ってゆーか、元々そーゆー性格だったってことに改めて気がついたことでも、彼女には感謝しなきゃなんないかもしんない。そーいや昔っから散々母親に叱られてたっけ。ってゆーか、それだけ彼女が凄かったってことなんだ。
部屋全体に渡って、それこそ部屋の隅から隅まで雑誌だの漫画本だの紙屑だの、ビールとかジュースの空き缶だのビニール袋だの紙袋だの脱ぎ散らかしたシャツだの靴下だのが散乱してて、インスタントラーメンの発砲スチロールの空き容器とかがそこここに点在してたし、いつのもんかも分かんない食べ掛けのスナック菓子とかが至るとっから顔覗かせたりなんかしてる。正体不明の物体がいくつも散らばってる。そーいや床の表面とか全然見えない。それ見なくなって一体どんぐらいんなんだろー? テーブルの上なんかも物凄い様相で、すでに黴とかで覆い尽くされて、なんか得体の知れないもんになってる食べ残しが山盛りんなってるし、ゴミ箱は溢れ返ってその周辺までもゴミ箱の勢力圏内んなっちゃってる。ってゆーかこの部屋全体がゴミ箱と化してる。臭いも結構凄かったけどそれも最初のうちだけで、だんだん気になんなくなって、ってゆーか鼻がバカんなって今じゃ全然臭わない。彼女来なくなってからたった二ヵ月しか経ってないのに、この荒廃振り。惨憺たる状況って感じ。だらしないってゆーか無精ってゆーか、とにかく面倒臭いんだった。でも何がどこにあんのかは大体分かってるし、物が手の届く範囲内にあんのがいーんだった。結構快適で生活そのものには何ら不便も感じてない。家賃の滞納も丁度二ヵ月だった
彼女に未練なんかない。おととい来やがれ。こっちから願い下げだ。って、そー思おーとかしてる。毎日毎日念じてる。必死んなって自己暗示掛けよーとかしてる。催眠術の本まで買ってきて鏡に向かって自分に掛けたりとかしてる。でもそんなのうまく行くはずもない。忘れよー忘れよーとか思っても、気がついたら彼女のことばっか考えてる。彼女のことで頭は一杯んなってる。ブクブクぶくぶく膨らんですぐ溢れてくる。ゴミ箱と化しててもこの部屋には彼女の痕跡が濃厚だからで、何見ても彼女思い出さずにはいらんないんだった。
別に良家の子女とかお嬢様とかゆーんじゃないけどそれなりに真面目だし、ルックスも飛び切り美人とかゆーわけじゃなくて10人並みだけど、10人並みのおれと釣り合ってたし、まー申し分ないって感じ。ってゆーか殆ど理想に近かった。いや理想の女性って言ってもいー。いなくなったから美化され神格化されたとかゆーんじゃなくて、掛け値なしにそー思う。何より彼女は家庭的でよく気がつく子だった。部屋の清潔さが完全に彼女に依存してたってことを、部屋がみるみるうちに荒廃してくの見て分かったんだった。彼女の力が絶大だったんだって思うと同時に、その彼女を失ったってことがメチャクチャ応えた。まるで抜け殻みたいだって誰かが言ってた。いや言ってなかったっけか? どーでもいーやそんなこと。おれが抜け殻んなって彼女が帰ってくんならいくらでも抜け殻んなるけど、そんな保証はどこにもない。セミの抜け殻はゴロゴロ転がってても、セミ捕まえんのは難しー。声ばっかうるさくて姿見せないから。
彼女はいなくなった。消えちゃった。理由は分かんない。皆目不明。突然連絡なくなって、電話したら番号変わってんのか通じなかった。念のためマンションとかにも言ってみたけど、すでに引っ越したあとらしくて空き部屋んなってた。おれは途方に暮れた。ひとり黄昏れた。
彼女はすっごい従順でおれのゆーことには大概従ってくれた。痒いとこに手が届くってゆーのか至れり尽せりってゆーのか、喉渇いたなって思っただけでタイミングよくお茶とかコーヒーとか出てきたし、いっつもおれの傍にいて忙しそーに立ち働いてるよーには全然見えないのに、溜まってた洗濯物がいつの間にか洗われて窓の外に並んでヒラヒラ揺れてたし、いつの間にか掃除機とか掛け終わってるし、冷蔵庫ん中の異臭を放つ腐ったもんがやっぱいつの間にかゴミ箱に移動してたし、その満杯のゴミ箱もいつの間にか空んなってんだった。低血圧だったから朝とか弱かったけど、無理して起きて飯の仕度してくれたりなんかもした。だからって絶対君主制とか敷ーてたわけじゃなくて、彼女はそーゆー細々したこと好きみたいで、所謂尽くすタイプらしくて何でも率先してやるんだった。おれが「自分でやるよ」とか言っても「いーのいーの」とか言って全部やってくれる。今時の女の子にしては珍しーぐらいで、おれがそー言ったら「そんなことないよ、普通だよ」とか彼女はゆーんだった。
