がつけば放尿していて、生暖かい液がジワジワと股間から広がっていくその小便のぬくみの不快を放尿の快感とともに味わいつつおねしょではないとどのように説明したらいいのかと早くも思案していたが、どう説明したところで弁解がましくなるに違いないと下手な説明は一切しなかったので呆れ顔で私を見ていた母もいつまでも蒲団から出ない私に苛立って「起きなきゃ洗えないでしょ」と言いつつ蒲団をひき剥がしにかかってグイと引っぱるが蒲団はめくれず「何やってんの起きて」とさらにグイグイ引っぱりつづけるがどうしても蒲団はめくれず、一言私が「だめなんだ」と言って始めて異変を感じたらしく、「何どうしたの?」と訝しげに言って脇に座り込み、それから約十年間蒲団が癒着癒合したままなのだという蒲団男のあまりに奇矯であまりに非現実的な話は奇矯な姿で眼の前にいる蒲団男本人の口から聞いていると少しも奇矯にも非現実的にも思えず、むしろ納得のいく至極真面な話に聞こえるから不思議だったが、あとから思い返すとやはり奇矯なことだと思い、その話のあまりの奇矯さに奇矯を通り越して何か処世訓でも聞いているように感じたのだろう、あるいは蒲団男の話している間ずっと鳴り響いていた柴犬似の雑種の犬の立てるえも言われぬ軋みの、中枢神経に電極を刺して直接刺戟されたような淫蕩な響きによる目眩く陶酔がいくらか脳を麻痺させて奇矯な話を真面な話のように思わせていた原因かもしれないが、その奇矯な姿で小便のアンモニア臭を発して茫然と立ちつくしているなんとも無様な臭い私を見て始めは呆れて笑いもしていた父も母も祖母も次第に思ったより事態は深刻だと思いはじめ、とりあえずは医者だ病院だと蒲団にくるまったままの臭い私を後部座席に乗せてその横に母が付き添い父のいつになく荒っぽい運転で急発進したが、連れられていった救急病院の医者も看護婦もその場に居合わせた誰もがこんな患者は始めてだと目を丸くして処置にも困り果てていたが、少し微熱はあるものの身体的には特に異常はないと体よく追い返された形で、仕方なく蒲団にくるまったままの臭い私はまた後部座席に乗せられて家へと逆戻ったが、父も母も祖母も救急病院の医者同様私の扱いに困ってただ寝かせておくことしかできず、私もそれに従うしかなく律儀に横になっていたが、横になっていさえすれば別段異常があるようにも見えないので面々安堵の色を浮かべてそれぞれの日常に逃げるように戻っていったが、トイレに立ったときに廊下で私と鉢合せしてそのぬりかべの如き姿を見ればとくに夜中などはビクリと痙攣して大仰に驚き、悲鳴こそ上げないもののその引きつった顔つきは悲壮で見るに耐えず、ついにはその衣擦れの音に過敏性になって常にピリピリと神経を尖らせているというような状態になり、いつまで放ってもおけないそのうちこっちのほうが参ってしまうとそれから全国医者行脚とでもいうように噂を聞き評判を聞いてはあっちの医者こっちの医者と渡り歩くようになるが、どこの病院に行っても真面に治療すらしてもらえず、私の体と蒲団が分離することはだからなく、いつまでも私は蒲団にくるまったままだったが抑も原因が不明なので処置のしようがなく、体に異常はないのだから病気とはいえず、従って治療する必要もないとあからさまにいわれることもしばしばで、精神科に回されたり門前払いを食わされることさえあり、そんな医者の投げやりな対応に不遜な態度にあからさまな嫌悪に逆ギレして語気激しく髪振り乱してもの凄い形相で「これ見て異常じゃないってどういうことですか」と食ってかかる母だったが、それは医者の態度を更に硬化させるだけであまり効果はなく、だから医者に食ってかかることは次第にしなくなるが、それで治療してもらえるわけでもないので行き場を失った怒りは内に溜め込まれてそのせいか母は急激に老け込んでいき、その心労からか蒲団が私に癒着した翌年の春に三十七歳という若さで呆気なく死に、その母の死を期に祖母が一挙に狂いだして朝から晩まで目の覚めているあいだは仏間に籠って仏壇に向かい、「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法れんげー経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無、南無、南無、妙法れ蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経なん妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経、南無、妙法、蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無………華経南無妙法蓮華経南無妙ほーれーんげー経南無。妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経南無妙法蓮げーげー経南無妙法蓮華経南無妙法蓮華っきょ経な南無みょ妙法れ蓮華経南無妙法蓮華経なんみょおお法蓮げえええ経南無妙法蓮華経南無妙みょおみょおみょお法蓮華経無妙法蓮華経、南無」と延々唱名しつづけ、家中にそれが響き渡るのだった。