Effluents from Tomokata=H

戻る  

目次 01  02  03  04  05 


04

おれを無視して聖氏が次促すと、隣の床上手が入ってくる。

「なんか夜中にゴソゴソやってるみたいでした。怒鳴ったりもしてました。はい、たまに見掛けますけど、大人しそーで、印象薄かったです。でもそーゆーのに限って陰で何やってるか分かったもんじゃないです」

そん次は高倉健と鶴田浩二んなった男が入ってきて証言する。この人はおれの味方してくれそーな気がした。

「全体に落ち着きなかったですね、はい。終始ビクビクしてまして、何かに怯えてるよーな感じでした。逃亡者的って言えばいーんですかね。普通はユートピアって聞ーたら心踊るもんです。なんせ理想郷ですからね。逃亡者なら尚更です。絶好の隠れ家になり得るんですから。それが子供みたいに帰る帰るってんですからね。変だって思いました、正直。ユートピア嫌うってのは、何か疚しーことがある証拠です。なるほど、そーゆーことだったんですか」

おれが口挟む余地もなく、次が入ってくる。一人じゃなくてゾロゾロ群れ成して入ってくる。路地の娼婦たちだった。代表者が一人、一歩前ん出て証言する。

「長年そーゆー人たち見てますからね、すぐ分かるんです。怯え切って眼光とか異常に鋭くってさ、犯罪者だって一目で分かったよ。それも相当重い罪のね」そーゆーと何が可笑しーのかクスクス笑う。一人が笑うと伝染して他のも笑いだして、しまいには大爆笑んなる。

笑いが治まったころ聖氏に促されて入ってきたのは髭面の猟師。

「随分ソワソワしてまして、話も上の空って感じで。あー、それからロープを持ってました。はい、そー、それです、確かにそのロープです。後生大事にずっと抱えてました。それで首絞めたんだと思います。森ん中うろついてたのは、大方死体埋める場所でも探してたんでしょー」

そわそわしてたのは猟師が銃持ってたからだっておれが言っても一切聞ーちゃくんなくて、何寝言言ってんだって顔して澄ましてる。

現次と矢部と夏彦と坂淵が入ってくんの見て、今度こそおれに有利な証言してくれるって思って期待したけど、こいつらまでが聖氏に買収されてんのかおれに不利な証言すんだった。

「彼女なんか一度も見たことないです」って現次が言えば、「確かに女の気配だけはありましたけど」って矢部が言ー、「そんときにはもーこの世にいなかったのかもしれません」って夏彦が言えば、「アリバイ工作だったのかも」って坂淵がゆー。

どいつもこいつもホントのこと証言しよーとせず、根も歯もないこと言って寄って集っておれを殺人犯に仕立てよーとしてる。でも証言聞ーてると夢のリアリティーがなんか増してく気がして、おれの認識の方が間違ってたよーな気がしてくる。聖氏がおれの過去を捻じ曲げ捏造しよーとかしてんじゃなくて、おれ自身がおれの過去を捻じ曲げ捏造してんのかもしんないって思った。一旦そー思っちゃうとおれの過去の全部がおれ自身によって捏造された虚構のよーな気までしてくる。自分の辿ってきた一本の道が一瞬にして無数に分裂して、不確かな迷路みたいなもんになっちゃったよーな気がしてくる。聖氏が笑ってる。おれ見て笑ってる。

その聖氏に促されて最後に入ってきたのが彼女だった。しばらく見ないうちに彼女はすっかり変貌してて、以前にも増して純情可憐な美少女んなってる。久し振りに会うと、こー、馴染めないな、なんか。しっくりこないってゆーか、像が歪んでるってゆーか、微妙にズレがあるんだった。それもこれもみんなユートピアのせーなのかって思う。でも彼女が来てくれたお陰でおれの無実も証明されたよーなもんで、最後の最後でボロ出すなんてヤクザらしくもないって思って聖氏の方見ると、なんか余裕綽々で薄ら笑いさえ浮かべてる。これも聖氏の計略で、そこまで計算してのことだったらとか思うとちょっと怖かったけど、彼女の証言で全部ひっくり返るに違いないって信じて気ー鎮めよーとした。虚構になっちゃったおれの過去を彼女が現実に戻してくれるに違いなく、そのためにこそ彼女は来たんだって思った。そんなこと思ってるうちに彼女が喋りだしたんで、慌ててその証言に耳傾ける。彼女は真っ直ぐ聖氏の方向いて、その眼を見据えて話し始める。

「別に私は悲しんでなんかいません。むしろ嬉しーんです。本望でした。その瞬間、今までにない興奮も味わいましたし。全然怨んでなんかないんです。ホントです。セックスなんかより全然気持ち良かったんです。彼には感謝してるんです。だから彼を責めないで下さい」

