Effluents from Tomokata=H

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そうして徐々に上のほうから下りてくるが全部がぼやけて滲んでいるのは焦点が合っていないからでそれを少しずつ合わせながら垂直な面から水平な面へとつまり壁から床へと這い進んでこちらのほうへつまり足元のほうへ丁寧に刈り込んだ足指の爪の湾曲からピンポン球でも埋まっているような踝を経て脛から脹ら脛へと流れてゆくが膝へ至る前に脇へ逸れてしまいというのはさっき脛が当たったときに動いたのだろう少しく斜めに歪んでいて右上がりというか左下がりというかといって上下にではなく右が奥へ左が手前へつまり前後にズレていていったいこれのどこが申し分ない佇まいなのかと呆れるがすべての線という線が直角に交わっていなければ気が済まないというほど頑なではないからその程度の歪みくらいどうということもなくそうかと言って気づいてしまった以上見て見ぬ振りはできない質だからやはり放ってもおけずそのズレをその歪みをその位置を元に戻そうと凭れていた背を起こし右の角辺りに右手を掛けると押したり引いたりしながら調整するがそこに皺寄った手が重なるというか添えるように置かれて畳の線と平行になるように少しずつ動かしてゆきそうしてその手の動きを見ているというか力を込めるたび甲の部分に筋や血管が盛り上がるのを何か不思議な生き物でも眺めるように眺めているというかもちろん膝の上でとはいえあまり強く揺すったからかそこに置いてある恐らくリモコンか何かだろうエアコンのかテレビのかそれとも他の機器のものかそれは分からないが床に落ちてけっこうな音が響き渡りそれとともに皺寄った手も搔き消えるがそれでもいくらか名残惜しげに淡い影となって漂うというか彷徨うというかしばらく残存していてそれもだんだんと弱まるというか遠くなるというか感じ分けることができなくなりそうしていつか気配も残滓も余韻さえ残さず消え果てることになるのかあれは何と言ったか宇宙が最初に放った産声と言ってもいい轟きというか輝きというかその残光さえ観測できるというのにそれに較べたらほんのついさっきのことと言っていいようなものが跡形もなく消え去るなどということがあっていいものだろうか一体誰が何の権限でそんなことをするのかほんの一欠けでもいいからそれを譲ってもらえないものか尤もそんな権限があるとしてだがそんなわけでもう一度見上げると垂直な面と水平な面とが直角で交わるその部分は定規で引いたように歪みのない線になっていてそれが縦横斜めと三方から集まって一点で交わるというかぶつかるというかあるいは一点から三方へ向かって伸びるというか放たれるというかとにかく\と│と─とつまり三本の線と・とつまり一個の点とが現にそこにあるとそう思われてだからそれは現にそこにあると言ってよくもしそれがそこにないとすれば何がそこにあることになるのかもちろん垂直な面と水平な面とにほかならないがその境界に何がつまり垂直でも水平でもない垂直と水平との間に何があるのかということだがどんなに目を凝らしてもそれを見ることはできそうにないというかできるはずもなくそれでも現にそれは見えているのであって見えているからこそ見えているそれが何であるのかと問うことができるのでありとはいえ些末なことに拘泥しすぎるのはよくないしあまり見つめすぎても目がちかちかしてくるしもちろん全然些末じゃないかもしれないわけでそうとすればいい加減に放ったらかしておくわけにもいかなくなるが目がちかちかするのは宜しくないしあらゆる面で支障を来しもするだろうから逃がすというか逸らすというか伏せるように手元へ引き寄せて腹の辺りでUになったりOになったりしているのをつまり開いたり閉じたりしているのをその際布と布とが擦れ合うのだろう耳障りというのではないにせよいくらか気になるのは静かだからだが気障りなその音にも耳を傾けながらさらにその向こうに伸びる脚がどこか遠慮がちに自身のほうへ引き