ホーム | インフォ | プロフィール | 小説 | イラスト | レシピ | 雑記 | 掲示板 | リンク | 送信 | 履歴 


目次 11へ 13へ

戻る  

01 02 03 04 05 06 07 08

12 自分をそんな追い込まなくたって

01

今自分も含めてだが『神聖チエミ教』は重大な岐路に直面していてこれから示すことの如何によって教団の先行きが大きく左右されると思えば怯まずにはいられぬが、どのみち破綻するならただ待っているのは馬鹿らしいし誰かに壊されるくらいなら自分で壊すと日下は面々一人ひとりに突きつけるかに腹の内で叫び、ひどく子供染みていると自身思いながらもそれが本音なのだから仕方ないと居直るようにお前らの好きにさせるかと叫んでもみるが、どこにもそれは反響することなく虚しく拡散して跡形もなく、こんなことで何が吹っ切れるということもしかしないから無意味な叫びといくらか自嘲的な笑みを日下は浮かべその選択の正しいことを祈りつつ口にする直前まで、いや口にしてからもその逡巡の已むことはなく、それでもとにかく言うべきことは言ったのだが、紀子と捜索隊との確執について駒井から報告は受けているがそれについては一切触れることなく「ええ本日を以て一応」捜索隊を解散する旨告げられ、その突然の通達に紀子は驚くというよりその意味するところが諒解できず、皆も同様その真意を計りかねてか枷のうえにさらに枷を嵌められでもしたように凝固して反応し得ぬようで、そのように不意を突かれて皆が静まり返っているうちに事務的な説明を駒井に託すと「それじゃ」と日下は席を立とうとし、これには一同憤然と反発を示したからその勢いに圧されて再度日下は着席すると困惑したように「時間もないんですけど」と常の卑小さを露呈させるかに視線を彷徨わせる。それでもマリアの見出せぬのに心底凹んで選択を誤ったかと僅かに後悔しつつ手許に一瞬眼を落としてから消さずにおいた吸い差しを再度手にして「一〇分だけ」と限定して質問を受ければ、このことを八木は諒解しているのかとの問いが集中して「ええ共議のうえですから」と日下は答え、それに抑もこれは八木の発案だと聞いて隊の面々は一様に動揺するがそれ以上に紀子が動揺したのはその解散に続いてマリア信仰の本格化に向けて取り組む意向を日下が示したからで、さらに知恵美=メシア=天皇は「昇天されたと見做す」より他ないとも日下は言い、紀子を除外した共議のあったことは「一応ですね、プランはいくつか」作成してあると駒井の手からコピーを渡されたのでも分かるが、外廻りに紀子を仕向けたのもそのためとすれば周到で、教団としてその保全を第一とするのは当然だからそれ自体已むを得ざる措置とはいえその周到さにというよりはしかし事前に何も知らされなかったことに紀子にそれを覆すだけの発言権なり政治力なりはないから虚しくなり、そうなると忽ちパワーダウンして何をする気もなくなるが、それでも訊くだけは訊かねば気が済まぬというように「知恵美はじゃあどうなるんです?」あなたの希求していたメシアではないのか本気で昇天したと思っているのかと先を続けようとする日下をとどめて訊けば、困惑げに口元を歪めて苦笑でもないどこか半端な表情で昇天していないとすれば「自力での帰還を望みます、知恵美=メシア=天皇なら」それも可能なはずと日下は言い、それが望めぬとすれば我々として「メシアと頼むことはできかね」るしそのときは昇天したと見做したほうが丸く収まると確かに日下はそう言ったし確信込めた眼差しで紀子を見もしたのだった。言いながらしかし得難い逸材を喪失してしまったのではとの思いから日下は脱せられず、それに代わり得る恵美=マリア=皇太后を真に獲得し得たとの実感がないだけに不安も拭い得ず、どれほど言葉を費やしてもだから説得力はないしそれどころか言い訳めいて聞こえ、改めて自分が教祖の器じゃないと発見した思いでうろたえるが端からそれは諒解のうえだから今さらうろたえても遅く、とはいえ日々それを求める声の強まるようなのも実感として日下は感じているからいくらかなりと応えんとそれらしく振る舞いもしてみるが板につかぬことはできるものじゃなく、心底疲れ果ててもう終わりにしたいと一方で思いながら浅ましいほどの未練の塊がこの場に居座ろうと動かぬのも確かで、その乖離した自身の間抜けな姿を日下は笑うに笑えず、その強力な牽引力で自分を引っ張って曲がりなりにも教祖の風格を現ぜしめてくれた知恵美=メシア=天皇の存在を今ほど大きく感じたことはなく、それをしかし切って棄ててその自力での帰還を望むとはどういうことか紀子にはその真意がもひとつ掴めず、誰も発言なり質問なり求める声が上がらぬから「それってどういう」ことなのかさらに説明を乞えば、我々教団にとっての真のメシア=天皇ならばそれは果たされるはずとサラリと日下は言い、それを試練と言ったのは確か八木だがやはり符牒でしかなかったということなのか、そうとすれば最早頼むべきものは何もないと紀子は進むべき方向を見失ったかに途方に暮れ、問うべきことはしかしまだあると地べたに倒れ込みながらも最後の一投を投じる構えは崩さない。少なくとも知恵美には実体があるしその声を聞くこともできるし対話も可能だが、実体のない半透明の恵美の霊は総ての人にその視認が開かれているわけでもないし現時点でも極めて少数にしか認められていないうえ対話はそれ以上に困難ということからしても広く浸透するかどうか疑問で、その点どうカバーするのかと紀子が問えば予想された反発で事前に協議のうえなのか宥めるように「むしろね、実体がないからこそ」その属性が無限に拡がるとも言い得るわけで、実体に縛られた知恵美=メシア=天皇にそのような超越性なり絶対性なりを求めようとしても原理的にそれは無理ではないかと言われてしまえばそれ以上の問いは閉ざされてしまうがそこで引き下がることも紀子には尚できず、ただ知恵美への思いのみで我が身を支えつつ「知恵美派はどうするんです? 天皇殺そうとかしてるのに」何もせず放っておくのか、それでは沖に虚仮にされたままではないかその始末くらいはつけるべきじゃないかと抵抗を試みるが「彼は彼のしたいようにすればいい、私の知ったことじゃない」と事も無げに日下は言い、皮肉っぽさのない無邪気な笑みを浮かべて「どうせしくじるとは思いますけどね、もし巧いこと天皇殺れたら褒めてやりますよ」と愉快げに言う。


