2005年上半期
06月
24日 八十年
18日 ダメなエアコン。
05月
20日 難儀な文体さ
15日 親指返した?
04月
04日 死んで花実が咲くのです
03月
25日 mixiとか言う
16日 言祝げ
02月
27日 待たれよ暫し!
16日 レール
09日 わたしだけの
01日 否
01月
27日 知らない、知りたくない
17日 サーカス
12日 描写と速度
02日 Project Seven
2005年06月24日
昨日の晩飯に何を食ったか覚えていないと思ったら昨日は晩飯を食っていないと言われた。どうりで腹がすくと思った。何かないかと探すが何もない。仕方がないので買い物に出た。実に八十年振りの買い物だった。鉛筆と消しゴムを買った。唐揚げにした鉛筆が好きなのだ。消しゴムは刻んでみそ汁に入れる。
鉛筆は食うものではないと言われた。それでもたしか八十年前に買い物に出たときには鉛筆を唐揚げやコロッケや天ぷらにして売っていたはずだ。豊かになるとはそういうことだと言われた。そんなものかと思った。
では今は何を食うと訊けば、人間を食うと答えた。人間は食ったことがないが旨いのかと訊くと、鉛筆よりは旨いだろうと言う。どこで売っているのか訊いてみるとどこでも売っていると答える。
では人間を買ってくるとまた買い物に出た。なるほど人間はどこにでも売っている。唐揚げと天ぷらを買ってきて、早速食ってみた。
旨かった。それからは専ら人間ばかり食っている。でも時どき鉛筆も囓る。
2005年06月18日
最近どうもエアコンの調子がおかしい。といっても基本的にエアコンは使わないからおかしくたって殊更困りはしないのだが、菓子を作るときだけはべつで、室温20度というのが理想的な温度だから、それに近づくよう設定して使用している。それが最近、エアコンの温度が下がらないのだ。生ぬるい風が出てくるだけで、これではただの扇風機だ。これから夏に掛けて益々暑くなるっていうのに、エアコンが効かないと菓子を作るのが難しくなる。最高で室温35度くらいにはなるから、そんな状態ではマシなものはできないと思う。真面に作れそうなのはパウンドケーキとかシューくらいか。梅雨が明けるまでには直ってもらわないと困る。困るのだ。
で、修理に来てもらったおっちゃんの言うには時空連続帯にひずみが生じているとかで、真空バルブの可動電極軸受がバカになってるとかなってないとか、量子波動モーターが損傷しているとかいないとか、とにかく修理には二~三週間掛かるとのことだった。もっと短くならないかと訊いてみれば、応急処置的にひずみを矯正することはできるらしいが、飽くまでそれは一時的なものにすぎないからまたすぐにおかしくなるし、そんなことをくり返していたらいずれひずみは矯正不能になり、そうなれば部屋ごと別の時空へ飛ばされかねないと恐いことを言う。
別の時空へ飛ばされては敵わないから修理に出すことにした。うまく直ってくれるといいが……
二週間後戻ってきた時空冷却装置は、まあそれなりに調子よく、これならこの夏も無事に乗り切れそうだと安堵するも、電波ネズミがよく飛んでくるようになった。さして害はないとはいえ、それはそれで厄介で、電チュウコロリもすぐになくなってしまった。飛来する電チュウの数も日増しに増えていて、気づけば部屋の隅に埃のように溜まっていたりするのだ。飯のなかに紛れ込んでいて気づかず食ってしまうこともある。さして害はないとはいえ、いい気分ではない。
これは装置の影響に違いないと再修理を頼もうとしたが回線が繋がらない。というか、どこにも掛からない。ふと見ると床一面電波ネズミに覆われていて、三センチほども積もっている。超電磁吸引クリーナーキクヒコでも追っつかない勢いだ。それもそのはず、窓の外は電チュウの大群で日射しも届かないくらいになっていたのだ。さして害がないとはいえ、いや充分に害されている。回線が繋がらないのも電チュウの影響だろうか。もはや猶予はならない。明日にでも市の電波課へ苦情を言いに行こうと思う。
2005年05月20日
ところがそうではないのだ。いや、十中八九そうに違いないと睨んでいるがやはりそうではないのだと煮つけた鰈の身を解して煮汁と絡めながら弥生はそれを否定し、尚幾許か煮汁のなかを転がしているうちに身がバラバラに崩れてしまうとそれには手をつけずにまた新たに身を解しに掛かり、そうしてしばらく弄んでいるがそれにも飽くと諦めたように細かな身を掬いあげては口へと運ぶのだったが半分も食べられず、残りは鍋に戻したもののきっと手をつけることなく傷んでしまうに違いなく、これまでそうやって何もかもをダメにしてしまい、これからもそうやって何もかもがダメになってしまうのだと弥生は腐ってゆく自分になかば酔いしれつつ洗いものを片づけるとフロを沸かして長々と湯船に浸かり、どうしても型から外すことができないゆるゆるムースは今も尚冷蔵庫の中段で冷やされているが一昼夜おいても状態にさしたる変化はなく、触ってみると指につかないから固まったと喜んでいたら型を傾けると傾けたほうへムース面が盛りあがり、つまり乾燥してできた表面の皮膜が下の液状ムースを押さえ込んでいるだけで傾きが臨界に達すると皮膜が破れてドロリとした液体が溢れ出てくるのだった。
