Effluents from Tomokata=H

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でもそんなふうにリコが言うのも、口を尖らせてちょっと拗ねたように、芝居掛かってるっちゃ芝居掛かってるけど効果は覿面(てきめん)で、こっちの急所を突くような、何もかもをチャラにしてしまいかねない、そうした計算尽くなとこも含めて、もちろん計算尽くに違いないのだ、本人は認めないだろうけど、憎めないというか、負けてしまうというか、そうだよねって肯いちゃうわけだが、とにかくリコがそんなふうに、眉を八の字に寄せてちょっと困ったように、言うのも尤もで、というのもこのところバイトが長続きしなくて、というか前々からそうしたことを窺わせる前兆的なものは、ひとつことに集中できないというか、飽きっぽいというか、協調性に欠けるというか、時間にルーズというか、諸々あったわけだが、ここ最近それが顕著になって自分でも意識するようになったってことで、といって何かトラブルを起こすとかそういうことは滅多になくて、腰の低さというか影の薄さというか、それ自体ネガティブな要素だから感心はできないしできることなら改善したいとも思うが、いや正直できるとは思わないけど、そうしたものが幸いしてあまりトラブルには発展しないので、でもその分日々のストレスが鬱積しちゃうらしくて、だから短期のバイトを転々としてるような状況で、今はそれにも疲れちゃってて自宅療養中みたいな、そんなわけで帰りの遅いのを、もちろんリコの、いつだって遅いんだけど、たまに異様に早かったりしてそんなときは慌てるが、なぜと言って疚(やま)しいところは何ひとつないのにドキリとしてしまうし、そんな自分の小心さに臍(ほぞ)を噛む思いだし、いつもよりちょっとだけ饒舌になったりするし、取り乱すってほどじゃないけどいくらか狂騒的な、ふわふわした心持ちになって、挙げ句妙な敗北感に浸されちゃうからで、とにかくそういった駆け引きに於いてはうまく立ち廻れない、というか立ち廻れたためしがないから、前以てあらゆる事態を想定してそれらに対する予防線を張り巡らしておかなきゃいけないわけで、でもそれでもやはりうまくは立ち廻れないだろうとなかば観念しちゃってるけど、やるだけのことはやっとかないと気が済まないというか落ち着かないというか、あれやこれやいろいろと気に掛けつつ、部屋を片づけたりして気を紛らわせ、そんなんで紛れるものじゃないが、紛れようと紛れまいと身体を動かしてないとどうにも不安っていうかそわそわしちゃうみたいな、つまりは根っから下僕体質なんだって実感されるわけだが、そうじゃないと否定したい気持ちもなくはなくて、というかありありで、でもそうじゃないんだって事あるごとに実感されちゃうわけで、下僕たることに自足してるのか自足してないのか実際のところ分からないが、よく晴れた日に洗濯なんかしてるときに、朝は遅いからリコはまだ蒲団のなかで、洗濯機の音に起きちゃわないかと気を揉んだりして、そうして洗濯物を干したりしてるときに、何かよく分からない充足を感じたりするんだけど、これって何なのか、洗濯が好きだってのもあるかもしれないけど、あとお日さまの力も、でもそれだけじゃなくて、それ以外の何か、それこそ下僕体質とでも言うよりほかないような、何かそうしたものの胎動を、微弱な、それでいてある種の力強さも備えている内なる胎動を、意識せざるを得ないわけで、でもだからといってそれに屈しそれに甘んじて、剰(あまつさ)えそれを堪能してるってわけじゃなくて、いや堪能してるのかもしれないが、はっきりとそうだと認めることは、下僕なら下僕でいいじゃないか下僕で何が悪い、いやむしろ下僕でこそありたい下僕こそが人の正しい在り方なのだ、それ以外は認めない断じて認めない、下僕万歳、とか開き直ることは、今のところまだできそうになくて、下僕かもしれないけど下僕じゃないかもしれないし、と曖昧に濁すよりほかないのだった、下僕なの、下僕じゃないの、どっちなのかはっきりしなさいよ、ってリコは言うかもしれないけど、リコとしてはだから下僕にしたいのかもしれないが、あからさまにそう言われたことはないけど下僕並みに扱われてる感がなきにしもあらずで、そうやってちょっとずつ矯正、この場合調教か、されてるのかもしれないが、今一歩踏み込めないというか、自分にとってそれが喜悦なのか苦痛なのかがもひとつ分からないから尻込みしちゃうわけで、とはいえ今のところそうした究極の選択を迫られるような事態には至ってないらしいが、自分の認識に誤りがないとするならば、でも自己の認識に誤りがないなんて、どこにも万にひとつもそうした可能性がないなんて、いったい誰が言えるだろうか、言い切れるだろうか、言い切れないとすればどっかしら誤りがあるだろうはずで、そうとすれば知らぬ間にそうした選択の際に、あれかこれかの瀬戸際に、どちらにしようかなてんのかみさまのいうとおりみたいな、立たされちゃってたりするのかもしれず、いや今まさにそうなのかもしれず、どうよ、どうなのよ、って問い詰められて答えに窮してる、を今まさに演じてるってことはないのだろうか、もう何分も何十分も、殊によると何時間も、答えようともがき苦しんでるってことはないんだろうか、というのも何かを答えねばならないというような、強面の面接官を前にしてるかのような、そうした切迫したものが、問いの存在は定かじゃないながら、すでに問いは発せられたのか、それともまだ何も問われちゃいないのか、そこんところが不分明ながら、常に頭の片隅に、というか奥のほうに、意識と無意識との境界に、というか半分くらい無意識のほうに掛かってる感じで居座っていて、それに対して前向きに善処しますみたいな、現在受け入れる方向で検討中ですみたいな、そうした感情の萌芽を、まだまだ小さなもので揉み消しも不可能ではないようなくらいの、感情というにはお粗末なその萌芽を、意識しないでもないからで、ってことはすでにそうした事態に直面してるのかもしれない、全然そうとは気づかぬうちに退っ引きならない岐路に立たされてるのかもしれない、少なくとも何時いつに伺いますのでよろしくみたいな事前連絡なんか間違っても来そうになくて、だからもうほとんど動物的勘だけが頼りみたいなところがあって、でも自分にそうした動物的な、野性的な、特殊と言えば特殊な原始的と言えば原始的な、そうした能力なんかあるんだろうか、ひ弱な都会っ子のこのオレに、鈍臭いって言われることのほうが多いのに、脳細胞が全部直列で繋がってんじゃないかってくらいに、そんなのはだから当てにできるはずもなくて、でもじゃあ何を当てにすればいいんだろう、当てにするものなんてあるんだろうか、を一頻り考えてみれば、何せ考える時間だけはたっぷりあるから、あるらしいから、でも考えるまでもなく思い当たるものはたったひとつ、それが、それだけが、今の自分にとって拠(よりどころ)で、他に頼るものなんかないんだ何ひとつ、なんだそうか、そういうことか、変に難しく考えることもないんだ、とひとりアツシは頷いて、手探りで掴んだコーヒーを、くすんだ白いカップを、指に触れたそれはひやりと冷たかったが、構わず口元へ持ってきて一息に呷ると、中はからっぽで、何も入ってなくて、つまり中身は全部胃のなかで現在消化の真っ最中、そんなわけで消化液の働きに思いを馳せつつゆっくりカップを元のところへ、といって正確な位置は覚えてないから大体この辺りって見当つけたとこへ、べつにどこだっていいんだけどなんとなく置く場所は決まってたりするから手は自然とそこを目指しちゃうわけで、そうして所定の位置へ戻し置いて、手を添えたまましばらくそれを、カップを眺めてたのは、二杯目を、というか通算で言うと四杯目か五杯目だが、入れるかどうかで迷ったからで、というのも今入れちゃうと飲み終わる前に帰ってきそうな気が、いや今にもただいまの声が、もちろんリコの、疲れの露わな、嗄(しわが)れた、でも妙に艶っぽい、聞こえそうな気がして、どうせなら二杯目はいっしょに、そのほうがいい、ってことで飲まないことにしてそれから、カップから手を離し、片すのはあとでもいいかとそのままにして、安吾先生にも疲れちゃったからまた今度ってことでお暇(いとま)願い、さしあたりすることもないけどご帰宅も近いことだしと寝転がって、まあいつだって寝転がってるんだけど、腕を頭の下に敷いて、頭髪越しにその硬い頭蓋に触れた腕が少しずつ痺れてくのを、というか感覚がなくなってゆくのをなんとなく意識しながら、薄暗い天井をこうしてさっきから眺めてるってわけなのだ。

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