Effluents from Tomokata=H

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廿一段

青腐れ掘っ建て小屋

二人の共通の話題と言えば共に過ごした小学三年生からの四年間のことに限られるが、美化され歪曲されたそれら小学三年生からの四年間の記憶の周縁には影のように階段関連の記憶が附帯していてふとした切っ掛けでその影の部分が浮き彫りになり前景化していつしか主客が顛倒して階段が前面に押しだされ話題の中心となるが、階段については互いに一家言あるため話が尽きることはないし階段に対する見解についてもほぼ一致して目立った懸隔はないものの、私と春信の結びつく抑もの切っ掛けとなったあの掘っ建て小屋で一泊した青月夜のこととなると話は食い違って何ひとつ一致する記憶はなく、それだけが謎で二人の記憶を照合してはどっちが事実かと分からなくなるが、春信にしろ私にしろ内心自分の記憶の方が正しいと思っているためどこまで行っても平行線で交叉することはなく、二人の記憶を一致させたい、同じ記憶を共有したいと思いつつも互いに疑問をぶつけ合うことに終始するだけだったが、抑も私にはそのとき階段を上ったという記憶はないし日々階段の噂俚諺の飛び交うなかで育った関係から上りたいという衝動が僅かながらあったとは言えるかもしれないが上ってはおらず、それ以前に階段の入口の腐れ引戸が開かなかったのだから上ろうにも上れなくて仕方なく諦めたというのだが、それは聡志の記憶違いに違いなく事実は引戸は引き開けられ、というより蹴り開けられて階段は私たちの前にその姿を現わし私たちをその身の内へと誘いこんだのだが、春信は「いや絶対に上った」と言い張って譲らず、あのときの階段のえも言われぬ軋みは忘れようとして忘れられるものではないし、その記憶の中の軋みは今まさに聴く現実の軋みと比較しても何ら遜色のない鮮明な響きで保持されていて、そうでなければ今ここにいる理由などないしそのえも言われぬ軋みの記憶があればこそ再びここに訪れたのではないのかと言っても分かってはくれず、歯がゆさばかりが沈殿してあの妖艶な響きを忘れる聡志こそどうかしている、あの愉楽の極みとも言える悩ましげな軋みを聴いて深く記憶にとどめないということなどあり得ないと言うと大きくウンと頷いて「そうだあり得ない」と聡志も断言するが、そのあとに「だからこそ」とわずかに声を上擦らせてさらに語をつづけて言うにはその艶かしくも悩ましげな軋みの愉楽悦楽を記憶にとどめていないということは即ち階段には上っていないということに外ならないと結論づけ、「そうだろ」と断定的に言ってはみたもののそのような単純極まりない説明とも言えない言い訳的言説で納得して易々と引き下がる春信ではなく、「違う違う違う」と激しく首をブルンブルン振ってあの夜の出来事をまた一から、あの腐れ掘っ建て小屋のいまにも倒れてしまいそうなほど傾げた廃墟的佇まいから微妙な空気の湿り具合や風の音や匂いや強さやその方向、小屋のなかに打ち捨てられていたあらゆる器物とそれらの正確な位置関係、階段に続く引き戸の腐れ具合やその朽ちた木片の散らばり具合、またその一々を見て漏らした私の言葉の数々と春信の言葉の片々とを、空想とか妄想とは思えないほど克明にまるで今見てきたばかりというように、いや今まさに眼前にある光景を実況しているとでもいうように事細かに説明するのだが、そのどれひとつ取ってみても私の記憶と符合するものがないということが聞けば聞くほど不思議でならず、とても同一時間同一空間を共有していたとは思えなくなってあの青腐れ掘っ建て小屋に泊ったということまでもが嘘のように思えてきて、そうなると私の保持している全記憶が疑義の対象となって何もかもが疑わしく思え、遂には総てが虚構で作り事の見窄らしい張りぼてのようにしか思えなくなって、つまりは私という存在そのものが虚構化してしまったように思えて無性に不安になり、ふと視線を春信から離して階段の下方闇に眼をやるとその階段の下方闇の濃さがぐんと深まったような気がし、それがジワジワ迫りくるような気もしてその中に不安の源泉があるようにも思えたため慌てて顔を背けて今度は上方闇を見上げるが、上方闇も下方闇同様その闇の濃さがぐんと深まってやはりジワジワ迫りくるように思え、上からも下からも闇に圧迫されて息が詰まって強く思念しなければ一定の呼吸すら儘ならなくなり、久しぶりに発作の兆候をそこに感じ取って眼を閉じて繰り返し繰り返し何度も何度も深呼吸をしてようやく小康を取り戻すが、その状態を維持するためにも上下から迫りくる闇を警戒して無理に抗うようにことさら声を張りあげて話頭を転じる聡志のその切羽つまった様子には痛々しいものがあり、真面に直視できず顔をそむけてしまうがその話し声は話す毎に一段と大きくなり、部屋の中まで好く響いて聞こえるのでその一伍一什を聞くともなしに聞いて居るが、利害関係にない第三者の私の公正的客観的観察からすればハルノブ氏にしろサトシ氏にしろその言う所に嘘はない様に思え、少なくとも本人の頭の中ではそれが事実として記憶されて居ると言う事が好く判るのだがそのどちらもが事実と言う事は矢張りあり得ず、かと言ってどちらか一方を事実とすると言う事も出来そうにないとすればどちらの見解も破棄して新たな全く別の第三の見解を見出すしか解決の道はないのではないか、いや何の矛盾もない誰にも合点のいく現象の説明など抑も出来るものなのか現象とその解釈意味付けとしての記憶の全一性などあり得るのかそれこそ誤謬なのではないかと、踊り場の頼りない明かりの下でああだったいやこうだったと言い合うハルノブ氏とサトシ氏に言ってやりたくなるが、あの白黒灰斑の野良野郎が嘲った様に自らを『犬畜生』と卑下し貶め賤しめて人間の忠僕下僕と位置付けて言うわけではないが、異類の立場上と言うより詰まる所当事者間に極限されざるを得ない問題に差し出がましい事をするのは止そうと思いとどまり、部屋に漂う杉の香りの濃淡やそれにも増して強烈に漂う酒臭や卓上の食物の混合臭、人臭い蒲団の臭いや青畳の蒸せる様な青臭さなど、あらゆるものが入り混じって到底人には嗅ぎ分けられない臭いの百花繚乱を一つ一つ正確に嗅ぎ分けながら、ドアの向こうから漏れ聞こえてくるハルノブ氏とサトシ氏の交互に或いは同時に話す声の方に片耳を向けて尚も聞いて居るのを当のハルノブ氏とサトシ氏は知ってか知らずか、永遠に結論の出そうにもないこの階段の様に果てのない話を飽きもせず話し続けるのだったが、その二人の合奏が催眠効果を齎したのか程なく私は眠りに落ちた。