今書いている小説の書きだしの部分から。このあと改行なしでこの三倍くらいつづくが、まだ決定稿じゃないので推敲過程で変わる可能性あり。とはいえこんな文体じゃ誰も読んではくれないだろう。かかる文体が読みの速度を遅延させることは分かっているし、そういった読みの速度を増すことにある種の享楽を見出しているマンガ等に拮抗し得ないということも承知している。そうと分かっていてもこんなふうにしか書けないのだから仕方がない。 ただ、本当にかかる文体でないと自分の表現したいものが表現できぬのかという問題はあって、もっと読まれやすい表現を模索する余地がないとは言えない。といって娯楽性を追求するつもりは毛頭ないし、かかる遅延にこそ小説の醍醐味はあるのではないかとも思うのだ。マンガのような速度を求めた時点でそれはもう小説とは異なる何かになってしまうような気がするのだ。それとも遅延しつつ速度を増すことが可能なのだろうか?
2005年05月15日
『親指さがし』(山田悠介原作、綾村切人作画)というマンガがある。同名小説をコミック化したものだが、小説のほうは読んでいない。親指さがしより小説は純文系ばかりでエンタメ系にはあんまり興味がないもので。作画の綾村切人氏のペン画をべつのところで見たのだが、それがあまりにも凄かったので気になっていた。で、上記の本が出ていると知り、先日伊勢佐木町の有隣堂本店書籍館へ行った折に探してみたが、小説にしろマンガにしろ幻冬舎とは縁がないのでなかなか棚が見つからず、フロアをグルグル回ってしまった。まあ、なければネットで手に入れればいいと軽い気持ちだったが、幸い棚も見つかりマンガも置いてあったので首尾よく購入できたというわけ。
マンガは面白かった。内容的にはよくあるホラーなのだが、綾村氏の絵に、その凝った構図に惹きつけられた。トーンを使わない画風にも氏のこだわりを感じる。原作を読んでいないのでそれをどのように継承し、発展させ、変奏しているのか分からない。ただ原作にないキャラがひとりいて、そのキャラが襲われるシーンが、他のものに較べて鮮烈だったように思う。原作つきではなく、オリジナルのものを読みたくなったが、いくつかあるらしい短編も雑誌掲載のため未読。
『親指さがし』(幻冬舎/2005年1月 ISBN4-344-80511-9)
ショウジョノユメ(http://svchk.sytes.net/~bel/)
2005年04月15日
私の小説の主人公はよく死ぬ(他殺ではなく自殺)。死なぬまでも気が触れる。というか真面なヤツはひとりもいないと言っていい。その主人公の壊れ方なのだが、男性と女性とで若干差異が生じる。男性主人公の場合、大概死から逃れられないのだが、女性主人公だとギリギリでそれを回避しているのだ。恐らく私のうちにある自殺願望が男性だとストレートに表出してしまうのでもあろう。小説としてどちらが良いのかは分からないが、読まされるほうからすれば欝な展開は嫌なものだろう。とはいえ私にとって小説の執筆はリハビリみたいなものだし、端っから娯楽性を求めてもいないのだから仕方がない。
ところで最近やっと次の小説を書きだしたが、今度は女性が主人公なので死なないかもしれない。そこを敢えて死なせてみるというのも手だが、こればっかりは書いてみなければ分からない。
2005年03月25日
最近mixiなるものをはじめて、そっちのほうへばっかり行っているせいか、こっちが疎かになってしまった。mixiは日記系のコミュニティサイトだが、日記を書く習慣のない私に日記を書くのは大変で、況して面白日記など書けるはずもないので早くもアップアップの状態。面白いかどうかは別としてここは日記ページではないから虚実交々で適当に書き散らしているが、いずれはmixiのほうもそうなる可能性が高く、こことの差別化を如何に計るかってのが課題だ。
自サイトのデータは基本的にタグ直打ちだから、記事を書いて送信するのはmixiのほうが楽ちんだ。とはいえ書くことがないから困る。いや、誰に督促されるわけでもないのだからなければ書かないまでのことだ。
──そうだ書かないぞ書いたら負けだ! サボタージュするのだ!
