私がその存在を知った恐らく三歳頃にはすでにその影響力はなくなっていて誰も顧みる者などいなかったがなぜか私には気になる存在として私の周辺に、いや私のすぐ背後に即かず離れず影のようにあり続け、階段に関するあらゆる資料文献伝聞噂を眼にし耳にするたびに何とはなしに眼を向け耳を傾けてそれら階段に関するあらゆる資料文献伝聞噂を蒐集しているうちにいつの間にか部屋はそれらのみで埋め尽され、その中にうずもれ日々階段のことを思いながら暮らすことに言いようのない愉楽のようなものを感じるようになり、美津恵も里美も「どこがいんだかサッパリ分かんない」と呆れ果てていたがなかば諦めてもいるらしく変わり者の変わった趣味と片づけて一切口出しもしないが、「変な冒険心だけは起こさないでよ」と釘を刺すことだけは忘れず、それが私をこの現実に繋ぎ留める唯一の手立てだとでもいうようにことある毎に口にしては約束を確認し、常に更新し続けて何よりそれを怖れているようだったが、結果としてそれを反故にしてしまったことを申し訳なく思ってはいるもののいつ決心したのか自分でも分からず、いや、決心するとかしないとかいうようなことではなくて気がついたときには何もかも万端整えてその前に来てしまっており、それを眼の前にして初めて上ろうとしているのだということを理解したとでもいうように自分でも幾分それに驚いてしばらく茫然と佇んでその真っ暗い階段の闇の彼方を眺めていたが、半面来るべくして来たという思いもなくはなく、殆ど風に吹かれてやって来たというくらい自然な成り行きと言ってよく、少なくとも私の中ではそうなので何ら疑義を挟む余地もなく、それには当然鬱勃と沸き起こってくる階段への思慕の念だとか日々手に取って熟読乱読素読音読していた階段に関するあらゆる資料文献の効力も大いに与っているとは言えるのだが、その階段に関するあらゆる資料文献には互いに一致する箇所が殆どないというくらいどれも違うことが書かれていて矛盾する見解も多いため一見恣意的記述に思えて眉唾の作り事と判断されがちで事実そういうものもないとは言えず、批判の書や批判の批判の書や批判の批判の批判の書など数多くあって真面にそれに対していると混乱するばかりなので今や真面にそれに取り組もうという殊勝な者は絶無らしく、更にはそのような得体の知れない存在に金を出そうという殊勝な者もいないらしく、だからあえてそのような得体の知れないものを調査研究しようなどという者は胡散臭い山師の類いか極めて異端的な世間を無視した孤独な研究者でそこにある種の偏向が見られるのも仕方がないのだが、しかしそこに書かれていることは概ね事実に即していると思って間違いなく、私の階段への偏愛狂熱がそう思わせるのかもしれず、いや恐らくそうなのだろうが階段の一体どこにそれほど魅力を感じているのか突き詰めて考えてみると自分でもよく分からず、殆ど誰も顧みない荒れ果てた掘っ建て小屋といいボロボロに朽ち果てた板戸といい土建屋や不動産屋にも見放された草ぼうぼうの極めて利用価値の低い荒れ地といい、何ひとつ人をして魅了させる要素はないと言っていいし階段の杉板壁や踏板杉が傷んでいるのが見窄らしいとコンクリートで補修したのが何より悪く、それにより階段本来の風趣やら神秘やら荘厳やらが著しく損なわれて矮小化してしまったことは言うまでもなく、それ以前から階段は忘れられた存在になってはいたもののそれを境にして完全に忘れられてしまったのだと、これは階段に関するあらゆる資料文献の著者編者関係者の殆どが一致して言うところで、そのことについては私も信憑していて見るも無惨に荒れ果てた掘っ建て小屋の荒れ果てようにそれは明瞭に見て取れるとその前に佇んで無惨に荒れ果てたその掘っ建て小屋を仰ぎ見て沁々と思うのだったが、その荒れ果て廃墟と化した掘っ建て小屋にどこからともなくやって来た一人の浮浪者ホームレス労働者がしばらく前から不法占拠していたらしく、階段へ通じる杉板戸の前にはその浮浪者不定期ホームレス労働者の山籠りかキャンプかと見紛うほどの生活道具一式が山積み乱積みされて殆どその不定期ホームレス浮浪者労働者の家と化していて、そこに訪れたのが丁度昼食時だったこともあってかホームレス労働者不定期浮浪者はコンビニやスーパーや料理屋や食料品店などその手腕口腕その他あらゆる手段を行使して丸め込んでほぼ独占的に提携している各種店舗から調達したらしい賞味期限切れの弁当やら菓子パンやら惣菜やらの食品類をいくつも広げて随分豪勢な、少なくとも普段私の口