だから正賓としての礼をおれは尽した。下にも置かぬって感じで盛大に持て成した。彼女の坐る席は上座だったし、座蒲団だって二枚重ね三枚重ねだし、買物んときは執事んなってどこまでもついてったし、彼女の好きなピーナツバターとか切らしたことなかったし、彼女が満足するまで舌這わせたし腰動かし続けた。パンパンパンパン音させて打ちつけた。それもおれのリズムじゃなくて彼女のリズムで。それこそ下僕とも奴隷ともなって彼女に尽くした。身を捧げた。別にそれ恩に着せよーとかそーゆーつもりじゃ全然なくて、彼女の自然な振る舞いがそーさせんだった。
彼女はピーナツバターが好きだったから朝は決まってパンだったけど、彼女のピーナツバター好きは半端じゃなくて、殆ど自棄糞んなったみたいにこってり塗りたくるから「いくら何でもそりゃつけ過ぎだよ」っておれが言ったら、「これぐらいが美味しーんだよ」とか言ってピーナツバターにパン乗せてるってぐらい分厚く塗りたくったのを旨そーに食ー。そんとき決まっておれにも塗れってピーナツバター差しだす。あんま好きじゃないって言ってんのに、一人じゃ減らないからって決まって勧めるんだった。ピーナツバターの壜捧げ持っておれの方に突きだして、「ね、一回でいーからこれつけてみて」って彼女はゆー。
「パンにか?」
「そ、パンに」おれの眼ー見つめて微笑みながらゆー。「ほら、美味しーよ」とか言ってピーナツバター差しだして、「騙されたと思ってさー」ってゆー。
彼女いるときは殆ど日課のよーにしてそれが繰り返された。コーヒー一口啜って、さてパンにバター塗ろーかなって手ー伸ばしたとこ見計らって彼女はゆー。朝の挨拶みたいだった。でもそれ鬱陶しく思ったりしたことは全然なくて、彼女がいくらしつこくてもピーナツバターみたいにしつこく感じはしなかった。精々半苦笑んなるぐらい。
常に彼女はピーナツバターの壜手にしてて、ちょっとずつスプーンで掬っては嘗める。出掛けるときもバッグん中に忍ばしていつでも補給できるよーにしてて、喫茶店なんかに入るとそれ出して旨そーに嘗める。呆れて見てるとそれ差しだして「食べる?」ってゆー。「一口いかが?」とか笑顔でゆー。見てる方が胸焼けしちゃいそーなぐらいだった。それでも彼女は全然肥んなかった。殆ど主食って言ってもいーぐらい大量に摂取してんのに、体重とか変わんなかった。平均体重維持し続けた。
彼女の口ん中には常にピーナツバターが補給され続けてるから、彼女の吐く息はピーナツバターの匂いがし、キスもピーナツバターの味がする。いや、息やキスだけじゃなくて体中がピーナツバターの匂い放ってるって感じで、汗から何から体から分泌されるもんはみんなピーナツバターの匂いがした。腋の下とか局部なんかは特に強烈で、ピーナツバター塗ってんじゃないかってぐらい匂ったし、ピーナツバターの味がした。だからピーナツバターの匂い嗅ぐと食欲よりも性欲の方がそそられて、そのままセックスに雪崩込んじゃうことが多かった。速攻性の催淫剤って感じで、そんじょそこらのドリンクなんかより余っ程効果あった。それが気に食わなかったんだろーか? 一回ぐらいピーナツバターの方食ってやりゃよかったんだろーか? それとも「まだレーズンの方がいー」とか思わず口滑らしちゃったのが不味かったんだろーか? その一言が彼女を傷つけちゃったんだろーか? いや、彼女はそんなことで腹立てるほど狭量じゃなく、総てを包み込んじゃうぐらい寛大な心の持ち主で、だから尚更彼女いなくなったことが応えたんだった。忘れよーとして忘れられるもんじゃない。
ピーナツバターは嘗めなかったけど、彼女から分泌されるピーナツバターはよく嘗めた。直接は嘗めなかったけど、彼女の摂取したヤツを、だから間接的には摂取してたってわけだ。彼女の皮膚と粘膜からじかに。
「ピーナツバターの味する」
「嘘」ってピーナツバターの息で彼女は言って、擽ったそーにクネクネ身をよじる。
「ホントだよ。嘗めてみりゃ分かるよ」って言っておれは彼女の分泌したピーナツバターたっぷり指につけて彼女の鼻先に突きだして、「美味しーよ」って彼女を真似てゆー。「騙されたと思ってさー」って。しばらく彼女は思案顔だったけど徐ろにおれの手首掴むとペロペロ嘗める。彼女は至って真面目で、ソムリエんでもなったみたいに真剣な顔して舌の上で転がしてよーく味確かめてから、「ホントだ」とか言って笑った。