──そうだ、ピケを張れ、スト決行だ!
──おおストか、ストなら任せろ。
──今どきそんな、ストだなんて、流行りませんぜ。
──じゃあお前は書くのか? 書けるのか?
──書けないけど、だからって何もストするこたないだろうて言ってるんでさ。
──しかし書けなきゃオレたちコレだぜ。
──何でもいいさ。ストよりゃマシでさ。
──しかしだね、書くことなんて何もないんだぞ。ないんだぞ。
──だから無理して書くこたないんでさ。
──その通り、だからこそストするんじゃないか。ピケだ、ピケを張れ!
──そら違う。
──何が違うんだ。
──そんなのはもう古いってんですよ。
──じゃあどうしろってんだ?
──だから無理して書くこたないんでさ。
──その通り、だからこそストするんじゃないか。ピケだ、ピケを張れ!
──そら違う。
──何が違うんだ。
──そんなのはもう古いってんですよ。
(以下同文)
2005年03月16日
それはまるで見たことのないものだった。曰く言いがたい形状と質感と臭いとで、すぐ手の届きそうなところにそれはあった。たとえば朝目醒めたとき昨夜の彼女とのひどく淫らな行為がふと思いだされたような、実際にしたよりも尚一層の淫らさで思いだされたような、何かそんなふうな過剰さが溢れているというか滲み出ているというか、それでいて雨上がりの午後の少しばかり湿った空気が肺に沁み入るような清々しさといったような趣もあったりして、何かこちらの感覚を麻痺させる具合にいろいろな感興をそれは生ぜしめるのだった。 などと意味もない文を書いてみたがさして感興も沸かず、つづく文も思いつかぬのでこの辺でやめにする。
気づけば当サイトも10万アクセスを突破しているが、トップページへのアクセスなど飾り見たようなものなので特に意味があるわけではなく、だから殊更ここで取りあげることでもないが、それはそれなりに一区切りついたという認識が得られもするから、その意味では言祝ぎたいような気がしないでもない。とはいえ、小説脱稿後の脱力からいまだ抜けきれずにいるからいまいち盛り上がりに欠けることは否めないし、メインたる小説へのアクセスが少ないということも、アクセスが増えれば増えたなりに心境は複雑なのだ。元より万人受けする代物でないことは分かっているが、書かれたものは読まれてなんぼと思えば虚しさが募る。
次の小説を描きはじめれば斯かる鬱屈もいくらかは晴れるのだろうが、生憎まだ何も書きはじめていない。さて何を書いたものか。
2005年02月27日
小説を更新してちょっと気が抜けたというか、頭のなかが空っぽで何も浮かんでこない。書き終えた達成感はそれなりあるものの次どうするかという不安が忽ち兆してくるからやり切れない。イラストの更新もせねばならないがこれもまた難渋している。地道にコツコツやるしかないし、そうして地道にやっていればそのうち活路も開けてくるだろう。とまあそんな感じでチマチマ描いている。当分更新はできなそうな予感……
2005年02月16日
「これで君も立派な犯罪者だ。しっかり励んでくれよ」
「イヤですよ」
「何を今さら。世の中には泥棒したくてもできない人たちが五万といるんだぞ。それに較べて君はここまでトントン拍子じゃないか。人も羨む泥棒家業に就けたことをもっと誇りに思うべきじゃないか」
「僕にはやりたいことがあるんです」
「泥棒の何が不満なんだ。親の敷いたレールに乗るのが不満なのか。幸雄くん、それは違うぞ。君にはね、天性の才能がある。それをみすみす捨ててしまうなんて」
「でも僕には」
「まあ、分からんでもないよそれは。でも君にはやるべき仕事があるじゃないか」
「泥棒って、そんなに偉いんですか? 僕には分かりません」
「オレにも分からないさ。ただこれだけはたしかだ、君のお父さんは立派な泥棒だったということ。そしてその跡を継ぐべきは君しかいないということ」
「市村さんは。僕なんかより市村さんのほうがずっと凄いじゃないですか」
「オレはダメだ。もう歳だしね。幸雄くん、泥棒は嫌いか?」
「嫌いじゃ、ないです。嫌いじゃないけど、なんか、違うんです」
