いつになくウキウキと昂揚した気分で納豆に醤油を掛け箸でグルグル掻き廻しているときだった。妻も同じように納豆を掻き廻していた。子供たちはまだ寝ていて静かだった。二本の腕が掻き鳴らす納豆のわしゃわしゃという音の中からそれはムクムクと音もなく姿を現した。その全く意表を衝いた現れ方に私は度肝を抜かれた。それは虚無だった。姿といっても何もなくそこには何も存在してはいず、わしゃわしゃという納豆を掻き廻す音が雑然と茶の間に響いているだけなのだが、その中からチラチラと顔を現すものこそが虚無なのらしい。実体がなく虚体というしかないものがそこに現れ、虚無とでもいうしかなかった。虚無には総てが包含されていて、この世界の実体の総てがその内に綺麗に折り畳まれて納められていて、虚無は有よりも遥かに圧倒的に巨大でその懐は無限だった。
虚無は総てに潜んでいた。切り揃えたばかりの爪の間にもささくれ捲れ上がった皮の裏側にもよれよれのくたびれたスーツの裏地にも踵の外側が特に磨り減っている靴の底にもようやく普段通りの調子に戻った妻のいってらっしゃいの声にも湿気の多い空気にもちょっとした挨拶の隙間にもいつになく涼やかな風の中にも日向と日影とのはっきりしない境界にも日を浴びてじりじりと熱を吸収していくアスファルトの地面にも軽快にあとに続く自分の足音にも停車位置を行き過ぎてバックしている間抜けな電車にもそれを眺めているホーム上の人々の困惑や苦笑や苛立ちにもけたたましい発車のベルにもベタついて気色悪くて指二本しか掛けられない吊革にも無数の衣擦れの音にもちらほらと混じるヘッドホンステレオのシャカシャカにも不意に鳴りだす携帯の呼び出し音にもその一回り大きな話し声に立てる聞き耳にも次第に密度を高めていくその空間にも困惑げ不安げに身悶えている二十代前半らしい女性の眉間に寄せている皺の溝にもその周囲を取り囲んでいる男らの微妙な息遣いにもアナウンスの声に混じる雑音の中にも関心と無関心とが同居している道行く人々の視線にも雑踏の人いきれにも行き交う車のエンジン音にもマフラーから出てくる窒素酸化物にも壊滅的と言っていいほどに破壊され今だ復旧の見込みのないギスギスした職場の雰囲気にも今一盛り上がらない会話にもひとり寂しく食う昼飯にもどこからともなく吹いてくるビル風にもそのビル風に吹き飛ばされる微細な塵や埃にも都市が生みだす様々な音や振動や光や闇にも、もちろん虚無自身の中にも。
この世のありとあらゆるものに虚無は潜んでいるらしく、所構わずどこにでも顔を出し、むしろ虚無の中に世界があると言った方がいいくらい虚無で溢れ返ってしまった。コインの裏表の関係のように存在と虚無とは不可分一体だった。存在そのものが虚無だった。前日に見せられた生命の尊厳など軽く打ち砕いてしまうほどの強烈な空しさが私を襲い、あの感動は虚妄だとそれは私に訴えていた。確かにそうに違いなかった。30数億年も隔たった一個の生命と私と何の繋がりもあるはずはなく、確かにそれは虚妄だと言えた。全くの茶番だった。総てを包含する虚無にこそ眼を向けるべきで、眼にも見えないちんけな細胞などに見る価値はないと思い、そんなものに踊らされ涙まで流した自分に腹が立った。あの涙に価値はなかった。ただ機械的に流れてきただけなんだと思った。自動化された涙なんだと思った。御先祖にしてやられた。生命というだけで、30数億年の進化の歴史と聞いただけで何か有難いお題目のように思い込み、声を揃え喉を枯らして念仏のように唱えるのは愚の骨頂だと思った。生命30数億年の歴史を支えてきた太陽の寿命もあと数十億年しかなく、そのずっと前に地球は死の星になり、そうなれば地球上の生命など一網打尽の木っ端微塵で一蓮托生なのだ。総てがそこから来てそこへと還る虚無に思いを馳せるべきだ。有限の時間、有限の空間、有限の世界、人の求めて已まないユートピアはそこにはない。ユートピアは永遠、無限、絶対でなければならず、それこそ虚無に他ならない。存在と表裏一体の関係にある虚無こそ天国とも極楽とも言えるのではないのか。立ち現れる虚無はそう私に言っているように思えた。
