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それとも細い管から注入されるのでもあろうか、栄養素だけでなく幻覚素なり妄想素なり、こちらが必要としていないものまでも隈なく浸透して、副作用というか複作用というか、いずれにせよ敷居を越えてこちらへ流れ込んでくる瞬間のあの興奮はいったいどこへ、それは今どこを漂っているのか、泥のように濁っているから視界は悪く見えるものも見えないが、そのせいで見えないものが見えるのか、いや見えないものは見えるはずもないから見えるものが見えているにすぎず、つまり見えているものを見ているのだが、うねりながら渦を巻きながら刻々とそれはこちらのほうへ、その気配は襖の向こうのそれよりも尚濃厚に香って四囲に満ちてゆき、壁を軋ませ床を波打たせながら刻々と変化して已まないのを、その変化の跡を追い掛けるように入れるというか上げるというか、徐々に熱量が増大してゆくのを、とはいえ渦中にあって揉まれに揉まれても過ぎてしまえば熱は冷めるもので、振り仰ぐとあらゆる濁(にごり)を雨の力で洗い落したように綺麗に輝くと言ったら言いすぎか、一面に蒼く澄んでいる、その空が自分の寐ている縁側の窮屈な寸法に較べて見ると、非常に広大であるかどうかはべつとしてどこにもその痕跡はなく、無傷の、常に変わらない青さのいったいどこをどう通っていったのだかついに確かめることはできなかったらしく、あるいは根気よく探しつづければ見つけられたかもしれないが眩しくて見つづけることができないから已むなく振り下ろし、そしたらそこにも空があり、上のそれに較べてあまりにも小さいし黒ずんでいるから眩むこともないそれは偽の空だが、それでも空であることに変わりはなく、安心して覗き込める気安さから身を乗りだすと、中には緋鯉の影があちこちと動いたというのではないが、影というか像というかに阻まれて一部が欠け、身を引き戻すとまた現れるが乗りだすとやはり欠け、邪魔なその像というか影というかを踏みつけるとそこにある空まで波立ち揺らいでぼやけてしまい、しばらくすると収まるが少しの風でも揺らぐからこちらのほうでも探すのは困難で、いずれにせよそこだけ僅かに窪んでいるのだろう水捌けが悪いらしく、粗方引いたあともしばらく溜まりが残っているのを、臑までは達しないものの踝辺りまで没する深さがあってそこを通らないわけにはいかないのを、なぜといって行ってきますの声とともに、誰にともなく発せられるそれはどこにも届かない、彷徨いつづける声と言っていいが、その声とともに、あるいは一拍遅れて押し開けられた扉の前というか向こうというかに拡がっているからで、とはいえ一跨ぎとはいかない距離があって一段下りたそこから道路までの間を飛沫を上げながら行ったり来たり、水の匂いの立ち上る湿った空気のなかを、日に照り返るその反射に目を細めながら、それでもゴム製だから水を弾いて中までは浸透しないのであり、だからといって調子に乗ると膝まで飛沫が飛んでくるから加減しながら行ったり来たり、往来をゆく車のそれには及ばないながら勢いよく撥ね上げ撥ね飛ばしながら行ったり来たり、あの水はいったいどこへ、溜まりを為しているこの水とあの水とは何が違うのか、もちろん同じなのだが同じであって同じではなく、同じなのに同じではないとは全体どういう仕組みなのだか、抑もどこへも行けないからこそそこに溜まっているのではなかったか、もちろんどこへも行けないからここに留まっているのだが、それとも留められているのだったか、義母の奸計ではなかろうが、あるいは修理に出したのが戻るまで、開いたり閉じたりしながら許可が下りるまで、もういいよ、と声高に響くまで、誰のかは知らないが、それでもスペシャリストには違いないだろう、とにかく晴れて自由の身になればどこへでも飛んでゆけるはずで、遥