Effluents from Tomokata=H

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02

家の真ん前のこぢんまりとした小山には一面竹が生い茂っていてそこで採れた一抱えほどもある筍を幾度か食べもしたし、藪鶯が鳴いたりもし一度だけだがカッコウが鳴いているのを聴きもしたし、今もワンワンと蝉の声が響いているが、車の往来も殆どなく終日静かなためそれらの音が一層よく耳に届くその竹藪が一階玄関脇の八畳の自室から臨めるが、一日最低五時間は向かうMacのアップル純正モニタは窓の外にケツを向けているので必然その竹藪と相対する恰好になり、画面の注視によってこめかみに鈍痛が生じたりそれまで規則正しく並んでいた文字がモゾモゾと蠢きだしたりその文字が滲んでモニタの外に食みだしたりすると視線を少し上向けてその竹藪に眼をやってしばらく茫とするが、精神の賦活作用があるとか自然との交歓とかそういうことではなくただ単に茫とするだけなのだが、風の強い日にその竹がサワサワと音を立てて動いているのを眺めていると気がついたときには一時間近く経過していたりして、たかが藪竹に籠絡されている、いやむしろ進んで籠絡されようとしているのを嗤いつつその竹藪前を一瞥もくれずに通り過ぎ、エンジン音か排気ガスの臭いか分からないが郵便宅配便が来るたびにもの凄い剣幕で吠えたてる隣の正ちゃんの寝ている前を過り、普通に歩いて十五分、急げば一〇分の駅までのその緩い勾配のクネクネと蛇行した下り坂を時折前後から来る車を路肩に寄ってやり過ごしながらトコトコとなるべく日陰を選んで歩いてしばらく行くと真正面にダイキンルームエヤコンの看板が現れ、その右隣に遠く霞んで見えるランドマークタワーを尻目に巨大サボテン脇を通ってこれから乗る京急の桁下三・五メートルの三縄田架道橋を潜り抜け、道ひとつ隔ててその京急の線路に沿うように時折チラと覗ける線路上を走る電線を窺いつつ人気のない住宅密集地を掠め、生徒らの立てるざわついた読経にも似た低いどよめきの響いてくるなか、その生徒らの食べる給食を作っているのが窺える井土ヶ谷小学校の裏手に差し掛かると、その給食室で痩せた細腕の中年女性が大人ひとり楽々と茹でることができそうな大鍋を巨大な篦でグルグル掻き廻しており、一瞬その鍋から茹だった腕がニョキリと飛びだしたように見え、それを痩せた細腕の中年女性が慌てて中に押し戻すようにも見え、その給食を食べてみたい誘惑に駆られつつやり過ごすと、井土ヶ谷小学校脇で左にカーブした道は二〇メートルほどで線路の土手にぶつかって右に折れ、そのぶつかったところはすでにホームの端で、五〇メートルほど先の右側を京急の白フェンス左側をマンションの緑フェンスに挟まれた狭い路地の放置自転車の列を掠めて右に折れ左に折れて京急電鉄工務部のプレハブ脇を掠めて路地を抜けて左に折れ、中華料理屋本屋の次にあるのが基本的に急行は停まらずラッシュ時の臨時停車があるのみの京急井土ヶ谷駅で、僅か三段の階段を上がって改札に向かって左上方にある時計を横目見ると午前一〇時十七分ですでに開店しているが、開店直後は客も少なく静かなのでゆったりした気分で散策できるという利点はあるものの、何か一挙手一投足を店員に逐一監視されているような気がして棚にある書冊に手を出すのが憚られもするので程々に混雑しているくらいが散策には適している。

