Effluents from Tomokata=H

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そう決意はしたものの積極さとも果敢さとも馴染みのない弥生には次の一歩を踏みだす端緒が掴めず、いやこれまでに積極だったり果敢だったりしたことが全然ないかといえばそんなことはないだろうが、人から積極且つ果敢だと指摘されたことはないし自ら積極且つ果敢だと任じているわけでもなく履歴書にだって積極且つ果敢だとかそれに類することを明記したことはないくらいだから斯かる意味において積極さとも果敢さとも縁がないということはたしかで、決意するのは簡単だが実践するのはだから容易ではなく、たかがこぢんまりと蠢くだけの不確かな像にすぎないじゃないかと己を叱咤しつつ身を乗りだそうと力を込めるが腰から下の反応は鈍く、眼前で蠢くそれと同様に上体が変な具合に傾いだりするだけでちっとも前へ進めないからもどかしく、その間もそれはジワジワと弥生のほうへ近づいてくるから焦るが、焦ると余計命令系統が混乱を来すのか体はおかしな動きをくり返し、そんな弥生を嘲笑うかにそれは少しずつ距離を縮めてきて、こっちから出向くまでもなく向こうから詰め寄ってくるのだからいいようなものだが積極且つ果敢であるためには斯かる受動性をよりは能動性を以てそれに相対さねばならないはずで、それなのに本番に弱いというか、ここ一番というところで腰砕けになってしまう己の弱さを弥生は痛感し、痛感したからといって一挙に積極性なり果敢性なりを発揮できるかといえばそんなことは四方あり得ず、なし崩し的にそれを待ち構える恰好になってしまっているのだった。ゆっくりとしかし確実にそれは弥生のほうへ近づいてくる。そして近づくにつれてそれまで影のように不確かだったものが徐々に鮮明な像となって結ばれてくるようだが、その立ち姿とか歩き方とか肩の揺れ具合とかそういったものに既視感を覚え、華奢な体のラインといいほんの少し猫背なところといい短く刈り込んだ頭髪といいわりとしっかりした顎の形といい左肩に較べて右肩が若干下がっているところといい、それら悉くが弥生の記憶にあるもので、つまり知ってるヤツだという認識が芽生えてくるが、斯かる認識それ自体がそいつによって引き起こされている可能性も否定できないから油断はできず、それでも縦に長い体の線なりクッキリと浮き出た鎖骨なり節くれ立ったごつい手指なり全体に薄い体毛なりに弥生は記憶を呼び覚まされ、そしてそれは佐脇なのだった。こぢんまりと蠢いているのは佐脇なのだった。ほんの数時間前に快楽を貪り合った佐脇なのだった。弥生のどんな命令にも嬉々として従う佐脇なのだった。そんな佐脇に劣情を催さずにはおれない弥生に劣情を催す佐脇が可愛くて仕方がない弥生を慕って已まない佐脇をどこまでも虐めたい弥生にどこまでも追い縋る佐脇なのだった。佐脇なのだった。佐脇なのだった。幾度も弥生はくり返し、幾度でも弥生はくり返すが、果たして本当にそうかと次いで弥生は自問する。隣にいない佐脇が目の前にいるというそのかぎりにおいてはそれを佐脇と言ってよさそうなのだが、いったいそんなところで何をしているのかという疑念も一方で拭えず、斯かる疑念に支配されているかぎり気を許すことはできない道理で、ただそれが佐脇であれそうでないのであれ、少なくとも弥生の視覚に佐脇として捉えられるかぎり積極且つ果敢に攻め入ることはできそうな気がし、いや佐脇ならいかようにも虐めることが可能なはずで、そうして今まで虐めてきたわけだしこれからも虐めてゆくだろうから何をしている脅かすなとでも大喝すればすべては一挙に明らかとなり、佐脇とそれとは分離して佐脇だけを残してそれは薄明のなかへ溶解してゆくに違いなく、元より朝の光がそうした輩を排撃せしめる力を備えているのであってみれば霊験灼かなグッズを待つまでもなくそれは消えゆくほかないのだと弥生は思い、そしてそう思うだけだった。だから懸念が残るしつけ込まれる隙も生じるというもので、そうした弱みをすでに掌握しているといった体でいつになく佐脇が主人面しているから妙に卑屈になってしまうが、卑屈な自己を顧みるとそれが笑いにまでは昇華されないもののいくらか心的に余裕を生じ、その余裕が佐脇との対峙を常のものへと牽引するようなのだが、不思議なのは常ならぬその横柄さに腹を立てるどころか頼もしくさえ思えてこういうのも悪くないとなかば受け入れる態勢になっていることで、とはいえそのような主客の顛倒をこれまでプレイとして試みたことはないし試みようと思ったこともなく、況して佐脇の主導によって強引に何かが決せられるというようなことは皆無だったからその新趣向には少なからず刺激を受け、それでつい受け入れ態勢に入ってしまったのかもしれないが、まだそれが佐脇と決まったわけではないのだしそれを慮外に置くことができぬ以上そう易々と乗ってしまうわけにもいかず、日の出にはまだ時間がありそうだが日が出ればどうにか収まるだろうとだから期待している節があり、全然根拠のないそれはただの思い込みに過ぎないが、お日さまの光が何もかもを綺麗に拭い去ってくれるだろうし霊験灼かなグッズよりもそれは強力に作用するに違いないとそう弥生は思い、そしてそう思うだけだった。とはいえそのような思い込みに縋るよりほかに術がないこともたしかなのだった。