か十万八千里とは言わないまでも最寄りの駅までとか近所のコンビニまでとかなら雑作もなく行ったり来たり、用もないのに行ったり来たり、訝しげな眼差しを搔い潜りながら行ったり来たり、人目を忍んで裏通りを行ったり来たり、獲物を物色しながら行ったり来たり、それまでは影を影たちを相手に頷いたり首振ったりしながら退屈な時間を風に靡かせ、頭(こうべ)を垂れて従順さを装いながら締めたり緩めたり、とはいえ靡くというからには窓が開いているわけで、もちろん誰が開けたのか知らないが誰かが開けたのに違いなく、自ら開けておきながらそのことを忘れているという可能性を否定するものではないが、そこから湿った暖かい風が吹きつけるのを、表面を這い進むようにひたひたと寄せてくるのを、いつになく心地よいその風は眠りを誘うらしく束の間意識が遠くなるのを、その瞬間を捉えて滑り込むのに違いなく、見る間に背丈を越えて遥か高みに達するのを、それをこそ一跨ぎにしなければならないのに想像を絶する高さに尻込みして幾度も踏み留まり、そのたびにバランスを崩して立て直すのにしばらく掛かるが、こちらが揺れているのかそれともあちらが揺れているのかあるいはどちらも揺れているということだってあり得るだろうが、重ね合わせようと何度も何度でも、その一瞬を捉えようと何度も何度でも。

端的に生来の寡黙さを示すものなのかあるいはそれを強いる禁止や強制があるのか、しばらく何も口にしていないようで、それでも水くらいは飲むが、流し込まれると言ってもいい、食事らしい食事を摂った覚えはなく、それなのに腹が減らないのはどうしたわけか、やはり管でひとつに繫がっているのかもしれず、もとより食は細いほうだが摂らずに済むならそれに越したことはないしそれで困るわけでもなく、実際何ひとつ困っていないのだから、困ってるのはあちらのほうだろう、何かにつけ文句を言うわけでもないし難癖をつけるわけでもないが、ただ何も口にせずにいるだけなのだが、横たわるというか腰掛けるというかしているだけなのだがそれが、それこそが最も質が悪いとでもいうような、そんな臭いが掠めるのを、目端に口振りに挙措にあからさまに現れているというのではないが隠そうとして隠しきれず零れるのを、四囲に漂うのを、いずれにせよ嵩が増しているからだろう、すぐ近くにあって手を伸ばせば届きそうだがもちろん届くはずもなく、というのは境界面にだが、流れも常よりは速いらしく泥のような色をしてうねりながら跳ね上がる飛沫を煌めかせ、その飛沫が足に掛かりそうなのを、もちろんゴム製だから掛かっても染み込むことなく弾き返すが反射的に引っ込めてしまうらしく、それがつけ入る隙を与えることになり、石の堤に当って砕けた波が、吹き上る泡と脚を洗う流れとで、自分を濡鼠の如くにしたというのではないが、一際大きなうねりが生じて飛び退る前に呑み込まれているもう、上も下も分からないもう、それでも辛うじて息を継ぎながら見るというか聞くというか、触れるというか触れられるというか、闇雲に藻搔きながらそれまで外側に辛うじて留まっていたのがいつか内側にまで浸透してくるらしく、そしたら全部がふやけてしまう、さらには溶けだしてゆく、どこまでも拡散し稀薄になってゆく、それこそ世界全体と等しいくらいにと言ったら言いすぎか、だからその前に、そうなる前に全部を残らず拾い集めて混ぜ合わせ、よく捏ね、さらに捏ね、ばらばらだったのを繫ぎ合わせて一塊に纏め、よく冷やしてから薄く伸ばしてこんがりと焼き上げるというか焼きを入れるというか、そんなふうにして生まれ変わるのだろう、それはもうまったくべつのものと言ってよく、以前の面影は微塵もないしふたつを並べてみても重なり合う部分はないのだが、それでいて区別できないくらいそれらは似ていると言ってよく、というか同じなのであり、それでも違うのであり、つまり何もかも一新されて