「そうか。まあ、無理強いはしないよ。焦って結論を急いでも良くないだろうから、ゆっくり考えるといい」
「考えるも何も、僕にはもう……だから……ごめんなさい」
「幸雄くん、どこへ行くんだ。幸雄くん」
どこへも行かないさ。ただ消えるだけだ。
2005年02月09日
あなたは決してわたしを許してはくれないだろう。きっとあの世でわたしを恨んでいることだろう。それでもわたしはああするより仕方がなかったし、あなたに詫びる気持ちも少しもない。わたしはあなたを失った。けれどわたしはあなたを手に入れた。
そう、あなたを失うことで、わたしはあなたを手に入れたのだ。わたしのなかであなたは永遠になったのだ。もう誰もあなたを奪うことはできない。あなたはわたしだけのもの。
2005年02月01日
去年はボンボン・ショコラを作らなかったので今年は作ろうかと思う。転写シートも購入して準備は万端だ。レシピもupしたいところだが、チョコの扱いはそれだけでも神経使うから、写真を撮りながらとなると困難を窮める。とはいえチョコのレシピはほとんどないから作るならやはり撮っておきたい。それでもヴァレンタインに間に合うようにレシピを作成することは無理だろう。
いやいやチョコなど作っている場合ではない。やるべきことはほかにあるだろう。
──ええ、何だろう、筋トレ?
否。
──違うの? ええと、じゃああれだ、ほら、豪くんに借りっぱなしの『知覚と現象学』、アレ返せってこと? でもまだ半分も読んでないよ。
否、否。
──違うんだ。じゃ何だよ、『虚構船団』か。それとも『田紳有楽』。
否、否、否。
──もう分かんないよ。降参。
否、否、否、否。
──いないなって、うるさいなあ。
否、否、否、否、否。
──あれ、壊れちゃったのか。
否、否、否、否。
──壊れてないのか。
否、否、否。
──どっちだよ。
いやいやチョコなど作っている場合ではない。やるべきことはほかにあるだろう。
──また最初からかよ。
否、否。
──否。
2005年01月27日
隆彦とはもう一年くらいになるけど、いまだに謎だらけだ。仕事が何なのかも知らないし、どこに住んでいるのかさえ知らない。尤もわたし自身根掘り葉掘り訊いたりするのを好まないということもあるけど、連絡先も分からないというのは、いくらずぼらなわたしでも尋常ではないと思う。ちょっとした知合いとかいうのではなくて、真面目に交際しているカレシなのだから。
知っていることと言えば、わたしよりも20cm背が高いこと、いつもわたしの左側にいるということくらい。身体的特徴ならもっと細かいことを指摘できるけど、露骨になるのでここでは控えておく。誤解のないように言っておけば、彼に貢いでいるということは全然ないし、逆に高額な贈物を貰うということもない。セックスも至って普通。というより少ないくらい。わたしと同じく彼も淡泊らしいから案外似合いなのかもしれない。でもそのせいか盛りあがりに欠けるということは否めない。世間一般のカップルが驚喜するような各種イベントや催し物、テーマパークやありとあらゆる記念日等々にはまるで興味がないからだ。
それってなんか怪しくない? あんた騙されてるんだよ、案外妻も子供もいたりするかもしれないよって凉子先輩は言うけど、そうなのかな。わたし騙されてるのかな。
でもそんなこと、面と向かっては言えないし、こうして目の前にしていても全然怪しいなんて思わないし、思えないし。抑もそういう面倒臭いことは性に合わないから、だんだんどうでもよくなってくる。第一全然楽しくない。楽しくないのは嫌だ。
今目の前にいる隆彦と楽しいひとときをわたしは過ごしたい。ただそれだけだ。ほかには何も要らない。
小説が捗らない。因ってイラストも手つかず。レシピは推して知るべし。ああ、斯くもダメな私を誰か叱って下さい。
2005年01月17日
