平穏といえばいえなくもない高校生のとき、不調を来たして不登校になったのだ。病気とか怪我とかそういうことでは全然なかったと思うし、学力低下も原因とするには弱い。中学の時に感染したウイルスが高校生になって発症したということなのかもしれないが、当時懐いていた不安を写しとることは難しい。精神的に最も安定していた時期でもあるからで、つまり都内の大学に通うとの名目で美佳が自宅を出て独り暮らしをはじめ、その関係が深まっていった時期とちょうど重なるのだ。むしろその平穏さに不安を掻き立てられたということなのかもしれないが、即断は避けたほうがいい。
記憶が曖昧なのもちょくちょく自身を喪失していたらしいからで、そのとき倉田忍というものは存在していなかったと忍は思い、その後それは確信に変わる。
そのとき忍は美佳だった。美佳を生きていた。
そう〈005〉には記してあった。中学生の書くラブレターのような印象を美佳は受け、何だかちょっと面映ゆいが、生々しいその息遣いが首筋辺りを這いずるようでもあり、誰もいないと知りつつ振り返って確認してしまう。そんな児戯的ないたずらを孝裕が好んですることもあって、それへの警戒も含めて振り返ったのだが、誰もそこにはいない。孝裕の使う風呂のガス湯沸かし器の音が遠く聞える他に気配もない。戸口のほうから視線を戻す際、夕方取り込んで無造作に置いた洗濯物がソファにそのままなのがふと眼に入り、忘れてたと慌てて美佳は畳みに掛かる。畳みながら今聞いた忍の声を反芻する。
一旦文字化して寝かせることで不純物が除けられ、五年を経て熟成したそれが今純粋な声となって届いたのだと美佳は思う。今の自分に揺さぶりを掛けるようなそれは忍の切なる声だが、どう応えたらいいのか分からない。何をすることもないのかもしれないし何ができるとも思えないが、何かせずにはいられない。
忍が怖れ警戒している「敵」とは私のことじゃないかとふと美佳は思い、忍の自分への同一化に思いを馳せたそのすぐ傍からそんなことを思う自分がしかし分からない。夫として孝裕を選びながら一方で忍を手放せない自分のその独善性への嫌悪からそう思うのかもしれない。孝裕がそう願うのならまた話は別だが、美佳には孝裕との配偶関係を解消するつもりは全然ない。忍への思慕もしかし已みがたい。一旦鎮静していたそれがテキストに出会うことによって再度活性化したらしく、さらにそれがえびせん化したのだ。忍は孝裕ではないし孝裕は忍ではない。一方はすでに生の領域から遠く離れていて捉えがたく、他方はともに生を営んでいる現実のパートナーで、互いに抵触し合うことはだからないようにも思うのだ。それをしも不実というのだろうか?
とはいえ「敵」ということに関して問うべき相手はすでにいないのだから、残されたテキストのみがそれに答え得るだろうと美佳は新たなファイルを開いていく。その懸念を裏づける答えに出食わすことをしかし僅かに怖れてもいる。仮に出食わしたとして、そのとき自分はどうするだろうと美佳は考える。面と向かって忍に「敵」と名指されたら否と反駁するだろうか、それとも潔く応と受け入れけるだろうか。忍のように俯いて黙してしまうかもしれない。
一言声を、意味のある言葉を発するたびに、自身の生は確実に減少していく。
その事実に気づいたのがいつだったかハッキリとは明示できないが、何か知らないが発言を求められてひとり起立していたのを忍は記憶している。空間が伸び拡がって倍くらい、いや校庭くらいに拡がった教室で冷めた視線に曝されながら忍はひとり起立していたのだった。自身の呼吸音が気になるくらいに静まり返っていて、延々二時間近くその状態が続いていたように記憶しているが、もちろん錯覚にすぎない。確か答えるべき言葉はすでに諒解していて、いつでも発射できるよう舌先に装填してもいるのだが、甘っまい飴ちゃんを吐きだしたくないばっかりに頑なに口を閉ざすかにそれは発せられず、先生の重ねての問いに抗しきれず舌先に乗せた飴ちゃんをちょっとだけ覗かせるように何か囁く。聞こえなければ取られることはないと高を括っていたのだろうが、話す身振りはむしろ相手を刺戟したらしく、聞こえないというように耳に手を宛い、教卓に凭れて半身を乗りだす恰好で「何?」と先生は訊く。何度でも訊く。ほとんどそれは脅迫だった。
