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13 穴の奥のほう

01

座を立つこともできずひとり所在なげな延子を他所にその捜索先の第一候補は沖宅「でど?」とすぐにも本論へと雪崩れ込む形で言う由雄のその提案に誰も異存はないが、いくらか疑義を呈するかに「オレ見たんですけど」と不意に田尻が言いだし、紀子が不調の分ここは自分がリードせねばと逸るかの素振りに「何を?」と訝しげな視線を由雄はくれ、幾束かのレポート用紙で捜索隊の提出した調書のそれは「コピーらしんですけど」と言うと「ホントかよ」と驚き、皆の注視するなか「正義感振ってた割りにゃあ田尻君、あんたもけっこう」小狡いことするじゃないかと突っ込まれて「別にオレはただ、アレですよ」と口籠るのに「アレたあ何だよ?」と由雄は逃さず、「いや、だから」秘密を暴こうとか何か裏を掻こうとかそういうつもりじゃ全然なくて「やっぱりほら、気になるじゃないですか」と端的に捜索の進展状況を知りたかっただけだしその正確な情報を紀子が欲していたということもあって偶然目にしたそれを見たのだと頻りに弁明するのを「そっかそっか」と親しみ込めた笑みとともに頷き掛けてそのことを咎めるつもりはないと由雄は言うと「でその調書にさ、何て書いてあったの?」と問い、期待を込めたその眼差しにいくらか臆したように顔俯けるとその先にあるフール・セックを田尻は不思議そうに眺めながら「っていうかあの、誰もいないらしんです」と答え、その調書のコピーによれば妻も含めて家族包み不在で行方不明なのらしく、自宅には潜伏している様子はないらしいとのことで、それは沖宅だけではなく捜索の対象となっていた知恵美派に関係している者の家宅はどこも不在なのらしく、乗り込んでもだから空振りの可能性が大で二度手間じゃないかと田尻は言う。それを踏まえたうえで捜すならもっと別なところではと控えめながら異議を唱えると「そらそうだ、確かに」二度手間だと由雄は頷くが、それでも手当たり次第当たっていくより他ないのだし「他捜せったってどこ探すんだ? 心当たりでもあんのか田尻君?」と言われて田尻は返答に窮し、念押すように二度手間でも「そっから手ぇつけるよか」ないだろうと由雄は言うと再度問い掛けるかに皆を見渡しながら「反対もないようだから」無難なところで沖宅と決し、空き家なら家捜しにはむしろ好都合だし何らか手掛かりが見出せるかもしれぬと由雄は楽観的で、さらには夜間よりも昼間のほうが却って怪しまれぬだろうと十二時前後と潜入する時間帯まで決め、そのようにしてスイスイと段取りが決められていくのを半透明の恵美の霊とともにひとり紀子は毛布に包まって静観しながら由雄のペースと自分のペースとがしかしあまりに懸け離れているのを訝り、序盤は確かに勢いづいていいのかもしれぬがそれが高じていつかしくじりはしないかそうなれば総ては霧消してしまうと危惧されもしたからも少し慎重に運ぶべきではと言い掛けるが、ふと口を噤んで再考するに今までの自分がドン臭すぎたのだと紀子は自責し、いや、そうではなくて今そうしているように常に思考が先に立って行動することを先送りしていたのだと改めてそのことに気づきもする。それを叱咤するための先夜の夢でもあろうし猶予などもういくらもないのだから、この勢いに乗ぜねばあとはないと腹を括って由雄主導のこの展開をむしろ積極的に受け容れようとするが、その日取りを決める段になって「いつって今日に決まってるじゃないの」と由雄の言うのには戸惑い、いくら何でも「そら無理ですよ」と田尻が呆れて斥けるのを「無理も何も」早いにこしたことはないと由雄は今にも腰を上げ兼ねぬほどの気負いを露わにし、何が由雄をそれほどまでに駆り立てるのか分からぬが「だってまだセミナーも」残っているし行くにしたって下準備も何もしていないではないかとその無謀を譴責すれば「そんなの知ったことかよ」向こうは待っちゃあくれねえ今日にも事を起こさぬとも限らないではないか「こういうときゃあ速攻攻めるのが鉄則よ」計算などしていたら間に合わぬと由雄はえらい張り切りようで、もひとつ紀子にはついていけないが田尻も同様その勢いに気圧され気味で、何とかならないのかと延子に助勢を乞うが一旦スイッチ「入っちゃうと私にもちょっと」無理と言われて今は抗わぬほうがいいと目配せしつつ静観の構えを決めるが、根は臆病だし瞬発力だけだからすぐ息が上がってこの勢いもそう長くは続かないと思うけどとの付言を得ていくらか紀子は励まされる。

