2005年下半期
12月
03日 昭和大正浪漫
11月
26日 送る。
10月
29日 何を買うのか
09月
29日 昭和を描くなり
08月
15日 @nie's
07月
14日 僕の旅
08日 うちのドラえもん
2005年12月03日
参加した同人誌が正式発表となったので、こちらでも告知させて頂く。その名も帝都畫報。
【帝都畫報】
B5版136頁・表紙フルカラー(参加者17名)
テーマ:昭和大正浪漫
コミックマーケット69 東京ビッグサイト
12月30日(金)東地区 東4ホール レ-32b
「紳士が野獣」創作ジャンル(楠本弘樹氏個人サークル)
興味のある方はご一読下さるとありがたい。尚、通販もされるそうなので、遠方の方もご購読下さると嬉しい。
上記テーマの通り、昭和初期を舞台にして描いたわけだが、昭和という時代に少なからず関心がありながら、いざ描いてみるとなかなか雰囲気が出ないものだ。自分なりに消化したつもりだが、傍から見てちゃんとしているか否かは正直分からない。それでもいろいろと得るものはあり、機会があればまた描いてみたいとも思う。
というのも、人物はまだいいとして、下図にも明らかなように背景が全然描けず、一点そこに悔いが残っているからで、久々のマンガでペンの特性を掴みきれなかったということを考慮に入れても納得のゆく出来とは言いがたいのだ。もし次の機会があるとするなら、もう少し背景の密度を上げたいと思った次第。
因みにマンガの背景としてここまでの密度は不要だろうが、このレベルに達したいとは思う。
補足─現時点で二カ所、セリフの誤記が見つかった。まだ他にもあるかもしれない……
2005年11月12日
長らく描いていた冬コミ用の漫画がようやっと終わった。十六枚と枚数は少ないながら時間配分が分からなくて結構焦ったりもした。下描きまではハイペースだったがペン入れに入った途端にペースダウンして、一次はどうなることかと思ったが、どうにか間に合った。あとは送れば仕舞いと封筒を用意したものの、そのまま入れたのでは容易く折れてしまいそうで、何だか頼りない。何か手頃な厚紙等ないかと探したら紙パレット(油彩やアクリル絵の具などに使う、日捲りのカレンダーみたいにその都度剥がして使うパレット)使用後の台紙が取ってあり、大きさも手頃だったので原稿サイズにカットして入れることにした。ほかにアクリル板もあって、強度的にはそのほうが安心なのだが、封筒に入らぬサイズで切るのが手間だからそれは止した。で、その台紙を二枚用意して原稿をサンドし、ビニール袋に入れて口をテープで塞いだ。これで濡れても大丈夫だとそれを持って郵便局へ向かったのだった。
因みに台紙一枚だと500g以内で390円なのだが、二枚にすると500gを越えてしまって580円になる。とはいえ、ここでケチって折れたり折られたりしたら元も子もないので二枚で挟むことにした。
郵便局へ行くと、辺りは妙に閑散と静まり返って人影もなく、訝りつつも入口のほうへ向かうが中へは入れなかった。シャッターが下りていたのだ。その日はちょう23日で、祭日で休みだということを完全に失念していたのだ。ポストに投函すればいいようなものだが、窓口へ出そうと思っていたため切手を貼っておらず、結局その日は出せずにしまった。
翌日出向いたが、やはりシャッターは下りていて、中へは入れないのだった。そんなはずはないとしばらくウロウロしていたら不意にシャッターが上がって中から手招きする人がある。制服を着ているから局員らしいが、身なりはひどくだらしなく、袖口や襟元に垢染みた生活感を漂わせ、全体薄汚れている。薄暗い屋内に立つ男の表情は読み取れず、一歩踏み込んで覗き込もうとするとその間合いを察してか局員はスイと身を翻し、窓口の向こう側へ回って億劫そうに席に着いてこちらをじっと見据える。封筒を差しだすと丁寧に受け取り、サイズを測り重量を量り、何やら計算している。その手際の良さに張り詰めていたものが解れてゆき、柔らかい息がひとつふたつ漏れる。局員は低い小さな咳払いをひとつすると、42,000円になりますと言う。
