友方=Hの垂れ流し ホーム

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金魚のフン

金魚のフン

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この画像に見るかぎり、飛行船か何かのように機体は優雅に浮遊しているかに見えるが、姿勢制御にいくらか問題があったのらしく、このときの磁気シールドの乱れが0.02%前後ということで、それだけでもしかし当時としては先端を行くものなのだが計算上0.0005%以下に抑えなければ制御は難しいのだという。

「だからこのときはまだ大半が外部制御なんです、実は」と照れたように鳥飼氏は筆者に語った。当時の機体を「金魚のフン」と自嘲的に呼ぶ鳥飼氏は、どこか不良息子に思い悩む父親のような眼差しで「こいつには随分泣かされましたよ」と苦笑混じりに手にした写真を指で弾いた。

その写真が撮影されてから5分後、機体はシステムクラッシュして制御不能に陥り、 搭乗者が機内に閉じ込められる。全システムを外部制御に切り替えるも受けつけず暴走、磁気シールドのオーバーヒートが原因と思われるが機体後部から出火し、見る間に機体全体が炎に包まれる。幸い搭乗者は自力で脱出し左腕及び胸部に軽い打撲を負ったのみで大事には至らず、機体のほうも待機の消防班による迅速な消火活動により被害は最小限に食い止められる。

「美鈴くんにはね、済まないと思ってますよ」と搭乗者の1人で今や伝説の人となっている美鈴・クライン氏について鳥飼氏は言う。彼女についてはこれまでほとんど書いていないが、それは当プロジェクトの解散とともに彼女の行方がわからなくなり、その後の消息も全く不明だからだ。彼女に関する資料もこの写真を含めてごく僅かしか入手できなかった。あるいは鳥飼氏ならと訊ねてもみたが、わからないとのことだった。

鳥飼氏と会話している二人のうち手前にいるのが呉氏で、素粒子加速器等の制御システムも手掛けるその道の権威。その奥にいる穏和そうな若者が李氏。電磁気学が専門の気鋭の研究者で、ご存知の方も多いと思う。実は当初プロジェクトに李氏は参加しておらず、氏自ら参加を希望する旨打診し、2375年9月より正式に加わることになる。それまで携わっていた仕事を総て整理したうえでの打診というからその決意のほどは相当なものと窺える。氏の参加によりそれまでの停滞から一挙に脱してその後の躍進も目覚ましく、その独創的なアイデアなしには「この開発全体がね、不可能だったと思いますよ」と鳥飼氏は言う。というのも開発は予定を大幅に遅れていて上層部では開発それ自体の見直しを検討する構えだったらしく、「あの時点で予算総て食い潰してましたからね、実質的に破綻してたんですよ。あと2年で目処つけろって釘刺されてこら無理だって諦め掛けましたよ」と鳥飼氏は述懐する。その要が磁気シールドで「電子機器がお釈迦になったら話にならんからね」と鳥飼氏も言うように、強力な磁場を発生させることで重力に反発する力を得ているこのシステムにおいて、磁気シールドはなくてはならぬものなのだ。そして当時開発の最も遅れていた部門がその磁気シールドなのだった。李氏が参加してからが本当のスタートともだから言えるのではないかと思う。

李氏といい呉氏といい、これほどの人材が当プロジェクトに参加したのもひとえに鳥飼氏その人の魅力ということに尽き、「彼との仕事は私の生涯で最も実りあるものでした」とプロジェクトに関わりを持った人は誰もが異口同音に語っている。──『重力制御と心中した男「スティーブン・K=鳥飼」』(実践科学思想出版刊)より抜粋──

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