Effluents from Tomokata=H

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08

そのうち御先祖たちは殺気立ってきてその形相も変貌した。今まで隠していた表情を一気に噴出させるとでもいうように怒りを顕にした。今にも飛び掛かってきそうなくらいに興奮し始めた。ふと視野の隅にキラリと光るものを捉え、見ると鎌を握り締めた御先祖が私の方に近づきながら今にもその手を振り上げようとしているところだった。私に見られると素早くその手を後ろに隠したが、尚もゆっくりと近づいてきた。殺されると思った。初めて御先祖に恐怖を感じた。あの鎌で脳天をざっくり割られるんだろうか、それとも心臓をひと突きだろうか。鮮血が噴水みたいにピューピュー噴き出ている場面を思わず想像していた。何故かそれはスローモーションだった。鎌の御先祖は真っ直ぐ私を見ていた。醜く窶れて腰の曲がった貧素な年寄りだった。その年寄りに殺されるんだった。根柳に値しないと御先祖たちは言うのだった。「まあ、そういうことだ」と鎌の御先祖は言った。逃げ出そうとしたが体が動かなかった。腰が抜けたんじゃなく何人もの御先祖に後ろから両肩を押さえ込まれていた。年寄りとも思えない物凄い力でグイと押さえつけ握力も強く、身動きひとつできなかった。すぐ眼の前に鎌の御先祖はいた。何か言おうと思ったが声も出なかった。「これが運命なのよ」と鎌の御先祖は父の声で言って隠していた鎌を眼の前に突きだし、ニヤリと笑った。腕をゆっくりと振り上げ、勢いよく振り下ろした。その鎌がまさに胸に突き刺さる瞬間にビクリと痙攣を起こして眼が覚めた。背中を一筋汗が流れた。丁度私の正面に御先祖がいたが、無表情の棒立ちだった。心做しか両肩が重かった。

ふと思い立って日曜日、妻にも何も言わずふらりと家を出て、バスに乗って二十分ほど揺られ、降り、更に五分ほど緩やかな上り坂を額に滴る汗をシャツの袖口で拭きながら歩いた。周りは緑ばかりで噎せ返るほどの草いきれと蝉の声だった。この何年かでここに訪れたのは父の骨を埋めに来たときだけだった。線香と花を買い、水を満たしたバケツを借り、それらを抱えて墓へと向かった。御先祖が邪魔をするせいで通路をひとつ間違えてしまい、一旦間違えてしまうともうどこがどこやら全く分からなくなり、しばらくウロウロと墓地を彷徨っていた。日が真上から照りつけ一段と汗が吹き出てくるが両手が塞がっているため拭おうにも拭えず、ようやく墓を見つけそこに辿り着いて、線香と花とバケツを地面に置き汗を拭いた。脇に植えてある椿がこれでもかというほど繁りに茂っていて半分近く墓石を覆い隠していた。御先祖はいつもの無表情で墓の周りに棒立ちになっていた。墓石の上に立っているのもいた。

「どっちが罰当たりだよ」と私は呟き、すぐ脇にいる御先祖の足元目掛けて唾を吐いた。涼しい顔で御先祖は立ち尽くしていた。

墓は雨風に汚れ薄汚なかった。墓石に柄杓で掬った水を掛け汚れを綺麗に洗い流し、花を活け線香をあげて拝んだ。御先祖を拝んでいるのか墓を拝んでいるのか一瞬分からなくなった。別にどっちでも良かった。改めて墓の周りに屯する御先祖たちを眺めると、墓地という場所にぴったりと嵌まり込んでいるように見え、いかにも彼らに相応しい場所だと思え、そう教え諭したかった。出るところを間違えているとひとりひとりに言い聞かせてやりたかった。御先祖はうじゃうじゃと屯していた。墓地を埋め尽くしていた。

父の骨がこの下にあるんだった。粉々になって再生の望みもない父の骨が今もこの下にあるんだった。ふと御先祖は父の差し金じゃないかと思った。御先祖を陰で操っている黒幕は父なんじゃないかと思った。理由も何もなく短絡的にそう思った。御先祖を指揮し統括している父の姿を想像した。この墓が御先祖たちの大本営で、この墓の中から父は総ての指令を発しているのだった。線香の煙が眼に沁みて涙が出た。

御先祖がここに釘づけになることをなかば期待しつつ墓をあとにしたが、来たときと同じようにぞろぞろと私のあとについて来た。私の思わくは見事に外れたが、無駄足だったとは思わなかった。御先祖を引き連れて今度は坂を下り、カラフルなペンキを塗って誤魔化している朽ち掛けた木製のベンチに腰掛け、御先祖と一緒にバスが来るのを待ち、御先祖で満員のバスに乗って帰る。

日が暮れる頃家に着いた。玄関を上がると途端に疲れが出て倒れ込むように茶の間に入ると、明かりも点けずにテレビを見ていた妻がゆっくりと振り返り、「どこ行ってたの?」と言った。それには答えず、「貴雄と昭彦は?」と子供たちの声がしないのを気になって訊いた。「まだ帰ってこないのよ」とあまり気にもしていないというようにテレビを見ながら言ったあと、「どこ行ってたの?」と同じトーンでもう一度妻は言った。私は膳の上に置いてあった新聞を手に取り広げながら、「いや、ちょっと墓にね」と言った。

「墓って?」

「だから、墓参り」新聞から眼を放さずに私は言った。

「お墓参り?」その声のトーンは一オクターブくらい上がっていた。

「うん」

「何で?」妻は驚くほど大きな声を出した。「何で?」

「何でって言われても……」そこで初めて顔を上げると、心底驚いたというような顔を妻はしていた。

「いつからそんなに信心深くなったの?」

日頃から墓なぞいらない、仏壇なんて邪魔なだけだ、辛気臭いと嘯いていた私だったが、御先祖が現れてこの方、朝起きると必ず仏壇に向かい、線香をあげ鈴を鳴らしその余韻を聞きながら手を合わせて拝むようになっていたのだった。それで御先祖を退治できるとは思ってなかったが、そうしなければ気が済まず、眼が覚めないのだった。鈴の響きに耳を傾け立ち上る線香の煙を眺め匂いを嗅がないと起きた気がしないのだった。そうしないと一日が始まらないのだった。

私が生まれる前からうちにあり、故障が多くてなかばインテリアになっているが今は辛うじて動いている柱時計を見上げ、「遅いな、二人とも」と私は呟いた。

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