御先祖と違い虚無は仕事の邪魔にはならず、終始控えめで大人しくしていて、むしろ能率が上がるようにさえ思えた。順調とは言えないまでも仕事は進みゆっくりと時間は過ぎていき、定刻に退社した。むっと噎せ返る夏の暑さも気にならずずんずん歩いた。虚無が私を支えているのかもしれないとふと思った。虚無こそが総ての力の源ではないかと思った。虚無様さまだ。いつも通り掛かる例の書店の前に差し掛かり、一旦入り掛けるが止め、真っ直ぐ駅に向かった。虚無の何たるかを知らない人たちで駅はごった返していた。
慎ましやかで控えめな虚無の密やかな襲撃は二日続き、その後もやはり慎ましやかで控えめな様相を保ちつつ潮が引くように徐々に遠退いていき、三日目には完全に消え去って総ては元の通りに戻り私は完全に回復した。視界は晴れ、何もかもがはっきりと見え、溜まりに溜まっていた厄を綺麗に落としたように身が軽くなり、清々しい気分で生まれ変わったような気もし、何も変化はなく前とちっとも変わらないのに縁側からの眺めが一層美しく見えた。生け垣は手入れもされていずぼさぼさで庭は一面雑草が伸び放題だし、父の盆栽も放ったらかしで埃にまみれ薄汚ない。そのどこにも美の規範に適うものはなく小汚い庭としか言いようがないのだが、それにも拘らず総ては美しく、夏の日に照り輝くそれらひとつひとつを眺めているだけで心が和み落ち着き癒されるのだった。縁側のいつも父の坐っていた右横に私は坐り、そこから外を眺めていたのだった。雲が東から西へゆっくりと流れていた。いろんな蝉の声がひとつになって響き渡っていて、体感温度を二、三度引き上げていた。渾然一体となってまるで一匹の巨大な蝉でもあるかのように響くその鳴き声は時間の感覚も麻痺させるのか、物凄い長い間ここに坐っているような気になったかと思うと、総てが一瞬のうちに過ぎてしまったような気にもなるのだった。
総てが夢のような気がし、御先祖も虚無もほんの一瞬の夢のように思えた。この縁側に腰掛けて居眠りをして見た他愛もない夢のような気がした。そうなのかもしれなかった。いやそうだった。
すぐに気がついたが私は前を向いたまま次第に暗さを増していく遠くて近い空に眼を向け、丁度眼の前にある消え入りそうな小さな雲をぼんやりと眺め続けていた。こんなふうにして並んで坐ったことなど一度もなかったし、じっくり語り合ったことさえなく、だからどうしていいのやら些か戸惑ってはいたものの、違和感は少しも感じられずどこか落ち着いた気分になっているような気がしないでもなかった。記憶が抜け落ちているだけで、もしかしたら一度くらいはこんなこともあったかもしれない。二階からは子供たちの騒ぐ声が蝉の声の合間合間に響いてくるが、山ひとつ向こうで鳴る鐘の音のように遥か彼方の音に聞こえる。しまいにその音もどこかへ吸い込まれていき、何も聞こえなくなる。何も聞こえなかった。私と父だけがここにいてそれ以外のものはどんどん遠退き霞みぼやけていく。それでも私は前を向き、眼の前の光景だけを頑なに眺め続けていた。ふと眼の前にある盆栽が眼に入る。突然現れたとでもいうようにそれが急に意識の中に鮮明に捉えられ、事物としての顔を顕してくっきりと浮かび上がる。盆栽を、眺めた。
「盆栽なんて一体どこがいいのかね」声に出して言ってみた。ちまちまして大の大人のやることじゃない、年取って脳が萎縮し破壊されたための退行現象だと以前から私は思っていて、私にとって盆栽は殆ど死と同義語だった。父がそれを始めると一挙に年寄り臭く見えだしたのを憶えている。父の死を意識し始めたのもその頃じゃなかったかと思う。更に盆栽を、眺めた。
「隠居して盆栽ってのはあまりにも安易だな」また口にした。口にする度私の声は虚空に拡散し消えた。ふと何年も会っていないような、そんな気になってまじまじと見つめると、その顔は皺に覆われ年取っていた。顔中万遍なく刻まれたその皺は深く、肌もカサカサで今にもポロポロと剥がれ落ちてきそうに思えた。死んだときよりも更に年取っているように見え、死して尚年を取るものかと不思議に思った。いや人は死んで初めてその真の時間が動きだすのではないかとさえ思った。しかしすぐにそれが無表情のせいだと分かった。表情がないから生気が感じられず、老いさらばえて見えるのだった。生前の孤高性は微塵もなく、そんな父は見窄らしく哀れだった。
小説/literary fictions