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16 総てを淡い光は包み込む

01

駒井にはその旨連絡してあるからと常より早く起きた紀子は半透明の恵美の霊とともにひとり本部事務所に赴き、当の駒井に迎えられていくらか強張った辞儀をすれば「早いですね」と常に変わらぬ笑みを駒井は返して「追っつけ皆さん見えられると思いますけど」と促されるままソファに紀子は腰を下ろすがどこか落ち着きなく、着衣の乱れを気にして幾度も坐り直すが気の乱れまでは直すことができないしアルコールは抜けているはずなのに外部との接続が巧いこといかぬのかこの室全体が急に馴染みないものに思えてきてあるかなきかの空調の振動さえ神経を揺さ振るような刺戟に感じるし、最初の最初に恵美とふたりでここを訪れたときのような変な緊張に包まれもして、真向かいに掛けた駒井さえ見知らぬ者のように思えてきたから逃げだしたくなるがこればっかりは避けては通れぬと踏みとどまり、とはいえこの選択で正しかったのかとの後悔が徐々に兆してきて抑えがたく、端的にその葛藤から押し黙って一言も発し得ぬのを訝ってか「何だかちょっと痩せたみたいだけど」大丈夫なのかと駒井は心配するふうで、常の口振り常の表情常の所作とその悉くが常の駒井に変わりないのだが、駒井が常であればあるほどその裏っ側を仮構してしまって紀子には常のように思えなくなり、さらにはそのように仮構する自身の腹の内さえ見透かされているような気がして答えに窮し、うろたえながらも体重にして四〜五キロ痩せたというか窶れたみたいと紀子は正直に答え、さらにはこのところ不眠が続いて肌は荒れるし化粧の乗りは悪いしで「参ってます、冗談抜きで」と悉く曝すが駒井の組んだ過密スケジュールのせいとそれを揶揄するつもりじゃ全然なく、言ってからしかしそう取るよな普通と紀子は絶句する。瞬間滲んだ皮肉っぽい笑みを駒井は殺しながら昂揚しているが疲労の露わな紀子を気遣って「寝てないの? だったら少し」横になったらと勧められても体がそれに応じないと苦笑とともに紀子は返し、軽い躁の状態でヘラヘラと相好を崩すのを訝るような眼差しで駒井は見つめ返し、次いで僅かにズラした視線は半透明の恵美の霊を捉えているのかしばらくその辺りの虚空を見据えて物言いたげな素振りだが、捉え得ぬのか膝元に視線を落とすと何も言わず駒井は席を外し、一分ほどで戻ると「リンゴ食べます? リンゴ」と丸のままの林檎をいくつか両手に抱えて信者の「戸丸さんがね、実家が青森のほうで毎年段ボールに一箱、ふじだったかつがるだったか忘れちゃったけど」送られてくるのをお裾分けしてくれるのだと言いながら諾否も聞かずに卓上の俎まで持ちだして紀子の真向かいに掛けるとすぐ剥きに掛かり、まず四つ割りにしてから種とともに芯の部分を除いて最後に皮を剥くという段取りで、剥かれた林檎は順次深めのガラス容器にそっと入れられるが、湾曲した容器の縁を剥き身の林檎が滑ってその艶やかな色合いを微妙に変化させるのを不思議そうに紀子は眺め、二、三切れ剥くとその刃零れを点検するふうに果物ナイフを明かりに翳して「切れないんですよね、コレ」と駒井は言う。とはいえその手の中でツルリと丸裸にでもされるかに二、三度手首が捻られるともう黄白い剥き身の林檎に変わっていて、何か手品でも見るようなその手早い作業に紀子はつい見惚れてしまって手も出せず、総て剥き終わって容器に山盛りになっても尚その手許から眼を離せずにいるのを訝ってか「嫌い?」と言われて慌てて山盛られたその一切れを首振りつつ紀子はフォークで突き刺し損ね、二度三度試みて容器の中を滑る林檎の端っこに何とかフォークを宛(あてが)いゆっくりと突き刺して持ちあげると、その瑞々しい黄白い輝きにそういえば昨日の晩からビール以外何も口にしてはいなかったと急に渇きを覚え、唾液の滲出とともにサクリと前歯で囓った小片を舌で誘導して右の奥歯で噛み砕けば、仄かな酸味をアクセントに甘い果汁がわっと口内に広がり、その一口が拙かったのか次々と貪るように頬張りながら真向かいの駒井の所作にまるで気もつかず、その手に握られているのが果物ナイフということに改めて気づいたときにはもう目の前に迫っていたし全く不意を突かれてのことだったから体勢を整える暇もなく、切れない切れないと零していたその鈍な果物ナイフでも体当たりに突き刺せば人ひとりくらい何とかすることはできると僅かに考えたのみで、覚悟とか観念とかとは程遠いところにいる自分に紀子は動揺して林檎が咽喉に詰ったわけではないが「あ」と口にしたのみでその先が続かず、回避行動もだからとれないし戦闘態勢にも移れぬまま緩慢なように見える駒井の動作を緩慢に眺めていたのだった。

