友方=Hの垂れ流し ホーム

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交換しよう。

2017年05月21日

クレーム・パティシエールを炊いたりムラング・イタリエンヌのシロップを作るのに銅坊主鍋を使っている。坊主鍋には角がないからホイッパーを使う場合でも混ぜ残しが生じることなく均一に仕上げられる。その把手がもうぐらぐらで、穴の位置をずらしたり柄を短くしたりと騙し騙し使ってきたが、さすがにもう限界かと新しいのに取り替えることにした。替えの把手は用意してあるからいつでも交換できたのだが、替えるタイミングが摑めず、ずるずる使いつづけていたのだ。

取り替え用把手

購入した当初は付属の釘で留めていたが、使ううちに緩んだため途中でネジに替えた。そのネジもかなり錆ついている。黒っぽく見えるのはコーティングで、錆びているのは溝の部分。替えの把手はネジ留めだから、錆びたのは捨てる。

ネジ

把手のほうもかなり腐食していて、いつ取れもおかしくないくらい。使用中に取れたりしたら大惨事になるところだ。

鍋は18cm径だが替えの把手は20〜22cm径用で、それでも短くした把手と同程度の長さだから、元の把手よりも少し短いことになる。欲を言えばもう少し長いほうがいいのだが、大と小の二種類あるうちの大のほうでこれなのだから仕方がない

新旧把手

把手にネジ穴はないから、まずその穴を開けなければならない。つまり替えの把手を差し込んで錐で穴を開け、それからネジで留めるのだ。ところが錐穴が小さかったのかネジがきつく、ドライバーが空廻りしてなかなか留まらないのを力任せに無理矢理ねじ込んだらちょっと溝が潰れた。ネジがかなり柔らかかったらしい。

ネジ留めする。

交換完了

今後締め直したりできるかどうか不安だが、とりあえずぐらぐらしないからそれで良しとする。因みに替えのネジはない。

新しいのに

2017年01月24日

長らく使っていたフィナンシェ型がいよいよ型離れが悪くなってきた。調べてみたら最初にフィナンシェのレシピをupしたのが2005年となっているから、十年以上使用していることになる。無理すればまだ使えそうな気はするが、そのためにはバターを多く塗るか、さらに粉を振るかしなければならない。ただ、これまでにもバターを塗る量は少しずつ増えているし、そこまでしてあとどれくらい保つのかは分からないし、バターや粉が増えれば当然味にも影響してくるだろうから、やはり買い換えることにした

材質や加工はいろいろあるが、使い馴れたものがいいと同じメーカーの同じ加工のものを購入した。ところがいざ使ってみると微妙に生地がくっつく。型から外れないということはないのだが、僅かに生地が剝がれて表面がざらついてしまう。フィナンシェはひっくり返して、型に収まっていたほうが顔になり、まあ必ずしもそうではないが、個人的にはそのほうがフィナンシェの名に相応しいと思っているので、その顔が毛羽立ちざらついているのは見栄えが悪いというか見窄らしいというか、納得できる仕上がりとは言えない。

極端に材料が異なるわけではないし配合を変えたわけでもなく、いつもと同じように作っている。違うのは型だけだから、型に問題があるのは間違いない。試しにバターを多めに塗ってみるが、それでもくっつく。それこそ使い古しの型と同程度か、それにも及ばないほどの型離れの悪さで、とても使いはじめのものとは思えない。同じメーカーの同じ加工の型でこれほどにも品質に差があるとは思いも寄らなかった。

もちろん型は新品で中古ではない。受注生産だ。今尚同じ工場で製造しているとはかぎらないが、それにしても以前のものに較べて明らかに加工技術(というよりは品質だろうか)が劣っている。それが事実だとして、メーカーがそれで良しとしているのも解せない。

いずれにせよこれでは買い換えた意味がない。もう少し検証してみるが、それでも改善が見られなければ、再び買い換えるしかないだろう。そうなるとしばらくは古い型を使いつづけることになる。危うく捨てるところだった。

快感原則の彼岸

2017年01月17日

フロイト著作集6

現代思想に於いてフロイトへの言及はラカン経由のものも含めて少なからずあるというか、ほとんど必須テクストではないかというほどだが、フロイトは25年くらい前、ということは四半世紀にもなるのか、一度読んだだけで、内容もほとんど忘れてしまっているから、その度に、はてどうだったかと記憶を辿るも定かではなく、うろ覚えの知識というか知識ですらない、覚えていないのだから、といった体たらく。そんなことだから適当に読み流してしまうことにもなって、何も理解できないままうやむやになってしまう。それで済ませられようはずもないから常々読み返そうと思っていたのだが、ずるずると先延ばしにして未だ果たせずにいる。それを今年は果たしたい。

さしあたり読み直したいのは『夢判断』でも『精神分析入門』でもなく『快感原則の彼岸』なのだが、当該論文が収められている手持ちの人文書院版『フロイト著作集6 自我論・不安本能論』を書棚から出してきた。岩波書店から全集も出ているが、そちらは所有していないし新たに買い揃えるのは厳しいし、抑も入手困難だろうし。

いずれにせよこうして手元に置いておけば日々目にすることになるわけで、そのうち手に取るだろうという腹だが、そう巧いこと行くかどうか。

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