続いて吐き棄てるような「おまえバカか、もういい坐れっ」の一言が掠れたバリトンで轟き、こっちは対決する気なんか全然ないのに妙に気負い立ってそんなことを言う先生の気が知れない。どっちにしろ解放されたことはありがたく、素直に忍は着席する。ここでしかししくじるとまた吊し上げられてしまうから慎重に間合いを見ながらゆっくり静かに腰を沈めていく。一瞥とともに舌打ちすると先生はもう忍のほうには眼もくれない。何とか切り抜けたと忍は安堵する。
その間ずっと感じていた視線、自身を捉え呑み込もうとする皆の冷めた視線、肉を爛れさせる光線を放つそのふたつの空虚な黒い穴、それら視線に遭うたび忍は戦慄し、眩暈し鳥肌立って理性を失い言葉を失う。このときはまだ声への戦慄はさほどでもなく、副次的なものとして背後を緩やかに流れているにすぎなかった。徐々にそれが強くなって気づいたら逆転していたのだ。声は直接指図して雁字がらめに忍を縛るのだった。
思わぬところからの急襲に怖れ、それに対する防衛としての沈黙とそんなふうに分析しつつ声にならなかった言葉を忍はファイルに打ち込んでいく。ひとつひとつ潰していく作業だから先が見えなくて気が遠くなるが、白い画面が文字で埋まっていくのは爽快で、病みつきというほどじゃないがそれを続ける動因にはなっている。終わりなき文字化とでもいえばいいのか、少しでも快適に生きていくためのそれは環境整備といえる。そうなのだろうか、そんな簡単に図式化できるものなのだろうかと思わないでもなかったが、他に有効な手も見出せないからそうするよりない。きりがないからと投げだすことはできない。投げだしたらその時点で即ゲームオーバーだから。
声というそれら亡霊を文字としてファイル上に釘づけてそれで自分は救われるのだろうかと忍は問うてみる。その無限性を思えばそれが叶うはずもないということは明らかで、そうとすればこのファイルに書き連ねられた文字群はただの呪詛にすぎない。そう、これは呪詛だ。でも何に対しての? 自分は何を呪うのか? 自分自身をとそう忍は思い、呪詛としての文字を打ち込んでいく。
長時間画面を見続けて眼が変になり掛けると、そんなふうに変な方向に思惟が漂流していってかなり凹んでしまう。無理して続けると折角釘づけた声に逆襲される怖れもあるから早めに切りあげようと忍はファイルを閉じる。茫と画面を見つめて声が洩れてこないか聞き耳を立て、何も聞こえないのを確認して安堵したように前屈みになっていた上体を引いてモニタから少し離れると、細目にぼけた画面を眺めながらこの二〇年でいったいどれくらいの言葉を声として発したろうかとふと忍は思う。四百字詰め原稿用紙でせいぜい一枚か二枚ってところだろうかと自嘲的に笑う。いや、恥ずべきことじゃないはずだ。声など排水口から流してしまっても全然惜しいとは思わない。だから流してしまった。下水処理場で糞尿とともにそれは処理されて無害なものになる。ずっとそう信じていたが、宛先不明で返送される手紙のように、流したはずの声が自身の元に戻ってきてはじめてそれが循環経路ということに気づく。それを断ち切るにはこの手でひとつひとつ釘づけなければならないことをそのとき忍は知ったのだった。
忍など存在していないと声は言う。
全体一〜二行ほどのメモの類いが多いが、たまに一纏まりの長い文章に出会うこともあり、小説なのか何なのか定かではないがそのように読めなくもない。小説のためのメモなのかもしれないが、分類もされず皆一緒くただからその判別は不可能だった。日記めいた文章もあるが、それさえ他との区別が困難なのだから。ここに仕舞われているファイルの全体像はいったいどのようになっているのかとふと美佳は思い、何とかそれを概観できるような文章を作成することはできないかと思い立つ。目録でも索引でも何でもいいからコンパクトに纏められないものかと考える。スナック菓子を食べながらそれらテキストを読み耽りながら美佳はその案件を練り、その間に左手親指と人差し指がふやけて皺寄っていく。ふとその白い指の腹を見て知らないうちに何十年も経ったような錯覚に陥る。それに反してテキストのほうは時間に全然左右されず、いつまでも老いることなく同じ相貌を見せるだろう。そこにいる忍は常に十代の声で語り掛けてくる。自分だけが老いていくと何かそれがひどく理不尽なことのように思え、白くふやけた指の腹を布巾に何度も擦りつけるのだった。