それにしてもなぜ駒井がとそれがやはり気掛かりで、いろいろ考えてもみるが動揺しているからか取りとめなく思惟は巡ってどうでもいいことばかりが前面に出てきてちっとも纏まらず、解れ毛が頬に貼りついていていくらか衣服が乱れているとはいえ恐ろしい形相でも緊迫した面持ちでもない常の平静さを保っている駒井を見るとただの思い過ごしでしかないようにも思え、こういう場面はしかし得てして無表情になるものだと虚脱したように茫として身動きとれぬ自身を顧みて紀子は思い、容易ならぬ事態との認識はありながらそれに対してはほとんど無反応に近く、ただ口内に残る林檎を咀嚼し続けて最後の欠片を嚥下すると跪いてテーブルに突っ伏すように顔近づけ、事態を正しく見定めるというよりは手品のトリックを暴こうとでもするかに淡桃色の肌が尚艶やかなそれを紀子は眺め廻し、どれほど丹念に眺めてもしかしそのトリックは謎のままだし不思議とその瞬間の像は紀子の記憶にさえなく、卓上の俎に掴み乗せたそれを持て余すかに逡巡する駒井の強張った表情がその記憶する最後のもので、次のカットではもう事は済んでしまったあとで虚脱した駒井の額から滴る汗粒の弩アップからはじまり、それが卓上に落ちるまでの延々長っがいスローモーションが続くのに紀子は苛立ちながら肝心の部分が欠落しているということは実は何も為されなかったのではと一瞬思いもするが、見ればそれは確実に為されていて覆すことの不可能を無情にも示している。卓上に投げだされた果物ナイフの刃先がこっちを向いているのに紀子は眼を背けつつ最後の最後で「ウッソでしたあ」と笑ってイニシエーションの完了を駒井が告げるのを期待してかその出来事をしばらく受けとめられずにいるが、時間の経過とともに駒井のネタばらしに期待できなくなるとこれはやはり本当に起きてしまったことなのかと恐怖とも怒りとも哀しみともつかぬものがジワジワと滲出しはじめるのを感じ、それに呑み込まれまいと懸命に怺えつつ事態状況の冷静な把握をまずせねばと出来事の中心をもっとよく見定めろと叱咤し、尚もそれに顔近づければ首と胴体がふたつの部分に分かれているがほとんど血も流れていないから何か壊れた人形のようにしか思えず、確かまだ小学校に上がる前だったか何かの弾みでうっかり落として首の取れてしまった人形も父の介抱で復活したではないかと紀子は短絡し、分離した首を胴体に嵌め込んで呪文のひとつも唱えてその息吹を吹き込みさえすれば元通り息を吹き返すのではとそれ以上壊さぬようにそっと手に取り、渾身の思いでその再生を願うが知恵美は何とも口にしないしだらりと垂れ下がった華細い手足はピクとも動かず、さらにも人形めいて見えるが淡い光は分離した首と胴体とから変わりなく発せられていて、光っているうちはだから脈はあると胸元に抱き抱えながら「でも何で?」とその動機が分からぬと訴えれば、懐から駒井は小さな箱を取りだして「ほらこれ、分かるでしょ?」と微笑み掛けてゆっくりと蓋を開け、見ると中には真ん丸い真白な球があり、どこか自慢げな余裕たっぷりな笑みで「産んだの」と言う駒井の声が遙か遠方から聞こえてくるのを紀子は訝しく思いながらその真白な球が何なのかしばらく理解できず、卵と分かったときにはもうその手の中に覆われていて「だからね」と駒井の声というよりは音に紀子はもう反応できなくなっていた。

