友方=Hの垂れ流し ホーム

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交通警備や巡回警備が主な業務でたまにイベント等の警備も請け負う小さな警備会社に勤めてすでに半年になる瀬田だが、馴れぬことが多くていまだ気を抜けない毎日と言ってよく、そのせいか自分には不向きな職種なのではないかとの思いが日増しに強くなるようで、だからというわけではないが休日は部屋に籠もってじっとしている。といって休息しているのでもなく、ただ何もせずじっとしている。そして時どき雨を見ている、ぼんやりと。雨を見ると弥生を思いだすのか弥生を思って雨を眺めるのかその辺りがもひとつ判然としないのだが、意識的にも無意識的にも瀬田は雨を欲しているらしく、仕事中茫と雨を眺めていることもしばしばで、それでも降りつづく雨が憂鬱なのに変わりはないしそれに魅了されているわけでもだからなく、むしろ憂鬱へと自身を囲い込もうとしているかのようで、魅了されているというなら斯かる憂鬱に魅了されていると言っていい。手応えというものを掴み損ねつづけている瀬田は、目的もなく活力もなくただ死んだように生きているゴミ屑同然の存在といつだったか弥生の言った言葉を思いだし、そうゴミだ、始末に負えないゴミだと冷蔵庫の前の伸び拡がっているのかいないのか定かではない空間へ吐き棄てたことが幾度かあり、ゴミならゴミらしく廃棄され朽ち果てるのが望ましいしここらでもうケリにしたいとも思うのだが、なかなか望みどおりには運ばぬらしく、今どきのゴミは再利用すべく資源として回収されてしまうほかないようで、どこか間尺に合わない。仕事がうまく行かないとか人間関係の軋轢に押し潰されそうだとか、そういった諒解可能且つ明確な理由によるものではなく、いやたしかに仕事はうまく行っていないし人間関係も空廻りしているが、それらはほんの些細な事象にすぎず、いや些細と言っては語弊がある。それらはそれらなりに心労の種だし少なからず影響を及ぼしてはいるだろうが、本質的な問題からはいくらかズレていると瀬田は認識していて、それらとは全くべつのところで、窮めて不明瞭な何かによって自分は規制されていると思うのだった。それでも何もかも白日のもとに明らかになる日がいつか訪れ、それが酷たらしいものであれ何であれ、そのときこそ自身の亡骸くらいは見出すことができるかもしれないと漠然とながら瀬田は思いつつ停車する車輌に備えて両足を踏ん張り、隣の男がバランスを崩して寄り掛かってくるのを肩で受け止め、申し訳なさそうな苦笑とともに体勢を立て直す男に同様な苦笑を返しつつ吊革を握り直すと欠伸を噛み殺して窓の外に眼を向ける。

使い込みがばれて前の会社をクビになり、今の職へ就くまで一年近く無為に過ごすうちにそれが習い性になっていまだに抜けきれず、その間に銀行預金はほぼ使い果たしてしまい、といって使い込みするくらいだから大した額が預金されていたわけではないが、その僅かな金も底をついてしまったから下手をすると同じような結果に至りかねないとの予感を懐きつつそのときはそのときだと改善の策を講じる気も瀬田にはない。何せゴミだからと自嘲的な笑みを浮かべて右に寝返り打ち、その余勢で身を擡げると這いずるように蒲団から抜けだし、そこでしかし力尽きて小一時間ばかりも茫としていたが、それでも何をする気もなく無為な時間を瀬田は自室でやり過ごす。雨はまだ降りつづいていて、休日のしかも雨降りの日の有意義な過ごし方を知らぬ無趣味な瀬田にそれはどうにも耐えがたい幾時間で、無為を無為として楽しむことさえできないことに殊更苛立ったりするわけではないものの、もう何年もこんな時間を過ごしているというのに一向解決策を見出せていないということにうんざりするのだが、何かしたいわけでは決してなく、といって何もしないと脳ミソが腐ってゆくようなのだった。いやすでに腐っている。オレはもう完全に腐れ切っているとそう瀬田は独りごち、自嘲的な笑みを瞬間口の端に浮かべるがすぐに憂鬱げな面持ちへとそれは戻り、視線は窓の外へと流れてゆく。その焦点は窓ガラス表面に付着し流れ落ちる雨滴を捉えながら向かいの雑居ビル壁面に浮かぶいくつもの黒いシミとその上方に右上がりの傾斜で走る幾本もの電線とその前後の空間を埋め尽くすように落ちてくる雨粒とに均等に割り振られ、それらすべてを見つめながらそれらすべてを見ていない。

