Effluents from Tomokata=H

戻る 前ページ 

01  02  03  04 

05  06  07  08  09 


シ者

01

家にひとりになってから、つまり父真雄も母芳枝も仕事に出掛けて家内から人の気配が失われて家内が完全な静寂に包まれてから渉がその準備に取り掛かるのは、時間の流れの停滞したような、それでいてどことなく張り詰めた緊迫を感じもするその静寂が如何にもそれに相応しいように思えるからだし、また自分がこの世の最後の一人のように思えて妙な興奮を覚えたりもするからだが、とはいえそのこと自体を愉しんでいるのでは決してなく、飽くまで手段としてのそれであって目的としてのそれではないのだと、つい目先の快楽に浸りがちな自分を戒めている。その無時間的時間のたゆたいを損なわぬよう渉は極力静かに襖を開け、玄関向かって右側の自室として使用しているが本来客間として機能するはずの床の間つきの八畳の和室を出てまた極力静かに襖を閉め、フローリングに響き渡るバタペタというスリッパの音を何より嫌悪している渉はこれも音させぬよう摺り足気味に歩くが、衣服の擦れ合う音が響き渡るのだけは消すこともできないので常に渉の耳を掻き乱す。ものの一分で万端用意を整えて実行に移ろうとするが、不意に思い出して階段を下りて階段向かって右手にあるカートに阻まれて半分しか開かないドアの隙間から台所に渉が行くのはコーヒーを入れるためで、とくに決まっているわけではないものの渉しか使用しないため渉専用と言ってもいいマグカップをグラス立てからやはり音立てないよう静かに引き抜く。マグカップ一杯分はコーヒーカップで二杯分なのでコーヒーメーカーのガラス容器の目盛りにちょうど三の辺りまで天然水を入れてコーヒーメーカー本体に注ぎ入れる。これはガラス容器の目盛りができ上がりを示す目盛りのためで、本体容器内側に刻まれているのが本来の水量の目盛りなのだが、そこで計ると余った水を流しに捨てに反転せねばならないうえにコーヒーメーカーの設置位置が奥まったところで比較的高所のために目盛りが見にくいということもあって煩わしく、何より入れ過ぎると電源コードを抜いて本体ごと流しまで持っていって捨てねばならないがそのコンセントがレンジ台の後ろに隠れているため抜き差しするのに甚だ厄介で、それらの手間を極力省くためにガラス容器で渉は計ることにしている。無漂白の淡茶色のコーヒーフィルターを底部と側面の糊しろ部分を折り返してから口を開いて嵌め込み、専用の匙でモカ一〇〇%を二杯弱入れ、マグカップにポットの湯を注いで温める。スイッチを入れてコーヒーができるまでの二~三分の間に渉は朝の儀式を厳かに手早く執り行う。

儀式といっても殊更堅苦しいものではなく、顔を洗うのと大差はない。実際起床時の一連の雑事と同程度の認識だしそれらに付随して行われもするため決してそれらを越えるものではなく、他に適当な語が思い当たらないので暫定的にその語を充てているに過ぎず、抑も儀式とか形式とかいうものに渉は昔から違和を感じ嫌悪すら抱いていて、それが家庭で学校で社会で事あるごとに不協和音を響かせて周囲の失笑を買うのが恥ずかしく、いや、失笑くらいで済めばいいが怒りを買うことも稀ではなく、何とか折り合いをつけようと足掻いてはみたもののその悉くは玉砕せられ、今ではそれが生得のもので修正の余地などないとの諦念に至っている。朝の儀式という名称は渉にはだから甚だ不本意なものですぐにも変更したく、より適当な語が見つかれば即座に替える。儀式という語に付随の神秘性やら崇高性やらはだから微塵もないし予行演習のつもりで気軽に作業を行うことを常々心掛けており、そのときになって慌てることなく確実に事を運ぶためにもそれは必要なことで、失敗して不様な姿を晒すことだけは避けねばならず、それを何より渉は怖れている。階段の上階段の脇階段前の廊下と三箇所に六〇ワット電球を差した電灯があるので充分な光を供給することができるが、そのいずれも点けることがないのは単に儀式=予行演習との相性が悪く明るいとどうにもやりにくく、つまり白昼堂々行うことではないとの認識が渉にあるためで、といって暗過ぎても手元が狂いそうで心許なく、階段途中にある小窓玄関リビング脱衣場からの弱い外光による程良い薄暗さがちょうどよく、夜ではだから具合が悪いのだった。