にしているどれほど奮発しても千円を超えることはない昼食よりは遥かに盛り沢山の昼食の真っ最中で、知らずに入り込んだ私に気づくと思わぬ闖入者に肝を潰したとでもいうように眼を円くし、ピタリと割箸をとめて口を半開きにして口中のすでに原形をとどめていないペースト状の黄土色のところどころ何か赤っぽい粒状のものの混在したデロデロした塊を覗かせて咀嚼するのも忘れていたが、すぐに闖入者が何者なのか見定めようと訝しげな視線で上から下までジロジロと眺め廻すのを無視して階段への侵入口の板杉戸の前までところどころパッカと口を開けて茶緑色の細長舌をワッサと覗かせている腐れ杉床板を、春先の湖の薄氷上を歩くような慎重な足取りとまでは言わないがある程度は慎重にしかし労働者不定期ホームレス浮浪者を威嚇牽制する意味もあってある程度は大胆にズカスイズカと前進み横進んで乱積み山積みになっている邪魔臭いそのホームレス不定期労働者浮浪無宿者の生活道具一式を断わりもなしに取り除けに掛かると、強制排除に来た役所の関係者とでも思ったのか、しかしそうではないのは私のラフな身形装束を見れば分かりそうなものだが不意の闖入者に判断力に混乱を来したのだろう、浮浪者ホームレス無宿労働者不定期は心持ち腰を浮かして非難がましく口中のすでに原形をとどめていないペースト状の白濁した黄土色のところどころ何か赤茶黒っぽい恐らく紅生姜だろう粒状のものの混在したデロデロした泡立つ塊を放射状に飛散させて自己の正当なしかし何ら根拠の見出せない空理空論だということの明らかな居住権を述べ立て捲し立てて自らを浮浪者ホームレス不定期出稼ぎ無宿労働者へと顛落させた行政の暴慢暴虐を、その腐れ爛れた社会に対する積年の憤りを自ら出稼ぎ無宿不定期労働者浮浪者ホームレスの代表だとまで言明して大袈裟に嘆いてみせるが、なかば朽ちて手で触れただけでボロボロと木肌の剥げ落ちてくる板戸杉を私が引き開けてその向こうに続く果てもない階段を示すと、口はあんぐったままだがペースト噴霧はピタリとやめて不思議そうに私の顔と階段の奥の深い上方闇とを交互に首振り見較べて「ごえわあんだ」と言い、壁の向こうはすぐブロック塀でその向こうも雑木林で、いやそれ以前にこの小屋は平屋でこんな果てもない階段どころかただの階段さえ設置するスペースなどはなく、一体これはどういうことなのかトリックかまやかしか説明しろという意味のことを言って不安げに詰め寄るが、それに答え得るだけの物理科学的知識など私にはないし、抑も物理科学的に説明可能かどうかすら分からず、いや、それに関する著書がないわけではなく確か西向き窓を半分方覆うように置かれている過剰に積み重ねられた書籍の重みで撓った棚板が今にもポキリと折れそうなほどひどく湾曲している二番目に古い書棚の最下段右奥の辺りに幾十冊かフロイトやユングやニーチェやハイデガーに添い寝するように積まれてあるはずで、そのうちの二、三は読んでもいるのだがフロイトやユングやニーチェやハイデガーと同じく一時的狂熱によって買い込みはしたものの到底私の理解の及ぶ範囲を超えていてパラパラと流し読み拾い読みしたに過ぎず殆ど記憶にもとどめていないのでそれを噛み砕いて説明することなど不可能だし、仮に説明し得たとしてもその説明をこの浮浪者不定期ホームレス無宿出稼ぎ労働者が理解できるとも思えず、それに著書を書いた学者にしても学会では異端的な存在らしく、その主張している説がどれほど信憑できるものかも分からないので肩を竦めるしかなかったが、無宿ホームレス浮浪者労働者不定期出稼ぎは驚いたの魂消たの信じられないの薄気味悪いの空恐ろしいの世も末だのというような意味のことをしばらくひとりブツブツ呟いていたかと思うと、急に自分の荷物を一纏めにして豪勢な昼食もそのままに逃げるように小屋から出て行くその後ろ姿が午後の光に溶け込み消えていくのを無言で私は見送ったのだった。