解れたとみえた空気がまた凝り固まり、首傾げつつ局員を窺うと42,000円になりますと再度言う。その確信を込めた眼差しにはこちらをたじろがせる強さがあり、あるいは価格改定されたのでもあうかと考えるが42,000円とは法外な値で、どんな無法な改定がなされてもそんな値段になるはずがない。郵便でなくとも送る方法はあると封筒を取ろうとすると一旦受け付けたものは返せぬとその局員は言う。だからといって4万も払えるわけがなかろうと迫るとすでに荷は発送されたと奥を指差し、見ると沢山の荷を積んだトラックが鈴なりに走ってゆくのが窓越しに窺え、それでもまだ間に合うかもしれぬと窓口を乗り越えてトラックのほうへ向かおうとすると後頭部に衝撃が走り、惰性で二、三歩進みはしたものの痛みと眩暈でそれ以上進むことは叶わず、頭を抱えて踞るとともに視野が狭まり意識が遠退いてゆく。オレの原稿、返せ、オレの。何かそんなようなことを頻りに訴えていたようだが、鈍い痛みに呻く声にいつかそれは掻き消え、定まらぬ視界の隅のほう、濃緑の制服の足がこちらへ揺らめき向かってくるのを微かに認めるが、いつまで経っても近づく気配はなく、いやむしろ遠離りゆくようだとそんなこを思ううちに意識は途切れた。
原稿が無事に届いたか否か、それは知らない。
2005年10月29日
連日マンガを描く日々だが、ベタに使う筆がケバケバというか、インクを吸うと先が割れてしまってどうにも描けなくなった。一遍に線が三本も四本も引けてしまい、それでも広い面を塗るにはさして困らないが髪の毛なんかには全然使えないのだ。以前は面相筆を使っていたのだがいい加減毛が少なくなってたので、それは捨ててこないだ買ってきたばっかの新しい筆なのにもかかわらず。よほど粗悪な品かといえば決してそんなことはなく、取りたてて高級なものではないにしてもごくごく普通の水彩筆だ。それがさして使ってもいないのにすぐ割れてしまった。面相筆のほうがよかったのか? あるいは墨汁じゃなくてマンガ用インクだから筆に悪いのかもしれない。
とにかく新しいのを買いに行った。そのついでに本屋へ寄り、以下を購入。
『此処彼処』川上弘美(日本経済新聞社 ISBN4-532-16537-7)
『決定版カムイ伝全集【第一部】1』白土三平(小学館 ISBN4-09-187851-2)
『決定版カムイ伝全集【第一部】2』白土三平(小学館 ISBN4-09-187852-0)
『カズン1』いくえみ綾(祥伝社 ISBN4-396-76368-9)
川上弘美は好きで、大概読んでいる。『龍宮』とかのガチガチの純文学系が好きなのだが、その手のものは最近少ないようで、今も『古道具 中野商店』を読んでいるが、これも軽いタッチの、キャラが前面に出てるような小説だ。『センセイの鞄』が受けたこともあってそっち系の依頼が多いのかもしれないが、個人的にはもっとわけの分からないものを書いてほしい。
白土三平は気にはなっていたもののずっと敬遠していた(何せ長いので)。決定版、単行本未収録作ありとの謳い文句に乗せられてか読んでみようという気になり、ほとんど勢いで買ってしまった。とはいえ一冊1,260円はちと高い。全38巻で47,880円にもなる! それでも文学全集などに較べたら安いものだ。
いくえみ綾は全然知らないのだが、たまたま平積みの表紙が眼にとまり、いい感じだったので購入。思っていたより絵は下手だった。ビニール包装されているから中身を確認せずに買わざるを得ないマンガのことで仕方ない。尤も言えば確認させてはくれるだろうが、それで買わぬのも何だか気が引けるし。読んでみたらしかしそれなりに面白い。なんてことない話なのだが。さえないフリーター女子(ちょデブ)が恋に目覚めて奮起し、変わってゆくみたいな。要約したら身も蓋もないほどあり触れた内容だが、面白さは別なところにあるわけだ。
因みに現在未読の書籍は以下の通り。
『さようなら、私の本よ!』大江健三郎
『神聖喜劇』一~五『深淵』上・下『縮図・インコ道理教』大西巨人
『モーダルな事象』奥泉 光
『六〇〇〇度の愛』鹿島田真希
『卵一個分のお祝い。』川上弘美
『カギ』清水博子
『金比羅』笙野頼子
『椿説弓張月』上・中・下 曲亭馬琴
『あらくれ』徳田秋声
『忿翁』『野川』古井由吉
『そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所』松浦寿輝
『ドグラ・マグラ』夢野久作
『バースト・ゾーン』吉村萬壱
『母』高行健(ガオ・シンジエン)
『フランドルへの道』クロード・シモン
『ワット』『モロイ』『マロウンは死ぬ』『名づけえぬもの』サミュエル・ベケット
『特性のない男』2・3 ロベルト・ムージル
『精神現象学』上・下 ヘーゲル
『デカルト的省察』エドムント・フッサール
『哲学者とその影』『知覚の現象学』1・2 メルロ-ポンティ
『ドイツ・イデオロギー』マルクス
『ドイツ悲哀劇の根源』ヴァルター・ベンヤミン