三人と一匹では如何にも狭く息苦しくて眠れそうにないから向かいの部屋でひとり寝るという春信と踊り場で別れて蒲団男と柴犬似の雑種の犬の寝ている部屋にひとり戻ると、全身蒲団に埋包まって卓袱台に突っ伏して大汗掻きながらもスヤスヤと心地よげに眠っている、蒲団と一体となって一生涯蒲団と離れられない関係にある蒲団に取り憑かれてしまった蒲団男と、部屋の隅で丸くなってやはり心地よげに眠っている畜生の分際で巧みに人語を操って愚鈍な人間よりは遥かに明晰な頭脳を有しているらしい世の学者犬の頂点に立つ存在でありながらその能力が徒となって世界から排除されてしまった柴犬似の雑種の犬を起こさぬように蒲団を敷けるスペースをだけ取り片づけ、というより散乱したゴミ類を脇に押しやって押入れから出した蒲団をその空間にスッポリピタリと重ね合わせて敷き延べて身を横たえるとともにすぐに意識は薄れぼやけて眠りに落ち、快適な眠りを眠って快適な目覚めを目覚めると新たに蒲団男を加えて三人と一匹、無限の上を、廻り廻って下へと繋がっているかもしれない無限の上を目指して階段を上りに掛かるが、前日とは打って変わって殆ど休憩も取らずに上りに上り、あまりのハイペースにもう若くもない体の方が音を上げて忽ち息が上がって「ペースもう少し落してくれないか?」と先頭を直上るペースメーカーの柴犬似の雑種の犬に呼び掛けるが、「酒を抜くにはこれくらいでなければ」と口振りは穏やかだが反論を受けつけぬ険しい態度を示してキッパリと柴犬似の雑種の犬は言って一向ペースを弛めず、あとについて行くのが精一杯だったもののその分だけ軋みの愉楽に浸り、歓喜に咽び、この上ない至福と陶酔を味わい尽した上にその至福と陶酔を三人と一匹で均等に分かち合うことができ、誰もが上機嫌になって何が可笑しいというわけではないが顔を見合わせるだけで笑い入り、何もかもが癒されるような気がして階段を上る者として上ることの重要性絶対性不可侵性に改めて思い至り、その軋みの浄化作用によってか蒲団の裾がこの階段の上下に広がる闇ふちのように真っ黒に汚れているのも少しも見すぼらしいとは思わず何か勝利のあかしのような気がして、かつてこの蒲団の裾汚れを見すぼらしく恥ずかしく思ってこの世の一切の汚穢の集約汚辱の凝集のように感じてひた隠しに隠そうとしていたことが却って気恥ずかしく思い出されるくらいだが、その泥や埃に汚れた蒲団の裾を引きずり引きずり歩く様をまるで戦争や災害で焼け出された罹災者のようにしか見えないと評した父をそのとき私は憎んだものだが、いま思えばその表現は実に的確でその怒り憎しみは自身の醜さに対する怒り憎しみを父への怒り憎しみに転嫁したものにすぎずそのはけ口として父を標的にしていただけで不当に父を貶めるものだったと後悔しているが、そのときはそこまで斟酌することなどできずただ外面を気に病むだけだったのでそのような姿で雨中や雨後の泥道などとても歩けたものではなく、どうすれば裾を汚さずに歩くことができるのかと日々夜々常に思い悩んでいたが、それというのも唯一の外出先のコンビニの店員のアルバイトのその胸の膨らみを眺めていると勘違いされないかと怖れつつ左胸に刺したプレートを盗み見て知った藤本という名の女の子にこの見すぼらしくも哀れな裾汚れ蒲団を身に纏っている私の不様な姿を見られることに、表面何ごともなく装ってはいても内心でさげすみあざ笑っているに違いないということに、他の誰に見咎められ嗤われるよりも何より羞恥の思いを感じたからで、どうかして彼女の前でだけはそれを隠そうとあらゆる隠蔽工作を講じたが、ただでさえ目立ってしまう蒲団姿で隠しおおすことなどできるはずもなく、「裾が汚れて洗うの大変でしょう」と当の彼女に面と向かっていわれたときには手にしていたビニール安財布はとり落としそうになるし釣銭とレシートを受けとる手はアル中みたいに微細にプルプル震えるし受けとった釣銭はうまくビニール安財布に入らないし今買ったばかりのハムカツサンドとコロッケパンとコーヒー牛乳の入った袋は置き忘れそうになるしで、すべては終わったもうあとがないいよいよそのときが来たと思い極めるが、どこをどう通ってきたのか歩いてきたのかそれとも走ってきたのか途中人に出食わしたか出食わさなかったかも一切覚えていないほど動転していて、気づいたときには明かりも点いていない真っ暗な自分の六畳間の片隅にうずくるまっていて、しかもあれから三日ほどが経過していることを明かり代わりに点けたテレビを見て知って愕然となり、必死に手繰ろうとしたその間の記憶もついにすくい上げることはできず、父や祖母の証言などから辛うじてその間の行動を窺い知ることができはしたもののまるで他人のことのようで自分のこととは思えず、完全に記憶から抹消されてしまったのか記憶機能そのものが機能停止していたのか、その間の出来事を今だに私は思い出すことができないが、それはやはり脳の一時的部分的機能停止状態だったに違いないと一部始終を聞いて賢しげにうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬は言い、私も聡志もうちのシゲヨシの再来再臨の柴犬似の雑種の犬の見解に同意する意味で頷き、「その間の記憶は、だから最初から存在していない」と私が言うと、蒲団男は「やはりそうですか」と言って頷きはしたものの納得した様子ではなく、あるはずのない記憶を取りだそうと尚も考え込むふうに黙り込んでしまい、しばらくそうやって考え込むうち次第に蒲団男の顔が蒲団の中に埋もれていき、遂にはその中に完全に潜り込んで隠れてしまってただの蒲団の塊に変貌してしまうのだったが、思えば彼女のその言葉に他意はなく単に沈黙の回避としての発話でしかないものを最後通告のように思いなしてしまった私の方がねじくれていたのだがそのねじれを生みだしたのがこの分厚い蒲団なのだった。

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