寄せながら伸ばしたものか曲げたものか思案するふうに斜めの方向へ投げだし兼ねている他人の脚ではもちろんなくどこへでも好きなだけ投げだすことのできる自身の脚だが膝まではほとんど平行に伸びているがそこから先が外側へ折れ曲がって末広がりというかY字というかT字というかになっているのをそうしてどこまでも伸びているらしいのをもちろん手を伸ばせば届くに違いないがなぜといって足指や足裏や踵やそうした血流の行き届かないところを撫でたり揉んだりするのだからそれでどれほど血行が良くなるのか怪しいものだが何もしないよりはいいだろうとほとんど欠かすことはないのだからとにかく果てしなく伸びてゆくらしいのをどこまでも追い掛けてゆくが追い掛けて追いつけるものなのかどうかついさっきそこを通ってきたばかりの脹ら脛から脛を経てピンポン球でも埋まっていそうな踝へさらに細く尖っている踵からいくらか外反気味のつけ根を経て丁寧に刈り込んだ足指の爪の湾曲へと至ることができるのかほんのすぐそこなのに気が遠くなるほど長い道のりに思えるのはなぜなのか、いずれにせよどこか上のほうの階で水を使っているのだろう壁の向こうというか中というか配管を流れ落ちる音がしばらく響いているが不意に止むとそれまで以上に静けさが際立ってその必要もないのに息を潜めてしまうそうして耳をすましているとあちらでも耳をすまして聞き入っているとそう思われて益々息苦しさが募り所在なさに身を縮めながら尚も様子を窺うとあちらでもこちらを窺う様子でしばらく双方で睨み合う形になりそうすると先に動いたほうが負けだと変に依怙地になって余計動けなくなるらしく動かないのだから力むこともないのだが却って力が入るようなのは単に動かないのではなく動かしたくても動かせないという規制が働くからだろうつまり全体に弛んでいたのが引き締まるというかどこまでも伸び拡がっていたのが収縮に転じて一点に凝集するというかあるいは種というか芯というかを基点に結晶してゆくような自身の内で何かが凝り固まってゆくようなそんなふうな異物感と言ったら言いすぎかとにかく静けさの中でそれが鎮まるというか過ぎ去るというかするのを待つよりほかになくそうして待つうちには少しずつ乾いてゆくというか渇いてゆくというかいやそれほど渇いてはいないのだがそれでもほとんど乾いているし完全には乾いていないとしても少しは渇いているわけだしたとえほんの少しの渇きでも渇いていることに変わりはないのだしこの機を逃したらまだしばらく睨み合いがつづきそうな気がしたからだろう冷蔵庫から水を出して飲もうとそちらのほうへというのはそうした睨み合いは大抵徒労に終わるのが常だろうからそうなる前に回避しようとしてだが冷蔵庫のほうへつまりキッチンのほうへ床を軋ませながらというかなるべく軋ませないようにしながらそれでも軋んでしまうのだが一歩ごと軋みをあげる床のその軋みは振動となってどこまでも伝播してゆくに違いなく聞き耳を立てているその耳へも確実に届くだろうから隠しようもなく全部が露わにされてしまうわけでつまり丸裸同然なわけでそれはそれでやりきれないことではあるがそんなものかとも思うからそれ以上深くは考えないというか考えても仕方がないと割り切っているのではないにせよとりあえず脇へ退けておいてキッチンへいやその前に足元のリモコンを拾い上げて卓に戻し置き落ちたときに傷つけていないかどうか指の腹を滑らせてよく確かめもするが幸いどこも傷ついていないらしく指の腹は滑らかに床の上を滑ってゆきそれでもいくらか抵抗があるのはワックスを掛けていないからだろうというのは板それ自体の肌触りを直に感じ取れるほうが好みに合っているしあまり滑りすぎても足を取られそうだし不自然な光沢も特有の臭いもどちらかと言えば好きではないからで、いずれにせよ一晩かあるいは二晩か降り積った埃がうっすらと指の腹についていて指を擦り合わせて落とそうとするが全部は落とし切れずだから両の手を打ち合わせて払い落としそれから台所というかお勝手というかそこを出て右へ向かうとすぐに