Effluents from Tomokata=H

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4 飲惑と罵倒

01

ってゆーか道に迷ったんだった。そーとしか思えない。だって自分がどこ歩いてんのかまるで全然分かんないんだから。いつの間にか入り組んだ迷路みたいなとこに入り込んじゃってて、右も左も分かんない。周りは見たことない建物ばっかだし。どこでそれに気づいたのかもよく分かんなかったけど、道に迷ったってのは確かだ。ちょっと買物に出てきただけなのに、わけの分かんないとこに入り込んじゃってる。おんなじよーな建物が続き、おんなじよーな顔つきのおんなじよーな服装の人が歩いてる。見たこともない風景だし、見たこともない町並みだった。どんくらい歩いてんのかも定かじゃない。あんま疲れてないとこみると、そんなには歩いてないのかもしんない。

遠くの方で絶えず電車の走るガタゴトガタゴトゆー音が聞こえてて、それ目当てに歩いてくんだけど、駅にはいつまで経っても辿り着く気配はなかった。抑もその電車の音がなんか変だった。前の方から聞こえてた音がいつの間にか後ろの方に廻り込んでたりして全然違う方向から聞こえてきたり、急に近づいたと思って喜んで駆けだすと途端に遠退いて全然聞こえなくなったりして、なんかいーよーにあしらわれてるって感じで、その音に翻弄されんだった。別に方向音痴とかじゃないけど、どんどん深みに嵌まるみたいで、抜けよーとしても抜けらんないんだった。何目当てに行きゃいーのか分かんないんだった。路頭に迷うってのはまさにこのことだって思った。

路地には怖そーなオッサンたちが屯してる。通りの角ごとに必ず何人か固まってて、ヒソヒソ話し込んでたり、テーブルとか椅子とか出して、将棋とかやってたりお茶飲んだりしてるみたいだった。仕事もせずにそんなことしてる。それとも今日は日曜日なんだろーか? おれが脇とか通ろーとすっと決まって話やめて動き止めて、あからさまに上から下までジロジロ眺め廻す。呼び止めるでもなく、難癖つけるわけでもなく、ただ品定めするみたいにジロジロ見るだけ。ちょっと尋常真面な雰囲気じゃない。現代日本の光景じゃない。しばらく歩き廻ってふと気がつくとおんなじとこに出てきてたりしてて、何回もおんなじ路地とか行ったり来たりしたから、そのたんびにジロジロ見られた。敵意剥きだしってわけでもないんだけど、絡みつくよーな粘っこさとかあって、腹ん中まで見られてるみたいな気がして、コンビニなんかの防犯カメラの方が余っ程気になんないとか思った。

自分がどこに何買いに行こーとしてたのかなんてもー忘れてたし、どーでもよかった。とにかく路地を出ることが先決だ。道訊こーとか思っても、誰も彼もオッサンたちの一味に思えたからちょっと訊きにくかったけど、比較的穏和そーな人掴えて訊ーてみた。訊ーてみたけど相手はポカンとして馬鹿みたいに口開けてるだけでおれの話全然聞ーてないみたいで、何訊ーても答えてくんない。こっちがだんだん苛立ってくるとそれは分かるみたいで、そんでよーやく口開いたんだけど、そっから出てきたのは日本語じゃなかった。どっか東南アジア辺りの国の言葉らしかった。顔つきとかは全く日本人そのものなのに、わけ分かんない言葉で巻くし立てんだった。よく見ると周りにある看板なんかも日本語で書いてあんのは一個もない。英語で書いてある看板以外は何語で書いてあんのかも分かんなかった。偉いとこに迷い込んじゃったって思った。

