間に合わない。
012年12月09日
年内には何とか間に合うかと思っていたがどうも無理っぽい。というのは今書いている小説のことだ。もうほとんどできているのにどこか噛み合わないというか巧く纏められないというか何かしっくりこない感じで、ちびちび書き進めてはいるもののなかば筆は止まっている。とはいえ強引に終わらせたところで納得できないだろうから気が済むまで粘るしかなく、これまでもそうして書いてきたわけだし、元よりそんなふうにしか書けないし。
残りの部分は量的に既出部分の倍くらいあるだろうか、まさかここまで長くなるとは想定していなかったからずるずる書き継いでいるうちにそうなってしまった。全体のバランスを考えると四分割にしてもよさそうな気がするが、もう少しで終われそうなのでそれはやめておく。
抑も間に合うとか間に合わないとかそんなことは関係ないしどうでもいいことだとそう思うよりほかにない。
リクエスト
2012年06月30日
これは本当に稀なことでほとんどないと言っていいのだが、ごく稀にレシピをリクエストしてくる方がおられる。基本的にそうした求めには応じていない。というのも誰か一人の求めに応じるとしたらすべての求めに応じなければならなくなるし、抑もそのようなコンセプトでレシピを公開しているのではないのだから。尤もこちらのレシピを評価したうえでのことだろうから、それはそれでありがたいことではあるにせよ。
とはいえレシピなんてそう簡単にできるものではなく、シンプルなものあるいは古典的伝統的なものでほとんど変更の余地のないようなものならいざ知らず、複数の素材を組み合わせるような複雑なものとなるとああでもないこうでもないと試行錯誤の連続で、必ずしも望み通りの結果が得られるものでもないから、一年や二年や三年、下手すればそれ以上掛かっても完成と言えるような状態に至らないことだってある。というかむしろ行き詰まって放置されているもののほうが多いくらいだ。
まあ放置といって無駄に廃棄されているのではなく、折に触れ再考をつづけ、そうするうちに少しずつ形になってゆくというか、長い遍歴の果てに自ずと纏ってくるというか、こちらから向かってゆくのはもちろんだが、結果的には向こうから不意に訪れる、抑もレシピとはそんなふうにしてできるものではないだろうか。何か恩寵のようにして降りてくる、そんなふうにも思う。もちろん自身の内から出てくるものではあるのだが、論理的思考とは異なる経路だからだろう、どこか外部からやってくるような感じがするのだ。尤もこれはレシピにかぎらずモノを作る人間なら等しく感じることだろうから、それ自体珍しいことではないのだが。
いずれにせよ保証できるものは何もないのであり、そうである以上リクエストされてもおいそれと応えるわけにはいかないのだ。
ボンボン・ショコラその3
2012年05月10日
前回と前々回を踏まえて五種類のボンボン・ショコラをまた作った。左からシトロン、プラリネ、テ・ヴェール、キャラメル・バナーヌ、ピスタシュ。
シトロンは本州産から切り替えた北海道産蜂蜜(あかしあが品切れだったので已むなくれんげに変更)と自家製プラリネを加えたレモン(国産の果汁とゼストの自家製セミコンフィ)のミルクガナッシュをスイートチョコでコーティングしたもので、ゼストが口の中に残るのはやはり宜しくないとできるだけ細かく刻んでみたがそれでも若干残るのは致し方ないか。
プラリネはスペイン産アーモンドを使用した自家製プラリネ・アマンドのミルクガナッシュをミルクチョコでコーティングしたもので、レシピ的にはほぼ固まっていると言っていいがカカオバターの量が関係しているのだろうかガナッシュをカットするときに割れたり欠けたりすることがあって仕上がりの見映えにもそれは影響することを考えると(抑もカカオバターは脱臭されていて無味無臭なので味自体に影響はないがあるとすればそれは口溶けの差に現れてくるだろう)加える量をもう少し控えたほうがいいかもしれない。
テ・ヴェールは抹茶(京都宇治産の碾茶)のホワイトガナッシュをホワイトチョコでコーティングしたもので、生クリームの量を調整したので配合的には改善されているだろうし甘ったるいホワイトチョコと苦みの効いた抹茶とのバランスもそこそこ取れていると思うのだがまだ調整しなければならないだろう。
キャラメル・バナーヌはクレーム・キャラメルとバナナのミルクガナッシュをミルクチョコでコーティングしたもので、前回よりさらにピュレを多めに入れたらガナッシュの粘りが強くなってまるで餅のように糸を引きモールドに絞り入れるのにいくらか苦労したがバナナのねっとり感はよりいっそう際立ったからこれはこれでいいことにするつまり作業性よりも味を優先するということだ。
ピスタシュはシチリア産ピスタチオペーストを使用したホワイトガナッシュをスイートチョコでコーティングしたもので、前回より生クリームを多くしてガナッシュの流動性を良くしたので枠に流し込みにくいという点はいくらか改善されたがそれよりテンパリングがいまいちなのが悔やまれる。