笑いに紛らすより他ないとなかば投げやりな笑いを笑いながら組織には組織それ自体の進み行きがあるし教祖とはいえ専制君主じゃないからそれに棹差すわけにもいかぬしと日下は弁解するように紀子を見つめ、その沖への対抗意識をすっかり削ぎ落としてしまったかの余裕ある口振りにこれ以上付け入る余地もないほど日下はその意を変じてしまったのだと紀子は思い、怒りでもなく哀しみでもなく苦しみでもなく憂いでもなく、それをしも感情といえるかどうかそれらの綯い交ぜになったような何とも形容し得ぬものが何か太っとい注射針で脳髄に注入でもされるかに膨れあがるのを感じ、壊れたと意識の片隅で思いながら捕えどころのない人形めいた空虚な無表情に固着してしまったから懇切というのか姑息というのか尚も語を連ねる日下のそれ以後の説明の一切を紀子は記憶することなく、帰宅後ひとり虚ろに坐しながらその日の出来事を何気に反芻しているときにふとその欠落に気づいたのだが再度丹念に辿り返してもそこだけがスッポリ空白で、曖昧というどころじゃしかしなくて悉くを完全に喪失しているからその場では気づきもしなかったその衝撃の深さを改めて紀子は知り、その緊迫を敏感に察してか「どしたの? 忘れもん?」と訊いてくる半透明の恵美の霊に紀子はありのまま事実を告げて喪失したその間の流れを訊きもするが「ていうか、私もよく覚えてない」と紀子と同じ衝撃を受けたかに首を捻り、田尻の説明でその穴を埋めることはできたが田尻のフィルタ越しだからかどこかしっくりしないし何か違うと思わざるを得ず、その違いを指摘する当の記憶をしかし持たぬからもどかしいだけで却って苛立ちは増し、救いを求めるかに知恵美への祈りを執拗にくり返すうち自分にはもう知恵美より他ないと紀子は思うに至る。それを短絡と退けようとの理性も一方でまだ残ってはいるものの恵美=マリア=皇太后の小セミナー行幸が以前にも増して重要な位置を占めるようになると移動の慌ただしさこそ変わらぬながらその心的疲労の度はさらにも増していき、それに比例するかに知恵美への思いも強固になっていくから紀子はそれを持て余して処理に困じ、どこにもしかし散じるところはなく、というより事実上知恵美を切って棄てた教団にこれ以上尽して何になるとの思いが兆し、あのとき沖を笑った日下は同時に知恵美をも笑ったのだと紀子はそう思い、折に触れてその笑みが小蠅のように眼前を掠め飛んで払っても払っても煩く纏わりついて離れぬからもうあとには退けぬそれより他ないと紀子は思い窮め、とはいえ組織立っての捜索に全然引っ掛からなかったものを自分ひとりで探しだすことなど到底不可能で、いや、メシアに繋がるマリアという最強の手駒が自分にはあるということを考慮すれば自分にこそそれは可能なのではと思わぬでもなく、その繋がりを分断したことが何より教団の誤りでそれを正すというかに単独捜索に乗りだす決意を紀子はするとその旨半透明の恵美の霊に「そゆことだから」と告げるが、紀子のその非常な決意など知らぬげにマリアだからか冷静に事態を概観するふうで、焦れるほどたっぷりの間を取ってから「そんな時間ないんじゃない?」と言われればその通りで、まるで紀子を拘束するかの過密スケジュールはそれをも事前に考慮しているかに思え、ない時間を如何に捻出するかが課題だと「考えてよ恵美もさ」と言って紀子は沈思するが、五分や一〇分くらいならどうにでも遣りくりできるがそれでは捜索などできないしどう見積もってもその不可能にしか思い至らず、ドッシリ構えていられるほど猶予もないと思えばすぐにも動きだしたいがその枷に緊縛されて苦しげに紀子は喘ぐのみで動くに動けない。

01 02 03 04 05 06 07 08

戻る 上へ  

目次 11へ 12 自分をそんな追い込まなくたって 13へ


コピーライト