路地の少し広い通りじゃ子供たちが達磨さん転んだとかやってる。達磨さん転んだとは言ってないけど、見ればおんなじ遊びだってのは大体分かる。大阪じゃ何とかって言ったのを誰かに聞ーたけど忘れた。みんな真剣な表情してる。なんか、掴まったら死んじゃうってゆーぐらい真剣に、笑いもせずに息を殺して体固定させよーとしてる。鬼が顔伏せて何やら唱え始めるとソロソロと動きだす。その脇をコソコソ通った。大手を振って通るのが憚られたんだった。鬼が振り返っておれの方見る。眼が合った。瞬間焦って立ち止まる。

起きたのは10時半ぐらいだった。いや12時過ぎてたっけ。そーだ、前の日遅くまで起きてたから起きたのは遅かったんだ。シャワー浴びたあとコーヒー飲みながら30分ぐらいテレビ見て、そのあとすぐ出てきたんだった。でも何しに出てきたんだったかは覚えてない。いろいろ考えてみたけどどれもこれもあやふやで、当てんなる記憶は一個もない。

ってゆーか暑かった。路地は入り組んでて、それに道も狭くて家とかも軒接してるから日影も結構あんだけど、死ぬほど暑かった。何が暑いって風が熱い。周りはボロ家ばっかでエアコンなんかもなさそーなとこなんだけど、あちこちから熱風吹いてきて、その熱風が半端じゃなく熱いんだった。呼吸するたんびに口ん中乾いてくのが分かる。路地のオッサンたちや子供たちはそれでも全然平気みたいで汗ひとつ掻いてない。日本の夏じゃなかった。どっか赤道近くの国にでもいるみたいだった。

その暑さと散々歩き廻っていー加減疲れたのとで、脚休めも兼ねて喫茶店に入った。喫茶店て言っても路地には真面な建物なんか一個もないから、屋台に毛ー生えた程度のお粗末なもんだ。扉開けると扉についてた三個の鈴がミリンチリンってやけに涼しげに鳴るけど、そんなの気休めにもなりゃしない。中も相当暑かったけど、外に較べれば熱風吹きつけない分だけマシだった。ガムランみたいな音楽が流れてて、なんか一気に日本が遠退いて外国にでもいる気分になる。

空いてる席に坐ると、10歳ぐらいの少年がつかつかやって来て水入ったコップ静かに置いてったけど、見たら濁ってるしなんか浮いてるしで、ちょっと飲めるよーな代物じゃなかった。メニューとか見たけど日本語じゃないし英語でもないんで全然分かんない。とりあえずコーヒー頼んだけど、どーも通じなかったらしくて、なんかわけの分かんない飲み物が出てくる。氷が二個浮いてて、細いストローが差してあるドロッとした黄土色の液体で、一見アイスコーヒーのよーに見えなくもないけど、多分全然違う飲み物だ。氷入ってんのとグラスに汗掻いてんのとで冷たいもんだってのは分かるけど、泥に氷入れただけのよーにも見え、やっぱ飲めそーになかった。しばらくストローで掻き廻したりなんかしてたけど、飲まないとなんか悪いよーな気がしてきて、恐る恐るストローに口つけてちょっとだけ含んでみる。舌の上で転がして味確かめる。見た目よりもサラっとしてて甘味もそれほどじゃないし喉越しも悪くなく飲めなくはなかったけど、初めての味だった。どんな味にも似てなくて、だからどんな味とも表現できない。でもアイスコーヒーじゃないことは確か。

グラス置いてちょっと寛ぐ。ってゆーか一渉り店見廻して観察する。低い天井の頭のすぐ上で映画なんかに出てくる扇風機廻ってて、それだけ見るとお洒落な感じするけど、店は全体に埃っぽいしテーブルなんかも薄汚れてて、あんま長居はしたくないって感じ。店員も客も日本語話してる人は一人もいない。聞き耳立てても日本語を聞くことはできなかった。そのくせ顔だちは日本人なんだった。この辺りは日系人の町なんだろーか? それともおれは旅行してんだっけか? ちょっと買物どころじゃなくて、はるばる海越えて旅行してんだっけか? 一人旅がしたくて金溜めよーとか思ってバイトしたのをふと思い出す。そっか、ここは旅行先なのか。金溜まったんで旅行しよってことんなったんだ。ぶらり一人旅ってな感じで旅行してんだ。でもここはどこだろー? 東南アジア風ではあるけど大陸的雰囲気も併せ持ってる感じで、なんか独特な雰囲気だった。あれ? そーだっけか? バイトは途中でクビんなってそれっきりなんもしてなかったんじゃなかったっけ? そんで金は殆ど使っちゃったんじゃなかったっけ? あれ? そーだよ。旅行なんかしてないよ。金は使っちゃって一銭も残ってない。じゃここはどこだ?