ところでモールドの扱いにはまだ馴れていないせいか作業がどうにも危なっかしく、加減が分からずにチョコを入れすぎたり入れすぎたチョコが溢れてモールドの側面からボタボタと流れ落ちて作業場を汚すのはまだいいとして、もちろん良くはないがそれでモールドがどうこうなるわけではないし数を熟せばそうした勘所も分かってくるだろう、それよりも厄介なのはチョコを流し入れたモールドをひっくり返して空けるときで、そのときモールドのどこをどう掴めばいいのか、元より指を引っ掛けるような穴なりフックなりは何もないからその都度持ち方が異なって、危うく手が滑って落っことしそうになるといったことが頻発するというわけで、そのたびに背筋が凍る思いがする。これもしかし経験を重ねることによってしか克服できないことだろうから地道に数を熟すよりほかにないのだが、季節的にショコラの作業に適した室温を維持するのはもう無理だから、あるいは冷房をガンガンに効かせればできないことはないかもしれないが時節柄それは控えたいし、次に作るのは来年になってしまう。そして一年も経つと去年のことなどほとんど忘れてしまうのだ。
ボンボン・ショコラその2
2012年04月04日
前回の復習三種と新しいの二種と合わせて五種類のボンボン・ショコラをまた作った。左からフレーズ、ピスタシュ、テ・ヴェール、フィグ・キャネル、レザン・ノア。
フレーズはフランス産の苺ピュレ(ボワロン冷凍フレーズピューレだが欧州産とあるだけで産地は特定できない、恐らく各地から調達しているのだろう)と国産のフリーズドライパウダーを使用したスイートガナッシュをスイートチョコでコーティングしたものということは前に書いた通りだが、前回の反省を踏まえて微調整したので少しは改善されているもののまだ納得できるものにはなっていないので引きつづき試作するつもり。
ピスタシュはシチリア産ピスタチオペーストを使用したホワイトガナッシュをスイートチョコでコーティングしたものということはこれも前に書いた通りで、前回よりピスタチオを増やしたのでピスタチオの味もそれなりに感じられてとりあえずはよかったと言っていいが、難を言えばでき上がりのガナッシュに流動性がなくて枠に流し込むのにちょっと手間取ったということで、今後の課題としてはピスタチオの風味を残しながら作業性を考慮してもう少し柔らかいガナッシュにしなければならないということになるか。
テ・ヴェールは抹茶(京都宇治産の碾茶)のホワイトガナッシュをホワイトチョコでコーティングしたものだが、抹茶が水分を吸うらしく予想より固めに仕上がったうえにかなり抹茶が効いていてそれだけならまだしもチョコの温度が高かったのかコーティングが薄いこともあって余計苦みが強く感じられたのでその辺りはまだ調整しなければならないだろう。
フィグ・キャネルはシナモンパウダー入りの白無花果(ドライのコンポート)のミルクガナッシュをミルクチョコでコーティングしたものということはやはり前に書いた通りで、型を新しいのにしたから(275×135mmのモールドで21コ取り)艶々に仕上がったものの取りだすときにぶつけて傷つけてしまったものがいくつかあったのといまいちテンパリングが巧くできていないのが悔やまれるのだが、この艶を維持するには型の手入れに充分すぎるほど注意を払わねばならないと今回は洗わずにコットンで拭くだけに留めた。
レザン・ノアはローストした胡桃(カリフォルニア産)と自家製ラムレーズンのスイートガナッシュをミルクチョコでコーティングしたものだが、ちょっと水分が少なかったようで固い仕上りになり、それにラム酒がきつすぎないかと危惧されもしたがこれはそうでもなかったのでもう少し多めに入れてもいいかもしれない、とはいえ子供向きではなさそうだ、元より子供向けに作っているのではないが。
いくらか暖かくなったせいだろうチョコを冷やすのに使う水道水の温度も上がっていたらしく、もちろん氷を入れて冷やすのだが元々の水温が高かったためあまり冷えなかったと思われ、作業中何となく違和感を感じはしたもののそれに気づかなかったせいで何度かテンパリングをやり直す羽目になり、室温は18度を維持していたからそれが原因ではないはずで、そのようにほんの僅かな条件の違いで巧くいったりいかなかったりするから気が抜けない。まあそれでも今回でき上がったショコラの扱いは綿手袋にゴム手袋を重ねての作業で、これはある方にご教示頂いたのだが、箱詰めの際などなかなか手際よくできたので今後もこれでやろうと思った次第。
それにしても写真を撮りながらボンボン・ショコラを作るのは、もちろんレシピに使用するために撮っているわけだが、それはもう大変で、露出なりピントなりを合わせているうちにどんどんチョコが固まってゆき、コーティングが厚くなるだけならまだしもチョコレートフォークにくっついて離れなくなったり勢い余って横倒しになったり、挙げ句は転写シートが転写されないという事故というかアクシデントというかに見舞われたりするのであり、ただショコラを作るだけでも神経を使うのにそのうえさらに写真を撮ろうなどとするからそういうことになるのだが、元よりレシピ用に作っているのだから撮らないわけにもいかないのだ。