『論理哲学論考』ヴィトゲンシュタイン
『哲学とは何か』ジル・ドゥルーズ
『フロイトの技法論』上・下『自我論』上・下 ジャック・ラカン
『性の歴史』1~3、『真理のディスクール』ミシェル・フーコー
『ユリシーズグラモフォン』『滞留』『有限責任会社』『友愛のポリティックス』1・2『パッション』『フィシュ』『コーラ プラトンの場』『アデュ』ジャック・デリダ
『法華経』上・中・下
2005年09月29日
今漫画を描いている。同人サークルへの誘いがあり、漫画を描きたいとの慾求からかつい参加してしまった。まだネームの段階だが、十六枚の予定。向島玉の井の私娼街が舞台で、昭和七年三月という設定。ちょうど満州国建国のころだ。といっても満州国は話に絡んでこないが。色町が舞台だから艶っぽい話かというと全然そんなことはなく、裸も出てこない。
三月なので炬燵やら火鉢やら使っていると思うが、手持ちの写真集だけでは心許ないとケント紙とインクを買いに有隣堂本店裏の文具館に出向いた折、表の書籍館で資料も買ってきた。三階レジ奥の郷土史関連の棚に、それらはあった。
『昭和のくらし博物館』小泉和子著(河出書房新社 2000年11月 ISBN4-309-72704-2)
『昭和を生きた道具たち』イラスト 小林啓治/文 岩井広實(河出書房新社 2005年04月 ISBN4-309-72743-3)
『昭和生活なつかし図鑑』太陽編集部編(平凡社 1999年03月 ISBN4-582-63357-9)
『昭和のくらし博物館』には、戦前は炬燵の上で飯を食べることはあまりなかったとある。行儀の悪いことだったらしい。尤も炬燵自体小さくてそれほどスペースもなく、上に板も乗せていなかったらしい。危うく今風の炬燵を描くところだった。火鉢も陶製のものは畳に直に置くのではなく(熱で畳が傷むらしい)、下に敷物を敷いたとのことで、時代考証の大変さを今更ながら思い知った次第。
イラストがペン画の『昭和を生きた道具たち』には生活小物から建物の塀や壁、便器の変遷まで載っている。ラジオ、蓄音機、円タク、乗合自動車、電話ボックス、郵便ポスト等々、使えそうな小道具がいろいろあり、かなり参考になりそうだ。
とにかく、十月、十一月はこれにかかりっきりになりそうだが、年末にはまた別の漫画を描かねばならないので大変だ。とはいえそっちのほうはずいぶん前からちょこちょこと進めてきていたので、それほど苦ではないだろう。
2005年08月15日
最早知らぬ者とてないほど、時日は経過してしまった。@nie's管理人のひろあに氏の訃報のことだ。サイトのほうではもう誰もが疑っていない様子で、連日多くのお悔やみの書き込みがなされている。とはいえそれによって訃報の確実性が高まるものではない。なぜと言ってその訃報を齎したのは友人と名乗る人物だが、その友人なる人物が確かにひろあに氏の友人であるのか、確かめようがないからだ。友人なる人物はまた、故人を偲ぶ会の告知もしているが、それとて本当か否かは確かめようもない。
幸い会場に問い合わせた方からの情報を得られ、それによると同偲ぶ会の予約はあるということだが、当の予約が確かにひろあに氏を偲ぶ会だとまでは聞き及んでいないので、一点疑念は残っている。ネットの匿名性はかかるところで情報の確実性を低めてしまうのだ。
とはいえ、管理者の不在が間接的に訃報の事実性を証しているのもまた確かなのだ。これほどの騒ぎになっていても管理者が現れないということは、何かあったと言わざるを得ない。
ただ、サイトでしかひろあに氏の存在を知らぬ私にとって、@nie's=ひろあに氏といっても過言ではない。従って少なくともサイトが存在しつづけるかぎり、ひろあに氏もまた存在しつづけていると私には思われる。いや、たしかにそれはそうなのであって、たとえその現実存在としての形態が失われてしまったとしても、@nie'sという限定された形態においてそれはたしかに存在していると言っていい。とはいえそれもいずれは消失してしまうだろう。そしてそのときこそ、きちんと送ることができるのではないかと思われる。
こんなふうに締め括らねばならないのはだから心苦しいのだが、何時までも否認しつづけているわけにもいかないので記しておきます。
ひろあに氏のご冥福を心よりお祈り致します。
2005年07月14日
そしたら僕は旅に出ます。当分帰ってきませんから、留守はよろしく頼みます。どこかで汽車に乗るでしょう。でも飛行機には乗りません。高いところは苦手だからね。
