友方=Hの垂れ流し ホーム

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真理のことば

2011年02月27日

ダンマパダ 第一章 ひと組みずつ

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した」という思いをいだく人には、怨みはついに息(や)むことがない。

「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息(や)む。

実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息(や)む。これは永遠の真理である。

『ブッダの真理のことば・感興のことば』(中村 元訳/岩波文庫 1992年6月15日第25刷 10頁)

シンプルで分りやすく、予備知識がなくても理解できる内容だからだろう、今でも広く読まれているというダンマパダ。『ブッダのことばースッタニパーター』(中村 元訳/岩波文庫)の解説によると、釈迦が亡くなったのが紀元前383年頃らしいが、そのとき弟子たちが釈迦の教えを韻文の形で残したらしい。当時インドには文字がなかったから暗誦して伝えるしかないわけだ。そうして釈迦が亡くなってから百年くらいの間に作られたものが『ダンマパダ』や『スッタニパータ』の元になっているらしい。そのあと、アショーカ王の時代になって、つまり紀元前268〜232年頃、さらに散文による説明が付加されていったということだ。

そうして釈迦の死から四百年くらい経った頃だろうか、大乗的な思想が在家信者の中から現れてくる。大乗仏教に於ける思想的な深化や複雑化した教理体系はそれはそれで興味深いのだが、釈迦本来の思想とはやはり異なるものだろうから、釈迦自身が何を考え何を説いていたのかということは、そこからつまり大乗的な視点からは捉えにくい。それにはやはり大乗思想以前の、それよりさらに古いものに当たるよりほかにない。

それが『ダンマパダ』や『スッタニパータ』等の原始仏典というわけだ。それらに見られる韻文形式は最も古い時代に成立したということから、後の法華経などに見られるような神格化された姿ではない、つまり眉間から光を放って遍く世界を照らしたりしない、どこでも自在に飛んでいったりしない、そして不死ではない、生前の釈迦の人間としての姿が、その一端なりとも窺える文献でもあって、そうした意味でとても興味深い。仏教の教義や体系に興味がなくても、釈迦その人には関心があるという向きには良いかもしれない。

最後にもうひとつ。

ダンマパダ 第一七章 怒り

二二三

怒らないことによって怒りにうち勝て。善いことによって悪いことにうち勝て。わかち合うことによって物惜しみにうち勝て。真実によって虚言の人にうち勝て。

(同上 41頁)

進まない。

2011年02月03日

そろそろ小説をなんとかしなければと思っているのだが、ほとんど進展がない。まあ焦っても書けないものは書けないのだから仕方がないというか、粘り強く書きつづけるよりほかにないが、書けないとやはり苛々する。その苛々を解消するために菓子を作るというのではないが、そうした側面もないわけではないだろう。頭を切り換えるのに身体を動かしたりすることは少なからず有効だろうからだ。

そういえばチョコを3キロも買ってしまったのでチョコも作らなければならないのだった。とはいえ何を作るかはまだ考えていない。トリュフは手がチョコ塗れになるからあまり作りたくないし、かといってクーゲルを使うのも違う気がするし。さてどうするか?

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