夜明け前だから往来する車はないし周囲の生活音もなく、そのため一室は異様な静けさに包まれ、わずかに目覚ましの時を刻む音が背後から聞こえるがそれさえ四囲の静寂を際立たせることに作用していて、とはいえ夜明け前の静けさとしてそれはごく有り触れた静けさと言ってよく、つまりその置かれている状況が斯かる静けさに異様さを纏わせているわけで、斯かる静けさが醸成する張り詰めた空気のなか弥生は佐脇と対峙しているが、その距離はもう手を伸ばせば届くほどにも近く、それにも拘わらずそれが佐脇なのか佐脇ではないのか今ひとつハッキリせず、いや間違いなくそれは佐脇なのだがどことなく異なった印象がそう断定することを阻んでいて、しかも佐脇は一言も言葉を発しないし対する弥生も一言も言葉を発しないから緊迫の度は増すばかりだった。そのせいか喉の渇きを覚えた弥生はいつもの癖で佐脇にミネラルウォーターを命じようとするが巧く言葉にできず、疑心がそれを歯止めしているのではしかしなく、今自分が頤使(いし)する立場にないからなのだと諒解し、それならと自ら取りに行こうとするが命じられもしないのにこの場を離れるわけにもいかないと思いとどまり、つまり向こうがアクションを起こさぬかぎりこちらはリアクションをとれないわけで、アクションなきリアクションがあり得ぬ以上動きを封じられたに等しく、そのもどかしさに身を捩るほどの痛苦を覚えるがリアクションがとれないから表には出せず、待てを命じられた飼犬のように主人たる佐脇の言葉を待つほかないが貧弱な佐脇の裸身に視線を注いでいるうちに妙な雰囲気になってきて、といって性的な昂揚というのではなく、神妙な面持ちで弥生の横に腰掛けた佐脇が何らかアクションを起こす気配を察したからなのだが、不思議なのはそれに対して期待に胸を高鳴らせているということで、弥生としてそれはまったく予想外のことで自分にもそんな一面があるのかと訝り、自分のようで自分ではないその感じはだから自分のものではなく、いや自身の内部に見出されるかぎり自分のものと言わざるを得ないがそれが自身の内部から自然発生的に芽生えたものでないことはたしかで、なぜといってこれまで弥生が斯かる被虐的立場に立たされて何かを期待するなんてことがあった試しは一度だってないからで、いやそうした立場に立たされることさえ稀なことだしそれを察した段階で回避行動をとってきたのだからこのようなことはそれ自体あり得ぬことで、そうとすればそれは外から植えつけられた偽の感情に違いなく、それが偽であるなら己がものとして引き受けることはできないと弥生はそれに抗おうとするが、抗おうとする意思のほうが逆に閉め出されてしまい、なんでそうなるかなあと思いつつ仄かな期待とともに佐脇のほうへ向き直ると佐脇も弥生のほうへ向き直る。

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