ユイミさんはもう幾年も寝ていないといいます。本当かどうかなんて僕には分かりません。あなたにだって分からないでしょう。でもだから僕は旅に出るんです。ユイミさんが寝ないのなら僕だって寝ないと、そうした覚悟があるわけじゃないけれど、それでも少しくらいはあるかもしれないですよ。とにかく僕は行きます。行って確かめてきます。何を、なんて訊かないでください。それは僕にだって分からないんですから。
もうすぐ夜が明けます。そしたら僕は夢から醒めます。そしたら旅のことなんて、綺麗さっぱり忘れてしまうんです。いつもそうです。でも僕は旅に出ます。今度こそ旅に出ます。どこへ、なんて訊かないでください。そんなの恥ずかしくて僕の口からは言えません。
ユイミさんのことは頼みます。
そして僕は旅に出る。薄明のなか、汽車に乗ってどこまでも。夢から醒めるまでは。
2005年07月08日
実はうちにはドラえもんがいる。人口に膾炙している例の猫型のロボットのことだ。本来こういった公共性の高い場で公表しては拙いのだそうだが、言ったところで誰も信じやしないだろう。とはいえ信じてもらえぬとなると却って吹聴したくなるもので、我慢できなくなってしまった。
猫型といっても丸っこく愛くるしいフォルムでは全然なく、見た目は猫そのもので深い碧色した毛並みが意外と美しいが、四次元ポケットがさながら有袋類の袋のような具合なのでフクロ猫と言っていい。そう言うとひどく怒るのだが……。
「フクロネコなんかと一緒にすんな、殺すぞテメ!」その殺気立った眼は本気だった。
便利な道具をたくさん所持しているとお思いだろうが、現実はそんなに甘くない。いや、たしかに便利な道具があるにはあって、カタログを見せてもらったら見知った道具もいくつか掲載されていた。とはいえ、道具は基本的にレンタルで、しかも料金がバカ高く、一日の使用料が百万二百万などざらだし、億単位の道具も珍しくないから小市民が気軽に手を出せる代物じゃないのだ。
それでも無理を言って一度だけタケコプターを使わせてもらったことがある。その形状からプロベラの回転で揚力を得ていると思っていたのだが、実はそうではなかった。あれはただの飾りで、タケコプターは重力制御で飛ぶものだった。操作もとても難しく、免許がいるとのこと。
どこでもドアにしたってその使用にはかなりの制限があり、使用許可が下りるまでに二~三週間は掛かる。犯罪歴のある者には許可が下りないし、外国へ行くにはパスポートやビザを提示しなければドアは開かない。
「道具なんか使ったって碌なことないよ、破産するのがオチだ」とドラえもんは苦笑する。そういった輩をずいぶんと見てきたらしく、道具には否定的な立場らしい。では何のためのドラえもんか。
「愚問だね。ボクは便利屋じゃないし、道具のために存在してるわけでもない」と蔑んだ視線をチラと向け、「じゃ訊くけど、そう言うきみは何のために存在してるんだ、その目的は如何?」とくる。そういった目的論は超越者の存在を認めねばならず、「きみは神とか信じてるわけ?」と鼻で嗤う。
ドラえもんとはいっても、だからただのペットに過ぎない。抑も何しに来たのか分からない。帰る気もないらしい。いや、道具を使ったテロや犯罪が急増しているといつか言っていた。だからか。
「もう、ウンザリだ」口癖のように彼は言う。
2005年07月04日
オーブンレンジが壊れた。まだ六年しか使用していないオーブンレンジだ。それが壊れた。しかも菓子を焼いているときで、不意に電源が切れたような状態になったから焦った。幸い焼成時間が数分を残すのみだったため菓子は無事だった。何年か前にも故障して修理したのだが、恐らく前と同様に温度センサーがいかれたのだと推測される。修理すればまだ使えるとは思うが、この際だから買い換えてしまうか。因みに作っていたのはピティヴィエで、レシピ作成のためだったが、焼成がいまいち不充分だったのと見栄えの悪さで没。
新しいのを買うとなるとガスオーブンにしたいところだが、ガスオーブンならビルトインにしたい、ビルトインにするならデカいのがいい、デカいのはハーマンだ、でもハーマンにするとなるとコンロがリンナイだからこれも替えなきゃならない、出費が嵩むし(何だかんだで二十万くらい掛かりそう)工事とかも面倒臭い。
それに電子レンジ機能も使用不可だから日常的にかなり不便を強いられていて、今すぐに代わりが要るのだ。なので、とりあえず代わりのオーブンレンジを探すしかないようだと調べてみたら、今のより容量のデカいものが案外安く売られている。ビルトインはひとまず見送って、それで手打ちとするか。