表通りを背にして左右の入口を両脇に控えたところに一階レジがあり、店員数人が手慣れた様子で本に紙カバーを掛けポリ袋あるいは紙袋あるいは手提げ袋に入れ代金を受け取り釣り銭レシートを渡しなどしているが、カバーの掛け方ひとつとってもその手捌きの巧みさには毎度のことながら惚れ惚れして時間を忘れて眺め入ってしまう。まず予め下端部分だけを折り返してある紙カバーに取り外した本のカバーをその本を抱き込むように折り返されている両端部分をそのままに滑り込ませ、その上端に合わせて紙カバーの上端を中央から外側に向かって二度シュッシュッと小気味よい音をさせて折り返したのち九〇度回転させ、そこにカバーを剥かれた裸の本を背表紙を手前に向けて乗せてカバーを被せ、その裸の本の縁でシュッシュッと折り目をつけてそこではじめて上端下端の折り返し部分に挟まれていた本の抱き込みの折り返し部分を元に戻して紙カバーに納めて本に挟み込み、同様にして反対側も折り返し部分を元に戻して挟むという一連の行程を十五秒ほどで遂げてしまうのだった。そのシュッシュッパサッパサッと絶えず紙の音の響いてくるレジをチラと盗み見つつレジ前の平積みの新刊書類にざっと眼を通してから最右の壁に面した紀行エッセイの棚の向かいの文芸書の棚へ行き、男女の別なく五十音順に左から並べられている書籍の色書体様々な背表紙の書名著者名に、ついでその下の膝ほどの低い位置にある平積みの新刊書の書名著者名に眼をやり、目ぼしいものはないかと丹念に物色していくのだったが、所々文字が歪んでいたり欠落していたり反転していたり痙攣的に震えていたり嘲笑的に踊っていたりするのを発見するが眼のせいにして取り合わないのはいつものことだからで、踊りたい奴は勝手に踊らせておけばよく、それにつき合っていた日にはこっちが持たないし相手にすればつけ上がって更に踊り狂ったりするので無視するに限る。文芸書の裏はミステリー・幻想文学だが時々文芸書のほうでいくら探してもないものがこっちのほうにあったりするから困り、書店にしても分類に困るのでもあろうがどの方面から探索していっても目的のものに到達できるよう両分野に跨っているものは両方に置けばいいと単純に思うものの展示スペースにも限界があってできないのかもしれないし著名人の確実に売れる本ならともかく売れるかどうか分からないものにまでにそれだけのスペースを割くことなどできないということなのかもしれず、ミステリーにあまり関心はないのだが小川洋子奥泉光島田雅彦笙野頼子でうっかり見過ごしそうになったという先例があり、ボーダレス化というより元々ありもせずただ分類のためだけに存在しているに過ぎない境界の変動が不意に浮き彫りになって騒いでいる現在において今後益々増えるだろうそのような情況も考慮すれば、どこに何が置かれているか分からなくなるだろうからあらゆる方面に探索の手を伸ばさざるを得ず、一瞬これも書店出版社の販売戦略のうちかなどと勘繰りながらも裏側へと廻るが特に目ぼしいものもなく、相変わらず踊り震える文字群を無視しながら眼直しにと澁澤龍彦関連の書冊を眺め手に取り棚に戻し、その並びの奥の歴史・時代小説に向かい合っている外国文学の棚を端から眺めていき、未だ未読で自室の書棚のストックにもない、つまり未購入の『存在の耐えられない軽さ』がこれは既読の『冗談』『不滅』などとともにあるが、よく見ると表題が『存在の軽えられない耐さ』となっているため伸ばし掛けた手を引っ込め、一、二秒視線を逸らしてからもう一度見て確かめるが『存在の軽えられない耐さ』であることに変わりなく、もしかしたら最初からこの表題だったのかと一瞬思うもののそんなはずはないとその背表紙を睨めつけて視線を右にスライドさせていけばマルケスがありリョサがあるが、リョサの『世界終末戦争』も未読だったがこれはそのあまりの分厚さに逡巡しているうちに棚から消えてしまったきり眼にすることもなく再刷もされていないらしく、絶版かどうかは分からないが注文するのも億劫で、そのようにして買いそびれたものが幾冊あるかしれない。