急に落ち着かなくなって居心地悪くなった。坐ってるだけで不安になって、孤独感に苛まれた。恐怖をさえ感じた。異国的雰囲気なんてもんじゃなくて、まるで異国だった。そー思った途端、周囲の雰囲気が一変する。そこにいる人の誰もがおれに対して敵意とか抱いてるよーに思えたし、隙あらば身ぐるみ剥がすとでもゆーよーな悪党連に見えた。おれの身なりとか財布の中味とか値踏みしてるよーに思えた。居心地悪いなんてもんじゃくて、全然場違いなとこに来ちゃったみたいだった。全員が全員反日主義者で、日本人とか目の敵にしてるみたいに思えてくんだった。そー思うと一秒もいらんなかったけど急に出てくのもアレだし、周囲の視線がおれを釘づけにして出てくの阻んでるよーでもあったんで、しばらく様子窺って立ち上がる切っ掛けを待った。止め処なく沸き上がってくる不安とか周囲に悟られないよーに直隠しに隠しながら、泥色ジュース飲んでひたすら待った。

ガムラン風の音楽がやけに耳についた。それが連中の感情昂らせて敵意を限りなく煽ってるよーに思え、逆におれの方はそれに萎縮して僅かな行動力さえも吸い込まれてくよーに思えた。いくら待っても状況の変化は望めそーになかった。ってゆーか長居すればするほどこっちが不利んなるよーな気がしたんで思いきって、でもそろりそろりと腰浮かした。自分でも不様な屁っ放り腰だってのは分かってるけど、それ以上長居はできなかった。床板軋ませないよーに忍び足でゆっくりレジに向かうけど、ここにいる総ての人の眼がおれに向けられてるよーな気がして、そー思った途端レジがぐっと遠退いたよーな気がした。

何とかレジには辿り着いたけど、その前に立って急に日本円で大丈夫なんだろーかって不安になる。ここが日本なら大丈夫だろーけど、もし日本じゃなかったら、もし相手が受けつけなかったら? 反日主義者の巣窟なら日本の札見ただけで怒り狂いそーな気ーしたけど、他に金はないからそれ出すしかない。震えそーになんの怺えて千円札出したら、満面の笑みを全身に表して金受け取ってくれた。その笑顔見て一気に緊張が弛んだ。円は強し。円で払えない国なんてないんだ。金満日本をおれは密かに伏し拝んだ。いや違う。円が通じるってことはここは日本てことだ。日本なら円が使えて当然じゃん。そーだ、ここは日本なんだ。なんでビクビクしなきゃなんないんだ。損した。でも、ふと店員見るとにこやかな笑みが一瞬嘲笑に変わったよーに見え、途端に不安がぶり返してきそーんなったんで慌てて表ん出る。逃げるよーに飛びだす。お釣もらうの忘れたけど、戻んのは気が退けた。

外の暑さは相変わらずで、冷房の効ーた部屋に帰りたいってつくづく思った。部屋に帰れば涼しく過ごせるんだった。ベトベトした汗とか、なんもしてないのに腹立ってくるよーな暑さとは無縁な、快適で過ごし易い環境がそこにはあるんだった。違う。そーじゃない。ずっと調子悪かったエアコンが遂に故障したんだ。それで部屋にいらんなくて出てきたんだ。でもこの暑さは堪んない。限界に挑戦するどころじゃなくて、限界超えた暑さだ。

