やっちまったなあ
2009年03月12日
今使っているマシンのHDDは120GBが2台という構成になるが、これは最近のマシンに較べたら少ないほうだろう。それでもビデオ映像を取り込むわけでもなければテレビ放送を録画するわけでもなく、文章とイラストと写真くらいしか扱わないので容量的には充分なのだ。ただ、バックアップするとなるとちょっと手狭な感じがするので、もう一台増設したいと常々考えてはいた。
ところが最近はHDDも容量が増えてきて、増設しようにも古いマシンでは使えなくなっている。今使っているマシンでは137GBまでしか認識しないし、上記の理由から殊更大容量でなくても事足りるので、手頃な容量のHDDはないものかと探したが、ぜんぜん見当たらない。もっと早くに買っておくべきだったと今さら嘆いても詮ないが、そうなるともはや大容量を接続できるPCIカードをつけて大容量HDDを増設するよりほかなく、とりあえずそのPCIカードを購入してみた。UltraATAとSerialATAを接続できるヤツだ。
早速設置ようとしたところ、ケーブルがコネクタにうまく填らない。おかしいなと見てみたら、ケーブルの上下が逆というのか、反対というのか、間違って差し込んでしまっていた。ちょっと焦ったが、大丈夫そうだったので、正しく差し込み、起動してみる。しかし起動しなかった。やばいと思い、HDDを取り外してコネクタの差し込み部分を確認してみたら、ピンが一本なかった。よく見たら中にめり込んでいた。
そのHDDにはほとんどのデータが入っていて、小説もイラストも写真も、すべてそのHDDの中だ。そのデータの一部はもう1台のHDDにバックアップしているが、写真データはバックアップしていないので、それらデータが取り出せなかったらと思うと血の気が引いた。
とにかく復旧しなければともう一台の、無傷のほうのHDDにシステムをインストールして、そちらから起動することにした。損傷したHDDのめり込んだピンは、ニッパーで引っ張りだして見た目は一応元通りになったが、線自体が繋がっているかどうかは疑問。だからほとんど諦めていたが、起動してみたらすべてのボリュームがマウントされていた。フォルダもちゃんと開く。どうやら読み込みに支障はないらしい。一時はどうなるかと思ったが、データが取り出せるのならとりあえず問題はないと言っていい。後々どんな不具合が出てくるか分からないので予断は許さないが。
そこからがしかしまた大変で、真っさらのシステムに元の環境を再構築しなければならないのだ。各アプリケーションのデータ、メールのデータ、ブラウザのデータ、FTPのデータ等々、どこにあるのかと探し回った。コピペするだけで済むものはまだいいが、再インストールしなければならないアプリケーションもあり、プリンタ、スキャナ、ペンタブのドライバも再インストールだ。
まだ完全には復旧していないが、それでもほぼ元通りにはなった。とはいえ、初歩的なミスでデータを失ったら悔やんでも悔やみきれないところだ。とにかく早いとこ新しいHDDを購入しなければならない。
ところで書きかけの小説が全然捗らない。仕事をさぼってベンチに腰掛け微睡(まどろ)んでいる男の場面と前に書いたが、まだそのベンチでグダグダやっている。そろそろ三十枚くらいになるが、というかまだ三十枚にしかならないが、一向に先へ進まない。どうしたものか。
レシピの誤り
2009年02月14日
先日、レシピの記述に誤りがあるとのメールを頂いた。こういった指摘はたまに頂くが、本当にありがたいことだ。コンテンツが増えてくるとそのすべてに目を届かせることが難しくなり、何か誤りがあったとしても自分ではなかなか気づかないからだ。
早速指摘のあったページを確認してみたところ、しかしどこにも誤りは認められなかった。指摘があったのは分量についてだっだが、間違いなく記述の分量で作っているので、そのかぎりで誤りではないはずだ。
一応紙に書いた自筆のレシピを、それを使っていつも作っている大元のレシピを確認してみたが、ネット上のデータ、ローカルファイルのデータ、そのいずれともまったく同じだった。つまり複数あるデータのすべてにおいて一致したということだ。もちろん私自身の記憶ともそれらは一致している。ただ、それだけでは不充分かもしれないと思い、念のため参考にしたレシピ本の何冊かにも当たってみたが、記述が誤りであることを裏づけるようなものは確認できなかった。
