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14 イニシエーション

01

最悪の事態をなかば紀子は覚悟しつつ端的にその重大な問題とは何かと訊けば「いやそれがね」と言い淀んで明かさぬからもうそれに違いないと確信してそれ以上問い詰めることができなくなり、狭暗い穴蔵の重圧とも相俟って押し潰されるかに悲愴に沈み込んでいくのを訝ってか「何だよ、何黙ってんだ」と苛立たしげに由雄は割り込み、その重大な問題というのを聞かせろと腰を浮かせて沖に迫り、その勢いに圧されてというのではないがゆっくりと沖は背を伸ばすと卓に両肘をついて半身預ける形で身を乗りだし、さらに息の掛かるくらい顔近づけると秘密を打ち明けるというように「メシアがね、いなくなったんです」と沖は言い、そんなの嘘に決まってると思いつつ「いなくなったってそれどういう?」ことかと驚きを装えば、僅かに笑みさえ浮かべて「それはこっちが訊きたいくらいですよ」と沖は返し、それでも概ね見当はついていて拉した者がいるらしく目下捜索中とのことだが「何せこっちは雲隠れ中でしょう、探すったって」そうそう大っぴらに出歩くこともできぬから難航しているのだと実しやかに沖は言い、その嘘っぽさにしかし妙なリアリティーを感じぬでもなく、知恵美が自分の手の届かぬところに消え去ってしまうような恐怖を紀子は覚えて「誰です?」その拉した人物はと訊くが「内輪のことだからね」言いたくはないし証拠があるわけでもないからと口を噤んでそれ以上沖は何も明かさなかった。教団に奪回されることを考慮すれば明かすはずもないから紀子もそれ以上の追及は諦めるものの絶対にここにいないとの確証は得られぬから蟠りは残り、それを気にしてか弁解するかにただ「私らだって日下さん困らせようとか、そんなつもりじゃ全然ないですから」事が済めば鄭重にお返しして処分なり何なり受ける覚悟のうえのことで「自首しろというならしますよ」と沖はその見解を述べるが、そんなの信憑できるかと紀子は聞き流して「口じゃ何とでも言える」からと由雄も同意を示し、適当に追っ返すつもりで出任せ言って「その奥にさ」と顎で穴の奥の闇を示すと「メシアいるんじゃねえのか?」と疑い、いたとしてしかし奪回の可能性はあるだろうかと問えば確実にそれは無理だし、そうかといって手ブラで帰るわけにもいかないしと進むことも退くことも儘ならぬ事態に紀子は麻痺したように項垂れてしまい、それを見兼ねてか不意に横合いから「見てこっか? 私」と半透明の恵美の霊が穴を指差し、そうしてくれると有り難いと眼顔で頼むと「分かった」と頷き返して滑るように沖の脇を通りすぎ、その瞬間信用できぬのも分かるがこれは嘘じゃないと弁解する沖の表情がいくらか強張ったように見え、それを隠すかに右掌で口元を撫で廻しているから穴の奥に消えていくその朧な背中をチラと紀子は見送りながら沖のその強張りように何か作為的なものを感じ、罠かもしれないとの不安が兆すが呼び戻すことも今さらできぬからそうでないことを祈るしかないのだった。その無事を祈りつつも何を沖は目論んでいるのかと思惟を巡らせれば可能性として考えられるのは半透明の恵美の霊を捕まえようとしているということで、そんなことがしかしできるのかと紀子は疑うが由雄の言ったように知恵美の力で取り押さえようとしているとすれば可能かもしれず、それが事実なら回避は不可能でやはり罠臭く、いや、臭いどころかメシアとマリアとふたつながら手に入れようとしてのこれは罠なのだとそう紀子は確信し、明かりが充分じゃないからその表情もよくは見分けられぬが困惑したような笑みを浮かべながら内心罠に嵌ったのを嗤っているのに違いないと紀子は思い、それを確かめようとするかに眼前の沖に焦点を合わせようとするが合わせようとすればするほど眼それ自体が忌避するかに焦点はズレていき、踏みとどまろうとする意識とは裏腹に身体のほうから先に崩壊していくのを紀子はどうすることもできず、次いでそれに引き摺られるようにして思惟のほうも徐々に壊れていくようなのを感じてもうお終いなのか、やはりここが死地となるのか、こんな薄っ気味悪いとこで果てるのは嫌だと漠然と紀子は思いながら覚悟というのでは全然ないが知恵美との再会が果たせるというのならそれでもいいとそう紀子は思う。