とにかく帰ろーと思った。エアコン壊れててもここよりは余っ程マシだ。でもそれにはこの迷路みたいな路地出なきゃなんない。駅捜して電車に乗んなきゃなんない。

当面は歩くしかなかった。そんで路地を抜けて大通りに出なきゃって思ってはいるんだけど、行けども行けども道は太くなんないんだった。逆にどんどん狭く細くなってくよーな気がする。まるで路地だけで成り立ってるみたい。表通りのない、裏通りだけの町って感じ。

バス停あったからバス通りだって気づいたけど、道の狭さは相変わらずで、今までと殆ど変わんない狭苦しー路地だった。ホントにバスが通れんのかどーかも分かんないぐらい狭かったけど、歩くよかマシだと思ったからしばらくバスを待った。おれの他にバスを待つ人はいない。程なくバスらしーエンジン音が響ーてきて、殆ど路地の幅とおんなじ横幅のバスが、しかも恐ろしーぐらいポンコツの今にも止まっちゃいそーなボンネットバスが、車体の側面を路地の壁面にガリガリ擦ってバチバチ火花とか散らしながらゆっくり走ってくる。道幅一杯だからそのままだと轢かれちゃうんで脇の路地に身ー避けて待つ。丁度路地口んとこにドアが来るよーにバスは停車した。車体の側面は擦れて塗装も剥げちゃって、殆ど地肌剥き出しでサビだらけだった。動いてんのが不思議だった。

混んでるなんてもんじゃなかった。限界遥かに超えて人が詰め込まれてて殆ど荷物並みって言っていーぐらいで、床から天井まで人で一杯だった。屋根の上にも何人も乗ってる。そんなのに乗れるわけがない。ってゆーかドアも開かなかったけど。仮に開いてもただでさえ死ぬほど暑いのにこれ以上暑くなんのには耐えらんない。冷房なんかもないに決まってるし。

屋根の上にいたひとりの老人が身軽にヒョイって飛び降りて、そのまま軽いステップ踏みながら路地の奥に消えた。クラクションをひとつ鳴らしてバスは走りだす。ゆっくり走るバスの後ろを排気ガス真面に吸いながら歩く。狭い路地だからそんなにスピードも出せないだろーって高括ってたのが大きな間違いで、ノロノロ走ってるよーに見えたバスは思ったより速くてみるみる距離を離されて、あっとゆー間に見えなくなった。

しばらく歩くと周囲の様相がスラム化してった。元々町全体がスラムみたいなとこでゴミゴミしてたけど、それがもっと薄汚なくなってく。でもバス通り外れたら更にもっと変なとこに迷い込みそーな気ーしたんでそのまんま歩き続ける。如何にも怪しげな年齢不詳のケバい女が、窓越しに見てたり戸口に立ってたりしてんのがだんだん目立ってくる。どー見ても淫売宿だった。ここら一体娼婦街らしー。昼間っからそんなことしてる場合じゃないから無視して通り過ぎよーとしたけど、女たちは誘うよーな眼ーしておれを見たり袖引っ張ったりする。振り払っても振り払っても新手が現れて、次から次から引っ張るんだった。なんか言ってもいるよーだったけど言葉は分かんなかった。「遊んでかない」とか「安くしとくからさ」とか「いー娘いるよ」とか、そんなこと言ってるんだろー。いたたまれずに走りだし、一挙にそこ通り抜ける。さすがに走って追っ掛けては来なかった。でも走ったせーで喉渇いた。死ぬほど喉渇いたけど我慢して歩いた。埃で口ん中ジャリジャリして、唾吐こうとしても唾もでない。冷房の効ーた部屋が無性に恋しくなる。

交番でもあれば道訊けんだけどそんなのどこにもなかったし、巡邏中の警官も見なかったから歩くしかなかった。電車ん乗れば帰れると思った。駅を目指してた。

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