そうして雨を眺める瀬田の背後で冷蔵庫のモーターの低い唸りがやけにうるさく、ふとそのほうへ首を巡らせばキッチンの温度を二、三度は上昇させるその放射熱が何だか陽炎めいて空間の歪みを生ぜしめていると常にない観察力を発揮した瀬田は、それに引き寄せられるかに躄(いざ)り寄って何気なさを装いつつも間近に凝視していると、これまで幾度となく試みるも悉く捕らえ損ねていた弥生の気配を、魂魄か何かのように稀薄ながら特定場所との類縁に緩く縛されているかつて在ったものの残滓とでもいうようなものを、それでいて呪詛や怨恨といった類いの禍々しさとは凡そ無縁なものとして、おぼろながら感じることができたような気がし、錯覚にすぎないと一方で思いながらも弥生のいる世界と繋がっているかもしれないと期待され、ひとりほくそ笑むと不意に思い立って雨続きで溜まりに溜まっていた汚れ物を洗濯する。ソファの上に山積みだった衣類がなくなってすっきりしたそこへ沈み込むように半身を投げだすと舞いあがった埃にしばらく噎せる。窓は開いているが風がなく、湿った重たい空気が泥水のように足下をゆっくりとキッチンのほうへ流れてゆくが、不快というよりそれは不可解な印象を瀬田に齎し、テーブルの上へ両足を投げだしたのも恐らくそのせいだが、冷やかな空気は直前の期待を薄れさせた。いつものことと言ってしまえばそれまでだが上調子になったと思った矢先の失速にちょっと凹み、幅五ミリほどの敷居の出っ張り部分に不安定に吊されているせいで流れ込む外気に少しずつ回転するステン製ピンチハンガーを瀬田は見上げると、それに固定されたTシャツトランクス靴下フェイスタオル軍手へ、次いでその左下方の恐らくもう着ることのない衣類の詰まったふたつの半透明の収納ボックスへ、そしてそれを背に二列に平積みされた中古CDとなかばそれに伸し掛かっているもう何週も出し損ねているマンガ雑誌類の詰められた家電量販店の紙袋へ、さらにはそれらの下敷きになっているファンヒーターの電源コードへと視線を彷徨わせ、最後に何も映っていないテレビ画面に固定するとその画面を、というかそこに写り込んでいる反転した自室の像を漫然と眺めるがなかば焦点は合っておらず、時折自身の足先に焦点を合わせるほかは総じて虚空を眺めていた。そうして途切れることなく聞こえる雨音のなか、何か意味不明の呟きをブツブツと呟いている。幾時間も。そんな自分を壊れていると折に触れ瀬田は思うものの何がどう壊れているのかとなるとちょっと説明に困り、仕事に明け暮れる日々の反動で憔悴しきった休日は抜け殻状態になってしまうというのとも違うのだ。抑も仕事に明け暮れて憔悴しているわけではなく、そういったこととは関係なしに本質的に抜け殻なのだった。直そうという気さえだから起きない。いや、直るとか直らないとかいう問題ではないのだ。仮にそんなものがあるとして世間並みの幸福というものが瀬田にはいまいちピンとこないというか、具体性に欠ける画餅のようにしか感じられないし、可もなく不可もない全体安閑たる日々にも何ら実感が伴わず、だからといって激動波乱の人生を歩みたいとは少しも思わないが起伏の乏しい道をひとり歩くつまらなさもそれはそれで嫌なもので、そこそこの曲折はあったほうが何かと面白かろうと全く手前勝手な思いを懐いて何かが起きるのを何とはなしに期待しているのだった。いや、何かを期待しているわけでは決してなく、退屈なのがどうにもやり切れないだけなのだ。とはいえ本当に退屈なのかと突き詰めて考えるとそれもちょっと違うのだが、退屈といっても強ち間違いではない。瀬田は退屈していた。

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