何もかも違って見えるのであり、同じはずなのに、そうして捻るというか傾げるというかしているのを見兼ねてかそれとも呆れているのか、いくらかは苛立ちも混じっているだろうどこか甘たるい声で、甘たるければ甘たるいほどその裏に潜む苛立ちは大きいに違いないが、何してんのほら、とつかず離れずのところから、その声を頼りに声のするほうへ身を向け足を繰りだし、軽々と蹴り上げて力強く踏み締めながら、その硬さが足裏を打つというか叩くというか、静かに響かせながら、床音だか靴音だかを、いくらかは床のいくらかは靴の渾然となったそれは四囲に谺し、そして消え、もう二度と、いや何度も何度でも、消えては現れ現れては消えながら一定のリズムで響いているはず、それなのに聞こえたり聞こえなかったり、だから見失いそうになるがぎりぎりのところで繫ぎ止めていて、かかる綱渡り的状況から脱することは難しく、そうかといって脱し得ないと決まったものでもないだろう、少なくとも頭から不可能と決めて掛かるのは宜しくないと一歩を前へ、探るように前へ、いずれにせよ嵩は増しているらしく廃液めく粘りで絡みつく青黒いそれは踝にまで達し、さらに上へと迫る勢いでひたひたと寄せてくるのを、つまり引き返すつもりはないらしくどこまでも前進しつづけることが、流れつづけることが、尤も引き返そうにもあとからあとから押し寄せるから前へ進むことしかできないのだろう、少しく身じろぎすると軋んで揺れながら波を打って拡がるのを、踏ん張って怺えようとしても足場がないから踏ん張ることもできず、そのまま流されてゆくほかないと幾度も諦め掛けるそのたびに、ほら、と呼ばわる声とともに差し伸ばされる手がどこからともなく現れるのを、何してんのほら、と少しく身体を宙に浮かせて全部を呑み尽そうと押し寄せるのを軽やかに避けながら、というかそちらのほうが避けてゆくような、やはりゴム製だからだろうか、落ちても沈むことがなく、つまりそれに呑まれ流されてしまうことがないとてもよくできた製品なのだろう、今ならもっと性能もよくなっているだろうから悉く弾き飛ばしてしまうに違いなく、あるいは忍者のようにその上を歩くことだってできるかも、軽やかな足の運びで宙を舞いながら、ほら、と髪を靡かせながら飛沫も上げずに滑るように、そうして差し伸ばされる手を差し伸ばす手が、少しずつ距離は縮まってゆくが届きそうで届かない、消え掛かり忘れ掛けているそれを手繰り寄せながらあと少しもう少しと粘るがその少しが縮まらないらしく、いや少しどころか全然で、むしろ引き離されてゆくようにさえ、引き裂かれると言ってもいい、こちらとあちらとに分断されて二度と交わることはないと遠離りながらこちらのほうへ、遠離ることがこちらのほうへ、いずれにせよ明るさが弱まるにつれ暗さが迫りだしてくるのか、それとも暗さが迫るにつれ明るさが斥くのか、一方の動きに合わせて他方も動くという巧みな連携によって滞りなく、こちらからあちらへ一瞬にして、要するに舞台が廻転することで場面が変わるのだろう、よほど年季の入った代物で油を差しても滑らかな動きが得られないというのではないが至るところで軋んでいるのは歯車に違いなく、暗いのは照明が消されたからだろう、翳したその手もよく見えないのを、そのせいか余計に音が響いてさらにも眩ませるというか、もう少しで触れ合うというのに、差し伸ばす手と差し伸ばされる手が、そしたら汗に濡れた素肌と素肌を擦り合わせて遥か高みのあの壁をも越えるほどに上り詰めてゆけるのに、一挙に全部が覆るのに、まあそれは無理としてもいくらか眺望は開けるだろうに、と軋むのを、身動ぐたびに不快に響くのを、開いたり閉じたりしながら暗さに馴れるにつれぼんやりながらも浮かび上がってくるのを。

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