一言も発することなく探るように睨み合う恰好の沖と由雄とに交互に視線を泳がせながら微妙にその表情の変化していくのに紀子は気づき、緊迫の度に変わりはないながら激化に向かうようではしかしないらしいから何か分からぬが対峙するふたりの挙動に不安を懐きながらも静観する構えで、さらにはそこにこそ何らか展望が見出せるのではと期待したから居心地悪い沈黙にも耐えて半透明の恵美の霊の帰りを紀子は待ち、これ以上はしかし待てぬというかにその緊迫を破って先に動いたのは沖で、「ていうかヨっちゃんさ、もいい加減教えたげたら? ホントのこと」と急に馴れ馴れしい口振りなのに紀子は戸惑い、さらにそれに上乗せするかに「ええオレが、カズっち言えよヤだよオレ」と由雄まで分からぬことを言いだすからまるで展開が読めなくてこんなときに冗談はやめてくれと譴責するかに睨めば「ほら、頼むよカズっち」と媚びた物言いで首を竦め、冗談でもないらしいと気づいて笑いに紛らすこともできずに紀子は恐怖したように半身を反らし気味に凝固させ、眼だけはしかし激しく動いて何かを探るようだが何も探り得ず、その動揺を察してか「いやね、実はさ」と秘密を明かすというように小声に沖は言うが「ほらアレだよアレ」となかなか切りださず、というより切りだせないのらしく、余ほどのこととさらにも恐怖するかに紀子が身を竦めるのを「違う違う」誤解だと弁解するかに沖は言うが紀子にそれを真面に判断する余裕はすでになく、互いに譲り合うかに見交わす沖と由雄にふたりの関係性がどうなっているのか完全に紀子は見失い、少なくともついさっきまでの敵対関係は霧消してしまったように見えるからいつの間に和解が成立したのかおいおい聞いてないよとダチョウ倶楽部の叫ぶのを紀子は脳裡に聞きながら「何? 何?」と自身気づかぬ呟きを洩らし、その混乱はさらにも増すばかりで収拾つかぬ紀子の視線は泳いで何をも捉えることができないのだった。紀子のあまりの動揺にようやく説明する腹を決めたのか「つまりね」と沖は言い、一呼吸置いてから総ては教団のイニシエーションの一環ということなのらしく「紀子ちゃんはほら、そういうのやってなかったから」と由雄が横から口を挟むのを手を挙げて沖は制しつついきなり上のほうからコミットしてそのまま実務に就いてしまった関係上それはなしで済ますのかと思っていたが、ひとりの例外者も出すわけにはいかぬということで「そういうとこは日下さん、妙に厳格だから」と皮肉に沖は笑うと駒井の発案で密かにシナリオが組まれて「二ヵ月くらいかな、稽古したんだぜ」と由雄は言い、鍵屋という職業を買われて抜擢されたとはいえ馴れぬ稽古に「ホントしんどかった」と零すが苦労したなりの成果はあったのかどことなくその表情は晴れやかで、沖の説明にというよりはだから由雄のその弛緩した身振りなり表情なりに紀子はその言説の信憑性を僅かながらも得たような気がし、ふたりを交互に見つめながらゆっくりと「じゃ何、芝居なの? コレ」とようやく事態の脈絡を掴んだというかに問えば「ま、芝居って言えば芝居だけど」と沖は由雄と頷き合い、入信のためのイニシエーションなのだと再度言い含めるように告げると「長いことご苦労さん」一応これで全ステップは終了した「ってことになるんだよね」と振られて由雄は「そゆことだ」と簡潔に答え、疲労を露わに卓上に額の接するほどにも背を丸めるふたりをしかし紀子は休ませることなく「え、じゃあ知恵美は?」とまず問わねばならぬのはこれより他ないと訊けば、緩慢に擡げた上体を左右に捻って筋を伸ばしながら「うん、この奥にね」鄭重に与っているが「さっき寝たとこだから」今は起さぬほうがいいとゴキッと鳴らし、それがしかし解消し掛けた猜疑を再燃させてまだ信憑するには足りぬというかに無事なのかどうか何か手荒なことをして消耗させはていないかそれが何より心配だとさらに紀子が問い糺せば「ピンピンしてるよ」むしろ人使い荒くて困ってるくらいだとゴキゴキ鳴らす。

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