そのようにして由雄に気炎を吐かせているなかひとり友梨のみそれに乗っかる構えを見せて「マリア様のお導きが」あれば楽勝じゃんと楽観すると「そうそうマリア様頼みますよ」と由雄はあらぬ方向に拝み、最前の疑りようを散じたかの変貌に紀子は呆れながら横になっているその位置から俯き加減のその表情はよく掴み得ぬが揶揄的というよりは単に哀しげに「もうこっちだって」と呟くのを紀子は聞き、それもしかし由雄には届かぬらしくいつまでもあらぬ方向に向かって手を合わせているのを「そこじゃないですよ」と田尻に指摘されるといくらかうろたえて「どこです? マリア様」と虚空に呼び掛け、紀子に「ここです」と告げられて改めてその指示した長椅子脇に由雄は向かうと「申し訳ない」と詫びつつ拝み、議論の再開を示すというように咳払いをひとつしてから「田尻君さ、メシアとセミナーとどっちが大事なの?」と神妙な顔つきで問い掛けられて「そらもちろんメシアですけど」と田尻は即答するが「熱あるんですよ」無理してこれ以上体調悪くなったらどうするのか、下手をするとマリアさえ喪失しかねないと紀子を気遣いつつその無神経を譴責するように言い、いくらその灼かな霊験に護られているといっても不死まで約束されているわけではないのだからと言ってから田尻は「ですよね?」と急に振られて紀子はすぐには答えられず、自分に向けられたその問いをゆっくりと咀嚼してから多分「ないと思います」少なくとも約束はしていないと紀子は答え、それを受けて無理に病人を連れ廻すのは拙いしその辺何か勘違いしてはいないかとさらに田尻が言い募れば、勘違いは田尻のほうだというように「そら紀子ちゃんは連れてかねえさ、見張りは田尻君に頼むとしても乗り込むのはオレひとりで」充分と由雄は言い、グダグダやってる時間はないと急き立てるように自ら立ち上がるのを「ちょっと待って」と毛布の中から手を出して紀子は制し、知恵美の捜索には半透明の恵美の霊の知恵美との緊密な結びつきによる霊的な力が不可欠のように思えるが、半透明の恵美の霊は同行させぬのかと訊かれて由雄は同行願うつもりだが「ダメなの?」とそれまでの独走態勢にいくらか翳りを見せる。いや、駄目とかそういうことじゃなくてと言い淀む紀子に訝しげな視線を由雄は向けつつ「じゃどういう?」ことかと問い、「なんだ知らないんですか?」と田尻の呆れるのに「何を?」と由雄は不安を露わにし、その独走を阻止したというよりは勝手に蹴躓いたという展開だが安堵したように「それじゃまあ、無理もない」と田尻が言えば「何だよ、何のことだよ?」と重ねて由雄は問い、勿体つけるかに答えぬ田尻に「田尻君」と切れ掛かったのを見て「つまりこういうことです」と田尻は説明をはじめ、眼顔で促してその視線を誘導するとこのふたりは不即不離の関係にあって紀子という媒介なしに恵美=マリア=皇太后という存在はあり得ぬらしいのだ「ってことですよね?」と言う田尻のあとを受け、半透明の恵美の霊を自分と切り離して単独で連れていくことはまず不可能だからそれには自分も同行しないわけにはいかず、行くならだから体調が復してからのことにしてくれないかとその誤りを指摘して紀子が頼むと、初めて知るその事実に由雄はひどく驚いたようで「ホントかよ? マリア様ホントかよ?」と頻りに問い掛け、直接その返答が得られぬだけに幾度確認しても納得するようではなく、困惑したように考え込むふうだが「そうかあ」と一旦事態を諒解すると切り替えは早く、「そういうことなら、ま、仕方ねえなあ」とあっさり引き下がるから何だか担がれたような気がしないでもないが、それなりに捜索の目処がついたことで紀子はその不安をいくらか散らすことができ、熱を気にしながらもそのあとの小セミナーを着実にこなして田尻に送られて帰宅すると、予後に備えてということもあるが非常な疲れを覚えもしたため常より早めに床に就く。

予定されていた時間を過ぎてしまったため具体案は後日ということにして小セミナー「っていうか秘密会議、ですかねコレって」と首傾げつつその秘密会議を閉じる旨田尻は告げたのだったが、その語の響きに「なんかドキドキするね」と友梨は言いつつ「秘密会議ね」と満更でもない笑みを浮かべる由雄と視線を交わし、田尻のその軽率な一言で何か総てが座興に堕してしまったかに思えてそのどこかゲーム的な乗りに紀子は憤りを感じないでもなかったが、ふと自分と知恵美との関係を顧みれば殊にその孵化から蛹化までの時期における恵美の不安がピークにあったとき、自分としてそれがほとんどゲームだったことを惟みて人のことをとやかく言える立場じゃないと自省し、由雄にしろ友梨にしろ少なくとも日下八木よりは信ずるに足るしその助力なしには身動きひとつとれないのだからと僅かに燻り続ける憤りを抑えつけ、急かすように津田宅を辞すとしかし鬱積を晴らすかに「も、変なこと言わないでよ」と注意されてその軽率を知り、素直に田尻はそれを詫びるが紀子はその憤りをずっと引き摺ったまま小セミナーを廻り、僅かずつ溶解してはいったが完全じゃなくどうしても解けきれぬ欠片が底のほうに残っているのを気にし続け、帰宅してからも妙にそれが気障りで早めに床に就いたにも拘らずなかなか寝つけなかったのだった。解消し得ぬ蟠りを抱えながらできる限り静養を心掛けてどうにか紀子は復調するが、万全とまでは言えないにしろその過酷なスケジュールに一切変更はなかったのだから回復の早さは普通じゃなく、その不思議に何らか見えない力の働いたことは確かだと恵美=マリア=皇太后の存在を確信したかに由雄は強く頷き、何か総てが達成されたかに錯覚するふうなのを窘めるかに総てはこれからなのだと紀子は忠告し、その紀子もしかし由雄に劣らずどこか性急さを滲ませている気がするからも少し経過を見てからにしてはと田尻は控え目に言うが、これ以上は待てぬと紀子は押し切って皆で共議のうえ早急に日取りを決めるよう指示し、そうキッパリと言わてしまえばそれに従わざるを得ないしその意に反してまで『秘密会議』を先送りすることは田尻にはできないのだった。

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