ボンボン・ショコラ
2012年03月23日
去年から試作をつづけているボンボン・ショコラを去年の宿題というかおさらいというかレシピ的に微調整したもの二種と新しいのを三種合わせて五種類作った。左からシトロン、フィグ・キャネル、フレーズ、キャラメル・バナーヌ、ピスタシュ。
シトロンは原発事故以来本州産のものから切り替えた北海道産蜂蜜とスペイン産アーモンドの自家製プラリネを加えたレモン(国産の果汁とゼストの自家製セミコンフィ)のミルクガナッシュをスイートチョコでコーティングしたもので、プラリネの香ばしさはいいアクセントになっているがゼストは口の中に残るから好みが分かれそうで、食感を残すように大きめに刻むかできるだけ細かく刻むかで悩むところだが、どちらにすべきか最終的な答えは出ていない。
フィグ・キャネルはセイロン肉桂をミルで挽いた自家製シナモンパウダー入りの白無花果(ドライのコンポート)のミルクガナッシュをミルクチョコでコーティングしたものだが、使用したハートのモールドが年々型離れが悪くなっていて手入れの問題なのかそれとも安物だからなのか気になるところで、調べてみたらモールドは絶対に水や洗剤で洗ってはいけないとあるかと思えば柔らかいスポンジで洗うとあったりして一貫ぜす、それでもコットン(脱脂綿)で丁寧に拭きとるということは共通しているようなので次回はそうしてみよう。
フレーズはフランス産の苺ピュレと国産のフリーズドライパウダー(以前は中国産に対してだろう国産に価値を見出せたのだが原発事故以来もうその価値はないどころか産地を特定していないことで逆に不安になるのだが、アメリカ産のものは100gと大量なのでとても使い切れないのだ、なぜといって一回に使用するのはほんの数グラム程度なのだから)を使用したスイートガナッシュをスイートチョコでコーティングしたものだが、当初ミルク(ヴァローナ社のジヴァラ・ラクテ)の予定だったのが急遽スイート(同社のマンジャリ)に変更したらちょっと甘みが足りなかった。
キャラメル・バナーヌはクレーム・キャラメルとバナナのミルクガナッシュをミルクチョコでコーティングしたものだが、これは先日購入したばかりの新しいモールドなので型離れもいいし艶もいい感じで傷もなく、ピュレを多めに入れたのでちょっと柔らかめのガナッシュはねっとりしたバナナの食感を際立たせている。
ピスタシュはシチリア産ピスタチオペーストを使用したホワイトガナッシュをスイートチョコでコーティングしたものだが、ナッツの余韻が鼻に抜ける感じはあるもののちょっとピスタチオの風味が弱く、高いからケチったというわけではもちろんないので次はもう少し増やしてみようと思う。
いずれにせよボンボン・ショコラは素手で触ると衛生上問題があるし何より溶けてしまうのでキッチンペーパーを巻いた菜箸で挟んだりパレットで掬ったりと神経を使うが、それでも滑って落としたりして傷つけてしまうからソフトに摘めて傷もつかないチョコ用トング的なものがあると助かるのにと調べてみたらチョコレートトングはあるにはあるがステンレス製のものがほとんどでこれでは傷つけずにチョコを掴むことはできないと諦め、店の方の話だと綿手袋にゴム手袋を重ねているということなので次回試してみようと思う。
抑もボンボン・ショコラは年に数回しか作らないのに道具の関係もあって大量にテンパリングはできないので一度に作れる数が限られているから何度もテンパリングすることになって腱鞘炎になりそうだしコーティング作業も中腰だから腰を痛めるしで普段ケーキを作るときの数倍の疲労を感じるがもちろん実際に疲れているのでもあろう、なぜといって徹底した温度管理が必要で最初から最後まで気を抜けないのだから、要するにショコラティエの凄さというか大変さを思い知るのだがもちろんそんなことは最初から分かっているわけで、素人にできることと言えばせいぜい原価を無視して惜しげもなくいい素材を使うくらいのことだろう。
明けました。
2011年01月03日
年が明けたらしい。というか明けたに違いない。去年はずっと小説に悪戦苦闘していたような気がするが、それもまだ終わっていないから難儀というか何というか、無駄に枚数ばかり増えて結局三百枚を超えてしまって、まずこれをどうにかしないと年が明けない、明けたのだが。
まあそんなわけで長くなったから分載にしたのだが、今書いている後半部分もさらに長くなってきて、これも分割しないと前半とのバランスが取れなくなりそうな気がする。ただ、分けるとしてもどこで分けるかその区切りが難しい。抑もすべてが渾然として一塊のものという形で構想しているので、それを分割すること自体がテーマ的に微妙な問題を孕むというか、それに相反することでもあるからなのだ。
とにかく書かないと始まらない、というか終わらない。そんなわけでまだしばらく掛かりそうだ。