彼女がいなくなってからは、彼女との思い出とか洗いだすためにピーナツバター嘗めるよーんなった。ピーナツバター嘗めながら、脳ミソん中の隅っこの方で消え掛けてる彼女の記憶を一個一個引っ張りだしてきては、何回も何回も嘗め廻すってこと繰り返した。今じゃピーナツバターの匂い嗅ぐだけで彼女の姿がありありと見えるし、彼女とのセックスがリアルに甦る。朝と言わず昼と言わず夜と言わずやり捲った彼女との濃密な行為が、眼の前に浮かんでくる。
でもそーやって片っ端から嘗め廻してるうちに、再生繰り返して画質がどんどん劣化してくビデオテープみたいに、現実の彼女との間にズレができてくよーな気がしないでもなく、彼女の記憶を捏ねくり返せば捏ねくり返すほど、そん中に埋没すれば埋没するほど、彼女の存在を自分の都合のいーよーに改変してるだけなのかもしんないって思う。彼女のいた穴をおれの勝手な妄想でせっせと埋めてるだけなのかもしんないって思う。でもそれは半端じゃなく気持ちいーから止めるに止めらんなくて、行くとこまで行くしかなかった。
ピーナツバターで彼女の開けた穴を埋める。ピーナツバターは彼女の味がする。
彼女とはどこでもセックスした。所構わずした。キッチンでもしたし風呂場でもしたし廊下でもしたし玄関先でもした。むしろベッドでしたことの方が少ないってぐらいいろんなとこでした。でもだからって彼女が淫乱だったとか好きものだったとか言ってんじゃない。彼女はごく普通の性欲の持ち主だったけど、おれの趣味に引き摺られて少しずつ開眼してったんだ。それは偏に彼女の従順の為せる業で、おれの期待に応えてのことなんだった。それだけでも彼女が貴重な存在だったってこと分かるし、その彼女失ったことが重大な損失だってことも分かる。この部屋にはだから彼女との粘液塗れの絡み合いが、拭いても取れないぐらいびっしり染みついてる。それがジワジワじわじわ滲み出てくんだった。ぼーっと眺め廻すだけでジュクジュク粘液が流れだすみたいに出てくんだった。それ片っ端からおれは嘗める。
後ろからしながら玄関までヒョコヒョコ歩いてって、そのまんまドア開けて外に出てったこともある。あれがいけなかったのか? でも彼女もすげー喜んでたよな? 凄く良かったとか言ってた。あれが原因だったんだろーか? 口じゃあー言ーながら心ん中じゃおれのこと蔑んでたんだろーか? ヘンタイとか罵ってたんだろーか? でもあんときドア開けたのは確か彼女だ。ドアについてた手ーノブに掛けて廻したのは、確か彼女だった。鍵掛かってたのわざわざ開けてまで外に出よーとかしたのは、彼女の方だった。
それ以来ちょくちょく外でするよーんなった。ってゆーか外でする方が多くなった。階段の踊り場とかエレベーターん中とか公園とか路上とか、そーゆーとこでした。煙草の臭いとか香水の香りとか体臭とか体温とか、さっきまで人のいた気配とか感じるよーなとこほど盛り上がった。それでも最初はなるべく人の来ないよーな暗いとこでしてたけど、それじゃだんだん興奮しなくなって、ちょっとずつ人通りのあるとこでするよーんなって、バレそーんなったりしたこともあるし、警官に尋問されそーんなったこともある。それでも飽き足らなくて真っ昼間の道路の真ん中でしたこともある。ライトブルーの空の下、パンパン腰打ちつける音響き渡って、それだけでも相当良かったけど、その音聞きつけて誰かやって来んじゃないかとか思ったら更にボルテージ上がって、人が来る間もなく果てた。自己最短記録だったかもしんない。だからラブホテルなんかも殆ど行ったことない。その辺に原因があったんだろーか?
とにかく彼女がいなくなってからってゆーもの、変なことばっか起きんだった。彼女の存在がそれを塞き止めてたとでもゆーのか、彼女がおれの前から姿消した途端になんか世界が変わったって感じだ。天地がひっくり返ったってゆーか、反転して裏表んなったってゆーか、なんか変な感じだった。フラれたショックとかそーゆーんじゃない。確かに彼女いなくなったのはショックだし相当落ち込みもしたけど、それとこれとはなんか違う。
それからだ。不運の渦がおれの周りグルグルぐるぐる渦巻き始めたのは。急転直下ってゆーのかな、ゴロゴロごろごろ坂とか転がり落ちるみたいな、そんな感じ。
ホント、なってねー。
小説/literary fictions