まず階段に正対し、一拍おいてから右足を踏みだして右左右左と四段上がり、そこで渉は廻れ右をする。次に首を四〇度ほど上向けた辺りに垂れ下がっているそれを両手に握りしめ、掴んでは放し掴んでは放して入念に設置位置を確認し、ぶら下がって懸垂をして強度を確認し、軽くジャンプして下に飛び降りる。このときのバッタタという着地音がそれまでの静寂を一挙に掻き乱してしまうのだが無音で着地することなど不可能なので已むを得ずバッタタと着地する。静寂を静寂たらしめるアクセントということにして紛らせているが、本番では着地音はしないのでその際静寂を乱すことはない。如上の動作を二回ワンセットとして三セット繰り返すのだが、そのとき頭の中では万事上手くいく光景を強くイメージする。リズムも大切で全体をひとつの流れとして捉えてテンポよく実行できるようにイメージしもする。一通り手順が済むと元通り片づけて一切の痕跡を消し、コーヒーの香りに満たされている台所へ行き、マグカップの湯をポットに戻し入れてモカ一〇〇%を注ぎ、容器を洗って乾燥機に入れて二〇分にセットして自室に戻る。それから昼食までの三~四時間がモカ一〇〇%を飲みながらの売る宛てのないイラスト製作やら読書やらに充てられるが、菓子・パンを作るとなるとイラスト製作も読書もほとんどできなくなる。のめり込んだらとことんまで行ってしまう質の渉は中途半端に妥協ができず、専門書まで購入して週一ほどのペースで作り続けているが、それを生業にしようという気にならないのはその奥を知れば知るほど生易しいものではなく、自己の能力がそれに遙かに及ばないことを思い知らされるからだ。焼き菓子ならそれほどでもないがムース系のアントルメともなると生地シロップクレームグラサージュデコールと精緻な作業が立て続くし二種類の生地二種類のクレームということもザラだし更にソースも作るとなれば夕飯の支度に入る五時頃まで掛かりきりになる、いやそれに食い込んでしまうことさえ間々ある。それでも自身満足のいく出来なら気が晴れもするし堂々とはいかないにしろ食卓に饗することもできるが、ジェノワーズを焼くのさえ儘ならない現状では納得のいく出来映えのものなどひとつとしてないといってよく、自己の能力を超えて本格のものを作ろうとして悉く失敗するということを渉はずっと繰り返しており、そのことを自覚してもいるのだがやめようとしてやめられないのは作ることの愉楽を知ってしまったからだ。

一般にスポンジと称されるように海綿状構造を有するため充分な弾力を持ち、シロップを打ってもその多孔質の構造のうちに抱き込んで形を崩さずしっとりと柔らかいジェノワーズはそれ自身強烈に主張することはなく、配合によっては強烈に主張して生地それ自体を味わうものもあるにはあるがそれは特殊のケースで特定の菓子に使用するだけで汎用性はあまりなく、汎用性の広いのは全卵グラニュー糖薄力粉バターの四素材のみで作るジェノワーズと称せられる生地で、シンプルなればこそ他の個性ある素材の持ち味を突出させることなく引き出し且つ素材間の調和を生みだすことも可能で、その出来不出来は全体の構成にだから少なからず影響するし、ジェノワーズが真面にできなければ本当に美味しい菓子はできないだろうと渉は確信している。