この一階フロアはレジから見て右半分を単行本が占め左半分を雑誌類が占め中央を新書類が占めており、最左の壁に面した棚は入口からコンピュータ、経済、文学、美術、写真、音楽、その向かいの棚には女性誌、料理、趣味、動物、アニメと並びその裏が男性誌だが、ごく稀に文芸誌をパラパラとめくり『スイングジャーナル』の新譜CD情報を立ち読むくらいで殆ど手に取ることもなく眺める程度で通り過ぎてしまうのは見るべきものがないということもあるが、主にフロアの左半分に人が群がり混雑して掻き分け進まなければならないしその背越し肩越しに本を出し入れしなければならないため「すいません」の連続で、落ち着いて物色するのに甚だ具合が悪いからだが、この時間ならまだそれほど混雑もしていないだろうからじっくり散策しゆっくり過ごすことができそうだとジーンズの前ポケット左をまさぐって中にある硬貨を総て掴みだし、その中から百円玉と五〇円玉を残してあとはポケットに仕舞って四台あるうちの最右の券売機は恐らく酔っ払いだろうが小便臭くてその付近にいるだけで吐き気がするため最左の駅員のいる窓口横の券売機の前に立ち、その百円と五〇円の二枚の硬貨を投入口に一枚ずつ左手で投入して初乗り一三〇円の丸ボタンを左人差し指の第二関節で突つき押すと、ギギコギギコと機械音がしてあかんべのように切符が吐きだされこれでも喰らえとばかりに勢いよく釣り銭二〇円が落ちてきて、それを無造作に掴みとって釣り銭二〇円は前ポケット左に仕舞い、初乗り切符を左手から右手に持ち替える。というのも改札が、いや改札に限らず殆どの製品が右利きを前提しているというよりは端から左利きを捨象しているためだし依怙地に左手に固執するより右手を使うほうが遙かに便がいいからだが、それでも右手で切符を挿入することに違和を感じざるを得ず、これは国家による左利き撲滅のための陰謀だなどと思いつつその自動改札を抜け、そのまま真っ直ぐ行った階段を上がれば下り線のホームへ出るが階段手前の表示板に横浜 品川 新橋 方面 for Yokohama →とあるその →に従って階段手前を右に曲がれば線路を潜って上り線のホームへ出るので、その上り線のホームへの階段をゆるゆる上がっているとガタゴトと電車の入ってくる気配がして上りか下りかと思う間もなく上方から幾人か階段を下りてくるので上りだと分かるが、その下りてくる人を掻き分けて駆け込むのも億劫だしそれだけで息切れてしまうのでペースを変えずにゆるゆると階段を上がってホームへ出ると、中央よりやや下部寄りに一本純白の細いラインのある真紅の車体はすでに動きだしていて、その普通を見送ってガランとしたホームにただひとり取り残されても次の普通が何分後なのかを確認しにも行かないのはこれから立ち通しでずっと歩き廻らなければならないのだから無駄に動いて少ない体力を消耗するのは避けなければならないからだとの尤もらしい理屈を楯にしてのことではなく、いや、多少はそれもあるかもしれないがただ単に億劫でその場から動かないというだけだし、階段を上がりきった壁際三〇センチ辺りのそこからホーム全体を眺望することはできないがホーム全体から眺望される気遣いもないその奥まったところが何となく心地いいからで、先客がいない限り必ずそこに立つのだった。

フロア全体を二週ほど経巡って大方見尽してしまうと一階最奥のサービスセンターのカウンター前を過ぎ、平積みされたヘアヌード写真集の前を過って最奥左手にある裏手出入口脇の階段を上がって一階レジの上方部分を除いた三方を囲む形でバルコニー状に張りだしている以前文庫本コーナーで中二階と表記されていた二階へ行き、階段を上がってすぐ左手の地図のコーナーを掠めて右反転して手芸囲碁将棋ペット関連を突っ切って以前岩波文庫が納まっていた料理・菓子の棚へ直行するのだが、「簡単」「焼くだけ」「すぐできる」などと銘打った料理研究家と称するどこか胡散臭げな輩の著書にはすでに食指は動かず、といって焼くだけの菓子や行程の単純なものを軽視しているわけではないし自己の技術を過信しているわけでももちろんなく、それにはそれの微妙な見極めと膨大な経験が必要でそれぞれに奥深いということも承知しているものの、いやだからこそ「簡単」で「焼くだけ」で「すぐでき」て旨いなどということが誤魔化しに過ぎず、客を誘う撒き餌に過ぎないとも思って信憑できないのだが、ジェノワーズ、クリーム、フルーツ、ジェノワーズ、クリーム、フルーツと何層も重ねて冷やし固めてチョコでコーティング、あるいはクリームでデコレーション、あるいはグラサージュで艶だし、もしくは砂糖を振って焼き鏝でカラメリゼ、更にはカットして包装までを含めて時間と手間の掛かるものをものにしたくて、より本格的なプロ指向のものを探して手に取るもその価格は三千円、五千円、六千円、一万円とどれも割高で躊躇せざるを得ず、棚に戻してはまた手に取り戻しては手に取りをくり返しているうちにまたも文字が蠕動しはじめ、遂には隣り合った文字と融合して判読すらできなくなったので仕方なく総て棚に戻して文字を落ち着かせるが、その寝かせる時間が大切で、パンと違って充分に寝かせてグルテンを抑えないととくにフィユタージュなどは伸ばしにくくなり無理に伸ばせば層が潰れるのだった。

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