この地にはじめて降り立ってその第一歩を踏みだしたときの印象といっても特になく、大きな一歩だの小さな一歩だのとことさらモッタイぶった文句も歴史に残るような気のきいたセリフも何ひとつ浮かぶことはなく、故郷の星とさして変わりないということがただバク然と脳リをかすめただけで、だから異星に来ているという興奮や緊張や気負いやムシャ震いなどもなく、ちょっとタバコでも買ってくるかとサンダルを突っかけて寝巻きのままフラリ出てきたくらいにしか感じず、といって私の担っている重大な使命を軽んじナイガシロにしているわけでもなく、だからといって討ちてしやまんの意気込みで肩ひじ張って眼を血走らせ血気盛んに乗り込んできたというのでもなく、等身大の自分のまま肩の力を抜いて気楽にはるばるやって来たのだが、その気楽さが却って裏目に出て誰からも信用もされず相手にもされない真因だったのかもしれないと、現実世界からダン絶カク絶して周囲を全くの闇に閉ざされた斜度三十二度四分のこの階段に身をおいて一歩も二歩も退いたところから、いや高みからか観想し観察している今でこそ思うものの、異星に降り立ったばかりの右も左も前も後ろも上も下もわからないヨソ者にしてみれば、いや事前にあらゆる知識情報の講義は死ぬほど受けていたし地球人との対話の仕方その文化歴史風俗慣習などなどについても一通りのことは身につけて即応できるようにはなっていたので、そのときは目立たないほうがむしろ好都合だくらいにしか思っていず、その目立たなさを利用して早速行動を開始すべく雨風さえしのげればいいのだからとその狭さその汚さには眉をしかめずにはいられないほどだがその分安価な物件を確保するとすぐ準備を整えて雑多に賑わう駅前に繰りだし、ティッシュ配りやビラ配りや呼び込みや宣伝などが何人も屯しているその中にたくみに紛れ込んで駅舎からバラバラ吐きだされズルズル吸い込まれるひどく凡ヨウに見える人々に「今こそ見よ! 天にまたたく数多の星を! そこにあなたの隣人がいる!」と真紅に大書された手製のビラを配って故郷の星を宣伝することからはじめたのだが、ほとんどの人が無視して通りすぎて私の差しだすビラには見向きもせず、たまにチラリと横目で窺い見る人がいてここぞと胸ぐらに突きつけるようにぐいとビラを差しだすと途端に眉をしかめ眼線をそらしてお前など知らぬとばかりに無視して足早に通りすぎてビラを受け取ってはくれず、仮に受け取る人がいても受け取ったそばからほんの二、三歩歩いたところでよく読みもしないで鼻紙でも捨てるようにすぐにポイと捨ててしまい、その捨てられたビラが風向き加減舞い加減で私の足元にまで戻ってきたりして何だかただ駅前にビラを捨てに来ているだけのような気がして無性に空しくなり、それでもこうした地道な努力がいずれ報われるのだと信じてなおも配りつづけていたが、雑踏のなかでもまれ突き飛ばされ足蹴にされビリビリに破かれビラビラと風に舞い地をすべるビラを見るうち自らの姿をそこに投影して早晩私もこうなるのではと悲しくなり泣きそうになるが、いやこんなことで挫けていてはいけない、それを成し遂げれば間違いなく歴史に名を刻すことができ永遠に語りつがれていくだろう宇宙時代のサキガケともなる重大な使命を私は担っていて、これを乗り越えてこそ明日の明るい未来があるといい聞かせて自らを鼓舞し奮い立たせて意思に反してゆるんでくる涙腺をギュギュッと絞ってにじみ出そうになる涙を押し戻してなおもビラを配るが、配るそばからポイと捨てられヒラビラと宙に漂い風に舞って人の波に世間の荒波にもみくちゃにされたあげくの果てに道路ぎわの溝に落ち葉や何かと一緒くたに積りたまっていくのを成すすべもなく見ていると、自分が足蹴にされ踏みつけにされナイガシロにされたように感じて悲しみはさらにさらに深まって底のほうに沈デンして生物の死ガイが石油になるようにそれは次第に怒りへと変じ、ついには誰彼かまわず殴りかかりたくなってこぶしを握り締めているのにふと気づくが、そんなことをしたら元も子もなくすべてが水の泡だと何とかそれは怺えたものの、このままこの場に居つづければいずれ怒りは爆発して脇を通りかかった何の罪もないだろう見ず知らずの人にいきなり殴りかかるに違いなく、今まさに眼にしている光景でもあるように誰か見ず知らずの通りすがりの凡ヨウな人物を私が殴りつけ足蹴にしているという映像がクッキリと眼前に浮かび上がって空恐ろしくなって不意に駆けだして駅前を離れてなるべく人に出くわさないようにとまるで空き巣かコソ泥のように裏路地を選んで我がボロアパートのひどく不快な響きで鳴る階段を抜き足で上って部屋へと戻り、それ以来駅には寄りつかず、いや寄りつけなくなっためにビラ配りも当然できなくなって自身の微力不甲斐なさに激しい怒りをおぼえるとともに底深いザセツと絶望に見舞われてウッ屈した日々をモンモンと過ごしていたのだった。