十八センチ径五センチ高の丸型でジェノワーズを焼く場合、まず全卵約三個分一五〇gをグラニュー糖九〇gとともにホイッパーで肌理の細かい気泡ができるまで根気よく泡立て、掬って垂らすとその軌跡がくっきりと残るほどのトロトロとしたリュバン状にする。このとき泡立ちをよくするために湯煎に掛けて温める方法があり、むしろそのほうが一般的らしいが、それだと肌理が粗くなるらしいので渉は根気よくホイッパーで泡立てることにしている。そのようにして泡立ててリュバン状になったところで最低三回篩に掛けた薄力粉九〇gを少しずつ加えながら篦で底から掬い上げるように混ぜていく。折角できた肌理細かい泡をここで潰しては元も子もないので丁寧に混ぜるのだが、モタモタしていると生地はダレてくる。いや、しっかり泡立てれば少々のことではダレないというが、ダレれば当然生地の膨らみは悪くなり、といって混ぜ足りないと粉がダマになって残る。程良く混ざったところで溶かしバター三〇gを加え混ぜるというのが一般的だが、他にも全卵をリュバン状に泡立てた時点でその一部を溶かしバターに混ぜて馴染ませておいたり、薄力粉を加え混ぜた時点でその一部を溶かしバターに混ぜたりする。直接加えるよりも段階をおいた方が馴染み易く失敗も少ないからだ。艶良く仕上がったところで敷紙を敷くなり粉を振るなりした型に流し入れて指定の温度で焼く。

その一連の作業手順を渉はすでに頭に叩き込んでいるが実際に作るとなると思うほど簡単には行かず、幾度か焼いたものの一度として真面なジェノワーズができた例しはなく、素材等の購入に東急ハンズ横浜店に行った折りなど保冷庫にズラリ並んだ出来合いのジェノワーズを見るたびにその色艶膨らみに感嘆し、翻って自作のジェノワーズの不出来を思い知らされて暗澹たる気に落ち込むのをどうすることもできないのだが、かといって出来合いのものを使用する気にもならないのだった。まず泡立てからして困難を極め、電動ミキサーを使っても五~一〇分は掛かるという全卵の泡立てをホイッパーで己が手で湯煎にも掛けずに行うのだからきついのも当然だが、ないのだから手で泡立てるより他なく、廉価なものもあるにはあるがなぜか買う気がせず、右手左手総動員で十五分~二〇分近く休みなく泡立て続けるのだが、気泡をふんだんに含んだ全卵は思いのほか重く重労働で、しかも一八八センチという長身の渉には台所の作業台が低過ぎて常に前屈み気味での作業になるため腰に負担が掛かり、睡眠前のストレッチはだから欠かせず、それを怠ると腰痛は翌日に持ち越されて更にもひどくなって背中から肩から首からこめかみと至るところに波及するのだった。焼成の温度と時間は一八〇度で三〇分というのが一般的だがオーブンの癖もあるため微調整の必要はあるにしろ、それでも生地は思うほど立ち上がらず、筋繊維が粉砕するかというほどの思いでどうにか泡立て、毎回今度こそはと祈る思いでオーブンに入れても薄っぺらなものしかできないのではやる気も失せてしまう。基礎中の基礎なだけにその腹立ちは計りしれず、鬱積した怒りは指定通りに作動しているだけで何の罪もないオーブンレンジに向かうが、その鈍く光るダークグレーの箱に「役立たず」と蔑み罵り悪態をついたところでどうなるわけでもなく、むしろ渉のほうこそ「役立たず」だとの認識が強化されて虚しくなるだけだった。

01  02  03  04 

05  06  07  08  09 

戻る 前ページ 


トップ | インフォ | プロフィール | 小説 | イラスト | レシピ | 雑記 | 掲示板 | 送信 | 履歴

コピーライト