視界が開けて朱に染まった柵が伸びもちろんくすんでしまって見る影もないがそれでも彼岸と此岸とをそれは繋いでいるから此岸から彼岸へ彼岸から此岸へと往還することができるのであり何度も何度でもそうしてその柵の隙間から覗き見ると額縁めく矩形の枠の中というか向こうというか午後の日を受けてぴちゃぴちゃと滴っているのがよく分かり岩肌を伝い流れるその滴りが吸収するのでもあろうか四囲は静寂に包まれてそれで尚いっそうぴちゃぴちゃと滴るのが際立つのかそうして耳を傾けながら斜めに傾けると小さいほうの口から滴り落ちてくるから零さないよう大きいほうの口で受け止めてそしたらふたつの口が一筋の線でつまり上の口と下の口とが透明というか通り抜ける光が捩じ曲げられるためそれがそれとして見えるようになる一筋の線で繋がり絶えず揺らいでいるその一筋の線に目を凝らしながら半分くらいだろうか満たしたところで傾けていたのを元へ戻すと一筋に繋がっていたのが途切れてふたつに分かたれるのでありそうしてそれを飲むのだがというか飲んだのだがよく冷えているから喉を伝って下りてゆくのが分かるというか二口三口とつづけて含んでは嚥下するそのたび伝い下りてゆくその道筋が見えるというかもちろん見えはしないが身体の内側をひとつ管が通っていることが実感されて喉から首へ首から胸へと順次下りてゆく水というより冷たさそのものと言っていいその冷たさが染み入るというか染み渡るというか要するに何かを飲み下す感覚に浸って喉の渇きそれ自体は疾うにそれこそ最初の一口か二口で癒えているのに流し込むことをやめられないらしく飲み干したコップに注ぎ足し注ぎ足ししながらボトルに半分くらいだろうかいやそんなには残っていなかったかよく確かめもしなかったから分からないが入っていたその中身をほとんど空けてしまいいっそのこと全部空けてしまおうかと注ぎ掛けるがそれは控えてもう残り少ないから買い置きの一本を入れておこうとボトルを手にしたまま振り返り見るとそこにあるはずのそれがなくというのは冷蔵庫の脇というか横というか食器棚との間の細い隙間に雑多なものとともにというのは缶とか壜とか乾物とか長期保存できる類いのものだが並べ置かれているはずのそれが重いから頻繁には買わないにせよ切らさないようにはしているそれがないのでありあると見えていたのは空のボトルらしいが蓋がなく蓋がないのはボトルとはべつに捨てなければならないからだが蓋がないからには空に違いなくとはいえなぜそんなところに置いてあるのかもちろん自分で置いたのだろうが置いた記憶はなくいや全然ないわけではなくあるような気がしないでもないがたしかではないしそれでも現にそこにそれがある以上誰を責めることもできないが紛らわしいにもほどがあるいずれにせよ今手にしているこれが最後の一本というわけでそうと分かっていればあんなにも飲みはしなかったし夜中トイレに立つだろうことがほぼ確実なことも懸念されるからちょっと悔やまれそれでなくても近いのにまあ今さらどうにもできないしどうにもできないことをどうにかしようとしても仕方がないので諦めて残りをどうやりくりするかということになるがいざとなれば水道水で我慢すればいいのだからいや我慢も何もなければないでどうにでも適当に済ますからつまり特別に拘りを持っているわけではないからそれでなければダメということはないし銘柄にせよ生産地にせよ硬いにせよ軟らかいにせよ気にもせずそのとき最も安いのを手にするのだからそれがなくても困りはしないだろうまあ明日あさっては無理としても次の日曜には買いに行けるし行くだろうしというか行かねばならないがねばならないとなるとちょっと気が重いというか差し迫った緊急事でもあるかのような気がしてくるから何かの序でにというくらいの構えでいるのが楽というか負担が少ないというか要するにその程度のことにすぎないわけでもちろんそう思うかぎりに於いてのことではあるが。

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