それでようやく、誤りとの指摘を受けた記述が誤りではなかったと自分として納得できた。
頂いたメールは一行程度の簡潔な文章で、なぜ誤りと判断したのかということも書かれていなかったので、その理由は分からない。実際に作ってうまく行かなかったのか、数字だけを見て不審に思ったのか、あるいは作りにくい量だったために誤りと判断されたのかもしれない。いずれにせよ、こちらの誤りではなかったので安堵した。
とはいえ、どんなに些細なことでも指摘して頂くことそれ自体は本当にありがたいことで、それについては感謝している。明らかに誤りがあるのにも拘らず何も指摘されないことのほうが余ほど恐ろしく、そうなったらお終いだと思っている。
なので、お気づきの点があれば、気軽に指摘して頂きたい。
メールは送信フォームからのもので、且つメッセージのみのものだったため、返信のしようがなく、已むなくここで答えさせて頂いた。とはいえ、通りすがりに指摘しただけなのかもしれず、ここを見ているかどうかは分からないのだが。
イメージに近づける
2009年01月26日
長らく試行錯誤していたデジカメの設定なり画像補正なりだが、最近やっとイメージに近いものになってきた。すでにupしてしまった画像やまだupしていないものの撮影済みの画像は如何ともしがたいが、徐々にマシな画像になってゆくだろう。ダメな画像はいずれ撮り直したいが今のところその余裕はない。
それはそうとようやく新しい小説を書きはじめたが、二枚くらい書いて筆が止まった。仕事をさぼってベンチに腰掛け微睡(まどろ)んでいる男の場面だが、下手をするとそこへ少女が現れて、離婚した妻と暮らしているそれは男の娘で、みたいなベタな展開になりそうで怖い。いや、そんなふうにはならないだろうが、どう転がってゆくのかは見当もつかない。と、そう言っておきながら蓋を開けてみたらそうなってたりするかもしれないが。
いずれにしても前途多難だ。
七年
009年01月18日
サイトを開設して七年が経った。七年経って何が変わったかというと、これといって何も変わっちゃいない。強いて言えば最近はケータイからのアクセスが増えているってことくらい。とにかく七年が過ぎたということだし八年目を迎えたということで、よく続いたものだと感慨も一入(ひとしお)だ。いや、続いたと言ってもマイペースに細々やって来ただけだから感慨と言ってもさして感慨を懐いているわけではないのだ。こういうときはそう書いておけば済むくらいなもので、大して意味はない。とはいえそう書いたことで、そうした心持ちになるということもいくらかはあるかもしれない、なかなかどうしてこれは感慨深いことなのかもしれないぞ、といった具合に。それはともかく七年は過ぎたということだ。あとどれくらい続けられるかそれは分からないが、まあしばらくは大丈夫だろう。
ところで下で書くと言っている小説だがまだ書きはじめていない。
謹賀新年
2009年01月02日
年も明けてしまったことだし、そろそろ次の小説を書くか、といって何も案はないのだが、まあ、大体いつもそんな感じで書きだしてから考えるというか、書きながら考えるというか、書く前からテーマだの何だのを用意することはなく、あとからそれを見出すというか、抑も何か意味のあるものを書こうとしているわけじゃなく、どちらかというと意味を削ぎ落とそうとしているくらいだから、先にテーマなり何なりがあったら却って邪魔になるというか、書きづらくなるかもしれないわけで、とはいえそれは何も持たずに山に登ろうとするようなもので、書きはじめる前は全然書ける気がしないのだが、それでも書きはじめなければ、いつまでも何も書けないので、書きはじめるよりほかないわけだし、とにかくどこでもいいから歩きだし、歩いていればそのうち何かに出会うこともあるだろうし、出会わなくても景色は移り変わってゆくはずで、いや同じところで足踏みしているだけかもしれないが、それでもそんなふうにして書いてゆくしかなく、どこに辿り着くかは分からないし、あるいはどこにも辿り着かないかもしれず、それでも構わない、というかむしろそれでいいと思っている、といったら言い過ぎか、とにかく書きはじめなければと思うのだが、そう簡単には行かないから厄介で、いずれにしても今年もゆるゆると、それこそ動いているのか止まっているのか分からないくらいにゆるゆると動きだすだろう、きっと。