「つまりどーゆーことですか?」思わく通りって感じで聖氏が訊く。

「彼に罪はないんです。半分私が誘ったよーなものなんです」

「彼がやったんですね」

「……はい、でも」って言って彼女は口籠る。それ見て聖氏は殊更自分がヤクザだってのを誇示するみたいな感じで、さっきよりもずっと冷徹な薄ら笑いを浮かべる。

他の誰がおれを人殺し呼ばわりしても特にダメージ受けるってことないと思うけど、彼女にそー言われんのはかなりショックだった。応えた。おれの全人格否定された気がして、なんか急に足場失って宙ぶらりんになったみたいで、堪んなく不安で心細くて孤立無援て感じがした。完全に打ちのめされて立ち直れないぐらいガックリ来て、頭ん中真っ白んなってなんも考えらんない状態だった。

脱力感がグルグル体ん中駆け巡って、抜け殻みたいんなってひとり茫然としてたら、それ見兼ねたのか聖氏が急に猫撫で声んなって宥めるよーに、「ちょっとやり過ぎでした。気を悪くしないで下さい。ただあなたの可能性の一つをご覧に入れかっただけなんです」とかゆーんだけど、殆ど耳に入ってこなくて何言ってんのかも分かんなかった。ひとり取り残されてるって感じで、おれだけが何にも知らされてなくて、騙されてる気がした。可能存在としての一つの在り方を開示しただけだとか聖氏はゆーんだけど、それが分かんない。いー加減なこと言って誑かそーとしてるよーにしか思えない。

「おれ殺ってないすよ」そー言ったおれの声はなんか裏返っちゃってるしブルブル震えてもいて、殆ど泣き声に近いのに自分でも驚いた。そのうちおれん中であの夢の出来事が現実とそっくり入れ替わってんのに気づく。夢が現実食い潰して現実に取って替わってる。今まで影も形もなかった後悔の念とかまでがいつの間にか心のど真ん中に居座ってて、おれを揺さぶるんだった。なんかがガラガラ崩れる音がしたよーな気がして、「ははー、これが自我が崩れる音か」とか、まるで他人事みたいに思う。壊れたって思う。

聖氏はおれの方見て、「この際殺ったかどーかは問題じゃないんです。可能性の問題なんです」とか笑顔で言ー、「現実とゆーのはドーナツの穴みたいなもので、それをありのまま認識することはできません。それを受容し認識する段階で別のものにすり替えられてしまうんです。認識してるのはだから穴じゃなくてドーナツです。それは虚構です。人は虚構をしか認識できないんです。それを現実と思い込んでるんです」とかゆー。

もっとちゃんと説明してくれとか思ったけど、聖氏は「まー、細かいことは抜きにして、それじゃそろそろ始めましょーか」とか言って、何より進行が大事って感じでどんどん先進めるんだった。その聖氏の合図で大勢の人が一挙に部屋に押し寄せたから、事態の把握とか出来事の整理とかもできなくなって、ただ成り行き見守るしかなかった。今や指揮権は完全に聖氏に握られちゃってる。

聖氏の合図でこの場にいる全員が一斉に大口開けて歌いだす。みんなでユートピアの歌を歌うんだった。大合唱だった。それをうるさいとも思わず壊れた頭ユラユラ揺らしながら黙って聴ーてた。前に聴ーたときみたいに取り込まれるよーな感じとか全然なくて、むしろ心地いーぐらい。聖氏の指は相変らず勝手に動いてて、歌聞きながらぼんやりそれ見てた。ふと、他の一切のことに無関係に動いてる、殆ど病的って言ってもいー聖氏のその指が、何もかもの原因じゃないかとか思った。他の一切のことに無関係に動いてるよーに見えるけど、実はその指が全部取り仕切ってんじゃないかとか思った。何の根拠もなしにそー思った。

全然気づかなかったけど歌の間に準備とかしてたらしくて、歌終わるとすぐパーティーが始まった。路地の住人が入れ替わり立ち替わりやって来たし、森ん中の腐乱死体とか首吊り蓑虫たちも大勢やって来て部屋を賑わした。狭い部屋だからすぐ一杯んなって廊下にまで溢れるぐらいで、ワイワイガヤガヤ騒がしかった。見てるとみんながみんな顔見知りみたいに親しげに喋ってて、なんか近所の寄り合いか親戚の集まりかなんかみたいに寛いでる。凡そパーティーの賑わいとかゆーよーな乱雑な雰囲気じゃなくて、もっと親密な関係が結ばれてるみたいだった。ただ、おれ一人除いて。こん中でおれ一人だけがなんか除け者って感じで誰にも相手にされてないみたいだった。

キッチンじゃ路地の喫茶店の人が忙しそーに立ち働いてて、その店員が甲斐甲斐しく手伝って、でき上がった品どんどん運んでくる。いつの間にかそん中に混じって彼女も一緒に立ち働いてる。

目次 01  02  03  04  05 

戻る  


トップ | インフォ | プロフィール | 小説 | イラスト | レシピ | 雑記 | 掲示板 | 送信 | 履歴

コピーライト