その間も何かのモーターの音がずっと、洩れ聞こえてくるのをずっと、もちろん潮の香りもずっと、というのは窓が開いているからで、つまりカーテンが翻っているからで、薄青いカーテンが仄青く、膨らんでは萎み萎んでは膨らんで複雑な流れを生ぜしめ、単調な時間に、もちろん空間にもだが、彩りを添えているのを、それが推移を延いては事態を生ぜしめることに、どんな事態かは知らないが、いずれにせよいくつもの渦を経て尚も流れゆくその穏やかな流れに乗って微睡みのほうへ、頽れるように倒れ掛かるのをしかし押しとどめる作用が働いて、流れを断ち切るように一切の交通は遮断され、僅かに開かれてそこで交わりそこで溶け合っていた内と外とが引き離されて、そうして隙間が閉じられてしまうと密閉された箱の内に行き来は途絶え、緩やかに流れゆく時間のたゆたいに浸ることはもう、反面そこから発する匂いが内に籠ってひとつの形を、中央でくびれた縦に細長いフォルムを浮かび上がらせ、そうして眼前に開る姿が匂やかに、こちらに背を向けて今まで以上に匂やかに且つ伸びやかに、とはいえ輪郭だけが強調されてその内側は暗く沈んで捉えがたく、それが背であることは分かるにせよその背が何を語っているのかまでは、背は何も語っていないかもしれないが、語っているにせよ語っていないにせよ見えるはずのものが見えないということに、だから見ようとして、もっとよく見ようとして凝らしたり眇めたり瞬いたり、それでも内側は穴のように暗く、そこだけ切りとられたように視線が届かないのは誰の差し金か、そして穴の縁(ふち)には内側との堺を画す、絶えず揺らいで定まらない輪郭が、そこから何かが出たり入ったり、それなのに内と外とは分かたれて、内と外とに分かたれてひとつの形に、中央でくびれた縦に細長いフォルムに納まっていてある纏まりをある意味を、どんな意味かは知らないが、それがどんな意味にせよ惹きつけて已まない輝きを放っているからにはそこへと向かうほかなく、だから直向きに向かいつづけてきたのだし直向きに向かいつづけてゆくのだが、その不安定に揺らぐフォルムに、そうしていつか安定するときが来ることを、つまりある意味ではなく確固たる意味となって屹立することを、だからそれが安定するまでは、と吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて、そうして沸騰していたものが鎮まってゆくのを、いやそれほど沸騰していたわけではないがどことなく落ち着かないので少しでも安定させようと吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて、それでどうにかひとつの形に、中央でくびれた縦に細長いフォルムに落ち着いて、まだまだ確固たる意味とは言えないだろうが何か得体の知れないものに変じてしまうようなことにはならないとの確信が、何の根拠もなしにそうした確信が芽生えてくるのを吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて、とにかくひとつの形が中央でくびれて縦に細長く形成されて、上のほうが黒く塗り潰されているのはこちらに背を向けているからだろう、なぜ背を向けているかについては措くとして、というのは煩雑を避けるためにだが、緩やかな曲線によって構成されたその背がこちらに、というか向こうに廻って向こうがこちらに、つまりそれまで見えていたものが見えなくなるのと引き替えにそれまで見えなかったものが見えるように、だからすべてが露わになったわけではなく、ある側面が隠されることによってべつの側面が露わになったということで、すべてを一望のもとに眺めることは、裏と表とを同時に見ることは、何らか媒介を経ることなしにはやはりできないらしく、だからさしあたり見えるものを見るよりほかないと見えるものを見るが、果して見えたものが見えた通りのものなのか否か、確かめる術がないとすれば見えたものは見えた通りに解するほかないと見えたものを見えた通りに解し、そうして見えたものを見ているのだがそれは、反転して露わになったその像は何を、振り返ったその眼差しは何を、もちろん真っ直ぐにこちらを捉えていて、それに応えるようにこちらも、そしたらそれに応じてあちらも、だから応えてこちらも、もちろんあちらも、負けじとこちらも、すぐさまあちらも、すかさずこちらも、を果てもなくくり返しながら隔たりを、さしあたり開るものはないと見えてこちらからあるいはあちらから差し伸ばすその手は指先で触れ合って、触れ合ううちに絡まり縺れて解きほぐすこともできないほどに、そうしてふたつはひとつに、というような展望を大胆にも掲げて、いや至って控えめに差し伸べて、というのは手を、右のを次いで左のも、さらには引き寄せ抱き寄せていつかふたつはひとつに、というような成り行きを、というのはたしかな手応えを感じたからで、その手応えに勢いを得て実現に向けて乗りだそうとしたところで、最初の一歩を踏みだそうとしたまさにその瞬間を狙い澄ましたかのように、不意に笑みが膨らんで、でもすぐに掻き消えて咎める声が、咎めながら誘う声が、誘いながら拒む声が、拒みながら招く声が、招きながら斥ける声が四方から、それだけ一層濃密になってあちらこらこちらへこちらからあちらへ、四囲に溢れ四囲に谺する艶やかな響きがこちらからあちらへあちらからこちらへ、そのうち視界を覆い尽して見えるものも見えなくなって、代わりに見えないものが見えているのかそれは上昇しているのか下降しているのかそれとも停止しているのか、ある意味では上昇しているしある意味では下降しているしもちろんある意味では停止しているからそのうちのいずれかひとつを選ぶことに意味があるとは、少なくとも外出を前に曇天を遥かに仰ぎ見ながら果して帰宅するまでに雨が降るかどうか傘を持ってゆくべきかどうかということより重要ではないだろう、だからそのすべてが重ね合わせの状態で、上昇し且つ下降し且つ停止している状態で、そうしたものとして理解され、いや理解できないが理解しようとして、何か目まぐるしく変化しつづけているような、高速で廻転するファンの羽根のその一枚一枚を捉えようとでもするような、疾うに限界を越えていて試みというにはあまりに無謀な試みを、いや試みというより単に不可能で、それでもそうした不可能性の内にこそ事態は、事態というものは、とにかく匂やかに立ち現れてくる仄青さに寄り添うように傅くように、だからそれは上昇であり、だからそれは下降であり、だからそれは停止であり、とはいえ全体それが何であるのかは、もちろんそれは上昇であり下降であり停止であるのだが各個に於いて上昇であり下降であり停止であるとしても全体として何であるのかは、静寂に包まれた箱の内に拡がる仄青さと同様それが何であるのかは、視野の内を飛び交って見ることを妨げるピンぼけの影と同様それが何であるのかは、いずれにせよ事態は、事態というものは、そこには何か人を酔わせ人を狂わせる成分が含まれているに違いなく、それがどんな成分なのかどこに働き掛けてどのように作用するのかは知りようもないが、たしかにそれはそうなのであって抗うことは難しく、もはやこれまでとだから観念して、というか観念させられて、誰にかは知らないが、頽れるように倒れ込むと立ち上がることはもう、膝がもう、さらには形を保っていることさえできないのか腰から溶けだしてゆき、それがどこまでも拡がってゆくイメージが、いや実際それはどこまでも拡がって二筋の流れが最後に辿り着くところへ、尤もどんな流れにせよ必ず辿り着くのだが、蛇行しているにせよ真っ直ぐにせよ最後はそこに注がれるのだが、そしてそこから潮の香りが漂ってくるのだが、というか潮が満ちてゆくにつれてその香りに乗ってその香りとともに漣(さざなみ)めく笑みが寄せてきて、あちらからもこちらからも寄せてきて狭い一室はいつか笑みで溢れ返り、潮だまりのように寄せては返す笑みのなか息を詰まらせてしまうが、吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いてとリズミカルに、呑まれまいと吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて、そうすることでいくらか楽にはなって、だからもっと楽になろうと吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて、それにもしかし限界はあってある地点より以上には、それでもずいぶん楽にはなって、楽になったその分だけ見通しも良くなったような、実際はそうでもないのだが、なぜといって隙間もなく閉じられているからで、だから見えないのだが、見えないのに見えるというか見えるのに見えないというか、潮が満ちた分せり上がってゆくのでもあろうか、窓の向こうで一際空が高くなってゆくような、そんな気がして仕方がない。
小説/literary fictions