先日、裏の空き地にサーカスが来た。空き地といっても十五坪かそこらの草ボウボウの小汚いところだが、そこを整地し狭い敷地に器用にテントを張って空中ブランコも見せるというから驚きだ。客の頭を掠めるほどにも間近にその華麗なる姿が拝めるかと思うと胸がときめくが、猛獣の鋭い爪や牙が鼻先を掠めると思うとゾッとする。象の一頭だって入らぬに違いないが連日盛況だと言うからさらにも驚く。まあ盛況と言ったって席数が知れている。散歩がてら覗いてみたら、狭苦しいテントに満員電車さながら人がすし詰め状態で、中央にほんの一メートル四方の空間があるきりだ。これじゃストリップだってできゃしない。まさか蚤のサーカスではあるまいなと思いつつ好奇心に駆られて入ってしまったことをなかば後悔していると、開演のブザーが鳴り響き、どこからか玲瓏なアナウンスが流れだす。
とそこはもうブランコの縦横に行き来する広々した天蓋の下で、巨大な象が何頭も列をなし、煌びやかな衣装を纏ったサーカスの団員らが所狭しと駆け回っている。舞台中央では火吹き男が何メートルもの火を吹き、その周りを道化らが囃し立てるように踊っている。サーカスの花形たる空中ブランコはまさに神業と言ってよく、彼らは空を飛べるのに違いないと思わせるほど長い時間空中に漂っていた。
興奮醒めやらぬうちに終演のブザーが鳴り、それとともに噎せ返る人いきれがドッと押し寄せ、と元の狭いテント小屋に戻っていた。それはしかし幻などではなかった。私はそれを見た。手に汗握ったあの昂揚が偽りだとは誰にも言わせない。テントはすでに引き払われて跡形もなく、元の草ボウボウの空き地に戻っている。それでも尚あれは幻などではないと断言できる。なぜなら今私はそのサーカスの団員としてそこに身を置いているからだ。
ところで新作小説、どうにか終われそうな感じだが、まだ分からない。油断していると足元掬われる。連載のほうもそろそろどうにかしないと拙いな。
2005年01月12日
新作小説、やっと100枚近くまで漕ぎつけたが、先が見えないのは相変わらず。もう少し粘ってみるがどうなることか。
マンガのほうは依然やる気なし。というわけでペン入れ済みのコマを晒すが、これはモノの位置関係に手こずった。カメラ位置が変わるとそれぞれのモノがどの位置にどの角度で置かれているか、大変分かりにくいのだ。しかも最初に描いたコマとは別ページになっていて、紙なら何枚でも並べられるがPCだとそうもいかず、一度にふたつのファイルを開くと重いからコピペしてきたり、見取り図を作ったりしてどうにか描いた。
こういうものは3Dで作ったほうがいいのだろうが、ないから仕方がない。というか、いかにも3Dで作りましたというようなものは、無機質で好かないからこのほうがいい。パースにしても目見当でつけた、所どころ歪んでいるくらいの感じが好きだったりする。
因みに一室は四十過ぎのおっさんの部屋という設定で、もっと散らかった感じにしたかったが、途中で面倒臭くなった。絵的な完成度というのは必ずしもマンガに必要ではないが、描き込みたいという欲求は少なからずあり、そうかと言って過度な描き込みは読みの速度を落とす結果にもなるから、その辺の匙加減が難しい。
2005年01月02日
当サイトともリンクさせて頂いているPSY氏の小説に『Project Seven』というサイバーパンク小説があるのだが、このほど出版化計画が進行中らしい。オンライン小説の出版化を試みているアルファポリスー電網浮遊都市ーというサイトで、購入予約が300ポイント集まると出版の運びとなるという寸法だ。
ただ、ポイントには期限があって三ヶ月以内に規定数に達しないとダメらしいのだ。規定数に達しなくても出版が検討されることはあるらしいが、その逆も然りで、現実はそれほど甘くはないということだ。私の小説など逆立ちしたって不可能だが、こちらは滑りだしも好調で、順調にポイントを稼げば期限内にクリアしそうだ。
主人公はその世界では超有名な女子高生ハッカーのナナと天才プログラマの譲。二人の恋愛も絡ませながら展開される企業小説、ハッカー小説、ジュブナイルとジャンル混淆の醍醐味を堪能できる本作は。どこぞのナントカ男より遥かに良質のエンタテインメントだよ。
その面白さは読めば分かる。出版が決まれば改稿される可能性もあるから、現在の形のものはいずれ読めなくなるかもしれない。のんびり構えている暇はない。
「ていうか、新年の挨拶もないのかよっ!」
「え、それって要るの?」