三人ともに頬を乙女のように赤く染めて額を寄せ合って酒臭い息をかけ合いながらロレツの回らぬ舌で互いにその身の上を語るのだが、私の話を聞く二人の真剣さについ釣り込まれて長々と話してしまったが、その無駄に長いだけの要領をえない話に口を半開きにして聞き入っている二人の様子に疑問を感じ知らぬ間に何か良からぬことを口走ってしまったのではと話を中断してどうしたのかと聞くと、二人ともことばにつまってしばらく口をパクパクさせているが、焼チュウを潤滑油にしてようやくマトモに口がきけるようになった二人の話を聞くと二人とも私のことをいっているのかというほど先に私の話したことと寸分違わぬことをいい、一瞬冗談かと疑うがそうではないと赤い乙女の頬をさらにいっそう赤くして怒ったような顔して二人とも首をブルブルうち振って否定し、そのあまりの一致に驚き呆れてことばもないがそれだけにいっそう親身にも感じるし離れがたくも思えてはるばる水星からやって来た生え抜きのエリートで華々しく盛大なセレモニーが開かれ国民的英雄となってかの地を旅立ってきたのだというシゲヨシに金星からの特務使者で水星人のシゲヨシ同様盛大なセレモニーに送り出されてその期待を一身に背負ってやって来たというトモヨシと、それぞれ故郷の星は違えどもその志を同じくする宇宙の同志が一度に二人も現われてここに三人の宇宙人が会することができたことに無常の喜びを感じると感涙にむせびながら私がいうと、二人も私に同意して意気投合などというより遥かに強く離れがたく結びついてそれこそ三位一体とも思い、以来我々三人が離れることなく行動を共にするようになったのも思えばこの階段の導きといえばいえないこともなく、いやたしかにそうに違いなくそれ以外に考えられない、というのはそもそも込み合う雑踏のなかで互いに見も知らぬ者が眼が合った瞬間に微笑み合い共感し合い理解し合うということ自体異様なことで、普通なら「何笑ってんだ、ふざけんな」「何だと」「やるか」「やらいでか」と殴り合いにでもなりかねないことなのにまるで待ち合わせ場所で落ち合った友人でもあるかのように自然に笑みが吹きこぼれているのに我ながら驚いたし、さらに何ひとつことばも交さずして瞬時に交感してしまったのも考えれば不思議なことで、そこに何か運命的なものを感じずにはいられないしそうであればこそそれを易々と受け入れることもできたのだし、だからそれは偶然ではなく必然だったといえ、その三位一体となった我々の力はゼツダイで計り知れないものに違いないと思うのも当然で、いよいよ宇宙時代の幕開けも近く、その最初の布石いしずえとして我々三人の功績は歴史に残るはずと勢い盛んに活動を開始したのはよかったが、三位一体とはいうもののいったいどこにその三位一体のゼツダイな力があるのかというくらい何ひとつ以前と変わりない日々がウツウツとつづき、だから忽ち意気が沈み込んで失速状態に陥ってしまったのも無理はなく、宇宙時代の到来とその固く握りしめたこぶしを中天にかざして火星人のナオヨシはいうのだが、それについては異論はないものの活動の結果から見て果して我々がそのいしずえとも先ベンともなることができるのかという疑問がどうしてももたげてきて払いのけようとしても払いのけられず、根が深いのかつんでもつんでも次から次から湧いて出てどうしようもなく、それが元で少しずつ噛み合わなくなって最初はほんのちょっとした修正可能なズレだったのが日を追うごとにそのズレ具合は拡大していつしか修正不可能なほどにも三人の意見が食い違ってしまっているのに気づき、これではいけないと軌道修正を試みるが一旦大きく逸れてしまったものを元に戻すのは並大抵ではなく、三者会談はえんえん長引き、その間活動はほとんど停止状態で、このままではいずれ分裂瓦解してしまうのではないかと一時は危ぶまれたものの幸いそれだけは免れることができ、関係は元に復した、というより前にも増してその結束は強まったような気がして結果としてはよかったのではないかと水星人のシゲヨシがいえば三位一体の力はやはりゼツダイで通過ギ礼としてあれは必要な危機だったのだと金星人のトモヨシも笑ましげにいい、そのようなゼツダイな力を発揚して我々三人を強固に結びつけている三位一体であればこそ一糸乱れずスイスイと滑るように階段を上ることができるし、調和の取れた美しい音色で軋みをかき鳴らすことができ、そのトウスイの極みをタンノウすることもできるのだが、あまりの悦楽に前後不覚に陥ることもしばしばで、それが原因でいずれ身を滅ぼすのではないかなどと金星人のトモヨシは冗談めかしていったりして火星人のナオヨシの失笑を買うが、私もその危グを思わないではなかったのでそれを耳にしたときはぞっとして身震いしたものの、その危グ以上に三位一体のゼツダイな力を信じてもいるのでそれほど気にはしておらず、日々上へ上へとマイ進をつづけるということにセン念しているし今もセン心してミシリミシリと鳴る軋みに全身貫かれてトウ然となりながらも着実に高きを目指して進んでいるが、その階段の軋みのトウスイに殆ど忘我の境をさまよっていたため踊り場に立ちはだかって我々三人を見下ろす他者の存在があることにまったく気もつかず、それというのもそれまで一度もこの階段でそのような他者の存在に出くわしたことなどなかったからだし、ましてや出くわすなどとも思ってはいなかったからで、それこそ体を接するほどの、その息づかいまでもがハッキリと肌に感じるほどの距離にまで近づいてはじめてその存在に気づき、まるで相手が瞬間移動テレポーテーションで現われたのかと思うほど驚き慌てふためいて、あやうく上体のバランスを崩してテン落しそうになるが、そこは三位一体のゼツダイな力ですぐに態勢を立てなおして我々の前に立ちふさがるのはいったい何者かとドカドカと踊り場へ踏み込んで我々三人をじっと見つめているその二人の野暮ったい中年男と対ジする恰好になるが、その体格容貌はというと三人三様でまるで違い、部分だけを取ってきて比較考究しても何ひとつ同じものは見当たらないというほど違っているにも拘らず、そこから感じる印象はどこか似通っていて一見三つ子を思わせるものがあるのが不思議でならないが、とにかくその三人組トリオに何らかの眼に見えない共通性があることは確かなのだがそれが何なのかはいくら表面表層を撫で廻してみたところで分かりようはなく、それよりも気になって訊かずにはいられないことがいくらもあり、三人の挑むような鋭い視線にも拘らず顛落する人の姿をあるいは宙を漂う人の姿を見掛けなかったかと弟のハルノブのことをまず訊いたのだが、三人とも怪訝な表情を顕にして知らないと全く同じタイミングで言い、次にその姉のサトミさんが降りて行ったのに出喰わさなかったか訊いてみるが、これも三人は首を揃えて横にブルブル振って知らないと言うが、いや、そんなはずはないと気配とか物音とか軋みとか振動とか風とか匂いとか、その存在を知る兆候が何かしらあったはずだと更に問い詰めるのだが、気配もなければ物音ひとつしなかったし我々三人の立てる軋み以外の軋みは今まで一度だって聴いたことはないと、まるでそれが私たちの妄想に過ぎずそんな姉弟など端から存在してはいないのだとでもいうようにキッパリと答えたのには驚かざるを得ず、それでは弟のハルノブは姉のサトミさんは二人の仲睦まじい相姦姉弟はどこに行ったのかということが気になり、三人に出喰わす前に姉のサトミさんが弟のハルノブのところに辿り着いてその亡骸を痕跡残さず片づけてしまったのか、あるいは踊り場の部屋で冷たく動かなくなった弟のハルノブに添い寝して息を潜めているのか息を吹き返そうとしているのかとも思ったが、この三人組トリオが嘘を言っていないとも言えず、抑も初対面の者に百パーセントの信頼をおくことなど無理な話で信じるよりはまず疑って掛かるのが常識的判断で一般的反応と言え、しかもその前後を深い濃い闇に包まれて言い知れぬ不安と背中合わせの切迫した閉塞状態が常態であれば軋みの至福に存分に浸って陶酔卿の境を彷徨って夢うつつとは言っても猜疑心の肥大化は免れ得ず、そのような極端な猜疑心に些か自嘲しつつもそうせざるを得ないとこの三人組トリオを疑いの眼で見るとその態度様相返答に三人示し合わせて何事か隠しだてしているようにも見えなくはなく一旦そう見えてしまうと何もかも嘘臭く見えてその総てが虚偽のように芝居のように思えるが、もしそれが嘘ならそこには隠さなければならない禍々しい何事かがあったということになって当然それは姉のサトミさんの存否に関わるようなことに違いなく、この三人組トリオに嬲り者にされる姉のサトミさんの姿を一瞬想像してその安否が気になったものの、それが事実ならすでに起きてしまったことなので今さら気に病んだところでどうにもなるものでもないが、最愛の弟に先立たれて悲嘆に暮れている矢先に自らも嬲り者にされて更にも悲しみに泣き沈んでいるという姉のサトミさんを想像すると憤ろしい思いに遣り切れず、それが私の勝手な想像で甚だしい思い違いをしているかもしれないのだが、それにも拘らず眼前に佇んで訝しげな視線を向けているこの三人組トリオが極悪非道のならず者のように思えてくるのだった。