教団の壊滅的な打撃に機能不全に見舞われていた一時期、それを打開する見込みなど期待も予想もしていなかったがいい機会だからと初心に帰って「というのも変ですけど、日下さんと八木さんとね、一週間くらいかな、事務所に籠もって」ひたすらセックスに明け暮れてようやくできたこれは卵なのだと内からの光を透過して淡く発光している卵を駒井は慈しむように撫で摩り、その指の動きに反応するかに卵の発する光は微かに揺らめいて駒井を刺戟し、その卵が見せるのか嘗てないほどの愉楽に浸ったその三つ巴のセックスを駒井は幻視し、日下のそして八木のペニスを二本眼の前にしてその饐えた臭いを思いきり嗅いだときの眼眩むような疼きまでもが再現されるようで、照れたような笑みを浮かべて身を捩るその露骨な腰の動きに駒井らしからぬ一面を紀子は垣間見るが、あるいはこれが本性なのかも、いや、そうなのだろう教団の性質からしてそうに違いないと特に蔑むでもなく冷静に受けとめつつ端的に眼の前で艶めかしげに身悶える駒井には苛立ちを募らせ、駒井にしても常ならすぐそれと察して対処するのだが、まだ幻視の射程内にいるのらしく時折激しく身を捩らせながら日下八木との三つ巴のセックスを執拗に語り続け、単なるはぐらかしとも思えぬその執拗さに駒井も壊れてしまったのかと紀子はふと思い、いや、確かにそうに違いない、でなければこんなことするはずがないと胸元に抱えた知恵美に視線を落とすと、駒井の手にしたソレと較べて明らかに衰弱したような華弱い光なのに気づいて焦り、その焦りから駒井の話も半分以上は、いやほとんど聞いていない、というより聞いてはいるが記憶してはいないのだった。その際あらゆるアクロバティックな体位を試みながら駒井の求めた究極のそれは日下のペニスと八木のペニスを二本同時に収めることはできないかということで、騎乗位で日下に跨った駒井の背後から八木が挿入するということを幾度か試みもしたが巧くいかず、それだけが心残りだが「今後の課題としてね、それは取っておくとして」とそれを夢想するかに潤んだ眼で駒井は虚空を見据え、急に紀子のほうに向き直ると「紀子さんセックスは嫌い?」そんなことないですよねと素朴に訊くその真意が分からず「胡麻化さないで」と低い掠れ声で抗えば胡麻化してなどいないと駒井はゆっくりと首を振り、セックスはこの教団の根幹なのだからそれについて語ることはそれを享楽することに次いで「重要なことだと思うんだけど」と駒井は言い、ともに享楽できれば最高なのだが今となってはそれも叶わぬからせめて話だけでも聞いてほしいと真剣に訴えられて他人のセックスを覗き見する趣味など、なくはないが今は聞きたくないと項垂れたまましかし否定もせず、肯定とそれを見做したのか駒井は先を続ける構えで左掌に乗せたそれ自身発光する卵を右掌で撫で摩りながら「ふたりのアレって、長さも太さも全然違うんだけどね」とそこで駒井は眼前に二本のペニスの並べられてあるかに笑みを洩らし、それが身に収めてしまうとどっちのモノもピッタリフィットする感じなのが「不思議なのよね」とその感触を下腹部辺りに甦らせつつはにかんだように駒井は身を捩り、ただ求めた結果得たのではなくて偶然に得た卵だから「私もね、ビックリしちゃって」すぐには信じられなかったが徐々にこれがメシアの卵なのだとの実感が沸いてきて、非常な感動に見舞われはしたもののそれを自分が「産んだっていう実感はでもないんですよ」と不思議そうに発光する卵を見つめつつ「恵美さんはずっと異物感を感じてらしたっていうことですから、そこがちょっと違うんです」と駒井は言う。

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