浮浪者労働者無宿不定期出稼ぎホームレスの言っていたように壁向こうは幹が細くて如何にも弱々しげな樹木の疎立乱立した手入れの行き届いていない荒れた雑木林だが、その壁向こうの雑木林にもかつては立派な家があり立派ではないが人も住んでいたが、階段が寂れ廃れるに連れて当たり前だったその存在が不可解極まりないものへと変貌していき、それまでその階段の庇護下にあるという安堵感がこの界隈一体漲り渡っていて時間も緩やかに穏やかに流れていたものだと階段に関するあらゆる資料文献に書かれ伝聞噂に言われているが、それが次第に様変りして夜な夜な階段を上り下りする音が聞こえるなどというあらぬ噂が立ち始めたのは戦後間もなくのことらしく、最初は誰も気にもとめず鼻でフガフガ笑っていたのがその音を聴いた確かに聴いたこの耳で間違いないおれの私のぼくの言うことが信じられないのかという者が二人三人四人五人六人と現われだすと次第に真実味を帯びて噂は広まりだし、『かいだん』と耳から聞いて『怪談』と勘違いしてしまうのか実しやかに噂は流れ続け、更には尾鰭がウジャウジャとついて肥大化し、それにも拘らず継ぎはぎの穴だらけで無意味に肥え太っただけの見え透いた作り事のようにはならず、まるで何者かの巨大な意志が介在でもしているかのように見事に論理的で一個の堅固な構造体となって飛翔し拡散していったため誰もがそれを信じて恐怖したと言い、いつしか県外にも名を轟かせるほどの有名な心霊スポットと成り上がったのか成り下がったのか、常夜蛍光街灯に群れ集まる昆虫類のように夥しく見物人が訪れ出店夜店が立って宛ら縁日か祭の賑わいだったというがそれも一時的復興に過ぎず、嘘のように波が退いてしまうとその反動ぶり返しは物凄まじく階段は以前にも増して腐れ朽ち果てて近辺の比較的階段には好意的だった者までも次々引っ越していくと辺り一体閑々散々となり、一層気味悪がって一層人が寄りつかなくなって遂には誰にも忘れられ、いや噂だけは惰性によるのかそれ自身の生命力からなのか余命を保って独り歩きして膨張拡大再生産を続けていて時折りポコリと新たな噂が産まれ出てその辺を飛び交っているのを耳にして私は育ち、「ねえねえ聞いたアレ、ほらあすこのあの階段屋敷」とまるでお化け屋敷か何かのように奇々怪々な魍魎の跋扈する胡乱げな存在として認識している美津恵や里美から今も仄聞き又聞きなどするが、かつてのような凄味も勢いもないため全国展開に至ることもなく萎んで消えてしまうのは如何にも寂しく、時折邪悪と馴れ合いの子供たちが度胸試しにやって来るのがせめてもの慰めで、かつては私も度胸試しに来た口だったが人が言うほどその無限性を恐ろしいとは思っておらず、むしろその荒廃した小屋の侘しげな佇まいや周辺の静けさなどに波長が合うというのか誂え物を着るような居心地の良さを感じるほどで、そこで一夜を過ごしてもいい、いや一生住み暮してもいいと公言して憚らなかったのは階段の申し子とさえ思っていたからだが、誰も信用せず却って笑われ嘲られ、それなら実行してみろできないくせにと言われて「やってやるよ」と即答し、密かに有志を募ると五人が名乗りを上げ、綿密な計画などもせずただ食べ物飲み物だけは各自ありったけ持ってくることと何より空腹が恐ろしく敵は己の胃袋だとでもいうようにただそれだけを必要最低条件として取り決め、土曜日の夜九時に銘々家を抜けだして小屋裏の雑木林に集合ということだったが、集まったのは私を入れて二人だけたったの二人だけで、家を抜けだすことの困難を思って十一時まで辛抱待ったが誰ひとり来ないので仕方なく二人で一夜を過ごし、証拠の写真をバッチリ撮って後日発表して以来一目置かれるようにはなり、そのもうひとりとは親友と呼べるほどの仲になって久しく親交を深めたもののその後学区が異なることから別々の中学へと別れ進むと連絡も途絶え、その後何度か開かれた同窓会などにも一度も顔を見せないし誰に訊いてもその消息は分からず「ああ、あいつねえ死んだってゆう噂だよ」という声もしばしば耳にしたが、その親友が記憶の中に埋没していくと同時に階段のことも水で薄められるように次第に薄まり忘れていったが、あるとき不意にどこからともなく再び湧き出てきているのに気づいて些か驚いたものの懐かしさの方が先に立ってニヤニヤにやけて弄んでいたのが二十くらいの時で、それから次第にのめり込んでいって社会人になっても結婚しても子供ができてもそこから抜けられず気がつくとここに来ていたということなのだが、階段はかつてと同じく、いやそれ以上に見る影もなく無惨に荒廃していて感慨も一入で、そのときはまだその内懐に入り込もうなどという考えは微塵もなく、いや恐らくそのとき種は播かれたのだと思うがその時点での意識上にはただノスタルジアに沈潜できればそれでいいということしかなく、実際ノスタルジアに耽溺していたのだが、高じて資料だの噂だのを蒐集するうち沸々と沸き上がるものを感じ始めて最終的にそれが爆発したのだったが、その爆発は実に密やかな穏やかなもので自分でも殆ど気づくことはなく、あとになってその破片残骸をあちこちに見出してそれを知ったのだった。